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異世界で養蜂園を創ろう! ~1から始めるハニーライフ~  作者: 世も据え置き
第一章 異世界養蜂園の作り方
22/23

22.新従業員と闖入者

 22.新従業員と闖入者

 

 マグアギナは次の日から養蜂園で働きだした。

 

 出会ったその日は最後にマグアギナに世界を行き来できるクローゼットの説明をしたのだが「魔法とは凄い」とあっさり納得した。

 ちなみに姫が言うには彼女は通れるようにはしていないという事である。

 

 もう夜であり解散ということになったのだが、トイレをどうするかの段になって、姫が魔法で家の下水管に繋げることが出来そうだと言い出した。

 

 問題は解決した。異世界小屋から少し離れた場所の地面に掘った穴に水を流し込んでみた所消えたのだ。

 

 ホースで繋いでいた小屋の水道でも試してみた所これも上手くいった。家の散水栓から小屋の蛇口へと繋いだそうだ。対象が固定されていれば問題ないらしい。コツは重ねる事だそうだ。

 まあ倉庫の中から異世界に行けるんだから、今更もう驚くまい。家の下水にリザードフォークのうんちが流れる事になるのだが、問題なさそうだしいいか。

 

 このやり方で電気とガスもいけそうだったが安全性の問題から保留。取り敢えずはトイレを作ることから始めよう。

 まあそうするとうちの光熱費が一人分増えることになる訳だが、蜂蜜小瓶一つで労働力が手に入ったので安い物だ。商売とは非常である。

 

 

 あと最近異世界が肌寒くなってきた。以前姫がこの草原が南半球にあると言っていた事を思い出す。地球でもオーストラリアのクリスマスは真夏であるように、この異世界農園にも空きが訪れようとしている。

 蜂の防寒対策も考えるころ合いだろう。

 

 

 ***

 

 

「で、このワイヤーで蜂箱を切り離す」

「おお! なんて柔軟で強靭な……金属の紐とは恐れ入る」

「蜜の溜まった巣箱はこの台の置かれたケースに入れて、切り込みを入れたら一日程は放って置いて、たれ蜜を集めるんだ。このたれ蜜は純度の高い価値の有る物だから焦らず丁寧にね」

「承知した」

「で、それでも巣に残った蜜はこの器械で絞って回収する。搾りかすは外に出しておけば蜂達が残っている蜜を回収してくれるから」

「ううむ……学べば学ぶほど凄い。これほどまでに簡単に蜜が採れるとは……しかも一匹も殺さずに」

 

 こんな風にマグアギナに説明しながら作業を続ける。彼女は呑み込みが早い。この調子であればしばらくすれば、全て任せても問題なくなるだろう。

 

 

 そして俺はやる事がある。

「この溜まった巣から蜜蝋を作るぞ」


 *


「蜜蝋?」

「あれだよあれ。始めに買った黄色い石鹸みたいなやつ」


 首を傾げる姫に蜜蝋の説明をする。

 

 蜜蝋とは蜂の巣に含まれる蝋を採取した物で様々な用途がある。

 ロウソクの材料にもなるし、ハンドクリームなんかにも使える。木材のワックスにもなる。つまりはお金になるのだ。

 

「蜂ってすごい」

「凄いよな。余すところなく為になるんだから」

 という訳で下準備は完了しているので早速試してみる。

 

「屋外でやるのがいいらしいから小屋の前でやろうと思う」

 用意したのは寸胴鍋と薪用コンロと薪。そして木綿の袋だ。

「袋に巣の搾りかすを入れる」

「よいしょよいしょ」

 姫と協力して大量に溜まっていた搾りかすを袋に突っ込んでいく。

「そして水を張った鍋を沸かす。沸騰させなくても大丈夫らしい」

「ふんふん」

 薪を使うのは異世界に大きなガスボンベを持ち込むのをためらったのもあるが、安く長い間火を点けいられるからだ。自然に帰るので後始末も楽だ。

 が、中々火を点けるのは大変だった。なんとか火を点けられたが新聞紙を大量に使ってしまった。これは要練習だ。

「で、この巣の詰まった袋を入れる」

「それで?」

 湯気を上げ始めたお湯の中に棒で袋を沈める。

「しばし待っていると……おお」

「おお」

 黄色い油分が次第に浮かんでくる。成功のようだ。それと同時に何とも言えない匂いが辺りに充満する。

「へんな匂い」

 鼻を摘まんだ姫は変な声だ。

 ……だがこれは家の中でやらなくてよかったな。臭いが採れなくなりそうだ。

 

 どれくらい溶かせばいいのかは分からないので20分ほど様子を見ていると、後ろでマグアギナが興味深そうに覗き込んでいるのに気づいた。


「お、マグアギナも興味あるか?」

「それは……蝋、か?」

「おう! 蜜蝋って言うんだ」

「……蜜蝋……獣の蝋とは香りが違うな」

 彼女はそうスンスンと鼻を鳴らすが俺にはお世辞にもいい匂いとは思えない。本当にこれがいい匂いになるのだろうか?

