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第五章.ゲオルグと薔薇の君

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44.ラウラの訪問

 二人は山小屋に着き、ようやく日常生活に帰って来る。


 牛も元気だったし、草花も枯れてはいなかった。庭には新たに白い花が咲いていた。


 荒れているような形跡もないし、グスタフ達は案外うまく山小屋生活を満喫したらしい。


 レオンはほっと息をついた。


 早速火を起こし、ディアナが台所に立つ。


 姉がまた、帰り際に土産を用意してくれていた。お米だ。


「ディアナ……チーズが出来てるぞ」


 牛小屋から持って来たそれを受け取り、ディアナは目を輝かせた。


「チーズにお米……あの、お花のリゾットが再現出来るわ!」

「お、いいね。あれ結局俺は食べられなかったからなぁ」

「あら……?こんなところに玉ねぎが」

「こんなのあったっけ?まあいっか。リゾットに入れてみようぜ」


 ディアナは鍋を持って来て、米を油と玉ねぎ、干し肉で炒め、水を加える。ことことと少し芯が残るほどまで煮て、チーズを投入した。


 別の鍋で青、ピンク、白の花を塩で揉む。ディアナは新たに生えた白い花を食べてみた。


「へー……フェンネルみたいな香り」


 青臭いがスパイシーな香りだ。ご飯の風味づけにもってこい。魚料理に合わせても良さそうだ。


「これ、私、今までのお花で一番好きな味かも!」

「ほー、どれどれ。……ああ、何か食欲をそそられるいい匂いだな」


 固めに仕上げたリゾットに、塩漬けの花々を乗せて。


「じゃーん!花のリゾット・改!」


 それぞれの皿に乗せ、スパイシーな香りが漂うリゾットをすくう。


「あー、美味しい……手作りのチーズって最高!」

「へー、これがうちの牛のチーズか」

「あ、そっか。レオンはチーズは常に買って来てたんだもんね?」

「作ったことはなかった。やっぱり作りたては美味いな」

「まだあるから、少しずつ食べましょう」

「……ところでディアナ」

「何?」

「大丈夫か?あんなこと、シロップの瓶の包み紙に書いて」


 ディアナは包み紙の内側に文言を書きつけ、ラウラの父に渡したのだ。


「ああでもしないと、ゲオルグとラウラさんに火はつかないわ」

「だからって……」


 ディアナがゲオルグに言われて書いた紙。


 実は、全くゲオルグの言った通りには書いていなかったのだ。


「だからって、〝ラウラヘ。俺は字の読み書きが出来ない。もし字が書け、読めるようになったら必ず君を迎えに行くからそれまで待っていてくれ。ゲオルグより〟はねーよ!」


 ディアナはにっこりと笑った。


「そうかしら。女性は結婚をほのめかされたら火がつくものよ」

「兄貴が字を読めないのを一番いいように利用してる詐欺師はディアナだな」

「ふん。言ったでしょ。これは恩返し。ゲオルグがレオンに言いに行ったことを、私も同じようにしているだけよ」


 レオンはため息をついてから、少し頬を赤くした。


「あの日ディアナを突き放した俺も、他人から見るとああいう風に見えてたってことか」


 ディアナはリゾットを頬張りながら、くすくすと笑う。


「そうね。愛する人を不幸にするって喚きながら殻に閉じこもっていたわね」

「ありゃいたたまれないな。ゲオルグがうちに来たわけが良く分かった。傍目から見ても想い合っているのは明白なのに、頑なに意地を張って相手を遠ざける男……馬鹿野郎って言いに来たくもなるわな」

「ふふふ、そうね」


 食事を終え、二人はベッドの上でまどろむ。


「ラウラ……まだ兄貴のこと好きなのかな」

「うーん、そこなのよね。会いたがらないって言うのが引っかかるわ」

「あそこの親父も、一筋縄では行かなそうだもんなぁ」

「親父さんの意向も多少は影響していると思うけど、私が思うに多分、ラウラさん側もゲオルグと同じようなことを考えてるんじゃないかしら。耳が聞こえない私が……って、自信を失くしているのよ。かつてあった聴力が失われて行くなんて、本当に辛い症状だと思う……好きな人の声が聞こえなくなるなんて」


 少し、静寂がおとずれる。


 レオンの手がディアナの手に伸びた。


「好きな人と当然のようにこうしていられるなんて、案外奇跡なのかもしれないな」


 ディアナは握られた手を引き寄せる。


「そうね。でもこれ、ゲオルグがいなければ繋がっていない縁だったかも知れないのよ」


 レオンはディアナに覆い被さった。


「確かに」

「恩返ししなきゃ、ね?」

「……ああ」


 二人はゆっくりとキスをして、明日のために眠った。




──次の日。


 重たい雲が空を埋め尽くす冴えない朝。小屋をノックする音でディアナはようやく目を覚ました。 


 ディアナは眠たい目をこすりながら戸を開ける。


 そこに立っていたのは。


 真っ白な肌に黒い髪。涼し気な目元の、美しい女。


「……あなたは、ラウラさん」


 彼女は刺すような眼差しをディアナに向け、少しつたない唇でこう言った。


「……これ、読んだの」


 くしゃくしゃの紙をラウラが差し出す。ディアナは目を見開いた。


「あなたが書いたのね?」


 ディアナはぎくりと身を凍らせる。その様子をまじまじと眺め、ラウラは怒鳴った。


「馬鹿ないたずらは止めて!あの人がこんな文章を書くはずがないわ!」


 その大声に、今度はレオンが目を覚ます。ディアナは青くなった。


「どういうつもりでこんないたずらをしたのか言いなさい!よりによって、ゲオルグの義妹に当たるあなたが……!!」


 とんでもなく怒っている。レオンはのっそりと起き上がると、何事か紙に書きつけてやって来た。


〝ゲオルグが字を読み書き出来ないのは本当だ。だから、あなたの手紙を読めないし、返事も出来ない〟


 それをずいと差し出すと、ラウラはしばらく呆然と読んでから血の気の引いた顔を上げる。


「え……?どういうこと?」


 やはり、知らなかったのだ。レオンが台所に引っ込み、湯を沸かす準備を始める。ディアナはそれを眺め、夫のやらんとしていることに気がついた。


〝ゲオルグの症状について、お話があります。良かったら、お茶でも飲んで行きませんか?〟


 ディアナがそう紙に書いて差し出すとラウラはその小さな小屋の内部を眺め渡し、恐る恐る足を踏み入れた。

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