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42.愛しのラウラ

 ディアナとレオンは愛馬レギーナに乗って宿屋を後にした。


 ディアナの手には、赤いバラのシロップが握られている。


「色々な事実が明らかになって来たわね」

「あの馬鹿兄貴。体裁ばかりにこだわって誰にも言わずに……本当に馬鹿だな」

「……ラウラさんて、どこに住んでるの?」

「パブスト村の外れの森だ。ここから近い」

「ね、ちょっと行ってみましょうよ」

「行ってどうなる?俺たちには何も出来ない」


 ディアナはそわそわと落ち着かない。


「だって、ゲオルグは宿の裏庭からバラを持って行ったわ」

「……ああ」

「きっと彼女に会いに行ったに違いないのよ。今が病気を克服させるチャンスかもしれないわ」


 レオンは虚空を眺め、ふーと息をつく。


「出た出た。ディアナお嬢様の奇跡のレッスンが……」

「茶化してる場合じゃないのよ。我々の将来にだって影響して来ることでしょ?」

「……そっか。そうだな」


 レオンは手綱を操作し、ふわりといつもの道からそれた。


 ゲオルグの屋敷の麦畑を抜け、ディアナらの住まう西側ではなく、南へと向かう。見知らぬ森の中に入ったので、ディアナは少し緊張して来た。


「……こんな辺鄙な森の中に家があるの?」

「その点で言うと我々の住まいも似たようなもんだが」

「ラウラさんはひとりで住んでるのかしら」

「いや……父親と二人暮らしのはずだ」


 ふと、レオンが何かに気づきレギーナを止めた。


 森の先に、馬が繋がれている。レオンはその馬に見覚えがあった。


「あれは……ゲオルグの馬だ」

「やっぱりそうだったんだわ。ラッキー!」


 ディアナが嬉々として馬を降りた。レオンも降りながら、緊張を和らげるかのように深く息を吐く。


「うわー……なんかこっずかしー……」

「レオンも一緒に来て。夕方の森は不安だわ」


 二人も馬を木に繋ぎ、森を歩き出した。


 前方にレンガ造りの家が見えた時、急に大きな音がした。森から烏が飛び立ち、二人はすぐさま立ち止まる。


「帰れ!」


 男の叫ぶ声がする。


「お前のせいでラウラは……!二度と来るな!!」


 ディアナは驚いて後退するが、レオンは妻を支えて身構える。


 遠くに見えたのは、再び乱暴に閉じられた扉の前に佇む、小さな白いバラの花束を手に下げた男の背中。


 後ろ姿でも分かる。


 佇んでいたのはゲオルグだった。


 彼は何も言わずそっと、まるで祈り手向けるかのように小屋の扉の前に花の束を立てかける。


 それから彼は無表情で踵を返し、歩き出す──


 ゲオルグの歩みが止まった。


 目の前にいたのは、末弟と、その妻ディアナ。


 ゲオルグは吐き捨てるように言った。


「……つけて来たのか?何の真似だ」


 ディアナは踏ん張るように足を開き、はっきりと問うた。


「ゲオルグはまだ、愛していますか?ラウラさんのこと」


 いきなりの質問にレオンはたじろいだが、ゲオルグにたじろぐ様子は見られない。


 静かな時が流れ、ゲオルグは顔色ひとつ変えずにこう言った。


「ああ」


 あまりにも素直な回答に、ディアナの方がむしろ赤くなった。


「だったら、その……字が書けるようになりたいって、思いませんか?」


 その提案については、ゲオルグは眉根を寄せた。


「……お前は何を言ってるんだ?」

「あの、あなたはリップス村の宿屋の料理長に、小麦の単価を誤魔化されていたんです。帳簿や契約書類には、実は今よりもっと高い値段が書いてあって。料理長はあなたに支払う金額を誤魔化して差額を横領していたのよ」


 思いがけない話にゲオルグの唇が少し開く。


「字を読めるようになれば、きっとそういった詐欺に利用されなくなるわ。ラウラさんとも意思疎通が図れるようになる。私の義兄が、あなたのような字の読めない病の人の、治療方法を知っていると」

「断る」


 ゲオルグがあっさりと断言し、ディアナは困惑した。


「え……?」

「……何が分かる」


 ゲオルグの額に、めきめきと青筋が立つ。


「貴様のように恵まれた女に、何が分かる!」


 ディアナは思いがけない展開に青ざめた。レオンがそれに気づき、彼女をかばうように前へ進み出る。しかし尚もゲオルグの怒りは止まらない。


「金に飽かし、つきっきりで何もかも世話されたお前に何が分かる!誰よりも劣っていると言われ続けた俺の何が分かる!親にも諦めた目で見られたことのないお前に……」


 レオンが口を結び、ディアナを背に隠す。ゲオルグはそれを見ると、ふっと力が抜けたようだった。


「……レオン、お前は知らないだろう」


 ゲオルグは頬を震わせながら末弟に吐露する。


「俺が一番恵まれた土地を寄越されたのは、長男だからという理由ではない」


 レオンは瞠目した。


「俺が一番父親に贔屓されていたのは……俺の出来が悪かったからだ」


 ディアナはレオンの背にひっつき、ごくりと喉を鳴らした。


「俺はお前に言った。お前が嫌われていたから、あんな辺境を親が与えたのだと。だが、事実は半分本当で、半分違う。親父はレオンの勤勉さや出来の良さを分かっていて、お前ならば大丈夫だからとあの辺境を与えたのだ。同時に、親父はお前を疎んでいた。母を死に追いやったからなどというのは詭弁で、実際は……親父はお前に嫉妬していたのだ」


 ディアナはバラの赤いシロップを抱き締め、じっとりと汗をかいている。


「なぜだか分かるか?」


 レオンは少し震えながら、微かに首を横に振った。


「親父も──俺と同じ病だったからだ」


 次々に明かされる新事実に、二人は声も出ない。

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