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異世界で養蜂園を創ろう! ~1から始めるハニーライフ~  作者: 世も据え置き
第一章 異世界養蜂園の作り方
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6.蜂川農園

 6.蜂川農園

 

 家に戻って眠りについた翌朝。俺はある決意を胸に家を出た。

 目的地は蜂川農園だ。

 

 

 蜂川農園は豊太の家から更に山奥に向かった先にある、果樹園を主に生業としている農家である。その傍ら養蜂も営んでおり、彼の愛用している蜂蜜もここから購入したものである。

 豊太とは以前からお得意様として面識はある。それゆえ彼は、駄目元でと商品に書かれた連絡先を調べて電話してみたのだ。すると以外にもすんなり了解の旨がとれ、こうして向かっているのである。

 目的はもちろん養蜂のイロハを学ぶためだ。

 

 

 軽トラのケイちゃんに積まれた巣箱を片目に見やる。結局ムダ金になってしまいそうだが、専門家に尋ねれば何か方法はあるかもしれない。

 駄目だったら、あの不思議な少女姫ちゃんが言っていたように、木のウロから直接蜂蜜を頂くことにしよう。

 ああ……どうせなら味見でもしておけば良かった。しかしあの蜂の群れに手を出すのは流石に腰が引けてしまった。

 

 立て続けに起こる不思議体験と、蜂蜜のことを考えながら、何度かトンネルをくぐった先。山間に広がる盆地に蜂川農園が見え始めた。

 

 

 始めに目に付くのが、蜂川農園の主戦力である梨園だ。時期が時期だけに生え並ぶ木々は葉っぱを落とし寒々とした姿をしている。

 それを横目に軽トラを走らせていると見えてくるのは、大きな瓦屋根の古民家だ。そこが蜂川家の住居であった。

 

 

 前の道路に車を停めると、音を聞きつけたのか一人の人物が家から顔を出した。

「ああ香具内さんかい?」

「はい、香具内豊太です。今日は急に申し訳ありません」

「いんやいんや。今の時期は~暇ですし、今から養蜂を始めるのならば早い方が良いでしょうしなあ」


 出てきたのは蜂川家の主人である甚右衛門さんだった。歳は随分取っている様に見えるが、腰も真っすぐではきはきした姿はまだまだ現役を感じさせる。

 俺とはお店で何度か面識がある程度だったが、どうやら顔を覚えて居てくれたようだ。

 

「それで養蜂について話を聞きたいんじゃったか?」

「はい。急に思い立ちましてコレを買ってみたんですが、思うようにいかなくて……」

 と軽トラに載せていいる巣箱を見せる。

「そりゃあ今年は暖冬だ言うても、まだあ気が早いんじゃないかの?」

「うっ」

 

 それはそうだ。今はまだ二月。蜂が飛び交う季節には早いのだ。

 しかし俺はあの異世界の花畑を見つけてしまっている。そこなら上手くすれば直ぐにでも蜜が採れるはずなのだ。蜂蜜を目の前にしてお預けなんて……何とか誤魔化してでも聞きださなければ、俺の蜂蜜中毒はクライマックスまで進んでしまいますよ。

 

「で、ですから春に向けての準備なんかをご教授いただければと……あ、これお土産の饅頭です」

 ここで素早く助手席から途中で買った地元銘菓のお饅頭を取り出す。

「おおこりゃ悪いなあ……儂もこれには目が無くてな。ハッハッハ若いのに関心関心!」

 ……っふう。何とか誤魔化せたようだ。

「で、ですね。見た感じこの巣箱じゃ駄目っぽい感じがありましてですね」

「ふむう……まあ立ち話もなんじゃ。こっちに来なせえ」

「よろしくお願いします!」

 

 ということで俺は甚右衛門さんの後を追い、蜂川家の門をくぐるのであった。

 

 *

 

 豊太が連れてこられたのは家の中ではなく、隣接して建てられた倉庫だった。

 様々な農業用の機械や籠、ダンボールが詰め込まれた倉庫の一画。そこには彼が望んた、そして高くて買えなかった垂涎の品々が並んでいた。

 

 

「これは……遠心分離器ですね」

「おう、そうそう」

 養蜂に使う道具としては恐らく、単品では一番高いであろう品物だ。

 

 

 遠心分離器とは、科学の実験に使う機械……ではなく蜂蜜を採取するための、ドラム状の手回し器である。中央に蜂蜜のたっぷり入った巣枠を入れて、グルグル回す。すると遠心力で蜂蜜が外に飛び出し、下に溜まるという仕組みである。

 

 

「でも高いですよね……」

「お前さん、趣味でやるなら西洋ミツバチは辞めとけ辞めとけ。ありゃ金がかかって仕方ない」

「あ、やっぱりそうなんですか……」

「あ~と……あったあった。お前さんはこれがいいじゃろ」

 

