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異世界で養蜂園を創ろう! ~1から始めるハニーライフ~  作者: 世も据え置き
第一章 異世界養蜂園の作り方
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20.異世界急速接近①

 20.異世界急速接近①

 

 “コンコン”

 

 俺が捕らぬ狸の何とやらでニマニマし、隆一郎が香澄ちゃんに詰め寄られてタジタジになっていたその時。

 外からノックの音が聞こえた。


「今何か外から……」

 初めに気付いたのは隆一郎だった。

「ノックの音……姫ちゃん?」

「……いや、今姫は風呂に入っている筈だ」


 今の時間は午後6時。今日の作業は全て終わり、異世界も夕暮れ時である。

 

「じゃあ誰が――」


 フッと窓に影がよぎった。朝日を受けて逆光の影に黒く沈むその人物の顔は正確には判別できない。

 しかしその有り得ないシルエットは俺達を恐怖に陥れるのに十分だった。

 

「あの……」

「キャーーーーッ!!」

 香澄ちゃんのつんざく様な悲鳴が部屋を反響し耳を震わせる。

「お、おい落ち着け!」

「ああ! いや、そんな! あの手は何! 窓に! 窓に!!」

 隆一郎がなだめるも、何処かで聞いたような台詞で取り乱す。

 

 だが確かに異常だ。窓を覗くその姿はかなりの大きさであることが伺える。そしてその手は有り得ないほど指が長く、爪先は恐ろしく尖っている。それは容易に人を切り裂くだろうことは想像に容易い。

 

「すま――」

「……レプティリアン・ヒューマノイド」

「ック! それは何だ隆一郎!?」

「爬虫類人間……歴史や神話に登場し、今も歴史の影で暗躍するとされる人とは違う人類です」

「そ、そんな生物がッ……」

「あの~」

「怖いお兄ちゃん!」

「大丈夫だ香澄、お兄ちゃんが守ってやるからな!」

「あのー……あのー!」

「待て、何か聞こえるッ……全員耳を澄ませて!」

「……」


「あのー……出来れば何か食べさせて貰えないだろうか?」


 *

 

「驚かせて済まなかった。私は冒険者のマグアギナという者だ」



 突如現れた訪問客に、三人は驚きつつも家に上げた。何故そんな不用心な真似をしたのかと問われれば、非常に紳士的な物腰であったからである。

 彼? は先ず窓越しに、家の中を覗いたことの非礼を詫び、改めて自身が森で迷い、こうして草原を抜けた先に人家を見つけ、藁をも掴む思いで戸を叩いたのだと説明してきたのだ。

 その態度に毒気を抜かれた三人は、こうして異世界小屋へとすんなり招き入れてしまう。しかし帯剣していた事に気付いた豊太と隆一郎はすぐさま臨戦態勢を取るが――

 

 

「もちろん剣は預かってくれて構わない。それぐらいの常識はわきまえている」

 と、今剣は俺の手元にある。

「あ、どうも……」

 

 何もないので取り敢えずと、隅に置かれていた庭用の折り畳みテーブルと、プラスチック椅子を出して座ることにした。

 元は小屋に詰め込まれていたガラクタだが、今は車庫に突っ込んでおいた物だ。後々このログハウス風の小屋に合った木製の物を自作でもしようと考えている。

 それはさておき――


「何もない所ですが、粗茶です」

 出したのは常備してあるお徳用大袋入りの豆入り番茶だ。

「これは申し訳ない。頂きます……ほう不思議な味です。美味しい」


 姫はまだ風呂から上がってこない。

 俺達はこの奇妙な訪問客がお茶を美味しそう? にチロチロと舌で飲んでいるのを眺めていた。冷ました方が良かったか?

 

 

 そこでようやく落ち着いてマグアギナと名乗った人物を観察することにした。

 

 彼、いや彼女であろう。何故なら先ず声が可愛い。ややハスキーなソプラノ。ボーイソプラノとでも呼ぶのか? まあともかく綺麗な女性の声だ。

 そして服装は正に中世の旅人といった装いをしている。補強の入った革を各所金属やベルトで固定した革鎧、それとなんの皮なのか分からないが毛皮を腰に巻いている。

 そして装備はこれも革の袋。今は椅子の足元に置かれたソレは一抱えもあるほどの大きさで、どうやら長い旅の途中なのではと想像させる。

 

 そして更には、

「……これ本物だよな?」

「すみません、少し見せて貰っても構いませんか?」

 隆一郎が興味を持ったらしい。

「ああ、私は招かれざる客人だ。好きなだけ改められるといい」

「では」

 と俺より受け取った剣をスラリと抜く。

「ひぃや」

 香澄ちゃんが悲鳴を挙げそうになって堪えた。

「……鉄、ですか?」

「それでも一応鋼だ。くたびれてはいるが私の命を幾度も救ってくれた相棒だ」

「それは失礼しました」

「いや、問題ない」

 隆一郎は剣を鞘に仕舞い頭を下げると剣を彼女に向けて差し出した。

 おいおい大丈夫なのか?

