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【書籍化】没落令嬢の幸せ農場〜最愛の人と辺境開拓スローライフ〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第五章.ゲオルグと薔薇の君

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49.好きにならないための理由

 ディアナはダニエルがラウラを見染めてしまったことで、今までの全てが徒労に終わったような気がした。


 雨が本降りになって来てしまったので、ディアナとレオンは愛馬レギーナに乗って山小屋に帰ることにした。明日、またバラ園に集合するという約束を交わして。


 ディアナの荷物の中では、ダニエルに紹介しそびれたキャンディとバラのシロップが、コトコトと悲しげに揺れている。


 後ろに乗っているレオンが口を開いた。


「……もう、完全に芽は消えたな」


 ディアナは頷いた。


「まさか、ダニエルの妻がディアナじゃなくラウラになるとはな」

「……まだ決まったわけではないけれど、もし……」


 ディアナは言葉に詰まる。妻の次の言葉を、レオンは黙して待つ。


「レオンがもし、ああやって好きな人が別の男に求婚されていることを知ったら、どう思う?」


 レオンはしばらく考えてから答えた。


「ダニエルは金持ちだからな。むしろさくっと諦めがつくかも」

「……そう」

「相手がひどい男なら話は別だ。だけどダニエルは悪い奴じゃなさそうだし、何せ金持ちだ。きっと幸せにしてくれると思って、彼女を追うのはやめにするよ、俺なら」


 ディアナから見ると、ダニエルは夫をくさしたことがある、多情な男という余り良くないイメージなのだが。


「ふーん……」

「……あれ。俺、なんかまずいこと言った?」

「……別にぃ」

「何で怒ってるんだよ」


 あの日山小屋で突き放した時、レオンもきっとそう思ったのだ。それも偽らざる気持ちなのだろう。


「でも、私の場合は来てくれたのよね」

「そうだな。……不幸にしてしまったと思ったから」

「もし、ゲオルグに私の様子を伝えられなかったら、レオンは私を迎えに来てくれなかったの?」

「うーん……ま、そうなる……かな」


 ディアナは自ずと気づいている。


 ラウラと自分の境遇を重ね合わせていることに。


 ディアナとラウラの二人は違う選択をした。けれど、ディアナの中では何かが引っかかり続けていた。


 あの時ダニエルに戸惑っていたラウラの表情や言葉に、言い知れぬ秘めた感情を読み取った気がしたのだ。その感情が何なのかは、まだディアナの中では漠然としていて分からないけれど──


(そういえば、あの二人の馴れ初めってどんなものだったのかな……?)


 それを知らない限りは、探りようもないのだ。


「ねえレオン」


 ディアナは気を取り直すように尋ねた。


「……何だ?」

「私と初めて出会った時のこと、覚えてる?」


 レオンは少し笑う。


「覚えてるよ」

「……どうだった?」

「イルザ様とセットで見た時の感想だけど……こんな美人姉妹がこの世にいるんだなーって」

「……どこか他人事ね」

「そりゃそうだよ。勤務先のご令嬢とどうこうするなんて、その時は考えも及ばない」

「そうだったの……」

「だから、ディアナにやたら追跡されて話しかけられた時には、正直どうしようかと。話なんて合うはずもないし、何か喋って嫌われでもしたら仕事を失うって……最初は結構恐怖で」

「ふふふ。ごめんね」

「でも自惚れかもしれないけど、段々お嬢様は俺に気があるのかなぁ……って」

「術中にはまったわね?」

「とは言っても、好きになるなんてもってのほかだろ?だからもう、ずーっと逃げ回るしかなかったんだ。そのことでディアナを多少傷つけたかもしれない。だけど、こっちも見目麗しいお嬢様を〝好きにならない〟のに必死で」


 ディアナはたまらず笑い出す。


「絶対好きになんてなるもんか!って、ずーっと考えてたら、何か頭がそれでいっぱいになって」

「あはは」

「そしたら凄い気になり出したから、もっと好きにならないでいられるように、会話に制限をつけることにして」

「へー、どんな?」

「植物の話以外、しない!」

「あははははは」

「でもさ、植物の話をし出したら、お嬢様は裏庭の変化を隈なくチェックして、俺と話したい一心で質問を毎日のようにぶつけて来るんだよ。それがなんつーか……凄く心に刺さって」


 レオンは背後からディアナの肩にもたれた。


「あー、もう、どうにでもなれって、そこからは自分を解放して、ディアナをとことん好きになることに決めたんだ。お互い叶わない境遇と感情を抱えてるけど、その分ちょっとでもお互いにいい思い出を作ろうって」


 ディアナはうっとりとレオンの頭に頬を寄せ、その濡れた髪に口づける。


「……その矢先に、あの戦火だろ」

「うん」

「略奪者の群れがハインツ邸に押し寄せているのが見えて、本当に生きた心地がしなかったけど」

「……うん」

「無事で良かったな、レギーナ」


 そう言ってレオンが愛馬の尻をぺちんと叩く。レギーナがどこか得意げにいななき、梯子を外されたはずのディアナは更に楽しそうに笑った。




 山小屋に戻って来る。


 冷え切った体の二人は雨に濡れた服を全て脱ぎ、炭火で暖を取った。


 冷えた体を温めるものは、この小屋には炭火と互いの体しかない。


 狭いベッドの中で、ディアナとレオンは互いの体を温め合う。その時ふと、弾けるようにディアナの頭の中にある言葉が浮かんだ。


 好きにならないための理由。


 別れるための理由……


(それをお互いに引っ張り出して見せ合って別れるって、何だか腑に落ちないな)


 レオンはむしろ結ばれない境遇が揃っていたから、あのように大胆な方向転換が出来たのだ。障害が二人をより深く結びつけるというのが、世の恋人たちの常な気がするが。


(本当は、何かの始まりではないのかな……)


 希望的観測が頭から離れない。


 レオンがディアナの唇をむさぼり始める。ディアナは獣に押さえつけられた小動物のように、くぐもった声で問うた。


「レオンがお嬢様と結ばれなかったら……お嬢様はずっと悲しく暮らしたかしら」


 レオンは少し黙ってから、


「……お互い、いい思い出にはなるだろう」


と答える。


「その思い出を糧に、結ばれなかった二人は一生を暮らすの?」

「……きっとそうだな」

「そんなの悲しすぎる」

「叶わないなら、どうしようもないだろ」

「……」

「どうした?今日のディアナ、何か変だぞ」

「だって……」

「あっちの悲恋に引きずられてるのか?」

「……」

「ディアナを泣かせられるのは俺だけだからな。二人に関わりのない嫌な感情はさっさと捨てろ」

「……レオン」

「思い出を大事にするっていうのは、その思い出に関する人や環境を、もっと好きになるということだ。ディアナが思うほど悪いことでもない」

「……」

「その結果何が待っているのかは、今考えてもしょうがない。時間が経過しないと分からないものだから。そうだろ?」

「うん……」


 ディアナはレオンを抱き寄せて目を閉じる。


 そうだ。自分の力ではどうにもならないことが、世の中にはどうしてもある。


 今ふたりがこうして抱き合っていられるのも、思いがけない別の力──ゲオルグの気紛れが働いたからなのだから。


 けれどそう考えれば考えるほど、ディアナはダニエルよりゲオルグに肩入れしてしまうのだ。

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