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Gray Scale Stories  作者: ほむいき
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灰色の青空5

 男の姿形をしたナニカは、人間の言葉を口にした。合成された機械音ではない、生の人間に近い音。それなのに響きの中に一切感情が感じられない。私は次第に大きくなっていく不気味さを、意志の力で抑え込む。


「どちらでも結構よ」

「そうか、ではメカニックのハレ。命令する。今すぐ自分のいるべきところに戻れ」


 その口調は丁寧であったが、有無を言わせぬ圧があった。逆らえばどのような結果になるかわかっているのだろう、という言外の意味を理解した上で、一歩も引かない。


「嫌よ」


 圧力に屈してしまわぬように、歯を食いしばって吐き出した返答は拒否。どんな動きにも対応できるように、男から目を離さない。


「そうか、優秀なメカニックを失うのは残念なのだが」

「そんなこと、これっぽっちも思ってないくせに……」

「では、そちらの少女に伺うが」

「嫌っ!」


 問いかけの中身を聞くことすらなくセラは断った。例え自身が利する取引であっても、聞くつもりは無いとでも言うように。


「やれやれ、どうやら嫌われてしまったようだね」

「そう、あなたがオペレーターね」

「この機械塔都市バベルの統括管理者のうちの一人。オペレーター、ノエル・レグロック」

「おまえからは腐った油の臭いがする」


 敵意を丸出しで睨みつけるセラ。聞いたこともないような汚い言葉に、我が耳を疑う。


「最高級の純正オイルしか利用していないはずだが。まあいいか。二人とも引くつもりがないのなら、ここで分解してしまおう」

「屍を晒すのはおまえの方!」


 出し抜けに放ったセラの砲撃は、ノエルに届く前に拡散されて消えた。数多くのセンチネルを屑鉄に変えた光は、オペレーターの衣服にすら届かない。


「なんでっ!?」

「成程脅威だ。確かにセンチネル程度では足止めにすらならんな。さすがは古代人の置き土産といったところか」


 何処かで監視していたのか、それとも気づいていたのか。機械塔都市の上役であるオペレーターの目を騙すことは簡単ではない。だからと言ってそう簡単に対応できるものではないはずのだけれど。ここまで来て引くなんて選択肢はあり得ない。道を阻む目の前の敵に打ち勝つためには、セラの攻撃を弾いた正体不明の技術も明かす必要がある。


「余裕ぶってるのも……今のうちだけよ!」


 ごつい腕は邪魔だが、力を込めれば相応の破壊力を持つ。脳天から叩き潰してやろうと、全力で振り下ろした左腕は空を穿った。


「っどこに!?」

「ハレ! 後ろっ!」


 残像さえ見えなかった。いつの間にか背後にいたオペレーターの攻撃を、セラが受け止めている。対物電磁フィールドの青白い光が爆ぜた。望遠レンズ一式の超重量を受け止めた楯が、大きく歪んで悲鳴を上げる。


「あまり時間はかけたくない。これで諦めてくれるか」

「えっ?」


 つい先ほどまでノエルは無手だった。武器を握っていれば、それを見逃すわけがない。なのに今のオペレーターの両腕には細身の剣があった。いつ、どうやって取り出したのかはわからないが、有している武器の切れ味は明らかだ。刀身が纏っている青白い光は、リエスの武器と同等以上の強さで輝く。無造作に振られた刃は、瞬く間にセラの両腕を跳ね飛ばした。


「セラっ!?」

「強制命令……フリーズしろ」


 助けに行こうと駆け出したまま身体が固定された。声は出せず、指先すら動かせない。身体の全ての機能が停止しているのに、思考だけがはっきりと働いている。


「まずは規律違反のメカニックをスクラップに」


 視界の端にかろうじて見えたのは、頭部を狙って振り下ろされる剣。決して速いわけではなく、むしろ剣筋は見えているのに避けられない。私の頭蓋を半分にするために、ゆっくりと近づいてくる刃。オペレーターは、その口角を釣り上げて笑っていた。心の底から嫌悪感が沸き上がってくる邪悪な笑み。それは上位者であることの証。支配者であることの優越ともとれた。瞼を閉じて恐怖から逃れることすら許さない絶対的な権限。メカニック如きが機械塔都市に、ひいてはオペレーターに逆らうなんてことはあってはならなかったのだ。抵抗する術はない。私は目前に迫った死を受け入れた。


「させないっ!」


 両腕を失っていたはずのセラは、ノエルの剣を蹴り飛ばした。私とオペレーターのあいだに立ちふさがるのは少女の小さな身体。左腕だけが乱雑に接続されており、右腕は切断されたままだ。緊急修理でももう少しまともに繋ぐだろう。


「さすが古代機械。一撃でもう見抜いたか」

「その剣のエネルギー保有量だったら私の腕を落とす程度が精一杯でしょ。私はハレと外に行くの。邪魔しないで」

「はっ……はぁっ……セラ……ごめん」


 何の前触れもなく身体に心が引き戻された。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息苦しい。早鐘よりも細かく刻む胸の鼓動は、まだ生きている証だ。


「私こそごめん、正直油断してた」

「セラ、腕が……」

「大丈夫、どうでもいいわ……なんてね。今のは聞かなかったことにして頂戴」


 その言葉が強がりだということはわかっていた。誰も傷つけることができなかった彼女の躯体を、いともたやすく破壊したオペレーターの武器。私の知らないところで、機械塔都市バベルの技術は彼女に肉薄していたのだ。だからこそ、何十機もセンチネルを犠牲することなく勝負をつけようとした。

 メカニックやスイーパーの存在は邪魔だったろう。彼女らが共に戦えば技術が漏洩しかねない。だからこそ戦力として投入されなかった。こいつは……いや、バベルは最初っから私たちの逃走なんてさほど気にしては無かった。


「考え事をしている余裕があるとはな!」


 ノエルの剣が首元に突き出された。身体を反らそうとして一歩下がった私の背を、セラが優しく支えてくれる。


「大丈夫、私が守ってあげるから」


 今度は見逃さなかった。刀身の砕けた二本の剣を捨てたと同時に、体内から引き出されたもう二振りの長剣。目前でセラの電磁フィールドが防ぐ。一枚、二枚と割られ、三枚目が完全に阻んだ。

「厄介だ……本当に厄介だな。いらいらとさせてくれる」

「仕組みが分かれば大したことは無いわ。使い捨てだとばれない様に体内にしまってたのね。ほんっと低レベルで無駄な努力。それなら、電磁フィールドの展開を連続させれば何も問題は無い」

