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異世界で養蜂園を創ろう! ~1から始めるハニーライフ~  作者: 世も据え置き
第一章 異世界養蜂園の作り方
5/23

5.異世界の少女

 5.異世界の少女

 

「届いたか……早かったな」



 翌日。夕飯を食べていると限界のチャイムが鳴る。出てみると大きなダンボールを抱えた配達人が立って居た。

 もちろん持って来てくれたのは注文していた巣箱である。来ると分かっていたので向こうに入り浸りには出来なかったがしょうがない。

 

 

 豊太が注文したのは二つ。巣箱本体と、その中に入れる巣礎の付いた巣枠を3セット。

 

 早速同封されていた説明書を読みながら組み立てる。構造は非常に簡単で、あっという間に組み立てられた。出来上がった真新しい箱を眺め、満足そうに腕を組む。その目には手に入るであろう蜂蜜一杯の巣箱を幻想しているのが見て取れる。

 

 

「さて置こう」

 箱を持ち上げ早足で小屋へと向かう。

「おっと、確か車庫にアレがあったな」

 

 向かった車庫に置いてあるのはコンクリートブロックだ。

 テレビなどで映っていた巣箱はこれの上に載せてあったのを覚えていた。取り敢えずはこれで問題ない。

「後は……これだな」

 壁に立てかけられた波打つトタン。それを小さく切っておいたもの。これもテレビでみた巣箱には上に載せていたのを覚えていた。これの効果は単純に箱を雨から守るためだろう。

 

「よっし」

 それらを持っていざ小屋へ。そして花畑へだ。

 

 *

 

「こっちも日が暮れたみたいだな」

 花畑の空は、遠くに赤い線を残して薄闇に包まれていた。虫の鳴く声が微かに聞こえてくる。

「暗いがしょうがない」

 今度は照明でも買ってこよう。

 

 ちょっと薄気味悪いので、さっさと巣箱を設置することにする。場所は小屋の近く、ここら辺は丘の頂上付近らしく地面が平らで物を置くには十分だ。

 コンクリートとブロックを二つ並べる。その上に巣箱を置く、そしてその上にトタンを載せて、風で飛ばされないようにそこら辺の石を載せて完成。

 

「……簡単だな」

 後は蜂が巣を作って蜜を貯めて、俺が分け前を頂くだけである。まだ蜜を採る道具はないが、その時にでも用意すればいいだろう。

 

 

 そうして豊太は上機嫌で小屋へと引き返すのだった。

 

 

 *

 

 

 巣箱を設置して数日が経った。

 

「……まだ入っていないか……」

 巣箱は設置した時のまま、そこに鎮座している。


「何が悪いんだ?」

 時期だろうか? 暖かいのだから春の筈。少しくらい遅れていたとしても問題ないはずだ。巣箱の位置? 暑くもなく寒くもない、日当たり良好で雨が降っても問題ない。それともまだ早いのだろうか。

「巣箱自体が悪いのか?」

 飛んでいる蜂を見る。

 こんなにたくさん居るのに巣箱に巣を作らないのはどういう訳だ。

「わからん……」

 俺は頭を抱えた。


 ふと、疑問が湧いた。

「というか、この蜂たちは何処から飛んできているんだ?」

 蜂はハチの巣から蜜を求めて飛び立ち、蜜を持って巣へと帰る。であるなら巣がある筈だ。もちろん天然のハチの巣だ。

 

「……地面に巣を作る蜂もいるらしいが、ミツバチだったら多分……」

 そこまで考えて顔を上げる。見やるは近くに生える大きな木だ。

「木のうろか」

 

 

 早速と木に向かう。そう遠くはないため直ぐについた。そしてそこで豊太は耳を抑える羽目になる。

 

 

「うっわ……羽音が凄いな」

 巨木は蜂の一大コロニーを形成していた。

 多くの蜂が出たり入ったりを繰り返し、その数は木が黒く霞むほどだ。

「なるほど。ここいらには木が少ないから、この木木が蜂の集合住宅になっているのかな」

 

