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異世界で養蜂園を創ろう! ~1から始めるハニーライフ~  作者: 世も据え置き
第一章 異世界養蜂園の作り方
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1.蜂の巣箱は盗まれやすい

 筆者の思い付きと養蜂への憧れで書き始めた作品です。

 私自身に養蜂の経験はなく、知識は全てネット由来であります。間違った説明や考察があったとしても、魔法の言葉「異世界だから」で軽く読み飛ばしていただけると幸いです。

「……アナフィラキシーショックで死ね」

 パソコンを弄る青年が青白く光るモニターに向かって毒づいた。

 

 

 彼は香具内豊太やしないほうた30才。

 両親は数年前事故で亡くなり、現在築36年の一戸建てに独り暮らし。

 両親との仲は良くもなく悪くもないという関係だった。死を知らされた時は落ち込んだりもしていたが、あっさりと立ち直った。

 そんな両親が彼に残したのは僅かな遺産と、現在住んでいる昭和に建てられた古ぼけた家くらいだった。

 以前まで豊太は都会に出てバイトで食いつなぐ生活をしていたのだが、訃報が入る直前にクビになってすんなりと里帰りする事になる。クビの原因は人間関係のいざこざ。

 彼がそのことは多くを語ることはないだろうし、本筋にも関係のない話であろうから詳細は省く。

 

 つまり彼は絶賛ニート中という訳だ。

 

 

 

「くそ……落ち込んだ時に落ち込むような記事を見てしまった」



 彼が覗いていたのはバズったSNSをまとめているサイトだ。

 その中にこんな記事があった。

 

 『養蜂箱が窃盗される。数は30箱以上。被害額は150~200万』

 

 豊太は初蜜が好きだ。

 それほど甘い物を好んで食べることはしないが蜂蜜は例外なのだ。

 そのまま舐めて良し、掛けて良し混ぜて良し。全ての甘味の頂点であり目標、それが蜂蜜。だと豊太は思っている。

 まあそれに、蜂蜜だけなら虫歯になりにくいと言われているし、花の香りはアロマテラピーっぽい効果もあるしで良い事尽くめなのは間違いないだろう。

 

 だからこそ蜂蜜が、それを作る養蜂家に被害者である事件に非常に腹を立てている。



「くそう」

 苛立ち紛れに持っていたトーストをかじる。……美味い。やはり蜂蜜とバターの相性は至高。

 モグモグしながらカリカリとページをスクロールすると、蜂に詳しいらしい人物が呟いている。『もう直ぐ分蜂の時期なのに酷いですね』と。

「蜂箱ごと蜂も持ってかれたのか……」

 犯人は蜂箱が目的ではなく、蜂を盗むのが目的だったらしい。しかし蜂など盗んでどうするのだろうか? 蜂に頼み込んで蜜を採ってきてもらうのだろうか? それになんの意味が? 蜂なんてそれこそ何処にでもいる気がするが……。

「そういや最近蜂が飛んでこないな……」

 家には小さいながらも庭がある。周囲は田んぼだらけで庭のある家も珍しくないが、それでも庭がある。子供の頃は春頃になると、庭で遊んでいる時によく蜂が鼻先を掠めていたものだが、思い起こせばそういった事は最近ない気がする。デカくなって庭に出なくなったせいだろうか。

 

「……あ、そろそろ蜂蜜が切れるな」

 トーストに追い蜂蜜をしようとして気付いた。

 机に置かれたパソコンの側には蜂蜜のタップリ塗られたトースト。その横には贔屓にしている養蜂園の百花蜜の入った瓶。買った当初はその中身に黄金色の蜜がたっぷり詰まっていたが、今や底の方に薄くその名残を残すだけ。

「在庫あったかな……」

 蜂蜜が切れるのは煙草が切れるのより辛い。俺はスモーカーである前に、ハニーカーなのだ。

 

 