「だが、これを防げはしまい。二人纏めて消え去れ」


 頭上から、光が落ちてきた。そう錯覚するほどに輝く砲撃は、上層に向かうための階段を全て飲み込んだ。視界一面が白く染まる。


「っ!!」


 セラの電磁フィールドは、光と衝突して大きく軋んだ。五秒に一度のペースで砕けては再度新しい防御を張る。対物電磁フィールドの連続展開は、流石のセラにも相応の負荷を与えているのだろう。先ほどから歯を食いしばったまま、一歩も動けていない。


「愚かな。オペレーターであるこの私と戦うということが、どういう事かわからなかったのか」


 目も眩む光の中から、上機嫌な男の声が響く。声高々に、得意げに演説をしているであろう姿が容易に想像できる。せめて睨みつけてやることぐらいの抵抗はしたいが、光を見つめていても目が焼かれるだけだ。防御を張る面積が狭くて済むように、できるだけセラの近くに寄る。


「ぐぅ……むむむ……!!」


 まだ何とか天井の砲撃とセラのシールドは均衡を保っている。それも時間の問題だということは、私ですら気づいていた。


「オペレーターに逆らうということは、この機械塔都市を相手にしているという事と同義だ。いくら優秀な古代の機械と言えど、所詮は埃を被ったボロ人形。膨大なエネルギーの前に圧壊しろ!」


 シールドの天井がゆっくりと押し下げられていく。エネルギー量にものを言わせた力業は、セラの技術であっても長時間の耐久は不可能。刻一刻とタイムリミットが近づいてくる。


「ハレ……お願いがあるの」


 ただ護られていただけの私は、まだ諦めていないセラの瞳に強くうなずいた。


「私が護るから、ハレがとどめを……近くに来て」


 セラの隣で向き合う。額がくっつくほどに顔が寄せられ、宝石のように綺麗な碧眼が良く見えた。


「私を信じてくれる?」

「勿論よ」


 頷いた私の手を取って、セラは無言のまま内部データに触れている。彼女の意識が逸れたせいか、光の圧力が強くなった。それでも私は焦ることなくただ待つ。私の身体を構成する機械の部分。それを動かすプログラムが、とても優しく書き換えられていくのをくすぐったく感じながら。数十秒の沈黙の後、私はセラの創り出したもう一つの電磁フィールド内に閉じ込められた。隣に浮かんでいるのは銀色の箱。初期状態に戻っているリエスの武器を掴んで、まっすぐに立つ。


「ハレ、行くわよ!」

「任せて」


 半球状だった電磁フィールドは、セラの一言で錘状に変化した。それ故に、私から見れば光の圧力が増したようにも見える。四角錘によって真上からの砲撃は分散され、攻撃の威力に不均等が生まれた。

 八面体の電磁フィールドに囲まれた私は、その直後に大砲の如く射出された。護られていてもなお、頬を焼くほどの熱量を持つ光を切り裂く。セラのフィールドが膨大な量のエネルギーを受け流しつつ、ぐんぐんと上部へと進む。


「なにっ!?」

「コード・ブレイド!」


 光の中から飛び出した時、ノエルは目の前にいた。即座に機械武器を起動する。呼び出した大刀を上段に振りかぶり、オペレーターの首を狙って飛び込んだ。


「隙を突こうとしても無駄だ。私の言葉一つで、お前は身動きできなくなる。強制命令……フリーズしろ」

「……!」


 空中で剣を振りかぶったまま動きを停止した。飛び込んだ勢いのままに、身体は重力に引かれて落下していく。


「ふん、メカニック風情が。死ね」


 ノエルが振るった腕に操られた金属剣が、一直線に私の胸へ向かって来る。幾ら頑強な機械の装甲に護られていても、心臓を破壊されてしまえば行動は出来ない。だから、これで終わりだと。


 そう思わせた。


「なんてね!」


 胸に突き刺さる直前に、左腕で剣先を思いっきり殴りつけた。その勢いのまま狙うはノエルの首。振り抜いた刀は、思考の猶予すら与えることなくその頭部を切り落とした。


「ふん、あんたがメカニックである私に対して優位権限を持ってることさえわかっていれば、セラならそのくらいどうとでもできるのよ」


 頭上には、未だに光の奔流を迸らせる巨大な水晶が五つ。四方の水晶が中央にエネルギーを供給し、中央の水晶がそれを放出していた。


「これを壊せばいいのね」


 両断しようと煌めいた刀身は、目には見えない力に弾かれた。水晶には傷一つついておらず、依然として階下に向けてエネルギーを放つ。


「なっ」

「少々油断したか」「戦いに赴くには、私のこの身体は弱すぎる」「替えはいくらでもあるのだから嘆く必要もないがな」

「嘘……」


 刀を弾き飛ばしたのは、今し方首を切り落としたはずの男。転がっている死体に瓜二つの男たちが、当たり前のように佇んでいた。


「言ってなかったか。この身体は汎用機人だと。特定の身体を持たず、意識のみを共有しているのが私たちオペレーターだという事を」

「聞いて……無かったわね」

「そうか、では今教えた。まだ無駄な抵抗をするか?」


 いつの間にか、多数の熱源反応が周囲を埋め尽くしていた。背後には階段を登って来たセンチネルの大軍。目の前には機械塔都市のエネルギー源を自由に操る不死身のオペレーター。頼みの綱のセラは直下で動きを阻害されたまま。手助けには来れないだろう。投了ものの盤面に対しても、諦めるつもりは毛頭無い。


「ふん、最後まで抗ってやるわ」

「そうか、お前の死体は残す必要がない。やれ」


 合図とともに、轟音をあげたセンチネルの砲。背後に活路は無く、正面にいる三体のノエルに向かった。


「思い切りはいいな」「ここしか逃げ道は無かったはずだ」「追い込まれているとも知らずに」

「ふっ!」


 空間ごと切り裂かんばかりの横薙ぎ。三人のノエルがそれぞれ避けたせいで、2と書き込まれた背後の鉄扉を大きく切り裂いた。

 割れ目から中に飛び込むことで、センチネルの砲撃は全て無駄打ちとなったはずだ。爆発の衝撃でさらに歪んで拡がった壁面の穴から、一体ずつ、あるいは二体同時に入り込もうとするセンチネルを潰す。前にいる残骸が、後続を防ぐためのバリケードとなる。


