15.新しい仲間
15.新しい仲間
「なにこれ……」
「ど、どうして物置小屋の奥が……」
蜂川兄妹は小屋に入った後、壁を塞いでいる奇妙な木の板が、光が漏れ出す扉であると気づくと怪訝な顔をした。
そして豊太と姫がそれを開いた際の言葉が上記の台詞だった。
「豊太」
「どうで――なんだい?」
開き直って自慢でもしようとしたのに。
「香澄からもらったお菓子ちょうだい」
「家に帰ってからでいいだろ」
「あじみ」
姫はぶれない。
一応確認として籠を覗くと中身はマフィンのような小さなカップケーキだった。これなら片手で食べられるか。
「ほい、残りは返ってからな」
「おお豊太は神」
「神は俺じゃなくて香澄ちゃんに言ってやれ。ちゃんと礼もしろよ」
「モムホム」
……既に口いっぱいに頬張ってやがる。
「……」
二人は固まったまま、何かを言い出したいが喉がつかえているかの様に口をパクパクさせている。
「これが俺の養蜂園。そしてその秘密です」
「……あったかい」
香澄ちゃんの第一声がそれだった。
「こんな……これは……」
意識を取り戻した隆一郎くんは、小屋の中に首を突っ込んだり出したりを繰り返した後、慌てて花畑から入り口の裏に回ってその異様な光景に押し殺した悲鳴を上げた。
ちなみに花畑から小屋入り口の後ろに回ると、扉として建てた木の板だけが何故か見える。俺も初めてそれを確認した時は、この世界に閉じ込められたかと慌てた。
「あの大きな木の下に巣箱を置いています」
俺の言葉を唖然と聞いているだけの二人に。
「じゃあ見に行きましょうか」
と声を掛けた。
*
「すごい蜂の量!」
「巣箱を作っても作っても間に合わないくらいです」
巣箱の並ぶ……と言っても五段重ねが三箱だが、それを見た香澄ちゃんは再起動を開始して素直に喜んだ。
「この蜜蜂……日本ミツバチに似ているけど、違うね……」
「え、そうなの?」
「多分……なんだか見る角度によって光っているように見えるし」
こんな所でこの蜂達が日本ミツバチではないことが確定した。まあそりゃそうか。月が二つある世界に日本の昆虫がいるわけがない。
「これだけの花が咲いているならいくら蜜を集めても無くならないか……おじいちゃんが言っていたのはこういう事なのね」
「甚爺さんが何か言っていたのかい?」
「豊太は自分しか知らない蜜源を見つけたんだろうって……ただ親しくなっただけじゃ養蜂を勧めないってさ」
「なるほど」
甚爺さんも商売になるかならないか、シビアに考えていたんだな。
「まあこんな凄い場所だとは思っていなかっただろうけどね」
ハハッと笑う香澄ちゃんだが、この場合は苦笑いも交じっているのだろうな。
「いや二人ともなにを呑気に蜂の話をしているんだ! それより重要なのはこの世界の事だろう!!」
それまで導かれるまま木の下まで付いて来て、何か考え事をしていた隆一郎くんが覚醒した。
「いやまあ……俺だって調べようとはしたさ。でも個人では無理があると感じる程に広いぞこの世界は」
「なら国や自治体に頼んで――」
「断る」
それはハッキリと。彼の言葉の続きを断つために発した。
「……どうして」
「俺は小市民だ。大事にしたくない」
「しかし世紀の大発見を……」
「それにここの入り口は俺の家の敷地内だ。どうしようがその権利は俺にある」
もちろんそれは永久的にこの扉を塞いでしまうという選択肢もあるという事だ。
「……広大な土地であるというのならば、これから起こるであろう食糧難の解決策になるかもしれません」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん
隆一郎くんはどうやら人類愛に溢れた人物のようだ。と思ったがどうやら違う。それはただの方便に聞こえる。なんというか本気で言っている訳ではなく、こちらを試しているような雰囲気を感じる。
「食料が増えて、人口が増えればまた食糧難の繰り返しじゃないか」
「まあ、そうですが」
やっぱり素直に引き下がったな。
うーん……彼くらいの年齢だったら目的はアレしかないよなあ。
「隆一郎くん」
「……はい」
「君は知りたいだけなんじゃないか?」
「ッ――それは……」
間違いなさそうだ。
この聡明な青年を突き動かすのは、恐らく並々ならぬ知識欲。そしてそれに伴う探求心だ。彼は目の前に突然現れた甘露な未知に出会ってしまったが故に暴走しようとしているのだ。
つまりフロンティアスピリッツ。世は正に異世界開拓時代!