 周囲を蜂が飛び回るが刺してこようとする気配はない。迂闊に近づいてしまったがどうやら攻撃性は高くないらしい。それにホッとしてゆっくり蜂を観察する。

「……まあ分からんな」

 俺は蜂蜜好きであって、蜂博士でも何でもない。まあ蜜蜂だな。

「蜂が何故俺の巣箱に入らないのか分かればなあ……」

「なにしているの?」

「どうわぁあ!!」

 

 突然後ろから声を掛ける存在が現れたことに、悲鳴とも怒声ともとれる声が出た。

「……?」

 バクバクと早鐘を打つ心臓に手をやりながら振り向くと。

 

 そこには少女が立っていた。

 

 

 少女は白いワンピースを着て麦わら帽子を被った姿をしていた。日に照らされる肌は抜けるように白く、髪は闇夜より黒い。涼やかな眉、眠たげな瞼から覗く大きな目、すらりと通った鼻筋、赤い小さな果実のような唇。

 和風ビスクドールが人の姿を取って現れた。そんな愛らしい姿だ。

 しかし豊太にはそんなことよりも、人が突然後ろに現れたことに戸惑いを隠せない。

 

 

「君……何時からそこに?」

「さっき」

「……そう」

「ねえ、なにしているの?」

 少女はもう一度そう尋ねた。

「……蜂蜜を採りたいと思ってね」

「採ればいい」

 そう言って少女は後ろを指さす。そこは木のウロ。そしてそこからは溢れ出した蜂蜜が木肌をドロリと濡らしている。

「余って溢れ出しているから。それなら刺されない」

「ああそうなんだ」

 蜂に詳しいらしい。この辺に住んでいるのか? いやもしかして勝手に小屋に入ってあっちから、日本から来た近所の子供かも知れない。しかしそんな風に希望的観測で自分を誤魔化そうにも薄気味悪さは拭えない。

 

 一体何処から? こんな何もない場所に少女一人? 何時の間に後ろに? 頭の中に疑問が渦巻いてクラクラする。

 

「ここら辺に住んでいるの? 親御さんは? 一人で此処に来たのか?」

「?」

 少女は首を傾げ空を見上げた。その呑気な様子から、どうやら俺の庭から迷い込んだ子供ではなく、この近くに、この花畑付近に住んでいる子供だろうと見当を付ける。

 しかし何処に家があったのか……まあ、まだ見て回っていない所が沢山ある。死角に屋敷があっても不思議ではない。それとも近くに町でもあるのだろうか?

 

 

 そこで豊太に電流走る。

 もしかしたらこの子は、この土地の持ち主のお子様なのではないだろうか。という直感に似た妄想だ。

 

 

「あー僕はだね、ここで養蜂を……ええとハチさんにね、家を作ってあげてね、お礼に少し蜂蜜を分けて貰うということをしたいと思っているんだ」

「それはスゴイ」

「あ、ほんと? ありがとう。……でね、君のお父さんにね、その許可を貰いたいんだけど、いいかなあ?」

「いいよ」

 おお、子供は素直に限る。ありがとう、ありがとう。しかしね。

「君がいいよと言ってくれたのはお兄さん嬉しいよ。でもね、保護者の、この土地を管理している大人の許可が欲しいんだ」

「……? だからいいよ。みんなのおうち、作って」

 う~ん……これはアレかな? 親の権力を自分の力だと勘違いしているス〇夫的マインドなお子様なのか? いや〇ネ夫よりは年が上に見えるからそうではないと信じたいが……。スネ〇って小学何年生だ?