 と、渡されたのは四角い木箱。上と下は開いているが、見た目はデカい升である。

「これは?」

「これは儂が以前作った日本ミツバチ用の巣箱じゃい」

「これが日本ミツバチ用?」

 

 俺がネットで買った巣箱よりは小さいが、ゴツい。持たされたソレはずっしりと重く、それだけがっしりとした作りであるというのが分かった。

 

「これ、上と下が抜けているのは?」

「ああ、これは継箱だわい……あーと、アレはどこやったかのお?」

 とまた積まれた荷物をガサゴソとやり始めた。

 

 俺はその巣箱をじっくりと見やる。

 ……これなら姫ちゃんが言っていた不満。暑くもないし寒くもなさそうな巣箱として理想なのではないだろうか。

 

「ああ、あったあった」

 と似た形の、しかし今度は蓋が付いた物を「ホイ」と持っていた継箱とやらの上に載せてきた。……結構重い。

「これもやる」

「え」

「もう使っとらんで持ってってええ」

 

 突然の申し出に驚きと喜びが湧き上がる。

「本当にいいんですか!? 後で返せって言われても返しませんからねッ」

「いい、いい。儂も趣味でやっとったが、今は孫が西洋ミツバチでやっとるからな」

「はあ……お孫さんが……あ、ありがとうございます! 頂きます!」

「これならまあ、置いときゃあ運が良ければ居付くだろうて」

「運ですか……」

 まああそこなら何とかなるか?

「そんでこれがおまじないの道具」

「おまじない?」

 

 ウッヒッヒと笑う甚右衛門さんに渡されたのは、黄色い石鹸だった。使った形跡があり幾分欠けている。

 

「日本ミツバチの蜜蝋じゃい。これで巣箱の中を擦る。そうすると来てくれる、かもしれん」

「なるほど……確かにおまじないっぽいです」

「ウッヒッヒ」



 その後も豊太は、色々な道具を持たされ、そして饅頭を摘まみながら色々な養蜂の話を聞きいて甚右衛門と仲良くなったのだった。

 

 

 *

 

 

「ただいまー! ……あ、いらっしゃい……」

「あ、お邪魔してます……」

 

 甚右衛門爺さん、略して甚爺さんと仲良くなった俺は、居間で養蜂の話を勉強になっていた……のであるが、途中から爺さんの若い頃の武勇伝や婆さんとの惚気話になった。そんな頃だった。

 後ろから声がして振り返ると、セーラー服を着た女子高生が目を丸くしてこちらを見ていた。そして出たのが上の会話である。


「おお帰ったか。この好青年は家の蜂蜜を贔屓にしてくれとる豊太くんじゃ。ほれ挨拶せえ」

「……どうも」


 どうやら甚爺さんは、俺を好青年として見てくれるらしい。現在無職のフリーターの身の上で有難い話である。

 

「これは儂の孫の香澄ちゅうんじゃ。ほれ婆さんに似て美人じゃろ?」

「はあ……」

 婆さんの顔なんて知らんがな。

 

 だが甚右衛門爺さんが自慢したくなるのも分かる。何と言ったらいいのだろう……そうだ、地方のニュースとかに稀に映る、何故こんな田舎にいるんだ? と聞きたくなるような美少女、とでも言うのだろうか。

 

 ひっつめられた黒髪は、古民家特有の薄暗い照明の中でも光沢を放ち、きつい目付きは恐らく俺という闖入者によるものだというのに、それでも綺麗に整い魅力を放っている。筋の通った鼻と、その下の赤い唇は、冬の寒さで赤くなった白い肌と見事なコントラストを描いている。そして解きかけたマフラーから覗く細い首は、未だ咲かぬ花のつぼみの様に彼女の若さを物語るようであった。

 まあ一言で美少女だ。……ああ、これで最近美少女に会うのは二人目だな。姫ちゃんは人形のような美しさで、香澄ちゃんは生き生きとした美しさってところだろうか。

 

「ウッヒッヒ……若い男が居るから恥ずかしがっとるんじゃ」

「もう! おじいちゃん!」

「ウッヒッヒ、村には若いのがおらんから……ウッヒッヒ」

 おじいちゃん。俺に耳打ちするのはいいですけど、お孫さんには丸聞こえですよ。

「お兄ちゃんが居るもん!」

「おお隆一郎かぁ。そりゃあかん、近親相姦はあかんのお……ウッヒッヒッヒ」

「……このボケジジイッ!」

 

 そう捨て台詞を残すと、彼女はダダダダダと音を響かせながら奥へと去って行った。

 

「甚爺さん……からかっちゃあ駄目ですよ」

「ウッヒッヒ」

 笑ってるし。

 