「私には無意味だがな」

「だろうと思っていたわ!」


 背後から聞こえた声に向けて振り払った太刀筋は、大きな容器を一つ切り裂くにとどまった。中に満たされていた液体と一緒に流れ出てきたのは、人のカタチをしたなにか。黒く長い髪を持ち、豊満な胸を持つ長身の女性。見間違えるはずがない。


「あ……あぁ……そんな……嘘……」

「これも予想できたか?」


 それはよく知っている女性の身体。眠っているのとは全く違う生気のない顔を張り付けたまま、ピクリとも動かない。彼女は数少ない友人の一人であり、スイーパー時代の同期であるメリィに間違いなかった。


「はっはははは! この第二階層はな、機械塔都市に居住している人間のうち、サブメモリーシステムに登録している人間の身体を保存しておく階層だ。つまり、足元寝転がっているのはお前の知人で間違いない」「声も仕草も全く一緒だ。はは当たり前だな、本人なのだから。どうだ。これでも戦えるか。特別に今の記憶をインストールしてやろうか?」「それが面白い、戦わせてみればどちらが勝つだろうか。果たして友人を殺せるかな?」


 同じ姿と同じ声を持つ三人のオペレーターが、セリフを分割して順番に喋る。あまりにも悍ましい内容は、聞くに堪えない。


「ふざけるな! ……悪趣味な糞野郎どもが」


 足元にある友人の姿をした人間を抱きかかえて起こす。見た目からは想像できないほど軽い。自発的な呼吸がすぐに小さくなり、人としての生を終えた。わずか数十秒の命。あまりにも非道。人間ではないと、友人では決してないと自分自身に言い聞かせた。そうでもしなければ涙が堪えられなくなる。吐きそうになりながらも、なんとか堪える。


「人形が一つ動かなくなったくらいで、何を哀しんでいる。お前が培養器を壊さなければもう少し長生きしていただろうに」「嘆くな、MEC081714。欲しいだけくれてやる、希望を言え」


 三人のノエルが両腕をひろげた途端に、部屋のライトが全て灯る。保管倉庫内には培養器が遥か向こうにまで並んでいた。同じ姿形をした培養液漬けの人間の列が、等間隔に安置されている。何百何千という途方もない数だ。


「人の命を何だと思っているの……」

「ただの道具だ。それ以上でも以下でもない。バベルの発展に寄与するだけの存在だ」「彼女らは、皆望んでサブメモリーシステムに登録したのだ。感謝されこそすれ、批難される謂れはないな」「死んで終わりの人生を、続きからやり直せるのだ。それほど幸福なことがあろうか」

「違う!! 同じ記憶を持っていたとしても、魂は宿らない」

「魂が何ぞやなどと問答をするつもりは無い」「ここがお前の墓場だ」「さっさと諦めて死ね。そうすれば人生をやり直させてやろう」


 指を弾いたノエル。その音が空間に響き渡り、一番近くの保管庫が開かれた。培養液でぬれた前髪を不快そうにかきあげ、不安そうに付近を見回す女性。


「どうやらお前には、こっちの方が辛いらしいな」「あまり抵抗されるのも面倒だ」


 それはメリィの身体を持つ半人半機の抜け殻。彼女は一矢身に纏わぬ姿で、羞恥心を見せることなく真っ直ぐに歩いてくる。先ほどの不完全な目覚めとは違う。その瞳には、彼女と全く同じ意志の光が宿っていた。


「命令だ。そのメカニック、ハレを破壊しろ」

「ここは……」

「問うことは許されない。目の前の違反者を殺せ」

「……はい。了解しました」


 ノエルから剣を受け取ったメリィは、手に馴染ます様に二度振る。まるで試運転をするかのように身体を軽く動かした後、こちらへ向き直った彼女と真っすぐ目が合った。私だからこそわかる。メリィではないはずの彼女の、表情だけでわかってしまう。仕事を実行しようとする強い意志の中に揺らいで見える小さな困惑や動揺。それら悟られないように目を細めて切っ先を向けてくるのは、私が殺したメリィそのもの。

 過去の記憶を貼りつけられたメリィは、私が構える前に斬りかかって来た。その刃を受け止め、いなし距離をとろうと跳び下がる。


「どうして規則を破ったんだ、ハレ」

 声も彼女と全く同じだ。柔らかい物腰ながら、凛としていてよく通る力強い音。

「私は……ッ!」

「ハレを殺さなければならないなんて……。こんな仕事したくはなかったな……」


 彼女にはなぜこの状況が分からないのだろう。培養器が溢れるこの施設の意味を。私がここにいる理由を、少しでも想像してくれれば分かるはずなのに。願いは届かない。ただ与えられた仕事を果たそうと振るわれるのは殺意のこもった刃。一撃が致命傷になり得るほど鋭い。手加減なんてなく、捌くのがやっとだった。


「お願いメリィ。やめて!」

「あれほど言っただろう。サブメモリーシステムに登録しておけと。そうすれば規則に違反する前の状態ですぐに帰ってこれるのに」


 違う。私はもう真実を知ってしまった。メリィはあなたでない。私の買い物に付き合ってくれた彼女はきっと、今は家で休んでいる。目の前にいるのは似て非なる存在。彼女のカタチをした人間型の容器に、彼女の記憶を注いだだけのまがい物。そう頭で納得しようとしても、心が阻んでいた。


「ああそうだ、私が頼んで治してもらうおう。だから安心してくれ。大丈夫、絶対に死なせないから」

「違うの……そうじゃないの、メリィ!」

「なにも違わないさ。今の君は少しおかしくなってしまったんだ。ウィルスか何かに感染してしまったんだろう。今すぐに助けてやるから」


 胴体を狙った薙ぎ払いも、斬撃の合間に挟まれる格闘技術も、心臓を狙った一突きも、付け入る隙はあった。なのにただ攻撃を避け続けることしかできない。過剰な反撃によって彼女自身を傷つけてしまうことを恐れていた。


「っ……メカニックになっただけはあるね。こんなに当たらないなんて……抵抗しないでくれ。技術では君に劣っているんだ。失敗して痛みを与えたくはない」


 彼女の言葉は何処までも心の深くに突き刺さる。当たり前だ。彼女は自身が本物だと思っている。本物のメリィは友人のためには可能な限りの力を尽くす、心優しい人間だ。


「やめて……やめてやめてやめてえええ!」


 その姿でものを言わないで!

 その姿で私を見ないで!

