16.隆一郎の提案
16.隆一郎の提案
「で、どうしよう」
場所は打って変わって自宅の居間だ。
あの後俺達は、蜂川兄妹に手伝ってもらい作業を済ませた。今日の採蜜も終了。後は垂れてくるのを待つばかりだ。
そう。俺の養蜂園は今や毎日蜜が採れるのだ。これは凄まじい事である。
「先ずは小屋の強化でしょう」
冷静な表情なのにウキウキが隠せていない隆一郎くんがそう提案する。
「うむ……そういや姫、お土産は?」
「全部食べた」
……まあ、茶菓子くらいはあるけどね、あるけど。……一つくらい食べたかった。
すくりと立ち上がると台所からお茶と茶菓子の用意をする。時刻は夜の8時頃。小腹がすく時間だ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
「それで私は考えたのですが、周囲を金網で囲ってはいかがでしょう?」
「あ、隆一郎くんも食べて」
「……頂きます」
隆一郎くんの説明では、地面を小屋の四隅の地面を掘り起こし、そこにコンクリートの土台を作り金網を立てるというものだ。
それならば熊だろうがライオンだろうがそう簡単には入ってこれなくなる。
「必要な物はこちらで揃えます!」
やはり熱意が凄い。
「分かりました。経費はこちらで持ちますのでよろしくお願い致します」
「そんな水臭い! 私達は秘密を共有する、いわば同志なのですから! 蜂川農園としても希少な蜜を確保する為でもあります。こちらに全てお任せを」
「……ありがとうございます」
只より高い物はないことになりそうだが、背は腹に変えられない。実は金欠である香具内家にはそんな大規模な工事をする金などない。せめて今月の蜂蜜分の金が振り込まれていたなら……、
間違いなく隆一郎くんの興味は異世界に首ったけ。暴走しないように注意すべきだろう。
そうした話し合いの末、取り敢えず夜も更けたということで、後日また話し合うと決め、二人は帰っていった。
「ごめんね。お兄ちゃん一度興味を持ったら突っ走っちゃうタイプだから」
帰り際香澄ちゃんがそう漏らした。
どうかその言葉がフラグになりませんように、と俺は願うばかりだった。
***
次の日の朝。
「香具内さんおはようございます!」
玄関から大声がする。
「う~ん……?」
眠い。今は何時だろう?
「豊太、豊太。来てる」
「誰……お客さん?」
モソモソと布団を抜け出しあくびをする。時計を見ると針は5の字を指している。
目をこすりながら騒がしい玄関へ向かい、鍵を開けると――
「おはようございます! こんな時間に申し訳ありません、気がはやってしまって」
案の上彼が居た。
「隆一郎くん……おはよう」
「姫さんもおはようございます」
「おはよう」
「では早速ですが、小屋へ入らせてください」
「……どうしたのこんな朝早くから」
「資材の用意が出来たので作業に移ろうと思いまして。見て下さい、道具も持って来ました。香具内さんの手を煩わせることはしません」
「……豊太でいいよ」
「ならば私も隆一郎と呼び捨てにしてください」
「ああ……わかった隆一郎」
「はい」
彼は道具箱を掲げてニコりと笑みを浮かべている。始めの印象が吹っ飛ぶ好青年そのものの笑顔は、いったい幾人の女性を落としてきたのだろうか……。
「では豊太さん、小屋を開けて頂けませんか?」
「あ……うん、了解」
まあ小屋の強化は悪い話ではない。
俺はサンダルをはいて、急かす隆一郎くんと共に庭に出た。
「はいどうぞっと」
小屋の鍵を開けて彼を促す。
「失礼します」
妙に礼儀正しい。彼はこの不思議な現象に信仰に近い畏敬を感じているのだろう。姫が自信を神か精霊かと呼んだのだ。実際それが本当なら彼の神妙さ間違ってはいないのだ。……俺は付き合いが長いせいか、姫にそういった特別視をしろと言われても難しい。
「……」
姫も無言で彼の後を追う。気になるのは彼女も同じようだ。
