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第三章.姉イルザとの再会

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23.幸せになる覚悟

 涙というものは、枯れることはない。


 幸福は、何かのきっかけですぐに枯れてしまうというのに。


 ディアナはレオンを呪いたいと思ったが、呪えなかった。


 小さく扉が開かれる。


 イルザが心配そうに妹の様子を覗いていた。


「……ディアナ」


 ディアナは何も語らなかった。


「あのね、ディアナ。私にだけ話して。一体何があったの?あなたがふさぎ込んでいる理由、戦乱のせいだけじゃないと思ったの」


 腐っても姉だ。ディアナは泣きはらした目を彼女に向けた。


「その……ゲオルグさんは何か知っているみたいだったけど」

「……お姉様」

「悩み過ぎると体に毒だわ。私、ディアナには元気でいて欲しいの。何でも言って頂戴。あなたが元気になるためなら私、どんなことでもするわ」


 ディアナの中で、言えば更に現状が悪化するのではという思いと、言わねばこのまま気でも狂って衰弱するしかないという恐怖とが交錯する。


 ディアナは諦めの嘆息を漏らした。


「誰にも言わないって、約束してくれる?」

「ええ。絶対言わないわ」

「私……レオンと一緒に暮らしたいの」


 一瞬、時が止まる。


「……え?」

「私、レオンが好き。でも彼は、私を幸せには出来ないと」


 イルザはその大きな瞳を更に大きくして、涙で頬の荒れた妹を見つめている。


「そんな……」

「あの人も私と同じ思いだと言ってくれたわ。けど、多分、彼はお父様に忠義を尽くしているから、私に手は出せないの。それに加えて貧しい生活をしているものだから、余計に私を留め置く選択など出来なかったんだわ」


 イルザは息を呑み、混乱する頭でストンとベッドに腰掛ける。


「い、いつから?」

「そうね……私の方は、彼がハインツ邸の庭を整え始めた時から、ずっと──」

「レオンは……どうなのかしら」

「詳しく聞いたことがないから、分からないわ」

「じゃあレオンはあなたと暮らし始めて情が移ったってこと?」


 要約されると、何だか苛々する。


「とにかく私はレオンに会いたい」

「……ディアナ」


 イルザがディアナの肩を抱き、じっと何かを考え込んでいる。


「あのね、ディアナ」

「……」

「グスタフがね、あなたに縁談を持って来ているそうよ」


 ディアナは弾けるように姉を見る。


 姉は思いつめたように妹を眺めた。


「でも、多分、それは──」


 イルザは言い淀んでから、再び続けた。


「地獄の始まりなの」


 ディアナは眉を八の字に歪める。


「私、そのことをよーく知ってるの。だからあなたに同じ思いはさせたくないって思う。少しでも好きな人を人生の伴侶に選ぶべきなのよ。でも……」


 ふとイルザは目を吊り上げた。


「レオンが嫌がるなら、諦めた方がいいと思う」


 ディアナはハッとした。


「あなたを不幸にするかもとか、もっといい家に住んでもらえれば良かったとか、自分に甲斐性がないからとか、一生自分を責めながら暮らすのは彼だって苦しいのよ。私が言ってもあまり説得力がないけど、夫婦っていい時ばかりじゃないの。何かの折にもしあなたがレオンを突き放したら、あっちは立ち直れなくなる。覚悟が双方に出来ていないと、結婚って出来ないのよ」


 結婚生活に関しては、こちらの方が先輩だ。ディアナは自身の浅はかさに内心うろたえた。


「私とグスタフは男女としては愛し合えてないけれど、両家を支え合おうと言う覚悟だけはして来たわ。それがまた滑稽で不幸なのだけど、それでも別れようとまで思わないのは、お互いに責任を感じているからなの」


 ディアナは鼻をすする。


「あまり今のあなたにこういうことは言いたくないのだけれど、結婚って男の人次第のところがあるわ。男の人が支えられないと思ったら破綻するの。稼ぎ頭はどうしても男の人だから。だから、何と言えばいいか──彼がそう判断したら、そうなのよ。女の出る幕はないの」


 ディアナは姉の肩に額を乗せ、カタカタと震えた。姉は妹の背中を撫でる。


「でも、良かったじゃない。一時でも愛する人と暮らせて。私なんかそんな経験、一度もないのよ。恋だって、まだしたことがないもの……」

「ううう……お姉様」

「レオンはあなたに何をしてくれたの?私にも教えて」


 ディアナはくぐもった声で答えた。


「花で冠を作ってくれて、キスを──」

「やだぁ、羨ましすぎる!庭師さんったら、ああ見えて結構ロマンチストなのねぇ」

「……うん」

「いい思い出になったわね。そんな最高の記憶、きっと死ぬ間際にだって思い出すわ──」


 感情を吐露し、ようやくディアナが落ち着いた。


 その時だった。


 扉をノックする開く音がして、使用人から声がかかる。


「ディアナ様。お客様です」


 ディアナとイルザは体を離した。


「こんな夜に、お客様?」

「はい。ディアナ様のお忘れになった、馬を返上したいと」


 それを聞くやディアナの胸は激しく騒ぎ、次の瞬間には、彼女は部屋を飛び出していた。


「待ってディアナ!」


 イルザもドレスの裾を持ち上げて走り出す。騒ぎを聞きつけ、グスタフものっそりと部屋から出て来た。


 イルザとグスタフが次に見たのは、宿の玄関で体の大きな青年に飛びついて泣きじゃくるディアナの姿だった。


「レオン、レオン……!」

「……ごめん、ディアナ」


 レオンはディアナを抱き締めると、彼女の頭に愛おしそうに頬を寄せた。

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