 その姿で……お願いだから攻撃してこないで……。


「これでゴミ掃除は終わりだ」「他愛ない」「人間なんぞ所詮この程度」


 心は、いともたやすく崩れ落ちた。戦いの最中であるのに、無意識のうちに私の手元から離れた剣。エネルギー供給が途絶え、青白い光が途切れた。もはや、メリィの剣を防ぐことはかなわない。

 膝は堅い床に崩れ落ち、両腕は抗う意志を失ってただ自らの身体を抱きしめる。溢れだす涙を抑えようと目を瞑って俯いていると、すぐに首筋に冷たいものが触れた。


「殺せ」「殺せ」「殺せ」

「……はい」


 泣いても喚いても、ここで果てるのはもはや変わらない事実。メリィの姿に動揺し、戦う事を躊躇った時点で勝敗は決していた。私は、自分自身の愚かさに殺されるのだ。刃の振るわれる音がした。この身を分断する音は、思っていた以上に軽く響いた。


「何諦めてるの、一緒に青空を見に行くんでしょ」


 声が聞こえた。機械人形でありながら、人間らしい少女の声が。自己防衛の本能が見せる幻聴にしては、あまりにもリアルに。あまりにも近くに。失われてしまった意志を再燃させようと、心に小さな火が灯る。

 閉じていた瞳を開くと、ぼんやりと彼女の姿が見えた気がした。幻想と疑い瞬きをしてもなお、その存在は確かに目の前に。一秒前よりもはっきりと。


「まったく、私よりも年上なんでしょ! しっかりしてよね」


 既に全身に纏わりついていた死の気配はない。闇を払う光のように、私の前に立つ彼女の姿が輝く。屈んでいたせいで私よりも高い目線になったセラの手が、私の頭をやさしく抱き寄せてくれる。彼女の胸元は、暖かく優しい香りがした。


「そうね。……ごめん」

「許してあげる」


 前を見据えて、立ち上がる。嗚咽はもう、止まっていた。満身創痍の肉体はあちこちが悲鳴を上げ、スーツに残るエネルギー残量は極僅か。隣に立つ彼女も、相当に消耗していることは一目でわかった。


「貴様……どうやって……!」「都市レーザー砲はまだ稼働して……っち、止まっているな」「見逃していたか、まったく面白すぎる余興というのも考え物だな」

「仕組みさえわかれば大したことないわ。根本的な技術力が違うのよ! ただ大容量のエネルギーを放出するだけ装置なんてね、こうよ」


 残った左手で何かを握りつぶすような動作をするセラ。


「面倒な……。さっさと殺せ!」「わかっている。私が私に命令を出すな」「この際、腕一本でも残っていれば構わない」


 三体がそれぞれ二本の剣を体内から取り出した。相手は機械塔都市の保有するエネルギーを自由に操ることができる管理者。その身体はいくらでも替えのきく空っぽの人形。戦闘能力が皆無であるがゆえに、破壊は容易くとも殲滅は不可能。


「こっちのエネルギー残量は僅か。敵はほぼ無限。全く……絶望的ね」

「でも、でもまだ私たちは戦える。そうでしょ、ハレ」

「ええ、起動しなさい! コード・ブレイド!」


 メリィ以外のスイーパーとメカニックも保管庫から次々と現れてきた。武器を手に飛びかかって来る敵を振り回した刃の峰打ちで一蹴し、周囲に気絶した人間の山を築く。センチネルの頑強な装甲に比べれば、人間の耐久値なんてたかが知れている。


「まだ終われないよね」

「ええ、ここを出るまでは!」

「役立たずが……!」


 片腕を失ったセラは、脚を振り回して私の二倍の敵を戦闘不能に追い込んだ。残り少ないエネルギーは射出するよりも、武器に流し込んで強化する方がずっと効率がいい。強力なエネルギーに耐えることのできる構造躯体を持つ彼女だからこそできる技ではあるが。そのデメリットも、彼女は当然知っている。人工皮膚が弾ける青白い光で少しずつ融解していく。


「抜けるわよ。ちゃんとついてきなさいよね」

「うん!」

「待て! 止まれ! ハレ!」

「邪魔しないで」


 一直線に、道を文字通り切り開いた。進行方向に立ち塞がったメリィを蹴り倒し、壁のように重なる他の人間を吹き飛ばして、侵入してきた壁面の裂け目まで。入り口付近で待機していたセンチネルをたたき割ろうと踏み込んだ時、黒い影が目の前に飛び出してきた。


「止まれっ! これ以上罪を重ねるな!」

「どきなさい、偽物」


 一度引き離したのに、執念深く食らいついてくる。しぶとさも本物そっくりだ。だけど、もう迷わない。メリィの突きは鋭いが、先ほどまでと違い剣先に動揺が現れていた。前進する私の額を一直線に貫こうとしている剣先は細かくブレ、震えている。そのまま直進しながら、深く身体を沈めて避けた。


「なっ!?」


 地を這うような姿勢で、さらにもう一歩加速した。センチネルの左腕でその喉元を掴み、勢いに任せて地面に叩き付ける。激しくバウンドしたメリィは、背中に受けた衝撃で呼吸困難に陥っていた。


「かはっ……」


 そのまま首を締め上げる。機械によるサポートを受けて身体であっても、脳はほとんど人間のもの。数秒間動脈を握るだけで、容易く意識を手放した。


「ほんと、甘いわね」

「これでいいのよ」

「誰か早く止めろ!」「反逆者を今すぐ殺せ!」「逃がすな!」


 背後で喚いている機械塔都市の責任者。あまりにも惨めなその姿を目に収めておくのも吝かではないが、今はそれよりも重要な目的がある。裂け目は、入って来た時よりもずっと拡がっていた。センチネルが隊列を組み、進路を塞ぐ。


「今更、止められるわけないでしょ!」


 殴り飛ばした一体が、他の機体を巻き込んで倒れる。質量差があるから難しいと思っていたが、意外とうまくいった。退路を断つために、無理やり不安定な隊形で密集していたせいだろう。


「もう少し優雅にしたら?」


 転んだ機体の上に着地したセラは、一瞬で三体の核を刺し貫いた。頭部の赤い光が失われ、起動停止を確認する。三体のオペレーターを相手にしておきながら、まだ幾分の余裕があるのは流石だ。


「いいの、これが私だから」

「ふふ、ハレと一緒でよかったわ」

「何よいきなり。どういうつもり?」

「だって、これから先も退屈しないでしょ。私たちはどうなってるかわからない地上に向かうんだから」


 何処からか、補充のオペレーターが現れた。一度に三体ずつしか出てこないのは、何かしらの条件があるからだろうか。細かく考えている時間は無いが、私たちにとってはありがたい。