「獣の蝋って使うのか?」

「それは使うぞ。植物から採れる蝋よりは安いが火を灯すと匂いが酷くてな……しかし蜜蝋とやらはいい匂いだ」

 これがいい匂いと言うのだから、獣脂のロウソクとはそれほどなのだろうか。

 

「よし、いい感じかな」

 それから鍋の中の袋が浮いてこないように石を重しに載せる。

「で、火を消して放置」

 これで冷えて固まるのを待つだけだ。

 

 

「で、待つついでにマグアギナのベッドを作ろうと思ってな」


 今の彼女は床に布団を引いて寝泊まりしている。それでは寒かろうし床が傷む。寸胴鍋と薪を購入する際に組み立て式ベッドも購入したのだ。場所はもちろん常連となった『ホームセンターみずや』だ。

 マットレスも分割式のを購入。これならば小屋の扉をくぐって持ち込むのも簡単だった。

 

「そこまでしてもらう必要は……」

「謙遜するなよ。労働者への対価だと思ってくれ」

「……感謝する」

「あ、リザードフォーク的に問題があったら言ってくれな」

「それは大丈夫だ」


 屋根裏部屋への狭い階段を昇り、材料を運ぶ。キット化した物であるからあっという間に作業は済んだ。

 マグアギナの剣と荷物袋以外は何もない屋根裏部屋に、これだけで生活感が出てくるのだから不思議だ。

 

「よし! 完成」

「おお……フカフカだな!」


 ポンポンとベッドの上で弾む姿が微笑ましい。姫もそれを真似している……そうか、家は畳に布団だからな。珍しいのかもしれない。

 

「さ、どんどん行こう」

 次は一階に木製のテーブルと椅子を作るのだ。材料は購入済みだし始めに作った木戸もばらして使ってしまおう。DIYが捗るぜ。

 

 こうして蜜蝋が固まるしばらくの間、俺は木材相手に奮闘することにしたのだった。

 

 *

 

「おお……豊太、出来てる」

 鍋を覗き込むと、黄色い膜が表面を覆っていた。

「どれどれ……」

 火傷に気を付けてながら手で掴んでみる。

「凄い量が採れたな……何というか、この形は廃油を固めるアレを思い出すな」

 

 鍋の中の表面に浮いた蜜蝋は、ぶ厚い円柱の形に固まっていた。見た所不純物も交じっていない。


「蜜蝋の完成だ!」

「……美味しそう」

「食べれないからな」

「黄色が美しいな」

 皆で手回ししながら感想を言い合う。これぞ共同作業の醍醐味だ。

 

 ……さて、このまま売ってしまうのは勿体ない。何を作ろうか。


 

 だがしかし。浮かれる俺に、またも予期せぬ訪問者が訪れる事になる。

 

 

 ***

 

 

 俺はその日も何時もの様に異世界小屋で作業をしていた。そんな時に起きた事件だった。

 

 

 その日やっていたのは、完成した蜜蝋を用いたロウソク作りだった。

 

 ろうそく作りは簡単。タコ糸を深い容器の中で湯煎して溶かした蝋に繰り返しつけるのだ。始めに糸に蝋を漬けた際に真っすぐに伸ばして固めるのがコツである。そして漬けては冷やし、漬けては冷やしを繰り返していくと、どんどん糸に蝋が付き太くなっていく。最後にお尻の部分、糸の入っていない所を平に切れば完成。

 そうして出来上がるのがデイッピングキャンドルというやつだ。その形は正に西洋のロウソク。専用の燭台が欲しくなる一品である。

 

 だが蝋を冷やさなければならない関係上、非常に時間が掛かるのでもう一つの方法でロウソクを作ってみることにした。

 こっちは簡単、糸を垂らした型に蝋を流し込めばいいのだ。それには簡単に外せる型が必要となる訳だが、今回は細い竹を使ってみた。

 糸を蝋に漬けピンと張り割り箸と洗濯バサミで固定。型の真ん中に来るように置いて、隙間からゆっくりと蝋を流し込む。後は冷めるのを待って竹を割れば完成だ。

 