 確かに少女の身なりは良い。真っ白なワンピースに大きな麦わら帽子。艶やかな髪は切り揃えられていて、そのままシャンプーのCMに出れるくらい滑らかだ。いい所のお嬢さんなのは間違いない。

 

 

 しばし悩んだ後。豊太は〇ネ夫マインド的お子様対策を実行することを決意する。「ちょっと待っててね」と少女に声を掛けた後、一目散に小屋へと駆け戻る。そして扉を開けて庭へと戻った。目指すは家の台所。

 話は変わるが香具内豊太は甘党である。

 とは言っても大量に食べるでもなく少量ずつをブラックコーヒーで流し込むのが好きだ。その為、大袋で買い込んでは少しずつ食べるという事を繰り返す。なので家にはお菓子が常時備蓄してあるのだ。

 そう、彼の考えた作戦は“子供におべっかを使い、親への心証を良くしよう”という身も蓋もないものだった。

 

 

 ふっふっふ……俺にはの〇太にはない資金力があるんだ(現在無職ではあるが)。お菓子を与えればどんな子供とていちころよ。

 最近お気に入りのメーカー、ブル〇ンの袋を取り出す。チョコは明〇派であるが、最近は懐かしくなってこの銘柄のお菓子を好んで食べているのだ。しかも様々な種類のお菓子が入った大袋は見るからに賑やかで、子供にも大いに受けること間違いなしだ。

 袋に書かれた名はオリジ〇ルアソート。今すぐ君も最寄りのスーパーでチェック!

 

 手早くお盆に置いたお菓子入れに袋をひっくり返し、魔法瓶にお湯を詰める。お茶よりも紅茶が良いだろう。異世界なら紅茶の方がうける筈。レジャーシートでも敷けば気分はピクニックだが生憎見つからなかった。だが小屋にはアレがあった筈。

 

 全て揃えて準備は万端。後は結果を御覧じろだ。

 

 *

 

「さーて、あの子は……づうぅ!」

「?」

 変な声を出してしまった。木の下に居ると思っていた少女が小屋の目の前に居たのだ。

「どうしたの?」

 少女は近くに置かれた巣箱を興味深げに眺めていたが、俺が変な声を出したことでこちらに気付いたようだ。トテトテと近づいて来る。

「ああ、来てたのか。ちょ、ちょっとお待ち下さいね!」


 俺は素早く小屋の中に置きっぱなしになっていたガーデンテーブルを持ち出した。詰め込まれた荷物を押しのけてやっと取り出す。白いプラスチック製の小さなテーブルだ。以前は庭に置いてあったのだが、今や箪笥の肥やしならぬ倉庫の肥やし。まさか異世界で使うことになろうとはコイツも思っていなかっただろう。

 しかしうーむ……もっと早く小屋の中を片付けておくべきだった。意外なお宝が眠っているかもしれないな。

 

 だが今は小屋の前でのティーパーティーと洒落こもうじゃないか。

 

 プラスチック製のガーデンテーブルを外に出し、そこに持って来たお菓子を置く。椅子もあった。これも重ねられるプラスチック製の安物だ。

 あーなんか思い出した。昔はこれを庭に出してバーベキューとかしていた思い出がある。まあ子供が大きくなると家の行事が少なくなるものだしな。もう一度使われることになるとは残しておいた両親も思わなかっただろう。

 

「どうしたの?」

「もう少しで……よし完成」

 出来上がったのは、花畑に置かれた白いテープル、白い二脚の椅子。そしてお菓子と湯気を立てる紅茶。何処からどう見てもティーパーティーの会場だ。

 

「さささ、お嬢さん座って座って。お茶をご馳走するよ」

「……うん?」

 少女は首を傾げながらも素直に従う。

 

 まあいいトコのお嬢さんなら形式とかが気になるのかもしれない。

 お菓子の入れものは、お盆で遊びに行く祖父母が使っていそうな古いヤツだし。ほらアレだよ。煎餅とか、謎のグミが入ってそうなアレ。それをドンとテーブルの真ん中に置いているのだ。まあ紅茶もティーパックで淹れた物だから今更気にしてもしょうがない。

 イギリス貴族が使っていそうな小さなケーキを載せる台なんか家にある訳がない。あったとしても載せるのは市販のお菓子だ。

 

「さ、食べて食べて」

「……」

 少女は首を傾げて手を付けようとしない。……警戒しているな。流石御令嬢。

 

「ハ!」

「?」

 

 

 またもや豊太に電流走る。

 目の前に積まれたお菓子はブルボ〇のお得パック。売れ筋の商品を気前よく詰めた盛り合わせ。売れ筋……そう売れ筋商品である。つまりは――あるのだ。この中に決して幼い少女に出してはいけないあの逸品が。

 

 

(ホワイト〇リータかッッッ!!)


