12.再度蜂川農園で
12.再度蜂川農園で
蜂蜜が採れてご機嫌の豊太、そしてお菓子が食べれて嬉しい姫。そんな上機嫌な二人のうちの一人はある事を思いついた。
「蜂川さんへおすそ分けをしよう!」
「はちかわさん?」
俺は蜂川さん家の甚右衛門爺さんが、いかに懇切丁寧に養蜂のイロハを教えてくれたかを姫に伝える。
「まさに甚爺さんは俺の師匠なわけだ」
「ししょう……なるほど」
分かっているのであろうか?
「だから採れた蜂蜜を持っていくのは最高の恩返しというわけである」
「うん……それは大切」
「だろう」
というわけで持っていく蜂蜜を吟味する。
「たれ蜜なのは当然として……」
しかし梅酒瓶をそのまま持っていくのは惜しい……。
「なんか入れ物なかったかな……」
家じゅうの瓶はもう使ってしまったしな、買いに行くか?
「全部持っていく。蜂蜜はどうせすぐ溜まる。蜂達に必要なのは住む家だから」
迷う俺に対し姫はそう断言した。手には既に一抱えもある瓶を抱くように抱えている。
「……え、姫も付いていくのか?」
「駄目?」
う~む……まあ姫川さんの兄妹には既に会ってしまっているから大丈夫か。
「お行儀良くしているんだぞ?」
「うん」
そういうことで俺達はたれ蜜の入った瓶を持って、蜂川家へとお邪魔することにしたのだった。
***
「お~」
「外の景色がそんなに珍しいか?」
「うん」
姫は以前の事もあって外へ出掛けるのが好きになったようだ。今も興味深かげに車窓から田舎の景色を眺めている。
「田舎の風景なんてどこも同じだろ。しかもここら辺は少し市外から離れると山に囲まれているからなあ」
「起伏があるのは楽しい」
その言葉に花畑を思い出す。確かにあそこは低い丘ばかりで山なんて見えない。
「……姫は一体どれくらい前からあの花畑に居るんだ?」
「う~ん……いっぱい?」
「俺に聞かれてもなあ……」
もしかしたら姫はエルフ的な所属なのかもしれない。彼女の時間間隔のあやふやさは、物語に出てくる長命な生き物によくある特徴だ。
ということは見た目は少女でも、年は俺より年上の可能性がある。……敬語を使うべきだろうか。
「何処まで行くの?」
「蜂川家は山間の農園なのでもうしばらく掛かりますはい」
「……変」
二人は車を止めるまで他愛のない会話を続けるた。
*
「はい到着」
敬語は止めました。
「お~」
目の前の蜂川農園は以前来た時と変わった様子はない。いや平野部では降らなかった雪が積もっている。果樹が並ぶ広い農園を白化粧で覆っていた。
「お~来たか」
家から甚爺さんが出てくる。それも以前通り。年よりは地獄耳と言われるが彼もその例に漏れないのだろう。
「ご無沙汰しております」
「おや、そのメンコイのはどなたかの? もしかしてお前のコレか?」
「あははは……姪っ子ですよ、しばらく預かっているんです」
「姫ですこんにちは」
「おぅおぅ礼儀正しい子だな。うちの孫に爪の垢でも飲ませてやってくれ」
「? うん」
「はっはっは」
よく姫は甚爺さんに気圧されずにいられるな。
「さっさ、入んな入んな。姫ちゃんもお菓子くってけ」
「! 食べる」
あれだけ食ってまだ入るのか……。
二人は以前もお邪魔した居間へと通された。灯油ストーブとコタツの置かれた居心地のいい空間だ。
お茶とお菓子を出だして貰った姫は隣で食べだした。まあ煎餅だったのでびっくりしていたが今は美味そうに食べている。
「で、渡したいものってのは?」
と甚爺さんから電話の件を切り出された。
実は電話では詳細を話してはいない。贈り物は驚かせた方が喜びが強いものだ。
「これです!」
袋に入れた瓶をさっそうと取り出す。
「こりゃあ……蜂蜜かい?」
「はい。おかげ様でこんなに採れました。今日はそのお礼もかねて差し入れに――」
話を続けようとして気付いた。甚爺さんの様子がおかしい。
「いやぁ……今は冬だがなぁ……しかしどう見ても採れたてだぁて。ぬう~」
と悩みだしてしまった。
そうだ、舞い上がっていて気が付かなかった。この蜂蜜はあの花畑で採れたもの。つまり異世界産だ。しかも今の季節は冬。どう見ても出自不明の蜂蜜なのだ。
しかも甚爺さんはこの蜜が採れたてであると看破してしまった。養蜂に携わっていたからこそそれを理解してしまい悩んでいるのだ。
驚かす為に市販の蜂蜜を持って来た、なんて誤魔化すこともこれでは難しい。
「ちょいっと舐めてもいいかい?」
「あ、ええもちろんです!」
甚右衛門は、持って来た匙で瓶の中の蜜を一掬い。神妙な面持ちでそれを手の平に落として舐めた。
「……こりゃあ……たまげた……」
目を瞑り、口を動かし続けていた甚爺さんはポツリとそう呟いた。
「冬に採れる蜜は……枇杷か……いやしかしこの味はなぁ」
この蜂蜜がどうしてあるのか。その謎が養蜂家としての心に火を点けてしまった。
……どうしよう?
