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11.世間体という病

 このようにふわふわとした生活をしている内に、荒野の一角に芽が出た。


 ディアナがいつものようにそこに水をやっていると、遠くから足音がやって来る。


 フリッツだった。ディアナは立ち上がって出迎える。


「やあ、お嫁さん。元気でやってますか?」

「……ええ。今日は何の御用で」

「レオンはいるかい?また、ちょっと相談があってね」

「……相談?」

「ああ。君にも関係のあることだから、先に言ってしまおう。結婚式のことだよ」


 ディアナはぎくりとする。


 彼はまた、レオンの機嫌が悪くなりそうな話を持って来たのだ。


「……結婚式」


 ディアナの表情に影が出来たので、フリッツは慌てて取りなした。


「一族の嫌な部分を見せてしまって、お嫁さんには本当に悪いと思ってるよ。でも、俺たちにも世間体ってものがあるんだ」


 世間体。


 ディアナは首を傾げる。久々に聞いた言葉だ。


 裏山から、レオンが藤の花とレモンを持って降りて来た。このシロップは順調に、二人の生活の足しになっていたのだ。


 レオンは兄の姿を認めると、やにわに眉間に皺を寄せた。


「さ、お嫁さんも入って。あれからこっちでも色々あったんだ」


 与り知らぬところで色々あったと言われても、実感が湧かない。


 四男がディアナを小屋に連れ込んだ手前、レオンも小屋に入らざるを得なくなる。


 フリッツは席につくと贖罪とばかりに、卵が詰まった籠を二人の前に差し出した。


「結婚式のことなんだけど」


 小屋の中に緊張が走る。


「一週間後、村の広場で行うってことになったから」

「帰れ」


 レオンは籠を突っ返した。ディアナは二人の間で話の行く末を見守る。


「そ、そのぉ。レオンにしたら知ったこっちゃないって感じだろうけどさ、ゲオルグは長男だから、他の兄弟の式を出してやらなきゃいけないんだよ。君達の結婚が村に知れ渡った以上、そうしないと世間体が」

「ほー。さんざん小さなレオン君を殴りまくっておいて、今更世間体ねぇ……」

「いや、お前の言いたいことも分かるよ?小さい頃は苛め抜いておいて、大人になってこっちの体が大きくなったら急に何もなかったように振る舞うあの感じ、なかなかに最低だよなァ、うん」

「二度と会いたくない」

「そ、そんなこと言うなって……考え直して欲しいんだ。式をしなかったらお前だって、村でどんな噂を立てられるか分かったもんじゃないんだぞ」


 その発言に、レオンは少し勢いを削がれる。


「……俺が、噂……?」

「そうだよ。ディアナさんはとてもこの村で評判がいいんだ。そんな気立てのいいお嫁さんに式もしてやらないなんてどんな事情があったんだろうって、痛くも痒くもないところをほじくり返されるかも知れないんだぞ」

「……」

「例えば、お前が最悪の亭主扱いされるかもしれない。または、ディアナさんに妙な事情があるかもと、何もないところに煙を立てられる可能性だって」


 レオンが途端に青ざめる。


 田舎者の噂話や身辺調査能力は、こちらの想像を遥かに超える時がある。一度噂を立てられたらそれがどんなに馬鹿らしく突拍子のないものであっても、藁に付けた火のごとく一気に燃え広がってしまうのだ。


 ディアナは腕を前に組んで、熟考した。


 世間体に関しては、ディアナも商家の子。その取り扱いの難しさ、危険性をよく理解していた。


 そしてその折り合いの付け方も、ディアナは熟知していた。


 腐っても令嬢。


 彼女は顔を上げた。


「あのう」

「ん?何ですかディアナさん」

「多分その結婚式、レオンに何もメリットがないのでは?」


 フリッツの目が点になった。


「……へ?」

「世間体を大事にしても、レオンにとっては何も得がない。だから、彼は式をする意味を見出せないと言っているのです」


 フリッツは斜め上を眺め、何度か頷いた。


「なるほど、確かに」

「ゲオルグさんやフリッツさんは、世間体を大事にすると旨味があるのです。いい人に見られますからね。でもレオンはそれに付き合わされると過去にやられた嫌なことを思い出し、心にダメージを負ってしまう」

「ふむふむ」

「ですからその不快さを上回る益があるとなれば、彼も結婚式をしようと思えるのでは」

「なーるほど」

「おい、ディアナ……」


 レオンが冷や冷やしながら二人の会話に割って入った。


「君は何を考えて……」

「あら。つまりですね、ゲオルグの兄貴、式して欲しいならなんかよこせ!ということですわ」


 レオンが頭痛をこらえるようにこめかみをおさえ、フリッツはやにわに笑い出す。


「こいつはたまげた!おい、レオン。お前のお嫁さんはなかなかに知恵が回るなぁ」

「……一体、何を言い出すんだディアナ」

「だってレオン前に言ってたじゃない。あなたはまず遺産の取り分に不満があったわけでしょう?」

「ぐっ……」

「他の兄弟とは違い、こんな辺鄙な場所しか与えられなかったんですもの。それが、レオンを常に苛立たせている。何か貰えれば、少しは気が紛れるんじゃないかしら?」

「そんな馬鹿な話……」

「あっちだって脛に傷があるわけでしょう。あなたの結婚式に固執するのも、何かを挽回出来ると企んでいるからだわ。ならばこっちだって挽回しましょうよ、レオン。言っておくけど、これは争いではない。取引なのよ。いわばあちらの世間体を賭けた商談。商談に勝ちましょう。そうしてレオンに少しでも豊かな生活をしてもらうの。それがお兄様へのちょっとした復讐になるのよ。結婚式を人質に、少しでも利益を得るべきよ。あなたにはその権利がある!」


 レオンはぽかんと熱弁振るうディアナを見上げている。


 ディアナは演説をぶちながら、こうも考えていた。


(大好きなレオンと結婚式が出来るなんて、この最高の機会を二度と手放してはならないわ!!)


 復讐心と乙女心に火がついたディアナを止められる者は、この小屋にはいない。


 彼女は段々目の色が変わって行くレオンを眺め、現実味を持って迫って来た結婚式の影に高揚していた。

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