「行かせないと言っている! この機械塔都市から抜け出すことは許されていない!」「最終防衛戦闘機械を起動しろ今すぐにだ」「すでにこちらに向かわせている……!」


「「うるさい!」」


 二人で叫ぶと同時に、センチネルの機体とオペレーターを薙ぎ払った。破壊した壁から外に出て、階段を駆け上る。階段から直接つながっている最上階は、四角い部屋のようになっていた。数百メートル四方はありそうなほど広大な空間。一つ下の階とは全くの逆で、機械塔都市らしいものは何一つない。


「ここが……地上への出口。セラ、ついにここまで来たわね」

「あとは……あの扉ね」


 三方を壁に囲まれ、残り一方にある両開きの鉄扉に描かれた白い数字は1。センチネルですら悠々とくぐれるほどの大きさの扉は、重苦しく閉ざされたまま行く手を塞いでいる。取っ手は無く、付近には開錠の為の電子端末もない。扉というよりは、外界との繋がりを断絶させるような堅固な城壁を思わせる。後ろを追いかけてきたのはオペレーターがたった一人。扉の前で戸惑う私たちの姿を見て、勝ち誇った笑顔を浮かべている。


「はっ……! その扉は開かない! 開く方法などは無い! 貴様らの面倒な逃避行はここまでだ」

「だったら壊すまでよ」


 セラの放った蹴りは、轟音と衝撃を生み出す。大気を激しく揺るがした一撃は、扉の表面を傷つけるにとどまった。


「なにこれ、堅すぎる……。この都市の人工物で、こんな強度があるなんて。それに私が知らない素材で出来てるみたい。……まさか」

「ふん、流石に気づいたか。その扉が破れないのは当然だろう。機械塔都市で最高硬度、最高重量を誇る合金なのだからな。都市そのものを吹き飛ばすくらいのエネルギー量で爆発でもさせない限り、今の私たちの技術では加工することすらもままならない金属だ」

「……それがどうしたの。私たちを止める理由にはならないわ」


 ありとあらゆる不可能を突破してここまで来た。今さら、ただ頑丈なだけの扉に阻まれる私たちじゃない。


「いや、お前たちはここで無様に死ぬことになる」

「私たちに手も足も出ないあなたが、どうするつもり?」

「半端な期待をさせて悪かったな。さて、そろそろ絶望の足音が聞こえるだろう」


 階下からゆっくりと上昇してきたのは、センチネルの三倍はあろうかという巨体。それを支えるのは八脚の足。近接武器を備えた複数の腕と遠距離戦用の装備を満載した巨躯から感じるのは、空間が狭く感じるほどのプレッシャー。重武装に全身を固めた漆黒の装甲は艶やかに光る。


「大きければ強いわけ?」

「そうだ。これこそが機械塔都市の守護神。センチネルの上位機体であり最強の動く砦、ガーディアンだ」


 咄嗟にスキャン機能を起動する。確認できるだけでも、機体内部に動力供給体が七つ。頭部と胸部、そして腹部に大きな水晶が、八脚のうち、太い四脚にそれぞれ小さいものが一つずつあった。背部から伸びる太いパイプは機械塔都市に繋がれていて、今もなお加速度的に保有するエネルギー量は増加していく。


「起動しろガーディアン! 目の前の羽虫を潰せっ……?」


 勢いよく殺戮の命令を下そうとしたノエルの首は、胴体と別れを告げていた。瞳の光を失った機械の塊が音を立てて床の上を転がる。いい音がするのは、きっと中身が空洞なせいだろう。


「くどいのよ。煩いから消えて頂戴」

「セラも手が早いわね。これはいいとして、向こうは厄介ね」


 背後には破壊不能と思しき壁、正面にはガーディアンと呼ばれた巨大な機体。その重量に、金属の床が音を立てて軋んだ。一歩ごとに床が波打っているのではないかと思えるほどの超重量を持つ機体が、駆動音を唸らせる。


「コード・ブレイド」


 動きを見せないうちにその頭部を狙って突き出した刃。目に留まらぬ速度で打ち出された何かに剣が弾かれた。直接握っていないはずなのに、手が痺れるほどの威力。武器の確認のため一瞬だけ視線を切った。その油断が命取りになるとは思いもせずに。


「危ないっ!」


 こちらを狙った機械のアームは、鈍重な外見からは予想もできない程素早い。気づいた時にはガーディアンの腕が目の前に迫っていた。前傾姿勢で飛び込んでいた私は、セラに弾き飛ばされることでしか回避できなかった。


「っ! セラ!」


 私を突き飛ばしたセラは、当然その場に残ることになる。彼女を掴んだガーディアンはその華奢な身体を握りつぶそうと締め付ける。セラの小柄な躯体が嫌な音を上げて軋む。


「コード・ブレイド!」


 弾かれて機能不全に陥っていた機械武器を再起動する。再び大剣の形状をとり、その刀身に私から供給したエネルギーを纏う。センチネルを両断した切れ味の武器を構えて、正面から飛び込んだ。


「今助ける!」


 自分の身体よりも太い腕に振り下ろした大剣。その機体をを引き千切るほど力を込めた一撃は、表面の装甲に触れる前に弾かれた。


「えっ!?」

「馬鹿め! ガーディアンの装甲はコスト度外視のプラズマ装甲だ! そんな剣で傷一つつけられると思うなよ」


 憎たらしいの声が期待の内部から響く。一層強く握られた拳の中で、セラが悲鳴を上げた。再び飛び込もうとした私の目の前を、熱源が通り過ぎる。搭載している武器群が威嚇するかのように全てこちらに向けられていた。


「う……ぐぐぁぁ……」

「機械人形を潰したら、どうなるのだろうな。まさか血液が飛び散ったりはしまい」

「セラっ……!」


 降り注ぐ銃弾と光線を避けながら、何度も何度も腕を狙って剣を振るう。標的としての私が小さいのか、それとも威力が高く精度が甘いのかはわからないが、躱せない攻撃ではない。隙を見つけては懐に飛び込み、全力で刃をたたき込む。どれだけの力を込めても、見えない壁に阻まれて一ミリたりとも届かない。