「……あ、こんにちわ」
引き戸からひょっこり顔を出したのは、甚爺さんの孫。香澄ちゃんだった。以前に偶然ホームセンターで会って以来、と言ってもまあ最近だ。
「どうもお邪魔してます」
「輸入……いや澄んどるし、西洋はないの……」
「……おじいちゃんどうしたの?」
「あはは……いやあ……あの、甚爺さん?」
「ちょっと黙っとれ、いま当ててやる」
「はあ……」
この人は自力でどこ産か当てるつもりだ。
「? ……あ、姫ちゃんも来たんだ」
「こんにひわ」
こら、煎餅を口に入れたまま挨拶するんじゃありません。
「……ねえ、えーと豊太さん?」
「ああ豊太で合ってるよ」
「姫ちゃんにずっとその恰好で居させているの?」
「え、可笑しいかな……?」
今日も今日とて姫の恰好はお袋のお下がりだ。服を買う金も惜しいし、それよりも自分は姫の恰好がそんなにおかしいとは思っていない。ちょっと野暮ったいくらいだ。
しかし言い訳はしなければならない。
「ええと……急に預かる事になったから、着替えも有り合わせなんだ」
「もんだいない」
と姫。ナイスアシスト。
「はあ……」
が、香澄ちゃんは呆れた顔をしている。
「ちょっと姫ちゃん借ります! ほら姫ちゃん、お姉ちゃんに付いておいで。お着換えしよう」
「……?」
いや俺を見ても知らんぞ。
「ほらほらそこの女心の分からないオジサンは放って置いていいから!」
お、おじさん……。年頃のお兄さんにそれは傷付く。
姫は香澄に引きずるように連れ去られ、甚右衛門は未だウンウンと唸っている。
そんな中で豊太は唖然と取り残されるのであった。
*
「豊太よ、儂の負けだわい。この蜜をどうしたか教えてくれよい」
暫くの後、お茶を啜っていた俺に甚爺さんはギブアップした。
しかし……言ってもいいのだろうか?
「え~と……実は近所に特別な場所を見つけまして……そこを発見したからこそ、こうやって甚爺さんに養蜂を教えて貰おうと尋ねたんです」
「ほ~なるほどなあ秘密の蜜源か……それほど蜂が活発ならば地下に温泉源でもあるのかいの……まあええ合点がいった!」
どうやらその説明で満足してくれたらしい。まあ嘘は言っていないから問題なし。
「しかしこの味はどんな花かは見当がつかん! 初めて食べた味じゃわ!」
その言葉に俺はアレと感じた。
花畑に咲いていたのは普通の花だ。俺は詳しくないから分からないが、そう珍しい形でもなかった筈だ。それなのに甚爺さんは食べた事がないという。やはり異世界といえば中世風。つまりヨーロッパ原産の花が咲いていたりするのか……そんな訳ない。
きっとあの花々も、あの地にしか咲かない固有種なのだ。
「まあ俺も花に詳しいわけではないですから」
「ふむそうか……」
そう言って甚爺さんは再び黙った。
そしてしばしの後、顔を上げてこう切り出した。
「のう、この蜂蜜をうちに卸さんか?」
「え!?」
「この蜂蜜は美味い。しかも冬にも採れる。珍しい風味。売れるぞ売れる、これは売れるわい」
「ほ、本当ですか!?」
蜂蜜を売る。この考えはないわけではなかった。
蜂蜜は好きだ、大好きだ。採れた蜂蜜は全部食べてしまいたい。しかし現在俺は無職。そして姫という扶養者が転がり込んできた。金は少しずつ減っていく。
その打開策に蜂蜜を売ろうと思うのは自然なことだ。しかし俺には販路もノウハウもないゆえに机上の空論だった。
「ほれ、うちは蜂川農園という看板があるし、いんたーねっと販売もしとるから。豊太はただうちに蜂蜜を運ぶだけでいいぞ」
「ああ、蜂川農園は蜂蜜も売っていたから……」
「簡単に出来る。香澄も高校行くんで採れる蜜も減るだろうし渡りに船じゃい」
「宜しくお願い致します!」
俺は深々と頭を下げた。
「ウッヒッヒ、これからは『びじねすぱぁとなぁ』なんじゃからそんなせんでもええんよ!」