「……いいのか?」

「これだけ剣を酷使し出来る御仁なら、こちらに敵意があれば既に私達は切り殺されていたでしょう。貴方なら信用できます」

「そうか、感謝する」

 

 その一連の受け答えはまるで、一介の武人とその力量を察した剣豪のような時代劇的やり取りではないか。

 一体俺は何を見せられているのだ。

 

 だがしかしトカゲだ。

 何を隠そうこの目の前に鎮座する自称冒険者はトカゲの顔をしているのだ。

 

 

 体つきは人のそれと全く同じである。腕があり、足があり、胴がある。シルエットは人と大きく変わらない。一部を覗いて。

 特徴的な太く長い尻尾がテーブルの影で揺れている。その優雅な動きから、しなやかさと力強さを内包した筋肉の塊であると容易に想像できた。きっとあれで殴られでもすれば良くて骨折だろう。

 そして顔だ。髪はある。だが顔はトカゲだった。

 長い髪をポニーテールに結い上げ肩に垂らしている。大きなどんぐり眼は爬虫類の様に瞳孔が縦に割れ金色の虹彩を切り裂くように走っていた。

 いや恐竜とも既存の爬虫類とも似つかない。イメージとしてはまさに恐竜人間とでも呼称するべきだろうか?

 そんな存在が、覆われたグラディエーションのかかった緑色のウロコは濡れても居ないのに艶のある光沢を持ち、朝日を浴びて宝石の様に輝きながら座っていた。

 

 

「あ、あの……」

「何であろうか?」

「あ、いえ、その……冒険者って何ですか?」

「冒険者とは何か、でありますか……なかなかに抽象的な質問だが、なるほど的を射ている……ではお答えしよう」

 恐らくは今すぐここから立ち去りたいと思っているであろう香澄ちゃんは。しかし好奇心が勝ったのかそれとも沈黙に耐えかねたのか、果敢に異文化、いや異世界コミュニケーションに挑もうとしていた。

 

 その横でひそひそ声の男達二人は語り合う。

「で、どうするんだ?」

「何となくヤモリっぽいですよね……こんな興味深いことはありません」

「そうじゃなくて……」


 まあ確かにヤモリかトカゲをデフォルメしたような風体だ。横まで裂けている大きな口は、馬程には出っ張っている訳でもなく、顔にトゲトゲとした印象もない。ツルツルとしたきめの細かい鱗に覆われているその顔は、やはり人間の顔に近づけたヤモリといって差し支えないだろう。

 だが宇宙人のグレイよりはよほど愛嬌があるのは違いない。

 

「興味本位で剣を手に取ってしまいましたが、少々不味かったようですね……」

「で、リザードマンって何を食べるんだろう?」

「え? 何ですか?」

「彼女……彼女でいいんだよな? 何か食べさせてくれと最初に言っていたじゃないか」

「ああ、そうでした……リザードマンはよく知りませんが、トカゲは虫を、世界最大の爬虫類と謂われるコモドオオトカゲは肉食だそうです」

「うーん……今日は夕飯もう食べちゃったから肉はないし……虫はもちろんある訳な……あ」

 

 冒険者とは? という命題の御高説を賜ることに興味はあった。だが俺はマグアギナと名乗ったトカゲ少女の注意が逸れている間にすることがあるのだ。

 

 それは元の世界。現実の香具内家へと帰還することだ。

 そこにはあるのだ。食べる物の詰まった冷蔵庫と、この異世界の知識が詰まっているであろう少女が。



 ***



「つまり冒険者とは道を求めるというだけでなく未知のた――これは?」

「エビフライです。冷凍ですけど」

 ホカホカと揚げたてで湯気を上げるエビフライを前にマグアギナと名乗る少女は目を白黒させた。

 

 *

 

 豊太は香澄が気を引いている間に奥の扉から家へと戻り、エビフライを揚げつつ姫が風呂から上がってくるのを待った。

 向こうの世界では長い時間が経っていたように感じたが、実際にはそれほど時間が経っていなかった。

 自分では気付かないくらいにはテンパっていたらしい。

 

