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第五章.ゲオルグと薔薇の君

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47.貴公子の一目惚れ

 キートンはレオンの前に、数種類のレンガを持って来た。


「庭師としては、どれがいいんだい」


 レオンは一番軽い、まるで軽石のようなレンガを手に取った。


「これがいい」

「ふーん。見てくれは余り良くないぞ」

「もう施工済みの舗装部分はあのしっかりしたレンガでいいだろう。だがバラを植えるレンガだけ、これにしてもらいたいんだ」

「なるほど。これは部分遣いにして行くというわけだな?」

「ああ。全体の統一感はなくなるが、皆どうせバラしか見ない」

「あっはっは。確かにな」


 ディアナは隣で、ハインツ邸の庭師だったレオンをようやく間近に見るような気がしていた。


 ダニエルは別の業者とアイアンのアーチやトレリスの形状について議論を戦わせている。


 作業がひと段落するまで、ディアナは手持ち無沙汰だ。レモンの砂糖漬けを荷物に紛れさせると、ディアナは庭園を一周することにした。


 既にアイアンベンチが搬入されていたので、そこに座ろうと歩く。


 と、急に草むらがガサゴソと動いた。


 驚いて足を止め、そこから出て来た人を見て更に驚愕する。


 やって来たのは、ラウラだった。


 驚いているのはラウラも同じことで、二人はぱちくりと互いを見合う。


 先日のこともあり少し気まずかったが、意外にも先に笑顔で口を切ったのはラウラだった。


「バラのシロップ、とても美味しかったわ」


 ディアナは頷いた。


「ここはバラ園になるから、ここが完成した暁には、ディアナさんのバラのシロップ飲み放題になるかしら」


 ディアナは笑う。それからベンチに腰掛けると、ラウラを促すように隣を軽く叩いた。


 ラウラが座り、ディアナは棒きれで地面に字を書く。


〝体調はどう?〟


 ラウラはそれを見ると、困ったように笑って頷いた。


「あなたがこの村に来たぐらいの時はかなり不調だったけど、今はかなり回復しているの。これ、まだ特に言ってなかったけど……。そう、あなたのシロップを飲んだ時から」


 ディアナは思わぬ話に、ぽかんとラウラを見つめる。


「今まで私、どんな食事も美味しくなかったわ。でも、あのバラのシロップは別格だったの。今まで食べたこともない味で──衝撃だった。それと同時に、おかしな言い方だけど……少し目の前がバラ色になったの」


 今日のラウラは饒舌だ。口調に熱がこもっている。


「食べ物であんなに気分が変わるなんて、初めてのことだった。砂糖が貴重品っていうのもあるけれど、バラの香りが本当に愛おしくなって。あなたには言ってなかったけど私、バラが好きだったの。花って黙ってるじゃない。きっと何も聞こえやしないんだわ。でも、とっても美しくて気高いの。おこがましいけど、そこに自分を重ねて惹かれてしまう。それを食べられるっていうのが、たとえようもなく幸せだったの。あなたには本当に感謝しているのよ……先週怒鳴りつけたのを後悔するぐらい」


 ディアナはじわりと目を潤ませ、何度も頷く。


 好きな食べ物が体調を回復させることが、ままある。ラウラにとっては、それがバラだったのだ。


「あなたって、素敵なアイデアを沢山持っているのね。前は藤のシロップを売っていたらしいじゃない。山に籠ってたレオンに発破かけて花で勝負しようとするところ、とてもかっこいいわ。あなたのような強い女の子をお嫁さんに出来たなんて、レオンは本当に幸運だと思う」


 褒め殺されて、何だかくすぐったい。


 ディアナは地面に再び字を書きつけた。


〝今日はここへ何をしに?〟


 ラウラは頷いた。


「父とその職人さんのために、お昼ご飯を作って欲しいと言われたのよ」


〝体、平気?〟


「これも言ってなかったけど、私、お昼までは普通に動けるの。でも、日が傾き出すとなぜか体がしぼんだようになって動かなくなってしまうのよ。耳を患ってから、ずっとそう。だから、お昼ご飯を提供するぐらいの働きなら出来るわ」


〝何を作るの?〟


「パスタがいいと思うの。乾麺を持って来たわ」


〝私も手伝いましょうか〟


「助かるわ」


 と、そこへダニエルがやって来た。


「ディアナ、こんなところにいたのか。少し知恵を拝借したいのだが……」


 ディアナが慌てて立ち上がると、ラウラもつられて立ち上がった。


 その刹那。


 バラのないバラ園に、急に華やかな光が溢れた。


 ディアナはその奇妙な空気に、かつての自身の裏庭を思い起こしていた。レオンがやって来たあの日。同じような空気の移ろい、華やかな変化を感じた気がしたのだ。


 この人に何としてでも話しかけよう。そう心に決めた日を。


 あの時のディアナ嬢と同じく、ダニエルの目が吸い込まれるように美しいラウラを見つめている。その真っ白な肌に、黒く艶のある御髪おぐしに、紅を垂らしたような赤い唇に。


「あのう、どういったご相談で……」


 ディアナが恐る恐る尋ねるが、ダニエルは何も耳に入っていないかのように、ただラウラだけを見つめていた。


 ──嫌な予感がする。


「ディアナ」

「はい……」

「彼女の名前は?」


 状況の掴めないラウラは、ただ困惑の視線を彼と彼女に交互に向けている。ディアナは渋々答えた。


「……彼女はラウラさん。キートンさんの娘さんです」


 それを聞くや否や、ダニエルはラウラの手を急に握って地にひざまずいた。


 ラウラはおっかなびっくり、されるがままに佇んでいる。


「ラウラ……私は君と出会うために生まれて来た」


 傍らでそれを聞いたディアナの目が点になる。


「……私の妻になってくれ、ラウラ」

「ええええええ!」


 驚愕のディアナだったが、ラウラの耳には何も届いていない。


 庭園の片隅で、奇妙な興奮と静寂が通り過ぎて行く。ラウラは怪訝な顔で、見知らぬ男を見下ろしていた。

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