「くそっ……! なんで……当たらないのよッ!」

「ハ……レ……かん……せつ……に!」


 途切れ途切れの言葉の意図を即座に読み取り、手首の関節を狙って剣先を突き出す。阻む抵抗は腕よりもはるかに弱く、二度目の斬撃が関節部分に突き刺さった。そのまま全体重を込めて剣を押し込む。懐に入っているおかげか、遠距離攻撃は届かない。喰らいついた虫を振り払うかのように左右に大きく揺らされる腕に、必死に縋りついた。

 関節部に刃が半分ほど突き刺さり、光が弾けて握力が弱まった。その隙に逃げ出したセラは、ガーディアンから飛び退いて距離をとる。合わせて私もいったん離れた。動きを見れば無事ではないとすぐにわかった。


「ごめん……手間取った。大丈夫?」


 腹部から腰部が異様に歪んでいる。人間なら激痛で呼吸をすることすらできないだろう。さしものセラであっても、しかめっ面で動き難そうにしてはいる。


「うん、まだなんとか動けるかな」

「っち……小細工を。だが、お前達にはこのガーディアンを破壊することはできない。二人仲良く地獄の底に叩き落してやろう」

「そんなわけ、無いでしょ」


 叫び返すセラの声には力がない。損傷は私が思っている以上に大きいのだろう。私に余裕があるわけではないけど、彼女の右腕程度の働きができなければ胸を張って隣を歩けない。スーツのエネルギー残量を確認して、武器を構えなおした。


「ガーディアンはこの機械塔都市が存続する限り、無限に動き続けることができる! お前たち程度が勝とうなどと片腹痛い!」

「まずは後ろのパイプ。あれが一番面倒だから」


 後背部に接続された蛇腹の管が巨大な機体に電力を無限に供給している。手持ちの装備でもジョイント部分を狙えば破壊することは可能だろう。機械塔都市から供給され続けている電力を遮断すれば、高負荷稼働は出来ない。


「その次は頭。装甲が一番薄いわね。センサー系統が集中してるから壊せば動きを阻害できる、でしょ」

「なんだ、解ってるじゃない」

「当然、行くわよ!」


 同時に跳び込んだ。巨体を前にして、セラは左からその脚力でもって一瞬で背後に回った。彼女の動きをサポートするために、私は囮役を買って出る。真正面から吶喊し剣を叩き付けた。電磁フィールドと刃の切っ先が中間地点で釣り合う。左右から挟み込むように迫ったアームをすんでのところで避けた。屈んだところで剣先は掴まれ、ピクリとも動かない。


「まだ……! コード・デブリ!!」


 掴まれた剣は細かい破片へと散らばりその姿を失う。捕縛を脱した直後に、再度起動コードを与える。狙うのは近距離での最大火力。


「コード・ライフル!」


 再起動にかかる時間は数秒。何度もこちらに伸ばされた腕を掻い潜り、ゼロ距離に飛び込んだ。頭部の赤い光に向けて、引き金を引く。耳を劈くような爆発音と、網膜を焼きかねないほどの強い光が同時に起こり、武器ごと吹き飛ばされた。


「っ……! どうだ!」


 白煙の中、大きくひび割れた頭部。その隙間から動力供給源となっている水晶が見えた。至近距離での攻撃で、こちらの損害も小さくはなかったが十分な成果だ。爆風を抑え込むように向けたセンチネルの左腕は、跡形も無い。


「だが……!」


 巨体の後ろで大きな爆発音。吹き飛ばされていたのは、セラの小さな身体。気づくのが遅かった。囮となっていたつもりの私ではなく、彼女にこそ能力の大半を割いていたのだと。


「セラっ!?」


 小さな身体は壁に叩き付けられて動かない。正面で戦っていた私にさしてリソースを割かず、頭部の破壊すら許したのはただの必要経費。肉を切らせて骨を断つ戦法だと気付いた時にはもう遅かった。私にとっても、機械塔都市にとっても、あの小さな機械人形の少女の方がはるかに重要性は高い。オペレーターの判断は正しく、セラが押し負けるはずがないと高をくくっていた私の判断は誤りだった。今すぐ駆け寄ってその身体を抱き上げたい。そのためには、ガーディアンが邪魔だ。


「退けえぇ!!」

「あの人形さえ壊してしまえば、お前など大した敵ではない!」


 怒りで我を見失っていたわけではない。それでも、普段よりも確実に鈍っていた判断力。羽虫を掃うかのように振るわれた腕が避けられない。ボディスーツの耐久値を超えて、胸元にえぐり込んでくる鋼鉄の腕。空中ゆえに受け身を取ることすら許されず、衝撃で体内の酸素が全て圧し出された。


「ぐっ……ぁ!」


 息が吸い込めない。振り払われた一撃で、セラが遠のく。扉に叩き付けられて失いかけた意識を、すんでのところで引き留める。こちらに背を見せているガーディアンは、気絶しているであろうセラの身体に拳を振り下ろした。


「っ……やめてっ!」


 叫びは届かずに、金属の潰れる音がして思わず目を逸らす。何度も何度も、無慈悲な金属音が響く。不愉快な笑い声と共に。イモを潰すかのような単純な動作を繰り返す。いくら彼女の躯体を構成する特殊な金属であっても、数十倍もの質量の前には無力だ。無残な姿を想像してしまい、頭を左右に強く揺らして振り払う。


「はははははは!……は?」


 間抜けな声に引っ張られ、恐る恐るセラの姿を探す。大きくへこんだ金属の床に、少女の残骸はない。呆気にとられて、辺りを見回してすぐに気づいた。センチネルの背後のパイプ、その接続部にセラはいた。


「いつの間に……! もうエネルギーも尽きていたはずなのに!」

「そうね、もう本当に限界。指先だって重くて動かないわ」


 ノエルも同時に気付いたらしく、その背に向けて両腕を伸ばした。だが、もはや遅い。セラはパイプを力ずくで引き千切った。腕の太さほどもある電力供給線が音を立てて爆ぜる。


「あなたの言う通り、私自身にはもうエネルギーは無い。でも、ここにあるじゃない」

「しまっ……!」


 都市からガーディアンに供給されている無尽蔵のエネルギーをセラは吸収し始めた。断面を自身の左胸に押し当てると、激しい火花が散る。耳鳴りのような高音が唸り、何かが焦げる様な臭いが第一階層に充満していった。