 二人をあの場所に置いておくことに迷いはあったが隆一郎の人物感を信じてエビフライを揚げつづけた。

 

「一つ欲しい」

「……あ」

 姫が風呂から上がって事情を説明した時には、無心に揚げ続けたエビフライが皿の上でこんもりとした山を作ることになっていた。

 

 *

 

 という訳で目の前にはエビフライがある。

 実は以前大量の冷凍エビフライを購入していたのだ。安かったのだが一々揚げるのが面倒くさくなり放置していたのだが、流石冷凍食品。賞味期限はまだ切れていなかった。

 

「何故エビフライを?」

 隆一郎がそう俺に聞いてくる。

「いや、甲殻類は海の昆虫ってよく言われるだろ? だから思い出したんだ」

 そんな顔をされてもしょうがない。思いついてしまったのだから。


「蛇ふらい、ですか……」

「いやいやエビフライですって! ……あ、一応パンも持って来ました食パンですけど」

 食パンはトーストしてある。あとはマヨネーズとケチャップと醤油とウスターソースを並べた。俺的にはエビフライほどかける調味料に悩む揚げ物はないと思っている。タルタルソースがあるのならそれ一択なのだが、残念ながら今はない。

 

「どれも聞いたことがない珍しい料理だ。私の為に態々かたじけない」

「いえ、どうぞ召し上がってください」

「では……あの、そう見つめられるとたべづらいのだが」

「ああすみませんすみません!」


 マグアギナは用意した調味料の使い方を教えると、それを付け食べだした。……なるほど彼女はマヨラーか。

 

「美味い!」

 ただ一言。そう叫ぶと彼女は猛烈な勢いでフォークを動かしだした。食べる物を求めていたのは嘘じゃなかったのだ。

 

「……」

 しばし呆然とその様子を見つめる三人。

「彼女の種族はリザードフォーク」


 そんな中ただ一人、落ち着いて解説しだした者が居た。姫だ。

 

「湿地や乾燥地帯、草原、何処にでもいる」

「……この世界では普通なのか?」

「普通とは?」

「えーと……なんて言えばいいのか……」

「つまりリザードフォークと呼ばれる種族がこの世界では文明を営んでいるということですか?」

 隆一郎が俺の言葉を継いでくれた。

「普通……一部はそうではないと思う、たぶん。他にも色々な種族が居る」

 それはまあ、人間も同じだ。今でも未開のアマゾン奥深く。或いは孤島で石器時代のような生活をしている人類も存在するのだから。

 そして地球の様に人類一強という訳でもないようだ。他にも多くの異世界ならではの種族が居るのだろう。

 

「ね、ねえ姫ちゃん。さっきまでマグアギナさんから冒険者の心得を聞かされていたんだけど……よく分からなくて」

「確かに彼女の語る言葉は精神論的なものが多くて実態がつかめませんでした」

 俺がいない間、この兄妹はずっと冒険者のなんたるかを聞かされていたらしい。

「私は人間の組織の事は良く知らない……けれど」

「けれど?」

「時折、冒険者と呼ばれる集団が草を採ったり、木肌を削ったりしていた。あと蜂蜜も」

「なるほど……概ね“冒険者”という存在は、私達の認識と相違ないようですね」

「つまり採取や討伐、護衛などで小金を稼ぐ日雇い労働者ということだ」

 

「それは違う!」

 ドンッとテーブルを叩く音に、香澄ちゃんがヒャっと悲鳴を上げた。

「冒険者とは未踏の大地を踏破し、まだ見ぬ世界を開拓する者達だ!」

 それはマグアギナの声であったのだが。

 

 口の周りをパン粉とマヨネーズまみれにした姿は、その理念の崇高さからは程遠かったが。……なるほど、彼女は醤油マヨネーズに落ち着いたか。俺はオーロラソースにウスターソース派だが……解る、解るぞそのチョイス。


「私をそんなその日暮らしの冒険者と一緒にして貰っては困る! 現にこうして新しい土地へとこの日本の足と一本の尾で辿り着いたのだ!」

「……それでマグアギナさんは空腹で倒れかけていた、と?」

「……まあ……そ、その通りである。面目ない」

 この辺りには食べる物がなく、食料が底を付いたのだそうだ。

 

「しかし干し肉でも頂ければ十分と思っていたのだが、この『えびふらい』という食べ物は素晴らしいな! それにこの『まよねぇず』という白い物も素晴らしい! 正に私が求めていた食とはこれの事だと未来永劫宣言できる味だ!」

「それは……まあお気に召していただいたようで」

「うむ!」


 そこから更に積まれたエビフライを間食するまで3分も掛からなかった。

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