花畑は既に日が昇っていた。どうやらこの世界は日本よりも日の出ている時間が長いらしいことが分かっている。だが何時もならもう少し経って、俺と姫は日課の養蜂作業に入るのだが。
「では先ず採寸を始めようと思います」
隆一郎メジャーを取り出し小屋の外を図りだした。俺はそれを煙草を吸いながら眺める。……まだ寝ぼけていて頭がはっきりしない。早寝早起きにも限度があるぞ。
「あー手伝うことは?」
「問題ありません。良ければお休みになっていてもいいですよ」
「そうか」
しかしもう一度寝るには微妙な時間帯である。それならば作業をやってしまおう。
「じゃあ俺達も仕事をしちゃおうか」
「うん」
俺達は着替える為に母屋に戻った。
「あ」
その途中で姫が素っ頓狂な声を出す。
「うん? どうした」
「言い忘れていたけれど、この世界とあちらの世界を繋ぐ扉は私が許可したモノしか通れない」
「え”」
また初耳である。
それでは隆一郎くんがやっている事の意味が無くなるではないか。
「でもそれは小屋と花畑の境目だけだから、小屋の周りを囲むのは安全策としてはよい」
姫の言う「境目」とはつまり、正確には小屋の壁のあった場所。まさに世界の境目のことだろう。
しかし彼女の物言いは、それはまるで危険があると言っているようなものではないか。
「……危ない事になったら小屋に逃げ込めばいいだけなんだから、柵は要らないんじゃないか?」
「物は持ち込める。だから矢とか剣は届く」
「それは……」
ちょっと待て。つまりあっちの世界の住人は結構野蛮な気質で、弓とか剣で武装した中世風の文化があるって事じゃないか。
これはもっと隆一郎くんと話し合う必要が出てきたかもしれない。
*
「隆一郎く、隆一郎。話があるんだがちょっといいかな?」
「はい、何でしょうか?」
俺は早速、姫に聞いた話を彼に伝えた。
すると彼は驚くのではなく、待ってましたとばかりにニンマリと笑うではないか。
「ならばもう少ししっかりした物を用意すべきですね。金網では矢は防げないし前哨基地としてはいささか頼りないと思っていた所です」
「君は戦争でも始めるつもりなのかい?」
「いいえ、そんなつもりはありません。前哨基地と言ったのはつまりここが異世界という未踏の地への入り口という意味で……まあ言葉の綾で拠点です拠点」
不安だ。どんどん第一印象のイケメンクールガイである彼から遠のいいく。
「なあ姫。本当にここは危険なのか?」
不安になってそう尋ねる。今の今まで姫の出自を明確にせず、異世界という広大な世界ではなく、小さな養蜂園を築こうとしていた小市民な自分が悪いのだ。
「ここは世界一安全な場所。危険は今の所訪れていない」
と小さな胸を張る自称神様。
「なら問題ないか……」
と胸をなでおろす自称他称一般人な俺。
「いいえ、彼女は今の所と言ったのですから万全を期すべきです。私が全てやって置きますから、豊太さんは何時も通り蜂の世話をお願いします」
「さん付けしなくても――」
「豊太さんは年上ですから」
「……わかりました」
どうやら彼はさん付けを止めないようだ。
その後、豊太は姫と共に日課の作業に移った。
今はこじんまりとした養蜂園であるが、少しずつ蜂箱を作っては追加している。庭に置いておいたダミー巣箱も結局はこちらに移した。
それは庭で養蜂をやっていると言うよりも、秘密の蜜源という事にしておいた方がバレにくいだろうと隆一郎の具申があったからである。
もちろん養蜂場は市役所に提出する必要がある。しかし態々調べるような者はいない。居たとしても時間を稼げるというのが理由だ。
最近の蜂達は豊太のすることを理解しているのか、決して刺すこともせず蜜を採取する際には自主的に箱から離れるようになっていた。
蜂達は事実、知っているのだ。蜂にとって姫とは女王バチの上に存在する絶対的な守護者であり、彼女の呼び寄せた人間が自分達の住家を増やしてくれているということに。




