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第四章.エディブルフラワーの魔法

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32.美術商ダニエル

 次の日の山小屋にて。


「さ……300個!?」


 ディアナとレオンは耳を疑った。


 小屋の中にグスタフと共にいるのは、ベルツ商会のダニエルだ。


「そうだ。あの花のキャンディだ。10個入りを30人分だが、出来るか?」

「出来ます。しかし時間がかかりますわ」

「一週間後にリップス村の温泉宿まで届けて貰いたい」

「分かりました。しかし花はキャンディに閉じ込めてから徐々に色あせて劣化しますので、お早めにお召し上がりいただくことだけ約束して下さい」

「なるほど。受け渡しの際は、相手にもそう伝えよう」

「ところで……これ、何に使うんですか?」


 ディアナの問いに、男性達は少し笑う。


「作り手が予想出来ていなくてどうする」

「いえいえ、こちらの予想通りとは限りませんもの」


 ダニエルは前髪をかき上げ微笑する。


「手土産だ」

「というと、パーティー後の、ですか?何か、お祝いの席でもあるのですか」

「違う、そういった類のことは催されない。ディアナ、君はラトギプ市街からこの田舎へ逃げて来たそうだね」

「はい」

「君のような商家や貴族が、ほかにもこの村周辺に逃げて来ているのだ」

「なるほど。疎開しているということですね?」

「そういうことだ。それで端的に言えば彼らは暇を持て余している」


 ディアナはしみじみと頷いた。


「都会と違って、娯楽がありませんものね」

「そうなると、皆私に〝何か美しいものはないか〟と問うて来る。絵画をほぼ専門にやって来た私には、アイデアがなくて困っていたのだ。田舎の楽しみと言えば、大体が景色と食に集約されてしまうのでね」

「ああ、確かに……」

「それで、これが目新しい土産、または話題になればと馳せ参じたのだ」


 それまで黙っていたレオンが口を開いた。


「景色と食の他にも、村には色んな楽しみがありますよ」


 ダニエルはレオンに視線を向ける。


「ほう。例えば?」

「花と狩猟」


 ディアナはレオンを見上げた。狩猟というのは、初めて耳にする。


「なるほど。狩猟か……」

「今は夏だから動物があまりいませんが、冬から春にかけて、かなり肥えた猪やウサギがあの裏山に出ます」

「ここに猟銃はあるのか?」

「いいえ。猪の罠ならありますが」

「猟銃があれば、そういったツアーも出来そうだな」

「釣り竿があれば、村南側の川に行くのもいいですよ」

「ふーむ。何とも牧歌的な……」


 あそこに吊るされている干し肉は、猪の肉だったのだろうか。ディアナはまだまだこの村について知らないことがある、と思う。


「探せば楽しみはまだまだあるかもしれません。もし何か気になることがあればおっしゃって下さい。力になります」


 いつもよりどこか前のめりなレオンを、ディアナはどきどきと見つめた。


「ありがとう。助かる」

「いいえ。もしよろしければ、来たついでに花でも摘んで行きますか?」

「ああ、そうしよう」


 四人は小屋を出た。夏の風に乗って、百合とクチナシの香りが運ばれて来る。


「……しかしディアナが私との縁談を蹴って、農家に嫁いだと知った時は驚いたが」


 その話を聞いて、ディアナが驚く番だった。


「あら……私の縁談って、ベルツ商会とのことだったんですか?」

「ああ。以前から母がハインツ商会に掛け合っていたみたいだ」


 レオンは少し寂しそうに佇み、グスタフがその肩を慰めるように叩いている。


「だが、今日ここに来たら、君が農家に嫁ぎたくなった気持ちも分かってしまった」


 ダニエルは黒い髪を風になびかせ、文字通り背景に花を背負って笑う。


「ここに来ると、何か、忘れたものを取りに来たような気持ちになるな」

「あら。詩的ですねダニエル様は」


 ディアナはクスクスと笑う。ダニエルは裏山に群生する百合を手折った。


「いい香りだ。戦乱のさなかの息抜きになるだろう」

「もっと持って行って構いません。何ならリースにしましょうか?」

「そんなサービスまでやっているのか?抜かりないな」

「……リースの際はお代をいただきます」

「騙されるところだった。今日のところは花を摘むだけにしよう」


 ディアナは百合の香りに包まれながら、ふと目がきらりと光った。


「……もしやダニエル様。香りに飢えていらっしゃる?」

「そうだな、確かに……香りを楽しむのもいいかもしれないな」


 様々な花が咲き誇る裏山を背に。


 ディアナ達は百合を抱えたダニエルを乗せた馬車を見送った。


 ふとグスタフが呟く。


「もし何かタイミングがズレていたら、彼がディアナの夫になったのだろうな」


 レオンがうつむき、ディアナは慌てて彼の腕に取りすがった。


「そうでしょうか……私にはレオンしか考えられませんけども」


 ふとグスタフも下を向く。


「あれから、ちょっと気になっていて……」

「……何がですか?」

「イルザだよ。あいつ、ダニエルに会ってから、ちょっと様子がおかしいんだ」


 ディアナは首を横に振る。


「そ……そんなこと、ありませんわ!お姉様はグスタフの妻、イシュタル商会の嫁です!そんなはしたない、よこしまな考えをするはずがありません!」

「でも……私にしょっちゅうダニエルはいつ来るのかと、そればかりで」


 ディアナの髪が逆立った。


「何ですって!?今度キャンディをお届けする際、きちんと膝を突き合わせてお話ししなければ……!」

「落ち着けディアナ。別にイルザ様とダニエル様がどうこうなるわけでもないだろ」

「レオンが考えるより、ことは深刻だわ!お姉様には誤解を生むような言動を慎んでいただかなくては」

「……ディアナこそ、藪蛇になるような言動だけは慎んでくれ。私が立ち直れなくなるから……」


 グスタフが慌ててそう取りなした。ディアナはぶるぶると怒りに震え、レオンがその肩を困惑気味に抱く。

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