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13.交渉の行方

「貴様は何を言っている。式を出すのは俺だ」

「ですから、何も貰えないなら式は致しません。レオンはあなた方に金輪際会いたくないと言っています」

「式をしろ。これは命令だ」


 ゲオルグは憎々し気にレオンを睨んだが、レオンも視線を外さない。


「世間体、ですか?」


 ディアナが問う。


「そうだ」


 ゲオルグが泰然と言い返す。ディアナは途端に微笑んだ。


「私は世間体などいりません。レオンのためならば」


 レオンとハンスが少し赤くなる。


「私の言う通りのものを用意して貰えれば、式を致しますけれど」


 ゲオルグは苛々しながら頬杖をつく。


「……何が入用だ」


 ディアナはにっこりと笑う。


「小麦粉を樽三つ分と、ワインひと樽、あと私の野良着です」


 みんなの視線がゲオルグに集中した。


「……いいだろう」


 意外にも、文句もなしにあっさりと交渉が終わる。ディアナはほっとした。


「式まで時間がない。今からハンスの店に行って採寸をしろ。言われたものは人夫を雇ってあとで持って行かせる。式で会おう」


 ゲオルグが、がたんと立ち上がりあっという間に席を外す。


 あっけない交渉成立に、ディアナはどことなく違和感を覚えた。


(……あの人、何を急いでいるのかしら)


 式など、別にいつでも良い。だが早急に決行させようとしたのはなぜだろう。


(我々に式をしてもらわないといけない、特別な事情でもあるのかしら?)


 式をだしに物資を引き出そうとしたディアナだったが、ゲオルグの方こそ何かのために弟の式をしなければならない事情があるのではないだろうか。


(世間体とかいうのは、もしかしたら何かを誤魔化すために言っているのかも……)


 今更不安になるディアナだったが、いつの間にかレオンが傍に立っていた。


「ディアナ、お疲れ様」

「……レオン」

「ハンスの店に行こう。ディアナの服を作ってくれるそうだ」


 兄弟たちは、どこかその様子を眩しそうに眺めている。


「……まさかレオンが兄弟の中で一番最初に結婚するとはなぁ」


 自らの頭に両腕を回しながら、トマスがからかい混じりに言う。ディアナは驚いてレオンを見上げた。


「え!そうだったの!?」


 レオンは気まずそうに頷く。


「俺たちが最初だ」

「そ、そっか。でもゲオルグさんだって、結構な歳よね?」


 兄弟たちは何かを誤魔化すように、曖昧に笑う。ディアナはピンと来た。


「ん?まさかそれって、レオンが虐待されていたのと関係あったりする?」


 室内がしんと静まり返る。ハンスが咳払いをした。


「ま……あるだろうね」


 トマスがそわそわと落ち着きなく座ったまま足を揺すって言う。


「俺、一回結婚が頓挫したんだ。乱暴者にやる娘はないって」


 ディアナはぽかんとする。フリッツが話に乗っかって来る。


「本当、いい迷惑だよ。ゲオルグとトマスがレオンを殴り回してたせいで、こっちまで同類だと思われるんだから」


 ハンスが彼の言葉に、同意とばかりに何度も頷く。トマスはむきになった。


「だって親父が殴れって命令して来るんだぜ。命令に背いたら、こっちが殴られるんだからな!」

「僕は命令されてもレオンを殴らなかったぞ。その代わり、親父に殴られたけど」

「ややややめなよみんな、お嫁さんの前で……」


 ディアナはそれを眺めて思った。


 地獄だ。


 レオンの瞳が光を失っている。ディアナは可哀想になって、そっと彼に囁く。


「……触ってもいい?」


 レオンは頷いた。ディアナはレオンの指先を握る。


 家族間で、こんなことがあっていいのか。


 ディアナは父と母、姉と何のトラブルもなく暮らして来た。家族愛という言葉を信じ、仲睦まじく暮らして来た。恵まれた彼女はこんな家族が同じ国にいるなど、想像もしたことがなかったのだ。




 ハンスの店で採寸を終え、ディアナとレオンはレギーナに乗って再び丘の上の小屋を目指した。


 夕陽の中、馬の背中がゆったりと左右に揺れている。


 両脇を挟んでいるレオンの腕をディアナは愛おしそうに撫でた。


「その……いろいろ、大変ね」


 どうにか絞り出したねぎらいの言葉も、どこか空しく響く。レオンは何かを我慢するように声を詰まらせると、思い切ったようにこう言った。


「ディアナがいたから、大丈夫だった」


 ディアナはぽかんと口を開け、そうっとレオンを見上げる。


 レオンは夕陽に照らされて微笑んでいた。


 その余りにも美しい光景に、ディアナはじりじりと胸を焦がす。


「ほ、本当!?」

「ああ。ディアナがいてくれて、本当によかった」

「わ、私もレオンがいてくれて、本当に……」


 その瞬間、レオンが何かに気づいたように笑顔を消す。ディアナはそれを見て我に返り、すっと前を向く。


 好意を向けると、いつもこうだ。


 レオンを困らせてしまう。彼はあくまでも、恩人の娘を戦火から逃がしただけなのだから。


 ディアナは前を向くと、じわりと痛む鼻をすすった。


 こちらがどんどん好きになるのとは裏腹に、あちらは目を覚ますかのように彼女から後退する。ディアナがレオンの腕の中しょぼくれていると、彼が言った。


「……ごめん」


 ディアナは前方に沈み行く夕陽を見つめた。


 その謝罪の意味が何であるのか、心の中ですぐそばにいる愛する人に繰り返し問いかけながら。

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