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第五章.ゲオルグと薔薇の君

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51.それぞれの、幸せの尺度

 ディアナはゲオルグの屋敷に迎え入れられた。


 食卓に着き、バラ園におけるダニエルとラウラの一通りの話をすると、ゲオルグはむしろすっきりしたように笑う。


「良かったじゃないか。ラウラが富豪と結婚出来るなんて」


 それを聞き、ディアナの髪の毛が逆立った。


「そ、それでいいのゲオルグ!」

「……何が」

「だ、だって」

「お前はお節介を通り越している。俺がそう思ったんだからそれでいいだろう。俺の感情は誰に決められるものでもない」


 ディアナは肩を落とす。


 やはり、ゲオルグがレオンにしたようには行かなかった──


「まさかディアナ、以前の俺の真似をしてるんじゃないだろうな」


 図星のディアナは汗をかきながら顔を上げる。


「ふむ……」


 ゲオルグはディアナをさも面白そうに見つめた。


「どういう風の吹き回しか知らんが、レオンと違って俺は頑固だからな。他人にどう言われようと、自分の意思を曲げる気などない」

「……愛する人を失ったとしても?」

「ディアナはそういう風に考えるんだな」


 ディアナはどきりとする。


「愛していればこそだ」


 その灰色の瞳が、真っすぐに義妹の燃える瞳を刺す。


「その相手がより幸せになるのであれば、引いた方がいいこともある」


 あの時のレオンと同じ言い草に、ディアナは肩を落とした。


「それに、これはお前たちの件とはまるで違うんだ。互いに別れの結論を出している」


 ディアナも、それについてはよく分かっている。


 ただ。


「……私も、私の気の済むようにしたかっただけなの」


 彼女の言葉に、ゲオルグはぴくりと眉を動かした。


「我儘に付き合ってくれて、ありがとうゲオルグ」

「……」

「追い返されると思っていたから、まだ屋敷に入れてくれただけ良かったわ」


 ゲオルグは椅子の背にもたれてから、何か言いたそうに咳払いをする。


「……ディアナに、まだ言ってないことがあった」


 ディアナは顔を上げる。


「俺がなぜわざわざあの日、レオンに発破をかけに行ったか分かるか?」


 ディアナは顔を赤くして首を横に振った。


「ディアナなら俺の義妹になってもいいと考えたからだ……決してレオンのためじゃない」


 本音を聞いた、とディアナは思った。


 ゲオルグは観念したように目を閉じると、吐き捨てるようにこう言った。


「だがな。ゲオルグのためにやっているなどと思い上がっていたら、勘違いも甚だしいぞ。はっきり言ってやる。お前は誰にでも好かれようとし、人を引っ掻き回す我儘で迷惑な女だ」


 なぜだろう。


 罵られて、心が温まって行くのは。


「あなたこそ、人を傷つけてまで我を通そうとする我儘な男だわ」

「ふん、何とでも言え、結果が全てだ。こっちは義妹の獲得を成功させている」

「ぐっ……」

「俺の勝ちだ……さっさと帰れ。また夕方から雨が降るかも知れんぞ」


 短い会話。


 言いたいことを言えるだけ言って、ディアナは再び愛馬レギーナに跨った。


 どこか迷いのなくなった顔で、ディアナは曇り始めた空を見上げる。


 顔面にぽつっと雨が降って来た。




 それから一週間後。


 ディアナがバラのシロップを持って久々にバラ園へ行くと、ラウラの服装が変わっていた。


 以前から着ていた少しくすんだボルドーのドレスではなく、淡いミントグリーンの、所々にフリルをあしらったドレスだ。


 髪も美しくまとめ上げ、小さく輝く銀の装飾ピンがシニョンの中に輝いている。


 ディアナは久々に見るラウラの変わりように少しばかりショックを受けていた。


 そして磨けば更に光るその素材の良さに、更に胸が締め付けられる。


(この人が義理の姉だったら、どんなに──)


 そう思ったところで、ディアナははたと我に返る。


 これではまるで、第二のゲオルグではないか。


「あら……ディアナ」


 ラウラが気づいてくれたので、ディアナは慌てて籠からシロップの入ったビンを取り出した。


「それはバラのシロップね。持って来てくれたの?」


 ディアナは頷いた。


「それ、おいくら──」


 ラウラがそう言ってポケットを探ったその時。


「おお、ディアナ」


 背後から聞き覚えのある声がした。


 振り向くとダニエルがいる。


「また新しい商品を作ったのか?」

「……はい。バラのシロップですわ」

「これをラウラに?」

「ええ。ラウラさん、これが好物なんですって」


 そう言うなりダニエルの目の色が変わった。


「何だと。値段は?」

「これは原液なので銀貨三枚です」

「在庫はあるか」

「これが最後のひとつです。なかなかバラが集まりませんので」

「そうか……」


 ダニエルはポケットからメモを取り出し、何事か書きつけている。ラウラに話しかけるために、日々持ち歩いているのだろう。


「私が買おう。彼女へのプレゼントだ」


 ディアナはラウラではなく、ダニエルにバラのシロップを手渡した。


 ラウラはぽかんとしていたが、ダニエルが近づいて来ると、ようやく納得したらしい。


 彼は瓶に「君へのプレゼントだ」の言葉を添えて彼女へ渡す。


 ダニエルの方へ少し微笑んだラウラを見て、ディアナはなぜか傷つく。


 しかし、その感情を黙って胸の内にしまい、ディアナは再び愛馬レギーナの元へと歩いて行った。


 終わったことは致し方ないことだ。


(叶わないことだってあるわ。そう、……私はこれから商売に生きてやる)


 今はまた、新たな目標に向かって走り始めている。


 新しい家を買うのだ。


 あと一歩で家に手が届く。ディアナは振り切るように、再び愛馬レギーナに乗った。


 重い籠を抱え直す。その中には、百合の花のティンクチャーがぎっしりと質量を伴って詰まっていた。


 行き先はリップス村の宿。


 貴族の娘たちが再び集まって来る予定だと言うので、以前予約注文を受けていた分を渡しに向かうのだ。


 またしても雨に降られる。ディアナは令嬢たちに夏の香を届けるべく、籠を胸に抱えて前のめりで宿屋に向かう。

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