 


 その日も蜂川兄妹は異世界小屋に訪れていた。

 香澄ちゃんは新たな蜂蜜菓子をお土産に、隆一郎は新たに屋外トイレを購入し、お風呂場を作ろうと相談に来たのだ。

 

 姫は香澄ちゃんはお土産を食べるべく香具内家へと戻り、俺と隆一郎は異世界小屋前でロウソク作りを続けていた。隆一郎もロウソク作りは初めてだったようで、男二人がキャッキャウフフと仲良く作業をしていたのだ。

 こういう無心になれる作業というのは堪らなく楽しいのは何故だろうかと議論をしながら。

 マグアギナはそれを興味深そうに、いや熱い視線で眺めていた気がする。

 

 そんな時だった。

 

 * 

 

 ――ヒュコン――

 

 それは奇妙な音だった。例えるなら小さな木槌で木材を叩いたような、もしくは石を投げつけたかのような音だった。

 

「しゃがめ!!」

 マグアギナは叫びと同時に俺は地面に倒れた。彼女に突き飛ばされたのだ。

 

 次は直ぐ、そして今度ははっきりと聞こえた。何かが風を切って飛翔してくる音だ。

 そしてまたあの音が鳴る。

 ――ヒュ――という音が耳元を掠めた。

 

「……矢か!?」

 家の壁面に刺さっているのは風切り羽を拵えた矢であった。それが二本、深々と突き刺さっている。

「たれかッ!!

 マグアギナは誰何すると共に抜剣すると構える。

 

 すると人影が丘の影よりゆっくりと姿を見せた。その数は一人、二人と増える……多い。

 同じように伏せていた姫の視線は別の方を向いている。それを追うとそこにも人影だ。囲まれている。

 

「くそ……何だってんだ!」

「……やつらは……しまった、尾行けられていたか!」

 マグアギナには心当たりがあるらしい。

「済まない豊太、姫。これは私のもたらした災だ……」

 呟くように彼女は謝罪した。

 

 彼等はじわりじわりと円をすぼめるように此方に近づいて来る。構えた弓は引き絞られたままの状態だ。何時でも撃てるぞという意思表示を感じる。

 

「エルフ」

「え?」

 姫の呟きに目を凝らして応えると、確かにフードから覗く彼らは耳が長い。しかも褐色の肌のダークエルフだ。もしかしなくてもこれは異世界登場数ナンバーワンの種族との初邂逅なのではないか!?

 

 

「トカゲの女。我々が何を求めているか判るか?」

 と、俺の呑気な考えなど無視してシリアス展開が始まってしまった。

「……さて、とんと思いも付かないな」

 マグアギナはキザギザの歯を薄く見せながら笑う。笑顔とは元来攻撃的であるという説を裏付けそうな迫力があった。

「ぬかせ!」

 会話をしていたのとは別のエルフが声を荒げた。声からして彼も男であるらしい。

 

 

 声からというのは語弊があるかもしれないが、それは事実だった。

 エルフという種族は総じて美形なのだ。つまり男らしさを持った容姿というのが存在しない。

 太い眉もない。角ばった頬骨もない。大きな口もない。男らしい鷲鼻もない。全員が彫刻品のような現実離れした美しさなのだ。それは即ち全ての要素が女性的である。

 であるからして豊太は彼、彼女等を声でしか性を推し量れないでいた。

 

 

「やめろ」

 その中で、特に小柄なエルフが鈴のような声で彼等を止めた。

「そも原因は僕の割り当てだった領域で起きたことだ。だから僕が落とし前を付ける」

 

 なるほど、読めてきた。

 マグアギナは冒険者として、伝説に伝わる『黄金郷』を目指してこの地へ辿り着いた。その過程は過酷で様々な障害があったという。

 それは高い山であったり、深い谷、あるいは自然現象なんかもあっただろう。

 

「トカゲの女。禁域を犯した罪、ここで償ってもらよ!」


 そしてこのエルフ達はその障害の一つであったのだ。

 

「そんな罪を犯した覚えは私にはないがな」

「こいつッ――」

 小さな僕っ子エルフが激高しかけた者を手で制した。地位が高い人物なのだろうか。

「君に覚えがなくとも僕達にはあるんだ。足跡を追ってここまで来れたんだ。証拠はそれで十分さ」

「それは苦労を掛けたな。そのまま諦めてくれれば無駄な事をせずに済んだのだがね」

 マグアギナはエルフ達を挑発し続けている。そのお陰か、怒りのせいか。彼等には俺と姫が路傍の石にしか見えていないようだ。

 そんなマグアギナが俺達にしか見えないように手で合図をした。小屋の方を指さしている。

 

