4.大根号と軽い探検
4.大根号と軽い探検
豊太は立ち上がると出来立ての扉を開けて小屋へと入る。ちなみに扉は両開きで、壁いっぱいに開くことが出来る。物の持ち出しを想定した作りだ。
そのまま小屋を出て、夜である庭へと出る。そして車庫へと向かった。目的はもちろん『大根号』だ。
「これなら大丈夫だろう」
愛機を庭へと運び出す。
HONTAのロングセラーから派生したバイク、クロス〇ブだ。最近手に入れたこのバイクは50ccながら、悪路走行も想定したちょい乗り用という珍しい車種である。田舎だからこういうのが良いだろうと買ったのだが、結局走ったのは舗装された道だけだった。だがこんな場面で活躍することになるとは。
「よし」
エンジンを掛けると可愛らしい音を立ててエンジンが振動し始めた。大根号は今日も絶好調。「待ちわびたぜ」と渋い声が聞こえてくるようだ……50ccだけど。
「と、どっちに向かうか?」
見渡す限りの花畑。迂闊に進めば迷子になる事必至。
「そうだ、確か……」
胸ポケットからスマホを取り出し起動。以前入れていたコンパスアプリだ。
「……駄目か」
繋がらない。電波が無いのか、GPSが機能しないのかエラーメッセージが出る。
「もしかして人工衛星が無いからか……? ハハマサカ」
それならばこの世界は自分の居る世界と全く違う世界。即ち異世界だ。
「それはまあ……考えても仕方ない」
今居る花畑では人はまだ見かけていないし、道のような人の痕跡もない。ここから遠く離れなければ養蜂くらいなら迷惑を掛ける事もないだろうし問題ないだろう。
「そうだ」
俺はある物を思い出した。
豊太は大根号から飛び降りると家へと引き返した。
「よっし使える使える」
手に持つのはコンパスだ。もちろんGPSが必要な携帯端末のアプリではない本物である。
親父が持っていた自衛隊採用のゴツいコンパス。使い方は何となくしか覚えていないが方位を見るだけなので問題ない。それにこの場所の地図など持っていないのだから。
バイクを引いて小屋をくぐる。地面は舗装もされていないが意外としっかりしているし問題はなさそうだ。
「小屋の出入口は東向きか……なら北へ真っすぐ行ってみようか」
30分程行って何もなかったら戻ろう。まっすぐ進むなら迷うこともない。
「じゃ発進」
トトトトと軽快な音を立てて大根号は走り出した。
*
花びらの軌跡を残しながらバイクは進む。
楽観視していた舗装されていない地面を走るという行為。これが意外と困難だ。
草に隠れて見えない岩などに乗り上げて転倒しそうになること数回、見えない窪みに嵌りかけ冷や汗をかいたこと十数回。まあ慣れてくればその回数も減っていった。
小屋の側の丘を下った低い場所に小川が流れているのを見つける。流れも急ではなく深くもない。おっかなびっくりであったがバイクに乗ったまま越えることが出来た。方向から、西から東へ流れているが、西にも山が見えるというのとはない。地下から湧き出る伏流水というやつかも知れない。そうであれば非常に奇麗な水である可能性がある。いい収穫だ。
そのまましばし進む。
「しかし想定よりも進めていないな」
現在時速20キロ程度を維持しているが、これ以上だすと転倒した時が怖い。
「そして全く景色が変わらん……」
見えるのは花畑、空。これでは小屋付近と変わりがない。
ボーっとする俺の周りを二三匹蜂が飛んでいる。くっついて付いてきたのか? そういえば花は咲き乱れどこの辺りに蜂は余り居ないな。
「……所々に生えている木が増えてきたような……?」
気がするししない気もする。木なんてそんな数えてない。
確か小屋の見える範囲にも木は一本生えていた。大きな木が花畑に立つ姿は絵画の様に映えていたのを思い出す。この草原自体に木が少ないようだ。
「……戻ろうかな」
ここまで来ても何もなし、時間もそろそろ30分になる。時速20キロなら10キロ近く進んだ筈。思った以上にこの花畑は広大なようだ。蜂蜜も無尽蔵という訳だ。それが分かっただけでも収穫としよう。
引き返すためにハンドルを切ろうとしたところ、視界の隅、丘と丘の隙間に他とは違う色が映った。
「お、なんだ?」
気になり少し高めの丘を目指す。起伏が緩く低いとはいえ、連なる丘は予想以上に見晴らしを阻害する。地球は丸く曲線を描いているため、水平線でも精々4キロ程度までしか見えないらしい。つまり視線を高くするだけで見える範囲が大きく違う。
「まあ此処が地球だったらだけど」
俺は此処が未知の世界であると、薄々だが自覚し始めている。
こんな見事で広大な花畑があるというのにテレビでも雑誌でも取り上げられない筈がないのだ。もしかすると、もしかして。俺は本当に異世界に来てしまったのではないかと。
豊太は渦巻く不安を未来の蜂蜜で塗りつぶしながら、ゆっくりと丘の頂上を目指す。丘は大きく緩やかなため、何処が頂上か分かりずらい。しかしそれでも周囲が良く見えるようになってくると目的の物を視認ことが出来きる高さになったのが視界から判った。
「あれは……森か?」
暖かい日差しを受けて蜃気楼に揺れる濃い緑色をした線。それは木々が連なる場所だった。
「やっと変化があったと思うと嬉しいけどな……」
まあ森である。
幾らか見えずらいが、結構な広さ、深さに見える。幅は丘のせいでよく分からないが、きっと花畑と森の境界がずっと続いているのだろう。
「此処から……どれくらいの距離だ?」
木が爪楊枝の先よりも小さいことからして、バイクでも不安になる程度には距離が離れている。
ここは未知の場所、警戒するに越したことはない。
「まあこれだけ離れていると利用しようもないな」
木材として燃料にも材料にも利用するには遠すぎる。運ぶ手段もない。軽トラのケイちゃんは車高が問題で小屋には入らない。
「……戻るか」
何か出会いを期待していた俺は、残念なようなホッとしたような複雑な気分で真っすぐ小屋へと引き返したのだった。