 俺は己の迂闊さを呪った。

 

 

 ホワイトロ〇ータ。サクサクとした棒状に丸めた薄い生地を、風味豊かなチョコレートでコーティングした人気商品。しかし、しかし一点。致命的な問題が存在した。

 それはネーミングである。

 昨今、未成年を狙う犯罪に対して、社会も人も一段となって警戒するようになった。それはいい、子供は人類の宝なのだから。しかし、それに伴い人畜無害を貫き通す二次元専門のロリコン達も標的に挙げられた。そしてロリという言葉さえも過剰に忌み嫌われるようになったのだ。

 ホワイトロリータを少女に出す。これはつまり「ドゥフフフウフフ……お嬢ちゃん……ドゥフフ、お、おパンツ……見せて貰って……いいんだなあ?」と言っていると過言ではない。

 

 

 だがもう遅い。今からホワイ〇ロリータを探して退避させるのは悪目立ちが過ぎる。

「……どうやって食べるの?」

 そしてそう言う彼女の手には件のお菓子が……。

「ホ、ホワイト……」

「?」

「あ、いや何でもない何でもない!」


 どうやら少女はホワイトロリー〇を見つけて俺を性犯罪者扱いしたい訳ではなかったようだ。

 そして気付いた。相手は異世界のお嬢様(仮)だ。ビニール包装など見た事もないかもしれない。

 見た目は日本人形然としているが、よく見れば鼻も団子っぱなでないし、目も大きい。まさに異世界産美少女という風体だ。こんな美少女は現実に居る訳がない。つまりは異世界だ。

 それならば何故日本語が通じるのかという問題があるが、まあ異世界なら問題ない。大体の疑問は“異世界だから”で片が付く。

 

「そうだな……こんな感じで――」

 俺はバー〇ロールを手に取る。しっとりとしたスポンジ生地をホワイトチョコでコーティングしたお菓子。これなら子供も歯の弱い老人も大丈夫な一品だ。

 袋を破ってから少女に渡してやる。なんかホワイトロ〇ータを持つ少女の絵面は何故か罪悪感が凄いのだよ。

「……食べられるの?」

「ああ、この透明な袋は包装だから食べちゃ駄目だぞ」

 

 受け取った少女は、しばしお菓子に鼻を寄せて匂いを嗅いでいたが、直ぐに物怖じせずに口に入れた。


「!!!」



 少女は小さな口をモグモグと動かすばかりで言葉を発しなかった。しかし彼女が何を言いたいのか、表現したいのか、それは鈍い豊太にも一目瞭然だった。

 眠たげだった瞳は真円だと見紛うくらいに見開かれ、愁眉はそれに釣られて綺麗な弧を描く。一口齧った瞬間に全てを一気に詰め込んだ頬はまるでリスの様に膨らみ、懸命に咀嚼を繰り返す度にそのプニプニとした頬の弾力が可視化されて震えた。小さく握られた手は、何かを訴えるようにパタパタと振られている。

 それは正に、美味しいお菓子を初めて食べた子供のリアクションだった。

 

 

(いよしッ!)

 俺はテーブルの下でガッツポーズを取った。これでこの子は両親に「丘の上にジェントルなダンディが居たから養蜂をさせてあげましょう」と言い出すことだろう。

「……もっと食べていい?」

 見ると空になった袋を前にしょんぼりしている少女。もう食べてしまったのか……バームロー〇は結構太めでもっちりしていて食いでがある。まあ昔からのお菓子は食いでがあるのが基本。それも気に入って購入しているのだ。

「おう、もっと食べていいぞ」

「わ……やった」


 目にも止まらぬ速さでお菓子入れに手を伸ばすと、素早く包みをはがし口に入れる。ほう、次に選んだのはル〇マンドか。ふむ、いいセンスだ。

 