 ……自身が囮になって逃がすつもりだ。


 もちろんそんな事はさせない。短い付き合いだが、彼女の裏表のない性格は気に入っているのだ。それに俺は雇用者だ。従業員の面倒をみるのはお節介でも何でもない義務なのだ。

 と先ずはこの現状を何とかせねば。

 

「姫、やつらを何とか出来ないか?」

「……私でも出来る。豊太はこれ」

「ん……ハニーナイフ?」

 姫から手渡されたのは普段使っているナイフだった。

 

 ハニーナイフとは字のごとく、養蜂作業で用いる刃物だ。

 形は千差万別で、真っすぐな物はもちろん持ち手で折れ曲がっている物や二又に分かれたような物、直刃からギザギザのノコギリ刃まで様々な種類がある。

 俺が持っているのはスタンダードな包丁のような形状で、日々欠かさず研いでいるので切れ味は抜群だ。

 

 だが姫はこれで何をさせようというのだろうか?

「エルフは弓の弦を切られると著しく戦意を喪失する。豊太はそれでエイヤと切って周る」

「……まじで?」

「まじで」

 飛んだ無茶ぶりだ。一養蜂家に何をさせようというのだ。

「もちろん私も援護する。迷っている時間はない」

「……分かった、俺も腹をくくる」

 エルフに突然乱入した一般人に弓を向けない道徳観が備わっていると信じたい。

「エルフ達が騒ぎ出したら行って」

「おう」

 さあ俺はこの数分後に生きて立って居られるだろうか。


 *


 マグアギナは焦っていた。

 合図を出したにも関わらず二人は地面に伏したまま動こうとしない。合図を理解していないのであれば、自身が盾となってこの二人を守るしかない。

 蜂川兄妹がこの場に居ないのは有難かった。四人を同時に守れるほど自身の身体は大きくない。

 そう彼女は内心で笑う。文字通り矢が降り注ごうと盾となるつもりだった。命を賭してまで彼等を庇う義理はない。確かに行き倒れ寸前ではあった。しかしそのまま素通りし黄金郷へ向かう手もあった。黄金郷が実在するのであれば一命は取り留めただろうとマグアナギアは考える。

 

 黄金郷に存在するとされる神薬アンブロシア。それはあらゆる傷も病も飢えさえも水ですすぐが如く流し去るといわれる神秘の薬。一口飲めば死人が生き返り、老いた者は若返る。健常な者が飲めば超常の力を宿す。

 それが黄金郷で手に入るならば生きて凱旋することも容易であろう。

 

 だが絵空事だと冷笑する自分が心の内には居たのだ。

 いい年になって寝物語を信じる幼子のような世迷言を求め、世界をさまよう。誰もが滑稽だと笑うだろう。

 だからマグアナギアは奇妙な小屋の戸を叩いた。疲れていたのだ。

 

 そして奇妙で警戒心の薄い、しかし温和で安らげる者達に出会った。ハチミツも初めて舐めた。内外の疲れが吹き飛ぶような、自分がちっぽけな事で悩んでいたのを自覚したような、晴れ晴れとした気持ちになった。

 そして彼女はそれを自然と口にした。

 私を雇ってくれ、と。

 

 

「……いや、ここに居住を決めたのはやはり“えびふらい”が大きいな……」

「何を笑っている。死ぬのが怖くないのか?」

「異なことを。私は死ぬつもりはないぞ。体調も恐ろしくいい。人暴れしたかったところだ」

「……」

 エルフの目が変わった。

 ――来る。

 

 小柄な少女の腕に膂力が溜まるのが感じ取れる。瞬時に弓から矢が放たれた。

「シャッ」

 息を軽く吐き出すと同時に剣を振るう。この至近距離、目で終える物ではない。頼るは感覚だけ。

 音を置き去りにしたかのような速度で迫る矢が剣の軌道に吸い込まれるように交差する。

 

 ――キャンッ――

 

 甲高い音を立て矢が空中でバラバラになる。渾身の切り払いが成功した。

 だが安心はまだ早い。

 エルフの弓の番えは神速である。一矢放たれたと思ったと同時に次の矢が飛んでくる。

 

「ンフッ」

 呼吸を整える間もなく振り下ろした剣を手首を捻って切り上げる。

 

 ――パキュ――

 

 今度は乾いた音が鳴った。頭と動を切り離された矢は己の存在を忘れてしまったかのように地面へと落ちた。

 上下二連。振り下ろしと切り上げの連続切りだ。

 