「ああああああああああああ!!」


 無茶無謀であるのは、彼女の悲鳴のような叫びから一目瞭然であった。機械人形であるセラの小さな体の中にはエネルギーを蓄積するためのバッテリーがある。充電能力も、発電能力も、機械塔都市のそれと比べると、はるかに小型であるにもかかわらず数十倍もの容量を持つ。優れた技術によって生み出されたものではあるが、バッテリーとしての性質は同じ。どれほど規格外の性能だとしても、流れ出るエネルギーそのものから直接充電することはほぼ不可能だ。

 過大な量の電力を全身で受けて半ば強制的にエネルギーを取り込む行為は、自殺行為に等しい。身体がばらばらに分解されていくかのような痛みの信号が彼女の全身を襲っているはずだ。


「っち……悪足掻きを。どうせ直接的に電力を吸収することなどできはしない。無理をしたところで、せいぜい数パーセントが関の山だ」


 折れた水道管から溢れ出る水のように流れ出て来ていた電力は、大元であるブレーカーを落とされてピタリと止められた。左胸が痛々しく焼け焦げさせたセラは、音もしなくなったケーブルを投げ捨てる。


「あ……あはっ……はっ……もう少し……欲しかったわね」

「忌々しい機械人形が……!」

「ハレ……まだ戦える?」


 私よりもずっと辛く苦しいはずだ。すでに傷だらけだった身体に、大きすぎる負荷で受けた痛みは想像を絶する。それなのに彼女は笑っていた。私を心配をさせまいとする強くて優しい笑顔に涙が溢れそうになる。だけど歯を食いしばって堪えた。彼女の庇護を一方的に受け取るだけ私ではありたくない。彼女の隣こそ、いやその一歩前こそ私の立つべき場所。


「もちろんよ。セラこそ無理しないでね」


 折れていた膝に再び力を籠める。視界が揺れて足元がふらふらと覚束ない。だけど立ち上がれた。ならまだ戦える。リエスから受け取った武器を遠隔で再起動した。至近距離の爆発を受けたせいで挙動は怪しいが、まだ何とか使えるだろう。


「倒すわよ、このデカブツ」


 ぼろぼろ身体に鞭を打って前を向く。限界を超えてなお戦う少女の横に並ぶために。何処までも続く青空を見に行くために。豊かな自然に囲まれた世界で、セラの笑顔を見ているために。


「行くわよ!」


 こちらへと戻ってきたセラと入れ替わりに、私は巨体に向かって駆けた。その頭部のむき出しになった動力部を狙って、機械武器を起動する。常時プラズマ装甲は都市によるエネルギー供給あっての装備。エネルギー効率を考えたら維持は出来ない。発動の隙をつけば、不安定な出力の武器でも攻撃は通る。


「コード・ランス」


 組みあがったのは長大な槍。貫通力に特化した武器なら多少前後左右に逃げようとも、確実にガーディアンの装甲を深部まで貫く。一点突破の破壊力であれば、プラズマ装甲を抜けることはもうわかっている。致命傷になる刺突を受け止めるかのように、両の腕が頭の前に掲げられた。


「壊れろおおおおおお」


ガーディアンの正面装備、両肩と腰のレーザー砲が一斉に火を噴いた。それらは束になり、大気を焦がして私の軌道を狙う。一つ一つの威力は甚大で、当たれば確実に行動不能になる攻撃。視界を埋め尽くすほどの光に、私は全く恐怖心を抱かなかった。


「ハレ!! そのまま行って!」


 背中から聞こえた力強い声が私を前に進ませる。セラの電磁フィールドが瞬間的に展開された。光条は、幾筋にも分散されて消えていく。青白い光が散った後、目の前の機体との間に私を阻むものはない。


「だが! この装甲は貫けまい!」

「いくら性能が良くても操縦者が悪ければ救われないわね」


 狙いは端から両腕の関節。頭部の前で交差された手首の関節に、一撃ずつおみまいする。力なくだらりと開かれた指先、その間隙をぬって差し込まれた一筋の光。後方、開かずの扉の前で待機していたセラの狙撃は、一発で頭部の水晶を穿った。


「き、き、きき……貴様らああああああああああ!」


 溜め込んだエネルギーが一気に放出されて大爆発を起こす。半分ほど吹き飛んだ頭部を気にもせず、がむしゃらに振り回される両腕を掻い潜り脚部の関節にランスを突き刺す。


「くそっ! くそおおおお!」


 足元は武装が少ない安全地帯だ。踊るようなステップで合間を縫いながら武器を振り回す。八脚全ての動きを封じたところで、頭上から鉄をも溶かすレーザーが放射された。闇雲に床を削る攻撃を避けてセラの元に戻る。再び火を噴いた重兵装をセラが全て捌き、彼女と共に天井に向かって駆けあがった。


「いくわよ」

「準備は出来てるわ」


 小さなとっかかりを掴んで全体重を支えながら、戦闘機械を見下ろす。鈍重にして巨大なガーディアンの対空火器が、全てこちらを狙っている。その一つ一つの威力は絶大だが、セラの電磁フィールドを貫通するほどではない。ならば遠距離から削り倒すのが正解だが、こちらもまたそこまでの火力を持っていない。残り少ないエネルギーで持久戦を仕掛けるのは愚行。ならば狙いは一つ。可動部の破壊による行動不能化。それを為すための条件は整えた。

 無限電力供給パイプの切断で、常時プラズマ装甲は無効化した。頭部の水晶は破壊し、脚部の関節はもはや自由には動かせない。残る狙いは装甲に接続された銃火器の接続部。両肩にそれぞれ四基の砲門。腰部に二基の軽機銃。腕部に展開可能なプラズマブレード装備。背部にミサイル発射装備十二門。脚部にレーザー射出口各ニケ。

 全てを破壊し終われば、私たちの勝ちだ。

 正面砲門に光が収束していく。空中戦闘が出来ないガーディアンだけあって、対空装備は充実している。一斉砲撃がどれだけの密度になるのかは、あまり考えたくはない。それでも、セラと一緒ならなんでもできる気がした。


「……右半分を任せたからね」

「ええ、頼まれた仕事はきちんとするわ」


 その言葉に背を押されて、背後の壁を強く蹴った。私の動きと同時に、ガーディアンから視界を埋め尽くすほどの砲撃が放たれる。ゆっくりと流れていく視界の中で致命の攻撃が容赦なくたたき込まれたのを確認した。一直線に迫るレーザー光、その直後に迫るミサイル弾頭、逃げ道を塞ぐようにばら撒かれた小銃の弾丸。その全てを、セラの電磁フィールドが防ぐ。後ろを振り返ることなく、勢いのままに爆炎の中を突き抜けた。