 とお孫さん、香澄ちゃんが来たことで話は中断。時計を見ると結構な時間が経っていた。どうやら彼女は学校帰りだったらしい。


「それじゃあ俺はそろそろお暇します」

「なんじゃい、飯食ってけ」

「そこまで甘えるわけにはいきませんよ。それに貰った物も試したいですし」

 使わないからと頂いた養蜂道具は軽トラの荷台に積んだままだ。

「そうかの……まあまた来るとええ」

「そうします」


 今日はありがとうございました。とお礼を述べ、蜂川家を後にした。甚左衛門の爺さんは外に出て、最後まで軽トラを見送ってくれたのだった。

 

 

 ***

 

 

「……ねえおじいちゃん」

「ん~」

 

 場所は蜂川家の食卓。甚右衛門は孫の香澄の声に、たくあんをポリポリとかじり、かつテレビを見ながら生返事で返した。

 

「さっきの人って……偶に家の販売所に来るお客さんだよね?」

「ん~」

「……お爺ちゃん聞いてる?」

「んん~」


 甚左衛門はテレビに映る、お気に入りの地方テレビ局アナウンサーに夢中だった。

 

「……ねえってば!」

「親父ボケたんじゃないか?」


 蜂川家の大黒柱。香澄の父親であり甚右衛門の息子がそう茶化す。似た者親子なようだ。

 

「ボケとらん」

「聞こえてるんじゃない……香澄、今日誰か来てたの?」


 そう聞くのは香澄の母だ。

 

「男の人……なんかお爺ちゃんの蜂巣箱大事そうに抱えてた」

「ん……あの埃被ってたやつか」


 そろそろ薪にでもしようかと思っていたが、どうやら先を越されたらしいと父。

 

「ばかもん。あれは俺の跡継ぎよ」

「……跡継ぎって」


 祖父の言葉に呆れた声を出したのは、香澄の兄の隆一郎。啜っていたみそ汁を口から話して会話に混ざる。


「若いもんに珍しく養蜂に興味があるってんでな。その豊太くんが持ってきた巣箱があれ……何だったかな? あれよあれ。西側の……」

「ラングストロス式?」

「おうそれよそれ」


 ラングストロス式巣箱。19世紀の中頃にラングストロスという人物が発明し、世界中で最も普及しているのがこの巣箱である。養蜂家にとっても、そうでない者にとっても一度は見たことがあるほど有名だ。

 巣枠を中に収めることによって、効率よく蜂蜜を採取できるようになっている。厳格に決められた寸法によってあらゆる養蜂道具の規格化に成功。

 その利便性から世界中の養蜂家から親しまれる蜂巣箱オブ蜂巣箱である。

 だが西洋ミツバチ用であるため日本ミツバチはあまり巣を作らないのだ。

 

「それじゃ素人じゃ荷が重いってんで、俺のお古をやったんよ」

「ふーん……」

 

 香澄は口を尖らせて不服そうだ。

 

「どうした、なにか問題でもあったんか?」

「……いつか使おうと思ってたのに」

「そんなんお前、らんぐなんとか式の使ってるじゃないか」

「……だからそのうちって言ってる」


 香澄は蜂川農園の養蜂担当だ。祖父が受粉目的でやっていた小規模養蜂を、見よう見真似で覚えて、今日では販売所に卸せるだけの量の蜂蜜を採れるほどに拡大させたのだ。

 その彼女が営んでいるのがラングストロス式蜂巣箱。すなわち西洋ミツバチを扱った養蜂園である。


「そのうちってお前。今年から独り暮らしだろ?」


 兄の隆一郎の言葉に両親も「そうだそうだ」と相づちを打つ。

 香澄は今年の4月から町に近い高校へ通う事となっている。遠方からの入学生は近い場所にアパートを借りてそこから通い、勉学に励むのである。

 

「分かってる……どうにかあっちでも出来ないかなって……」

「あんた何言ってんの……」

 

 その言葉に呆れる母。そして学校の側で蜂を飼った際のことを想像する。きっと生徒たちはパニックを起こし、阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。

 

「……無理だって分ってるけど」

「お前の入学に合わせて巣箱は減らした事をお前が気にする必要はないんだ」

 と隆一郎。

「……うん」


 趣味が講じて始めた養蜂。しかしその規模は年々大きくなり、最早香澄がいなければ立ち行かない程度にはなっている。その為、香澄が高校に行っても大丈夫なように、今年からは巣箱を大幅に減らすことになったのだ。もちろんその分販売する蜂蜜も大きく減らすことになる。

 蜂川農園の蜂蜜が好物となった豊太にとってはショッキングな出来事であろう。しかし今彼は、異世界での養蜂に夢中である。

 

「ま、そゆことだ」


 甚右衛門は話はそれで終わりとばかりにご飯をかき込み始めた。

 

「……香具内豊太……」


 香澄は一人呟く。その声はまるで宿敵に宛てた怨念を感じさせるものであったが、蜂川家の面々は又かといった様子で無視していた。

 蜂川家は呑気な家系なのだ。

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