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異世界で養蜂園を創ろう! ~1から始めるハニーライフ~  作者: 世も据え置き
第一章 異世界養蜂園の作り方
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8.新しい巣箱②

 8.新しい巣箱②

 

「豊太」

「ぅうおうッ!!」

 びっくりしたびっくりした。

「急いで来て」

「……あれ? 姫ちゃん」

「うん」



 時間は朝方。数日後。

 豊太はあの後、巣の様子をニマニマしながら確認して日々を過ごしていた。

 そして今はネットサーフィンをした後。男の日課である、とある作業をしようと腰を上げた所であった。

 

 

「どうやって入ってきたの?」

「入り口から」

「……そう」


 ここは異世界ではなく俺の家。

 何故、姫ちゃんが家に居るのだろうか? 小屋の鍵も、家の鍵も閉めてあるはず……。いや、そんなことよりこのままでは事案案件だ。身の潔白を証明する証言が必要である。

 ここは異世界ではなく現実的世界。法律が存在し、未成年保護条例が存在する世界。すなわち今の俺のズボン半脱ぎで少女の前に居るこの状態は、著しく未成年の保護を必要とする場面であると誰もが賛同するだろう。

 

 俺はバレぬようにズボンを定位置に戻す作業を開始する。ゆっくりと、それでいて等速で。まるでアハ体験でもするかのように気付かれずに、だ。

 もちろん小粋なトークで気を逸らすことも忘れない。

 

「今日はちゃんとご両親にここに来てもいいって言われたかな?」

「……? 多分ない」

 

 これで身の安全性が危機的状況であることを再確認する。……いや、まだ分からない。この不思議ちゃんが、本当に不思議な存在なら問題がない。つまりエルフのように見た目少女で実年齢1000才とかなら何も問題がない、筈だ。

 

「そういえば姫ちゃんは幾つなのかな?」

「?」

 ……続かない。どういう事だ? 聞き方が悪いのか?

 

「えーと、産まれて何年経ったのかなーって」

「……数えていない」

 ジーザス。もしかしていいトコのお嬢様という推理は間違っていたのか?

 

「それより豊太。直ぐ来て欲しい」

「え? まあ今日も行く気だったけどね」

「早く早く」

「はいはい分かったよ」


 俺は姫ちゃんに急かされるように異世界花畑へと足を運ぶのだった。

 

 *

 

「どれどれ……俺の巣箱ちゃんの様子はどうかな」

 今日も今日とて蜂達で騒がしい巨木の下。養蜂箱からは蜂が忙しそうに出入りを繰り返している。

「うん、順調そうだ!」

 初心者でもここまで上手くいくのは、蜂の数や理想的な立地なのが理由だろう。それと姫ちゃんの存在だ。


「蜂達がもう巣が狭いって」

「ええっ!? ……だってまだ仕掛けて3日だぞ?」

 姫ちゃんはこうして巣箱の様子を教えてくれるのだ。まるで箱の中が透けて見えているかのように。

 

「どれ……」

 俺は底板を外して中を覗いてみる。



 豊太が甚右衛門から譲り受けた重箱式蜂巣箱には、様々な彼の改良の後が見て取れる。この底板の仕組みもその一つ。巣門枠の下に置かれた底板は二重になっており、上段は蜂が通れない程度の網が敷かれていて、下段は引き出しのような箱型になっている。

 引き出し部分を抜けば簡単に下から巣の中を観察することが可能なのだ。そして底に溜まった巣のゴミも簡単に掃除できる。

 甚右衛門が如何に蜂を大事に育てていたか、それが分る手製の巣箱だった。

 

 

 底板を外した巣箱は、蓋まで見える中空構造になっている。途中に針金が十字に渡されていて、そこに引っかかる様に蜂の巣が大きくなる訳だ。つまり下から覗けば巣の中の至る所まで観察できる。さらに手にした鏡で寝そべらなくても大丈夫。

 

 俺はコンクリートブロックの隙間にそっと鏡を差し入れる。


「うゎあ……すっごい」


 巣箱の中は蜂・蜂・蜂。みっちりと隙間もない程だ。その様はまるで蜂の塊が垂れさがっているようだ。

 そして問題なのが、その蜂が巣門枠にまで迫っているということだ。このままでは底板に巣がぶつかってしまう。それは駄目だと甚爺さんにも教わっている。

 

「ありがとう姫ちゃん。このまま放って置いたら不味い事になっていたよ」

「うん」


 早速持って来たこの継箱の出番という訳だ。

 

「……どうしてマズい?」

「ん? それはね……」

 俺は甚爺さんに教わった受け売りの知識を披露し始めた。

 

 巣箱が一杯になると起こる現象。それは『分蜂』である。

 分蜂とは女王バチが新しい女王バチを産み、そして幾らかの働き蜂を連れて巣を去ってしまう事を指す。そして蜂達はたっぷり蜜を吸って新たな巣を探す旅に出る。つまり蜂蜜の量がその分減ってしまうのだ。

