46.バラ園造園計画
小雨の中、二頭の馬は丘を上る。
山小屋が見えて来ると、雨は激しさを増して来た。
ようよう小屋に入るとダニエルは外套を脱ぎ、そこらへんに出っ張っている釘に引っ掛ける。
「そろそろ雨期か」
「ところで一体何の御用ですか?ダニエル様」
ディアナが湯を沸かし紅茶を淹れ始めると、ダニエルはレオンに向かってこう言った。
「今日は君に用があって来たのだ」
「……俺に?」
「ああ。君、バラを育てたことはあるか」
レオンは近くの椅子に座ると頷いた。
「バラなら、ハインツ邸にも咲いていたが」
「ほう。それならお手の物だな」
「いや、モノによる。大きな花を咲かすバラほど難易度は上がる。逆にミニバラなら放置していてもどんどん成長するが──で、一体俺に何の用ですか」
「単刀直入に言おう。君に、バラ園を作ってもらいたいのだ」
紅茶の用意が出来、ディアナも席に着く。
「バラ園……ですか」
「ああ。前も言った通り、貴族が暇を持て余していてな。ずっと宿に引きこもっているのも体に悪いし、宿が分散している状況で人と接する機会も失われているんだ。そこで、みんなが集える場所を作りたいという依頼が舞い込んだ。サロンのような場所を」
レオンが難しい顔でダニエルに問う。
「……サロンって何だ?」
「簡単に言うと社交場だ」
「ふーん。つまりは集会所?」
「そうだ。とりあえずみんな、会話と目の保養に飢えているんだ」
「なるほど。でも、一体どこに作るんですか?資金や苗はどこから……」
「そのことについては、もう話をつけてある。パブスト村の外れに、彼らが折半で土地を購入した。レンガ職人が既に土台作りに着工している。レオンには植物を植えて、管理してもらいたいのだ」
「へぇ。一度見に行かないとな」
「……やってくれるか!」
「お給金はいかほど?」
「作業ごとに日給を出そう。一日銀貨5枚でどうだ」
「一日で銀貨5枚とすると、20日で金貨1枚分の稼ぎになるな……」
ディアナとレオンは目配せし合う。
「いいよ、やろう。いつから行けばいい?」
「苗の搬入が来週からあるから、その時だ」
「その前に一度、現地へ足を運びたい。日当たりとか風向きとか立地を見る必要がある」
「なるほど。何なら今から行くか?」
「今日は農作業もないしな……」
レオンは雨の降る外を眺めた。
「ちょうど雨も降っているし、行ってみるか」
ディアナが問う。
「ちょうど……?」
「ああ。バラ園の、水はけのいい場所と悪い場所が知れる絶好の天気だな」
「なるほど。そういうことなのね」
「ディアナはここで留守番しててくれ。夕飯までには帰って来る」
「分かったわ。雨だから、くれぐれも足元には気をつけてね」
男二人はディアナを置いて雨の中再び出かけて行く。
ディアナはシロップの残る瓶を眺めると、バラ園という言葉に胸を躍らせた。
(ということは……剪定していらなくなったバラで、またシロップが作れるかも知れないわ)
ラウラは美味しかったと言ってくれた。ディアナはうっとりと壁掛け棚に増え過ぎた瓶詰めの列を眺めた。
(しかもサロンってことは……商品を売り上げるチャンス!)
更にレオンが継続して働いてくれれば、安定した副収入も得られるであろう。
ゲオルグとラウラのことがまだ胸に刺さってはいたが、ディアナは目に見えない別の何かが、上手に転がり始めたような気がしていた。
雨から帰って来たレオンは、ずぶ濡れのまま山小屋に帰って来た。
ディアナはリネンタオルを持ってレオンに尋ねる。
「どうだった?バラ園は」
レオンは乱暴に濡れた服を脱ぎ捨てながらタオルを受け取った。
「ちょっとレンガに難ありだな。水を弾き過ぎる」
「あら、そうなの?」
「家にするにはいいんだけど、敷石には向かないな。もっと軽い、水を通すレンガにしないとバラが根腐れするし、一度雨が降ったら水たまりが引かないぞ」
レオンは半裸で頭をわしゃわしゃと拭いた。
「それで、来週また打ち合わせに行くことになった」
「……私も行っていい?」
「ああ。そういやダニエルが、また花のキャンディを欲しがってたぞ。今度は白い花のも作ったらどうだ?」
「ついでに持って行くわ。このバラのシロップも」
「そうだな。販路はあればあっただけいい」
「あと、これも」
ディアナはレモンの砂糖漬けを食卓に置いた。レオンは思わず吹き出す。
「ちょっ……商魂たくまし過ぎ」
「あら、だって皆さん力仕事の最中は疲れるでしょう?」
「……ごめん、早合点した。職人たちへの差し入れっていうわけか」
「ええ。夫がお邪魔しますっていう手土産の代わり」
「ディアナは本当にいいお嫁さんだな」
レオンはそう言ってディアナを抱き寄せると、その冷えた唇で妻に口づけた。
その一週間後。
雨期の束の間の晴れ間。建設途中のバラ園で、ディアナとレオンは目を丸くする。
「彼がレンガ職人のキートンさんだ」
ダニエルの紹介と同時に、ディアナとレオンは同じことを心の中で呟いた。
(ラウラの父親だ……)
キートンも田舎の狭さを思ったようで、破顔し頷いている。
「何だ、君達か……あのシロップ、ラウラに全部取られちまったよ。ははは」
決してゲオルグには見せ得ぬ笑顔を、彼は二人の前で披露したのだった。