 

 それからも少女は食べていいか、と何度も豊太に尋ねながら凄い勢いで平らげていった。

 

 *

 

 

「ふう……美味しかった……美味しかった」

 二度も言った。

「良かったら紅茶を飲むといいよ」

 そう差し出した紅茶はもう冷えていたが、既に砂糖は溶かしてあるし大丈夫だろう。

「うん」

 少女は素直に口を点ける。甘い紅茶も女の子受けは抜群。更にご両親への好感度もドンだ。

 しかし紅茶を口に付けた少女は、美味しそうに飲みながらも、何か気付いたような顔をした。

「……これならあの子達も大丈夫」

「ん?」

 他に兄弟でも居るのか?

 

「ねえおじさん」

「お兄さんだよ」

 ここで素晴らしいスマイル。お兄さんはいい笑顔。おじさんには出来ないいい笑顔。

「……お兄さん、よーほーをしたいの?」

 おお本題に入ったぞ。やはりお茶会戦法は効くらしい。

「そうなんだ。まあちょっとした趣味でやる程度なんだけどね……だからさ、ご両親に口添えをして欲しいんだ。このお兄さんに養蜂をさせてあげてって感じで」

「よーほーはしていい」

「いやね、それをご両親に――」

「ここは私の土地。私の世界」

 何を言い出すんだこのお子様は?

「だからこの“こーちゃ”に入っているお菓子みたいな味の物が欲しい」

「紅茶に入っているお菓子みたいなもの……?」

 謎かけだろうか……あ、そうか。

「これかい?」

 そう言って渡したのはスティックシュガーだ。細い紙袋に白砂糖が入っているやつだ。

「……、……?」

「先を千切って開けるんだよ」

 

 手でピリと裂くいて驚いた表情をした少女。その裂けた場所から白い砂糖が零れ落ちるのに気づいて慌てて手で受け止める。なんか可愛い。

 そして少女は手の平の上のソレをペロリと舐めて、目を見開いた。

 

「……これを欲しい」

「あげるよ?」

「……今はいい」

「???」

「寒くなったら」

「はあ……」

「あとあの箱……」

 少女が指さすのは、ポツリと置かれた木箱。

「……ああ。あれが巣箱って言って。ハチさんのお家になる……筈なんだけど、ね」

 

 俺は席を立って巣箱蓋を取って中を覗き込む。もちろん一匹も入っていない。

 お兄さんは悲しい……周りにはこんなに蜂が飛び回っているのに……。

 

「それには絶対巣を作らない」

 少女の断言に俺はぎょっとする。

「それは……どうして?」

「よその子の匂いがする」

「よその子……」

 流石に俺もそれでティンと来た。これはやはり――

「ここの蜂は西洋ミツバチじゃあないのか……!」

「?……わからない」

 

 まあ子供には分かるまい。しかし西洋ミツバチでないとは……異世界は中世ヨーロッパ風の世界って決めつけたのは何処のどいつだよ。俺だ。

 ……いかんな、先入観で巣箱を決めてしまっていた。異世界イコール西洋ってことはないのだ。

 

「……この黄色い板はなに?」

 隣に来ていた少女が、巣箱を覗き込みながら尋ねる。

「ああこれは“巣礎”と言うんだ。これを下地に蜂が巣を作る。するとこうやって――」

 と巣枠を外して見せる。

「この板単位で蜂蜜を取り出せるから、他の巣を傷めずに蜜が回収できるって寸法さ!」

「……ふうん」

 付け焼刃の知識を子供に披露する俺。でも……ああ気持ちいい。知ったかぶりは気持ちがいい。


「その黄色いのがダメ」

「ダメか……」

「ダメ」

 言い切られてしまった。


「でもそれ以外は問題ない……少し無理すれば」

「無理すれば?」

「少し寒そう。あと暑そう」

「そう? ……板が薄いってことかな?」


 まあ一番安いのだったしな。今はいいけど夏や冬には厳しいかもしれない。……そういえば冬に蜂を見た事がない。蜂は冬にも巣にいるのだろうか?