「……できた」

「……うそ。僕の弓が……」

 対峙した二人は同時に放心した。一人はこれまでの人生で最高の剣の冴えに。一人は自分の必殺の技が見切られた事に。

 

 だがマグアギナの敗北は免れることはない。

 周囲は弓を番えたエルフが囲み、すぐさま彼女は針の筵と化すだろう。

 爬虫類特有の広い視界が此方に弓を構えたエルフを見据え、その矢が己に刺さる様をも見せつけるだろう。

 ……そう思っていた。

 

「うぅ……何かに……さ、刺されッ!」

「む、虫かッ……気をつけ――貴様ッぐわぁ!!」

「キャアッ絃が!」

 

 何故かエルフ達が慌てふためき混乱に陥っている。


「何をしているんだお前達!」

 小柄なエルフが檄を飛ばすも混乱は収まらない。

 

「一体なにが……ッ!」

 マグアギナは信じられない光景を目撃する。

 

 *

 

「うぉらぁ!」

 

 奇襲は成功した。

 姫が蜂達を操り、エルフに向かわせたのだ。結果奴らは大混乱。まるで蜜蜂を初めて見たかの様な慌てぶりだ。

 

 そのチャンスを見逃さずこれは駆け出した。目標は一番近いエルフ。幸い弓はこちらに向けておらず、俺を警戒する素振りもない。

「な、なんだおま――!」

「おそい!!」

 姫は絃を切れば無力化出来ると言っていたので、ナイフを弓に振り下ろす。

「あ」

 が、弦だけ切るなんて器用なことが出来る筈もなく、木製の弓は綺麗に真っ二つになった。まあ大した違いではない。次だ。

 エルフは全部で十人は居る。一人に構っている余裕はない。

「敵対するならッ!」

 近くに居た女のエルフが俺に気付いた。だがナイフが届くほどではない。

 不味い。俺に向かって弓から矢が放たれる。

 

 しかし――

 キンと音を立てて矢は地面に落ちた。ナイフで弾いたのだ。

 

「なんだこれ?」

「きさまッ!?」

 怒りと恥辱で顔を赤くするそのエルフに駆け寄り絃を切る。その瞬間、赤い顔が真っ青に変化したのが見えた。

 

 背後から風を切り何かが迫って来るのを感じて、その方向にナイフをかざす。またもやキンと金属の乾いた音がして、此方に向かっていた矢はあらぬ方向へと回転しながら宙を舞う。

 

 おかしい。俺の身体に何かが起きている。そういえば最近体力が付いたし、重い木材も軽々持てるようになった。そして今は――

 

 再び別の、後ろから矢を放ったエルフへと駆け寄り弓を切る。その間、エルフはまるで抵抗する事がない。

 

 そうして一人、また二人と無力化していくわけだが。

「くそッ!」

 エルフの弓が恐ろしく遅いのだ。射かけてくる矢は目で追える程度の速度しかなく、番える動作もゆったりとしている。

 それでいて飛んでくる矢はヒョロヒョロと地面に落ちることはなく、真っすぐこっちへ飛んでくるのだ。

 以前テレビで見た、百発百中の矢という芸で、見えないピアノ線に繋がれたダーツが真っすぐ的に向かって飛ぶのを見たことがあるが、あんな感じの違和感、とでも言えばいいのだろうか。

 それなのに派手な風切り音がするのだから躱すのも切り払うのも自由自在というけで。

 

「これで……最後か?」

「あ、あ……」

 目の前には最後のエルフ。エルフの集団を仕切っていた小柄な僕っ子エルフが目を丸くして尻もちを付いている。手には俺に絃を切られた弓を握り締めたまま。

 

「……豊太殿。そなたは一体……」

 エルフと対峙していたマグアギナは未だ剣を構えたままの状態である。残心というやつだろう。

「豊太さん……どうやれば、あんな……」

 隆一郎は押し倒された状態のまま今まで固まっていたようで、その体勢で口をあんぐりと開けている。

「……もう出てもいい? 大丈夫?」

 小屋の扉からは香澄ちゃんがひょっこりと顔を覗かせ周囲を見回している。

 

 そして周囲には弓を切られて呆然としているエルフ達。

 

「豊太、よくやった」

 何時の間にか隣には姫。

 

「……俺ってこんなに凄かったっけ?」

 誰ともなく聞いたその言葉を最後に、俺の緊張の糸はプツりと切れ。

 


「豊太!」

 そのまま気を失った。

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