「私はこの場所を大勢の人に知られるのを良しとしない」
「姫?」
「君は……確か香具内さんの姪の……」
「私が豊太をこの世界に呼んだ」
「え”!?」
突然姫が語ったのは衝撃の事実。それをクッキーカスを頬に付けたままなのが締まらない。
というかそんな話一度も聞いていないですよ姫様!
「き、君は――」
「え、姫ちゃんって……」
二人は目の前に立つ少女の発した言葉に戸惑っている様子だ。もちろん俺も戸惑っている。
「私は蜂達から“姫”と呼ばれ、この花園の主をしている。あと人は私の事を精霊や神と呼んだりする」
「……」
言葉が出ない。
今までも姫は不思議な現象を起こしてきた。
少女とは思えない程の怪力。蜂と意志疎通しているかのような言動。蜂を自在に操る力。そして浮世離れした容姿。そのどれもが人とはかけ離れているのだ。
だが――
「ん~と……どういう事?」
「どういうこともこういう事」
いまいちピンとこない。
「この世界に俺を呼んだというのは?」
「私の子達を庇護してくれる存在を探していた。だからその近くに『門』を開いた」
「あの小屋の事?」
「そう。小屋の下に埋まっていた遺跡と、蜂達の触媒を別の世界から繋いであけた」
「遺跡が、この下に……? それに触媒って?」
「多分蜂蜜」
「あッ!」
そこで思い出した。小屋の中にある筈だった消えた蜂蜜入の大瓶のことを。
「姫さんはこの世界では神と呼ばれているのですか?」
俺と姫の問答を黙って聞いていた、隆一郎くんがそう尋ねる。
「自覚はないけどそう。草花の女神とか、花々の精霊とか呼ばれていた」
「呼ばれていた?」
「ここに蜂達と居付いてから人間の事はよく知らない」
「……香具内さんに庇護を求めたというのは?」
「蜂達は追われるようにここに来た。だから住家が少ない」
「それで巣箱……ですか」
「うん」
「追われたというのは?」
「色々」
……新情報が次々と飛び出すが、頭が追い付かない。というか俺、よくこんな謎めいた存在と寝食を共にしていたなあ。まあそういう性分な自覚はある。
「ちょ、ちょっと! 本当なの話!」
「ほんとう」
「じゃあ香具内さんの姪っていうのは!?」
「うそ」
「そ、そんな……不潔!」
「ええ、気にするところそこ?」
若い子の感性がよく分からない。
「神様ならば凄い力があるのでは? なら香具内さんに助けてもらう必要はない筈です」
「そんなことない。私にも出来ないことがある。お菓子作りとか」
隆一郎くんは妹を無視して質問を続ける。この人も大概変な性格している。
「私が干渉できるのは花や草木。そしてそれを糧とする虫たちの意思疎通。それぐらい」
「……木花之佐久夜毘売」
「え?」
「コノハナサクヤヒメビメ、或いはコノハナサクヤヒメです。古事記に書かれる日本の神様で、特徴が姫さんに似ている」
「それは見た目……ではないよな?」
「ええ、コノハナサクヤヒメは草花のように旺盛な子孫繁栄を天皇家にもたらしたと言われる神様です」
へえ……知らなかった。
「ただ一緒に嫁いできた石長比売を醜いという理由で神に返したため、天皇の家系は石のような永遠の寿命を手に入れそこなったらしいですけどね」
彼は随分と面白い話を知っているのだな。
「それで、姫が俺をこの世界に呼んだ理由は蜂達を増やす為なんだな」
「そう」
「たくさんいるように見えるが……」
こうして話している間にも、蜂達はせわしなく花と巣とを行ったり来たりしている。
「この草原には蜂達はこの周辺にしかいない」
「ええ!」
驚いた声を上げたのは香澄ちゃんだ。
「だってこんなに広くて……蜜源もたくさん……」
「普通なら蜂の楽園だな」
気候も温暖。外敵も居ないようだしここだけというのは考えればおかしい。だからこそ俺は養蜂を思いついたのだから。
「ここの蜂達は逃げてきた」
「逃げてきた?」
「森から逃げて来れたのはこの子達だけ。他の群れは散り散りになってしまった」
姫は悲しそうにそう告げる。
「その逃げてきた色々な存在というのは危険なのですか?」
隆一郎くんも未知の世界の情報に喰い付くように尋ねた。
「危険」
淡々と答えたその言葉は重みがある。
「この子達は私の眷属の中では脆弱で希少な種だから、私がこうして保護していた」
「……」
恐らく眷属とは、草木に寄り添って生きる昆虫類全般の事だろう。しかしそれなら疑問が残る。
「姫、君が神様だって言うんならどうにか出来たんじゃないか?」
