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20.イルザの苦悩

 馬車は夜に宿屋に到着した。


 イルザは御者に起こされて眠りから覚めた。うーんと伸びをして、目をこすっている。


「ああ、よく寝た。さ、ディアナ。ようやく再会出来たんだから、今日はお食事も豪勢に行きましょう!リースも飾りましょうね。これでようやく寒々しい壁が美しく彩られるわ!」


 そう。姉は昔から、美しいものに目がなかったのだ。イルザはすぐ手元にあるカラフルなリースを手に取り馬車を出る。


「あらどうしたの?ディアナったら元気ないじゃない」


 ディアナはうつむいた。


「分かった。ろくなもの食べてないから、元気が出ないのよね?」


 ディアナは目をこすって無言の返答をする。


「さ、入って。あなたの部屋に案内するわ。ちょうど一部屋空いていたのよ。これも神の思し召しね!」


 イルザは久しぶりに妹に会えた喜びで舞い上がっている。


 宿屋の玄関に入ると、執事がうやうやしくリースを受け取った。イルザはディアナの背中に手を回すと、レースの裾を蹴り上げるように浮足立って歩き出す。


 そこに、メイドが何かを持ってやって来た。


「あら、どうしたの?」


 メイドが持って来たのは手紙であった。イルザはその場で手紙を開けると、内容を読んで顔をしかめた。


「やだあ、グスタフがこっちに来るんですってよ!」


 ディアナはそれを聞き仰天した。こんな風に夫を疎んじる姉を初めて見たのだ。


「せっかくひとりで楽しくやってたのにぃ。あーあ」


 ディアナは額に汗をかく。


「ま、いいわ……私には可愛い妹がついてるんですものね!」


 イルザはメイドに手紙を押しやると、ディアナの手を取って歩き出した。


「この宿にはね、なんと温泉が引いてあるのよ。貴族もこぞって湯治に来るんですって。希望すれば、エステだってしてあげられるわ。ディアナ、何だってあなたの望む通りに申しつけてくれていいのよ!」


 ディアナは姉の指を見る。新しい金銀の指輪の数々。白く輝く大小の真珠がころころと指を彩っている。


 以前は宝石類を見ると癒されるような気がしていたディアナだったが、今は妙に目に毒々しく映り、内心どきりとした。


 


 ディアナが案内されたのは宿屋のスイートだった。


 ケーキスタンドには色とりどりの焼菓子が並べられ、既にメイドが紅茶を用意して待機している。


「さ、ディアナ、山小屋暮らしは疲れたでしょう。ここで存分に癒されてね」


 薔薇の絵柄のティーカップに、なみなみと紅茶が注がれる。


「ねえ、ジェシカ」


 イルザが名を呼び、メイドが答えた。


「はい、奥様」

「妹と水入らずでゆっくり話がしたいわ。席を外してくれる?」

「かしこまりました」


 メイドは直線的な足取りで出て行く。イルザはディアナに向き直った。


「ねえディアナ。お父様とお母様を失ってから、どうやって逃げ延びたの?顛末を詳しく教えて欲しいの」


 まるで冒険譚を聞くような身の乗り出し方に、ディアナは少し苛立つ。


「レオンが、助けに来てくれたの」

「レオン?」

「……庭師」

「ああ、さっきの人ね」

「逃げたのは夜だったわ。私が起きた時にはもう、周りは火の海で」

「そう……」

「その時点で、お父様とお母様は息絶えていたわ。私も暴漢に襲われそうになって」

「!」

「そこをレオンが助けてくれたの。そこから馬に乗って──山小屋に」

「そういうことだったの」

「戦火が収まるまで、いていいって言ってくれたの。だから、しばらくお世話に」


 そう言った途端、ディアナにどっと今までの幸せな記憶が雪崩れ込んで来た。ディアナはぼろぼろと涙をこぼす。


「あああディアナ。とっても貧しい思いをしたのね!」

「ち、違……」

「レオンったら、ディアナにひもじい思いをさせて……!」

「違うの……」

「そうよね、命の恩人だものね?かばう気持ちはよく分かるわよ」

「……」


 何を言ってもあっちの都合よく解釈されるのでディアナは静かに怒りながら黙る。


「私がついてるから、もう安心よ。ね、戦乱が収まったらあなたの夫を探しましょう。王家に貸しつけたお金もどうせ返って来やしないから、ハインツ商会はもうお終いね。だから、いいところに嫁ぐのよ。グスタフのお友達に当たって貰えばいいわ。そうしましょう」


 ディアナは少し嫌な気持ちになる。先程は夫をあんなに忌み嫌っていたくせに都合良く頼ろうなどと余りに薄情だし、伴侶を馬鹿にし過ぎではないのか。


「お姉様。先程グスタフ様のことをあれほど悪し様に言っておいて、それはないのでは?」


 ディアナがそうくさすと、イルザはきょとんとしてから手をひらひらさせて笑った。


「やーね、ディアナったら潔癖なんだから。こっちは毎度我慢の連続なんだから、それくらいはしてもらわないと割に合わないじゃない」


 ディアナは面食らう。イルザはすっかり人が変わってしまったようだった。


「我慢の連続……?」

「そうよ」

「我慢って、何を?」

「やだ、姉にそれを言わせる気?」


 イルザは鼻で笑ってから、こう続けた。


「夜の営みよ。一番嫌なのは、夜」


 ディアナは目を白黒させた。イルザは悲しげに笑って目を伏せる。


「私、なかなか子どもが出来ないの。夫のことを愛せないからかしらね」


 ディアナは目を泳がせてから、ため息をついた。


 やはり、そうなのだ。


 愛せない人と結婚すれば、一生辛い思いをしなければならない。よりによってレオンとディアナが別れるきっかけを作った彼女が一番それを感じていたとは、世の中は不条理だ。

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[一言] >愛せない人と結婚すれば、一生辛い思いをしなければならない。よりによってレオンとディアナが別れるきっかけを作った彼女が一番それを感じていたとは、世の中は不条理だ。 ホントそれ( ˘ω˘ )
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