「そっか分かった。また一からやってみるよ」

「一から?」

「これは一旦撤去して、新しい巣箱を持ってくる」

「……そう」

「ありがとな」

「?」

「俺、養蜂初心者なんだよ。だから助言は助かる」

 地域住民なら俺よりはここの蜂の生態に詳しいはずだろう。

「そう……」

 お、ちょっと赤くなった。最近の子はませているってのはホントだな。つい頭を撫でてみちゃう。

 彼女の髪はシルクのようにサラサラだった。

「……なに?」


 頭を撫でられて不思議そうにしているが、嫌がっている様子はなかった。


「俺は香具内豊太って名だ。君は?」

「……姫」

「そうか、姫ちゃんか。よろしく」

「……よろしく」

 姫ってマンマ日本風だけど……まあ異世界翻訳魔法とかのご都合主義だ。異世界ならしょうがない。


「じゃあ俺は一旦戻るよ」

「……戻るって、これ?」

 指さすのは木の板で塞がれた我が小屋だ。

「そうそう。こっから家に戻れるんだ……ワープゲート的な? 転移陣的な? まあそんなやつだ」

「?」

 異世界少女の姫ちゃんでも分からないなら俺も分からない。

 

 木の板を開いて中を見せてみる。

「ごちゃごちゃしている……」

「まあそのうち掃除する」

 そして奥の扉、すなわち庭へ続く方も開けて見せてみる。子供なら驚くくらいだろうし問題ない。

「ほら、あれが俺の家」

「!?」

 面白い様に驚くな。楽しい。

 

「……豊太の家?」

「ああ築四十ウン年の俺の家」

「……不思議な形」

「そうか?」

 あっさり見せてしまったが、こうして誰かにこの秘密を共有して貰うというのは存外安心するものなのだと、この時気付いた。ああ……俺は気が触れたんじゃあ無いのだと、そう言ってもらえた気分になる。

 まあ子供だから問題はないだろうしな。

 

「……じゃあここは鍵を掛けておくから」

「どうして?」

「そりゃあ……誰かが勝手に入って物を盗られたり、向こうで迷子にでもなられたら困るしな」

「……そう」

 姫ちゃんは少し寂しそうに見えた。

「まあ今度招待するよ」

「いいの?」

 いいの? と聞いているが、その目は間違いなく期待しているぞ。

 

 姫が来た時の事を少し考える。ご近所さんは一番近くても数百メートル先。両親が死んでから疎遠になっているし……大丈夫だな……多分。


「親に許可取ってからならな」

「……親は居ない」

 おっとこれは……まずった。

「分かった……行かない」

「いや、その……姫ちゃんが良ければだな――」

 しどろもどろに言い訳をしながらも俺はおかしな点に気が付いた。ではこの少女はどうやってここまで来たのだろうか? 近くに村か町でもあるのか?

「あの白い粉……砂糖のこと忘れないで……」

「お、おう」

「……あとお菓子も……時々でいいから……その……」

「おう! 持ってくるぞ」

 恥ずかしそうに俯きながらも催促する姿は年相応の少女のようだ。……ん? さっきまでは俺はどう感じていたんだ? そう、まるでこの少女に全て見透かされているような――。

 

 しばし無言になる。色々聞きたいことはある。だが言葉が出てこない。偶にある話の途中に訪れる妙な沈黙、アレが訪れた。


「豊太……じゃあ待ってる」

「お、おう――ッ!!」

 その途端。周囲が黒い嵐に包まれた。いや蜂だ、蜂の大群が姫を包み込んでしまったのだ。

「ひ、姫ちゃ――ッ!」

 その勢いにとっさに目を閉じてしまう。しかしそれはほんの一瞬だ。

「……あれ?」

 だが蜂の大群が過ぎ去ったその後。そこには姫の姿はなかった。

 

「……い、異世界……?」

 俺はカルチャーショックを受けた。

参考資料:株式会社ブルボン様、ホームページ。

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