 豊太はヨッコロと呟くと階段を降りる。向かう先は台所。豊太の部屋は幼い頃から二階にあり、今もそこで寝泊まりしている。いわゆる子供部屋おじさんだ。

 彼は、こうして歩くと独りには大きいと感じ始める頃に台所へたどり着いた。

 

 

 古い食器棚の引き出しはガコリと音を立てた後にスライドする。

「……やばい。買ってなかった」

 蜂蜜の入った瓶を置いておく引き出しの中には空瓶しかない。これは失敗した。

 

 

 ちなみに空瓶があるのは豊太が気に入ったデザインの蜂蜜の瓶をコレクションするという趣味があるからである。以外に蜂蜜の瓶は凝った者が多く、それも彼は気に入っている。最近のお気に入りは熊の〇ーさん風の小さな陶器の蜂蜜壺だ。

 

 

「買って来るか……いやしかし……」

 今はもう直ぐ夜明けの時間帯。この時間空いている店と言えばコンビニぐらい。

 最近ご贔屓にさせて貰っている蜂川農園さんは開いている訳もなし。それに今は二月。シーズンオフだ。人気商品ゆえ直ぐ売れ切れるため店に行っても置いてすらいないだろう。

 

 

 蜂川農園は主に果物を栽培している農家だ。主に梨を育てていて、他にも梅も作っている。農場の前に大きめのコンテナハウスを置いて、時期になると梨はもちろん、自家製梅干しなんかも販売するよくある農家である。

 豊太はドライブ中にその店を見つけ、そして出会ったのだ。近場で買える理想の蜂蜜に。

 


「まあ蜂蜜って高いよな……」

 絶賛ニート中の身には辛い。

 

 

 直売所などで見かける蜂蜜は高い。それは誰もが思う事だろう。これは農家が蜂蜜を副次的な産物として販売するためだ。農家が蜂を育てる。あるいは借りてまで必要とする理由は、すなわち受粉の為なのだ。

 蜂が蜜を集める際に鼻に頭を突っ込んで体中を花粉まみれになる。もしくは花粉玉を作るためにコネコネする。その状態で他の花々を渡り歩くおかげで植物たちは次の世代に命を残せる、つまり種を抱く果実を実らせるのだ。

 この受粉作業を手作業で行う農家も多いが、その労力は推して知るべし。大変なのだ。

 

 

「しかし市販の蜂蜜はなあ……悪くはないんだけどやっぱりね~」

 

 

 全国に出回る規模の蜂蜜は、多くが過熱、加糖した物である。賞味期限や流通の関係上、品質を損なわぬように熱で消毒し、ブドウ糖などを加えて品質を一定にしている。もちろん蜂蜜の風味が損なわれないように十分留意し、試行錯誤を繰り返した製品であるため美味い。

 


「同じ味なんだよね……」

 蜜には花の数だけ土地の数だけ種類があるのだ。それを知っているからこその我がままだ。

 だが現実は非常。

「……買って来るか」

 最寄りのコンビニなら、愛用の原付バイクで走れば5分で着く。ふふふ……ここは田舎ではないのだ。

 

 

 さっそく豊太は上着を羽織り、外へと出た。豊太は裏口から庭へと出る。家沿いに車庫へ向かった方が玄関からより幾分早いのだ。

 向かう車庫の中では愛機『大根号』が主を今か今かと待っていた。己の熱い心臓の鼓動をこの夜空に響かせんと伏して力を貯めている。「フフフ……今夜も50ccが火を噴くぜ」と彼? も言っているようだ。

 が――

 

 

「あ」

 ついポンと拍子を打ってしまった。

 横切ろうとしていた庭の隅に、ポツンと佇む物置小屋。そこに目を向けた途端、思い出したのだ。

「あそこに蜂蜜なかったっけ!?」

 大分昔の事だから記憶がはっきりしないが、確か生前お袋が「非常食に蜂蜜がいいって!」と言ってドデカイ瓶入り蜂蜜を買っていたのではなかっただろうか。

 もし記憶が確かならあの何年も開封された事のないボロい物置小屋は、今から宝物庫と化す。

 味? そんな贅沢なことを言うのはどこのドイツだ。蜂蜜が降って湧いたのだから、有難く頂くのが人格者というものである。

 

