35.花のリゾット
ダニエルとディアナは宿屋のキッチンに移動した。
「こんなこともあろうかと……じゃーん!」
ディアナは持って来た袋から、保水されたエディブルフラワーを取り出して見せる。
「ほう、これがあの花か」
料理長もやって来て、その珍しい花を眺めた。
「この、特にピンクの花はかいわれのような辛みがあるんです。だから、どうにかお菓子ではなく、お食事に出来ないかと……料理長、お米ってあります?」
「あるよ。これで何をするんだ?」
「リゾットにしたいんです。あとは、チーズと、もう少し辛い香草を加えて」
「香草なら、ルッコラがあるぞ」
「まあ、完璧ですわ!」
料理長はディアナの指示で鍋にブイヨンと米を入れ、ぐつぐつと炒め煮をする。いつもより水気を飛ばし、固めのリゾットに仕上げる。
ディアナは青とピンクの花を隣で茹でると塩で揉み、ルッコラも同様にする。料理長の米がアルデンテになったところで火からおろしてもらい、チーズを削ってリゾットと和えた。
「思った通りの硬さだわ。このリゾットにルッコラを挟みますね」
ミニケーキのようにルッコラを米で上下に挟み、リゾットを円柱状に整え、その上に花の塩漬けをぎゅっと固める。
まるで大昔に子供のおままごとで作ったような、花をふんだんに使ったリゾットが出来上がった。
「わぁぁぁ。思った通りの出来栄えだわ!」
ディアナは思わずその場で足踏みをした。料理長が笑いながら言う。
「これは面白い。ケーキみたいだな」
「早速提供してみよう」
同じものを複数個こさえ、ワゴンに乗せて料理長が運ぶ。その後ろについて共に歩きながら、ふとダニエルが隣で呟いた。
「私と君が結婚していたら、どうなっていただろうな」
ディアナは彼を横目に見て、努めて無表情のまま前を向く。
「申し訳ありませんが私、きっと不幸になっていた気がしますわ」
真意を汲めず、ダニエルが押し黙る。執事が扉を開き、再びディアナたちは庭へ出た。
新しい食事のお出ましに貴族たちの輪から、わっと歓声が上がる。女性たちはワゴンに群がり、その美しい花のリゾットに狂乱している。
そのけたたましい声に隠れ、ダニエルがディアナに尋ねた。
「なぜ、私と結婚すると不幸になると思うのだ?」
ディアナは目を合わせずに答える。
「……私、お仕着せの夫を愛せるとは到底思えないのです」
「というと?」
「私は愛を与えられるのではなく、捕まえに行きたい性質なのです」
「へえ、意外と情熱的なんだな……あんな農夫のどこがいいんだか」
「全部です」
「そうか。貧しい暮らしをわざわざ選ぶなんて、私には理解出来ないな……」
「ふふふ。もしかしてダニエル様、私を口説きにかかっていらっしゃいます?」
ディアナの思わぬ反撃に、ダニエルはたじろいだ。
「……!馬鹿な。君は邪推し過ぎだぞ」
「あら、都合が悪くなるとお逃げになるのね。そーゆーところですわ。押して引いて、騙し合って。そういう駆け引きは別の女性となさって。私、賢い故にお喋りな男性は大の苦手ですの」
ダニエルは何か考え込んでいる。ディアナは、ようやく全ての帽子に花を添えて一息ついているレオンの元へ歩いて行く。
「レオン、お疲れ様。帽子のブーケの実演、盛況だったわね」
レオンはベンチに背をもたれると、笑顔でディアナに手のひらを差し出し、広げて見せた。
その手の中には、銀貨が三枚入っている。ディアナも寄り添うようにベンチに座る。
「あら、お駄賃貰えたの?」
「ああ。貰えるとは思ってなかったけど」
「うん」
「また来てくれって言われた。みんなに自慢して回ってくれるってさ」
「ふふ。宣伝費用が浮いたわね」
「ディアナ……またアウレール様が憑依しているぞ」
ディアナはレオンの肩に頭を委ねる。
急に疲れがやって来て、ディアナは目を閉じた。
「あのリゾット、ディアナが考えたのか?」
「うん」
「凄いな。レストランでもやれればいいのにな」
「そうね」
「また別の花が咲いたら、今度は何を」
「……」
「ディアナ?」
「……んー」
「……眠いのか。そろそろ帰ろうか」
「……」
「馬には乗れそうにないな……宿で少し休ませて貰うか」
レオンは、ベンチでくったりしているディアナを置いてイルザを探す。
「イルザ様ー?グスタフ様ー?」
宿に入ると、突如雷のようにイルザの大声が落ちて来た。
「私、もう出て行きます!こんな生活はこりごりだわ!!」
レオンはびくついて周囲を見渡す。二階から、ばたばたと泣きながら降りて来るイルザに出くわした。
「御者を!御者をお呼びになって!」
イルザはそう執事に命じ、エントランスに駆けて来る。
レオンにぶつかりそうになると、イルザはこれ幸いと彼に向かって高らかに宣言した。
「私、ここを出て行くわ!」
レオンは目を丸くする。
「あなたの山小屋に泊めなさい!いいわね!」
発言の隙を与えられなかったレオンは、宿の外へ去り行くイルザを困惑の表情で見送ることしか出来ない。
次にディアナが目を覚ました時、いつの間にか彼女は姉と共に馬車に乗り合わせていた。思いがけない光景に慌てて窓の外を覗くと、レオンがレギーナに乗って馬車と並走していた。彼が眠っているディアナを運んで乗せてくれたらしい。しかしなぜ、馬車に乗せられているのだろう。
「……これは一体……?」
「ディアナ、起きた?私、宿を出ることにしたわ。しばらくあなたの小屋に泊めて」
ディアナは思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「は!?聞いてない……」
「もういいのグスタフなんか。結局、口だけ達者なウスノロなのよ」
ディアナは悲し気に姉の美しい横顔を見つめる。
イルザの瞳に、大きな決意の影が見え隠れしていた。