そんな豊太を甚右衛門は顔を赤くしてなだめるのだった。
***
豊太と甚右衛門の居間から場面は変わって蜂川家の二階。古民家には似つかわしくない洋風の扉に可愛らしい看板が掛かっている。そこが蜂川家長女、香澄の部屋である。
「本当に信じられない。女の子にこんな格好をさせて連れ回すなんて!」
香澄はおかんむりだった。甚右衛門と彼が養蜂の話で盛り上がっているというだけでも、気に食わないというのに今度はこれだ。
「?」
首を傾げる美しい少女。煎餅を咥えたままでもその仕草は絵画のように様になる。
今の姫の見た目は「幼すぎる幼な妻」の一言に尽きる。おばさんが着るような服を中学生に上がりたての子供が着ている姿は、ある方面からは絶大な支持を得られるであろうアンバランスな魅力がある。
だがそんなもの年頃の香澄にはくそくらえな評価であろう。少女は若くその魅力を引き立てなければならないのだと自負する世代なのだから。
「姫ちゃんも可愛いんだからもっといいもの着なきゃ!」
「……可愛い?」
「姫ちゃんも可愛く居たいでしょう?」
「……豊太はこれでいいって言った」
「ハア……あの人のセンスは絶望的ね。これじゃあ近所のオバサンじゃない」
「お、おば……」
姫はぐらりと揺れる。彼女も女、オバサン呼ばわりは堪えるのだ。
「私のお下がりあげるから。しっかりコーディネートしてあの男をぎゃふんと言わせなさい」
「……ぎゃふん?」
香澄の言語センスは古かった。
***
居間では豊太と甚右衛門が養蜂話に花を咲かせていた。
商売の話から始まり、掛け率など豊太が知らない言葉も甚右衛門は丁寧に説明してくれる。そうして大まかな決め事が済んだら、次に話される事はといえばやはり養蜂だった。
甚右衛門は随分と長い間、農園の合間に養蜂を営んでいた為、愛着も一塩なのだと。そして最近は孫である香澄がその跡を継いだのが嬉しくて仕方がないと、豊太に歯を見せて自慢するのだった。
「滑車を使うって手もあるんだけどのぅ、それも手間だしのぅ」
「で、ですね。姫がヒョイと巣箱を持ち上げた時は俺も少しは運動しようと――」
「豊太」
「ん――?」
姫の声に振り向くとそこにはおめかしした姫と、それに付き添う満足げな顔の香澄ちゃんが居た。
「……どう?」
「おお……似合ってる似合ってる。可愛いぞ!」
「んふ……」
姫はタートルネックのセーターにフリフリのスカートを着た、どこかの子役モデルのような衣装に身を包んでいた。
恥ずかし気に目を逸らし白い肌に紅が差す様は、あどけなさと女らしさのいいとこどりだ。
「ほぅお~こりゃあ馬子にも衣装いうもんだなあ」
「おじいちゃん!」
「ウッヒッヒッヒ」
「お姉ちゃんに貰った」
「そうか、ありがとう香澄ちゃん」
「……別に着れなくなったお古だし……でも信じられない。下着すらあんな……」
後半は呟くような声だ。
実は下着もお袋のを選んで履いて貰っていたのだが流石にそれは不味かった。
「下着も貰った」
「ッ……み、見せちゃダメだからね絶対! あと新品だから!」
「うん……ありがとうお姉ちゃん」
「……ま、また何かあったら私が何とかしてあげるから……」
「おうおう妹欲しがっておったからのう……あいつもハッスルせんくてよくなったか。良きかな良きかな」
「おじいちゃん!」
蜂川家は何時も賑やかだなあ……。
俺は煎餅を貪り食う姫の頭を撫でながらそんな感想が漏れた。
***
その後。
蜂川家では甚右衛門の独断で豊太の蜂蜜を販売することが決まった事でひと悶着起きたのだが、豊太が置いていった蜂蜜を一舐めすると皆黙り、そして賛成に回った。それほど豊太の蜂蜜は美味かったのだ。
その中でも香澄の反応は著しく……。養蜂家の先輩として彼女は何を思うのか。
豊太が蜂川家会議の顛末を知ることはなく、ただ蜂蜜販売への意欲を燃やすのである。