「キカン坊もたくさん居るし、私の眷属でない者も居る」
う~む……危ない生き物が襲って来る可能性があるなら、呑気に養蜂なんかしていられないぞ。
「その生物とはスズメバチや熊などでしょうか?」
「……多分そう」
「え、熊……は分かるけど、スズメバチって蜜蜂の天敵なんですか?」
「貴方……本当に何も知らないのね。熊は早々出ないけどスズメバチ対策は養蜂家には必須項目よ!」
「そ、そうだったのか……」
事実、スズメバチはミツバチを襲う。目的は食料とする為だ。スズメバチは肉食で、ミツバチの巣を集団で襲い、肉団子にして持ち去るのだ。そうして全滅してしまう巣も多く、養蜂家は様々な対策をおこない巣箱を守っている。
「そして逃げてきたのは人間からも」
「……蜂蜜か」
隆一郎くんはそう言って唸ると考え込むように押し黙った。しかし俺は姫の矛盾に口を出す。
「なら何故姫は俺をこの世界に呼び込んだんだ。俺も蜂蜜を狙う人間だぞ?」
「それはアレ」
「……巣箱か」
確かに巣箱は蜜の詰まった巣だけを採れる、まさに文明の利器ともいえる発明だ。
「人類の歴史は蜂と共にあったと言っても過言ではないんです。エジプトの墳墓から蜂蜜の入った壺が見つかっています。しかし現代の養蜂という意味で蜂を飼育して蜜を採取するというのは近代に入ってから、19世紀半ばからと言われています。それまでは飼育した蜂の巣をそのまま砕いて蜜を採取していた、つまり蜜を採取する為には長らく巣を潰す必要があったわけです。それを解消したのが自然ではなく巣箱で飼育するという方法だったのです!」
「お、おう」
「お兄ちゃんまたそうやって……」
怒涛のうんちくについ腰が引ける。香澄ちゃんの言い分からすると、何時も夢中になるとこうなるようだ。
「……つまりこの世界の人間……別の世界に人間がいるという事実だけでも驚愕ですが……この世界の人間は養蜂技術が未発達だという事です」
「……多分そういうこと」
姫も呆れている様に見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「だから蜂達を守って欲しい」
「未熟な世界に我々の文明を接触させるのは危険……分かりました。この事は他言しないと宣言します」
「私も養蜂家の一人として蜂を大切に思う一人、秘密を守るわ」
二人は熟考した後、そう言ってくれたのだ。
「ありがとう二人とも」
「ありがとう」
俺達は深く頭を下げてこの兄妹に感謝する。こんな壮大な秘密を守ってくれると言うのだ。彼らの決断は世界の維持、ひいては俺の家計を維持することになるのだから。
「しかし本当に……この世界は夢ではないのですか」
「まあ見た目が天国みたいだからな。俺も最初は疑ったよ」
「この周りには何があるの?」
「一度だけ気になって北の方へ向かってみたけど森があったな。危ないと思って引き返したけどね」
「それはいけません。早急にこの周辺の安全を確認しなければ!」
急に大声を出されてびっくりしてしまった。隆一郎はこぶしを握り締め、強く主張したいようだ。しかし養蜂だけならここで完結する。
「まあいざとなったら小屋に逃げればいいんじゃないか?」
「いいえ。こんな板一枚では大型肉食獣にでも暴れられたらひとたまりもありません」
「……だからそういう危険な獣から姫らは逃げてきたんじゃないか? ならこの周辺には危険な生物が居ないはずだ」
「そ、それは……まあ……しかし――」
「ハア……お兄ちゃんは冒険がしたいのよ」
「ええ? 冒険っていうとあの冒険?」
「そうそう、その冒険。お兄ちゃんの部屋はそう言った小説とか伝記とかが一杯あるんだから」
「あ、いや……その」
顔を真っ赤にして俯く青少年。なんだ、彼にも可愛い所があるんじゃないか」
「で、姫。この付近に危ない生き物は居るのか?」
「今の所居ない」
「そうか……」
取り敢えずは一安心、ということか。
しかし、と豊太は思う。隆一郎の言う周辺の安全の確認というのは重要なのではないかと。今まではこの天国のような風景に、そして小屋に逃げ込めば問題ないと先送りにしていた問題であるが。もしかしたら小屋の庭側の扉を破り、元の世界に攻め込まれる可能性があるのかもしれないのだ。
果たしてこの世界はどれくらい広く、どれくらい危険なのか、と。
「先ずは防備を整えた方が良いか」
取り敢えず。冒険より先に安全地帯の確保だ。