 

 豊太は取って返して鍵を持ち出す。「小屋」と書かれた鍵は簡単に見つかった。田舎は窃盗が少ないからか香具内家がずぼらだったのか、それは鍵入れに無造作に突っ込まれていた。

 小屋へと向かう彼の足取りは正にホクホク顔。足取りなのに顔が分るくらい浮かれているという意味である。

 

 

「さてさて棚から牡丹餅といきましょうか」

 俺は大量の蜂蜜を手に入れられるという確定された未来に向けて鍵を回す。思い違いなんて可能性はゼロだ。

 確かに俺は昔、何度も小屋を開けようと試みた事があったのだ。その度鍵を見つけるという任務を果たせず蜂蜜ではなく涙を舐める羽目になった。きっと親父が鍵を隠していたのだ。しかし死ぬ前に鍵を戻しておいてくれた事には感謝しよう。

 ちなみに俺の一番嫌いな物語の登場人物は『一休さんの和尚』である。あの野郎一人で蜂蜜を食おうとしやがって。一休さんにしてやられた時には清々したもんだ。

 

 ガチャリと音がして鍵が開いたことを知らせる。金属製の小屋だが鍵はちゃちな物だ。錆び付いていなくて良かった。

「さてと……」

 日にちが経った蜂蜜は黒くなってしまうがしょうがない。味はまあまあ問題だろうし、文句を言える立場ではない。今は蜂蜜だ。蜂蜜が必要なのだ。

 

 

 ちなみに蜂蜜が日にちを置くと茶色くなってくるのは、メイラード反応と呼ばれる現象のせいである。加熱する際にも起こる為カラメル化と混同されがちであるが別の現象である。これが起こると着色と香気成分が発生するが無害である。蜂蜜とは本来何十年も食べることが出来る保存食でもあるのだ。

 しかし混ぜ物を入れた蜂蜜は腐りやすいので注意が必要である。水飴などが入っているとその成分によって普通に腐るのだ。

 長持ちする蜂蜜か確認する際は、原材料を確認するのも有効だが、消費期限が記載されている物はそれを守って消費するように心がけよう。閑話休題――

 

 

 俺は扉を開けて懐中電灯で中を照らそうと――

「まぶしッ!!」

 夜の闇に慣れた目が焼かれるように痛む。徹夜明けにぶ厚いカーテンを開けた時の何倍もの衝撃だ。

 

「うぬう……」

 呻き声なのか悪態なのか自分でもよく分からない声を出して、ゆっくり薄目を開ける。

 

 僅かに開いた小屋の扉から、まるでスポットライトのような光が筋を引いて伸びていた。

 

「……なんなんこれ?」

 質問に答えてくれる者はいない。

「……小屋に電気が繋がっていて、それが点けっぱなしだった?」

 しかし小屋に電気を引いていたなんて聞いたことがないし、電気代も普通だ。この光量を出す照明が今まで点けっぱなしであったなら俺は今頃借金をこさえていたことだろう。

 

 

 覚悟を決めたのか、豊太はじりじりと近づいてゆっくり扉を開く。

 光の量がさらに増した。光の筋は今や庭を昼の様に明るく照らしている。庭を囲む生垣と車庫が、辛うじて光が周りへばら撒かれるのを防いでいるが、豊太の家が田んぼに囲まれていなければご近所迷惑だったことだろう。



「は、はちみつは……?」


 

 どこまでも蜂蜜を追い求めるつもりなのか。豊太はゆっくりとだが、真っすぐ小屋の中へと足を踏み入れる。彼の頭の中で優先されている事は一つ。「直射日光は蜂蜜が痛む」この思いであった。

 

 彼の後ろでパタンと扉が閉じる。残るのは静寂に包まれた小さな庭と、それを照らす小さな懐中電灯の明かりだけであった。

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