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第五章.ゲオルグと薔薇の君

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46.バラ園造園計画

 小雨の中、二頭の馬は丘を上る。


 山小屋が見えて来ると、雨は激しさを増して来た。


 ようよう小屋に入るとダニエルは外套を脱ぎ、そこらへんに出っ張っている釘に引っ掛ける。


「そろそろ雨期か」

「ところで一体何の御用ですか?ダニエル様」


 ディアナが湯を沸かし紅茶を淹れ始めると、ダニエルはレオンに向かってこう言った。


「今日は君に用があって来たのだ」

「……俺に?」

「ああ。君、バラを育てたことはあるか」


 レオンは近くの椅子に座ると頷いた。


「バラなら、ハインツ邸にも咲いていたが」

「ほう。それならお手の物だな」

「いや、モノによる。大きな花を咲かすバラほど難易度は上がる。逆にミニバラなら放置していてもどんどん成長するが──で、一体俺に何の用ですか」

「単刀直入に言おう。君に、バラ園を作ってもらいたいのだ」


 紅茶の用意が出来、ディアナも席に着く。


「バラ園……ですか」

「ああ。前も言った通り、貴族が暇を持て余していてな。ずっと宿に引きこもっているのも体に悪いし、宿が分散している状況で人と接する機会も失われているんだ。そこで、みんなが集える場所を作りたいという依頼が舞い込んだ。サロンのような場所を」


 レオンが難しい顔でダニエルに問う。


「……サロンって何だ?」

「簡単に言うと社交場だ」

「ふーん。つまりは集会所?」

「そうだ。とりあえずみんな、会話と目の保養に飢えているんだ」

「なるほど。でも、一体どこに作るんですか?資金や苗はどこから……」

「そのことについては、もう話をつけてある。パブスト村の外れに、彼らが折半で土地を購入した。レンガ職人が既に土台作りに着工している。レオンには植物を植えて、管理してもらいたいのだ」

「へぇ。一度見に行かないとな」

「……やってくれるか!」

「お給金はいかほど?」

「作業ごとに日給を出そう。一日銀貨5枚でどうだ」

「一日で銀貨5枚とすると、20日で金貨1枚分の稼ぎになるな……」


 ディアナとレオンは目配せし合う。


「いいよ、やろう。いつから行けばいい?」

「苗の搬入が来週からあるから、その時だ」

「その前に一度、現地へ足を運びたい。日当たりとか風向きとか立地を見る必要がある」

「なるほど。何なら今から行くか?」

「今日は農作業もないしな……」


 レオンは雨の降る外を眺めた。


「ちょうど雨も降っているし、行ってみるか」


 ディアナが問う。


「ちょうど……?」

「ああ。バラ園の、水はけのいい場所と悪い場所が知れる絶好の天気だな」

「なるほど。そういうことなのね」

「ディアナはここで留守番しててくれ。夕飯までには帰って来る」

「分かったわ。雨だから、くれぐれも足元には気をつけてね」


 男二人はディアナを置いて雨の中再び出かけて行く。


 ディアナはシロップの残る瓶を眺めると、バラ園という言葉に胸を躍らせた。


(ということは……剪定していらなくなったバラで、またシロップが作れるかも知れないわ)


 ラウラは美味しかったと言ってくれた。ディアナはうっとりと壁掛け棚に増え過ぎた瓶詰めの列を眺めた。


(しかもサロンってことは……商品を売り上げるチャンス!)


 更にレオンが継続して働いてくれれば、安定した副収入も得られるであろう。


 ゲオルグとラウラのことがまだ胸に刺さってはいたが、ディアナは目に見えない別の何かが、上手に転がり始めたような気がしていた。




 雨から帰って来たレオンは、ずぶ濡れのまま山小屋に帰って来た。


 ディアナはリネンタオルを持ってレオンに尋ねる。


「どうだった?バラ園は」


 レオンは乱暴に濡れた服を脱ぎ捨てながらタオルを受け取った。


「ちょっとレンガに難ありだな。水を弾き過ぎる」

「あら、そうなの?」

「家にするにはいいんだけど、敷石には向かないな。もっと軽い、水を通すレンガにしないとバラが根腐れするし、一度雨が降ったら水たまりが引かないぞ」


 レオンは半裸で頭をわしゃわしゃと拭いた。


「それで、来週また打ち合わせに行くことになった」

「……私も行っていい?」

「ああ。そういやダニエルが、また花のキャンディを欲しがってたぞ。今度は白い花のも作ったらどうだ?」

「ついでに持って行くわ。このバラのシロップも」

「そうだな。販路はあればあっただけいい」

「あと、これも」


 ディアナはレモンの砂糖漬けを食卓に置いた。レオンは思わず吹き出す。


「ちょっ……商魂たくまし過ぎ」

「あら、だって皆さん力仕事の最中は疲れるでしょう?」

「……ごめん、早合点した。職人たちへの差し入れっていうわけか」

「ええ。夫がお邪魔しますっていう手土産の代わり」

「ディアナは本当にいいお嫁さんだな」


 レオンはそう言ってディアナを抱き寄せると、その冷えた唇で妻に口づけた。




 その一週間後。


 雨期の束の間の晴れ間。建設途中のバラ園で、ディアナとレオンは目を丸くする。


「彼がレンガ職人のキートンさんだ」


 ダニエルの紹介と同時に、ディアナとレオンは同じことを心の中で呟いた。


(ラウラの父親だ……)


 キートンも田舎の狭さを思ったようで、破顔し頷いている。


「何だ、君達か……あのシロップ、ラウラに全部取られちまったよ。ははは」


 決してゲオルグには見せ得ぬ笑顔を、彼は二人の前で披露したのだった。

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