  

「……なるほど。それは大変?」

「だろう……でも大丈夫! そうなる前に巣を作るスペースを増やしてしまえばいいのさ!」

 何故か教育番組のお兄さん口調だ。

「えーっと確か……」


 甚爺さんが言うには、蜂の巣は上から下へ伸びるように大きくなる。従って継箱で巣を大きくする際は、巣門枠の上に追加するように箱を継ぎ足すのが正しい。

 つまりその上の箱を全て持ち上げる必要がある。

「……重労働だな」

 ぶ厚い木枠の箱に、中には蜂の巣がびっしりだ。一体何キロになるのか見当もつかない。まあこれも養蜂家のお仕事という訳だ。

  

 重しの石を降ろし、屋根を外す。後は巣が中にあるため、一気に持ち上げる必要がある。

「せーの……………ッッッ!」

 重い! 何だのの重さは! たった二つ重ねの巣箱だというのに20キロ近くはあるんじゃないか!?

「ぐぬぬぬぬ……」

「持ち上げるの?」

「あ、ああ……姫ちゃん……危ないから……さがっ……てて」

 こんな場所で運動不足が露呈するとは、この豊太、男として一生の不覚。女の子の前で醜態を晒すとは……運動会で張り切り過ぎてしまうお父さん心が何となく分った気がする。

「これでいい?」

「そうそうそのまま持っていて……!!??」


 なんと、俺の旨ほどの身長しかない少女がヒョイと巣箱を持ち上げたのだ!

 

「……」

「豊太、これからどうする?」

「あ、うんそうだねッ」

 

 己の筋力のなさを呪いながら、俺は作業を続けるのだった。

 

 

 ***

 

 

「よし、こんなもんかな。姫ちゃん降ろしていいよ、そっとづつね。蜂を挟まないように」

「うん」

 これで少し高くなった巣箱の改築の完成だ。


 追加で入れた継箱は三つ。実際は急に大きくするのは良くないらしいのだが、たった三日で満杯になるのだから問題ないだろう。

 きっとこの花畑の蜂は、日本ミツバチに近い別の品種なのだろう。聞いた知識だけでなく臨機応変に対応する必要がある。

 しかし問題は、貰った巣箱がそこを尽きた事にある。これからは自分で買うか作るかしかない。もちろん金は無いから作る一択だ。

 

「ふう……」

 一仕事終えた感を出す為に、俺はポケットに入れていた煙草を取り出す。

「あ、煙草吸っていいかな? もちろん離れて吸うから」

「タバコ?」

 姫ちゃんは煙草を知らないらしい。やはりお嬢様か?

「これ、この刻んで紙に包んだ葉っぱに火を点けて煙を吸う」

「美味しい?」

「いや……お勧めはしない。大きくなってもね」


 煙草は依存だ。人は色々なしがらみを引きずりながら生きるものだが、わざわざそれを増やす事もない。最近の若い奴は利口で近づこうともしない。煙草の文化はきっと俺ぐらいの代で絶滅するのかもしれないな。

  

 少し姫ちゃんと木から離れた場所に陣取り煙草に火を点ける。

 甘辛い香りが肺を満たす。

 この煙草は俺のオリジナルブレンドだ。辛めの物を土台に、チェリー風味を少し混ぜたお気に入りの一品だ。

 

「その匂い……豊太と同じ」

 気が付くと姫ちゃんは俺の横で腰を下ろしていた。本当に彼女は神出鬼没だ。移動した気配を一切感じない。

「ん? 煙草の匂いが染み付くのはスモーカーの宿命だな……もっと離れた方がいいかな?」

「平気、その匂いは甘くて好き、だけど何だか眠くなる……豊太がこの子達に襲われなかったのもそれが理由かも」

「へえ……燻煙器と同じ効果があったのかな?」

 そういえば今まで防護服を着ていないが、一度も刺されたことはない。蜜蜂は大人しいと聞いていたし、少し刺されても我慢できると着ていなかったが運が良かったのかもしれない。

  

  

 *本来の蜂は煙草や洗剤の匂いに敏感で、寄って来る場合があります。蜂の巣が近くにある際は注意しましょう。また燻煙器で蜂が大人しくなるのは火事と誤認し混乱するからと言われています。

  

  

「何だか眠くなってきた……」

「お、おいおい」


 姫ちゃんはなんと俺の膝へ頭を載せ、その場で寝そべり始めたのだ。まさかの膝枕である。

 

「……」

 俺は硬直した。こないなもんどーせーちゅーねん。

 

 

 豊太は煙草を吸うのをやめ、しばし固まったままであったが、次第に横になり寝息を立て始めた。

 暖かい日差しと爽やかな風に包まれ眠りにつく二人。

 蜂達は彼等を起こすまいと羽音を潜め、二人の様子を微笑まし気に見つめるのであった。

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