「はあああああっ!!」


 右のアームから一直線に叩き付けた大刀。厚みのある装甲を食い破り、腕部を切り離す。そのまま降りぬいて腰部の軽機銃と一脚を分断した。弾ける機械片。リエスから奪った機械武器は、エネルギーを使いつくして通常の直方体へと戻った。もはや私のスーツにも自分の運動能力を底上げするだけの最低限のエネルギーしか残っていない。これ以上機械武器の運用はできないが、もう十分だ。想定していたより何倍も役に立ってくれた。


「貴様ああああああああああ」


 オペレーターの無様な叫び声がを無視して足元を潜り抜け、背後に回ってミサイルの砲門を蹴り飛ばす。実弾を用いる砲門は、一部でも歪んでしまえば武器としての使用できない。そのまま背中を駆け上って腕部のブレードを蹴り折って、本体から切り離された腰部の軽機関銃をひん曲げた。丁寧に、一つずつ装備をはがしては破壊していく。


「これで……終わりッ!」


 肩部の巨大な砲を歪ませて正面に飛び降りた。脚を失って大きく傾いたガーディアンは、外面の武装をほとんど失って沈黙する。その内部にいるであろうノエルの言葉は予想していたものではなく、即座に意味を理解できなかった。


「は……ははは……相打ちか」


 その巨大さゆえに気づくのが遅れていた。セラの受け持っていた左半身の装備が、一つも破壊されていないという事に。焦って離れようとした自分を何とか押し留めた。自分の近くにある装備はすべて破壊したのだ。むしろ張り付いてる方が安全だ。


「セラっ?」


 振り向いて少女の姿を探すが、何処にもない。その声も、反応も、完全に消えていた。床には大穴が開き、下の階層と繋がっている。爆発が直撃したと思しき所には見覚えのある衣服の切れ端と、機械だったものの残骸が転がっていた。その形が左脚だと認識した瞬間に、気力が根こそぎ持っていかれた。それでも膝を崩さなかったのは、ただの強がりだ。心を折られてはいけないと、何度も自分に言い聞かせる。


「セラ! お願い! 返事をして!」

「愚かなメカニックよ。あの機械人形は、自身を護るフィールドを張らなかった。いや、もはや貼る余裕が無かったか。それゆえにガーディアンの火力の前に撃墜されたのだ」

「そんな……なんで……」

「もはや貴様を滅するのは為されたも同然。聞こえるか、絶望の足音が!」


 戦闘音が止んで静まり返った第一階層に響くのは機械の足音。一機や二機どころではない、都市を揺るがすほどの数。もはや抵抗は無意味。ただ処刑の刃が振り下ろされるのをじっと待つだけだ。


「一思いに殺してやってもいいが、それでは私の気が収まらない。センチネルで全身をバラバラに引き裂いてやろうか。それとも、あのスイーパーに仕事をさせてやろうか。今からでも、死に際の言葉を考えておけ」

「セラ……私のせいで……」


 階段を登り切って姿を現した機械兵器は隊列を整えてこちらを狙う。全ての砲門が丁寧に並べられ、私とその周囲と退路を完全に収めた。もう逃げる気力は残っていなかった。私一人の力では残りの兵器全てを破壊するのは不可能だ。詰み。デッドエンド。行き止まり。

 絶望を打破する力も、気概も失われた。これならまだセラが生き残っていた方が良かった。むざむざ殺されるだけの私を助けた彼女は、最期に何を考えていたのか。もはや問う機会は無い。さらに数十機の軍勢が階下から現れた。勝利を声高々に叫ぶかのように鉄の床を荒々しく踏み馴らす。


「はーっはっはっは!! 散々手こずらせてくれたが、これで本当に終わりだ!。センチネルよ! その娘を蹂躙せよ!」


「なーにぼさっとしてるの?」


「え……?」


 爆音と共に、規則正しく並んだセンチネルは半ばから吹き飛んだ。ただの一撃で、目測でも十機以上が残骸となる。残った機体も何が起きたのか理解できずに、エラーを吐き出して動きを止めた。私ですら現状を理解できていない。ガーディアンの中にいるはずのオペレーターも、流石に声に出た動揺を隠せていなかった。


「な、なにが起きている……!!」


 爆発の中心、一機だけ無事なセンチネルのカラーリングが白から金に変わっていく。美しく、煌びやかなその姿は、敵機であれど息を呑むほど。


「ハレ! 最後のひと踏ん張り!」


 少女の面影などどこにもなかったが、声を聞いた時には体が動いていた。残った僅かなエネルギーを振り絞り、鉄機を変形させる。


「コード・ジョーカー!!」


 鉄機は収束され、手に収まるほどの小さなナイフとなる。それをガーディアンの肩部に接続されたレーザー砲に向けて投げつけた。セラが破壊する予定だった左半分の装備は、まだ無傷の城代で残っている。すなわち発射することが可能である、ということ。


「させるかああああ!!」


 セラを狙った肩のレーザー砲は根元から光が膨張し、付近の装甲や装備ごと吹き飛んだ。沈黙するオペレーター。何が起こったのかわからないのも当然だ。リエスの武器にも、もちろん私自身にも爆発を引き起こすだけのエネルギーは残っていない。ジョーカーは自爆プログラムである。ガーディアンは自身の溜め込んだエネルギーで爆発を起こしただけだ。簡単な原理だが、わざわざ説明をしてやる必要はない。

 内部で繁殖、増大させたウィルスを触れた機械に侵入させ、武器諸共に破壊する最終手段。大部分が削られて動かなくなったガーディアンに、セラが飛び込んだ。


「これで、終わりっだあああああああ」


 金色のセンチネルは近接用のブレードを振るい、左半身の装備と二脚を叩き落とした。残っていたエネルギー供給機関である水晶を砕き、装甲の中心部を頭上から真っ直ぐに貫く。崩れ落ちたガーディアンは立て直そうと小さく震えるが、やがてその駆動音は完全に消失した。


「セラ……それは……」

「私の身体を中に仕舞って、乗っ取ってるだけ。ほんと間抜けよね、これだけの装備を持つ武器をのこのこと昇らせて来るんだから」

「セラぁっ……!!」


 飛びついた機体は、ごつごつして硬い。少女とは全然異なる触り心地であっても、離れる気が起きなかった。セラが生きていたという安堵に気が抜けて腰が落ち、人目をはばかることなく泣きじゃくってしまう。どれだけ我慢しようとしても、涙が止まらなかった。


「もう、どっちが子供なんだかわからないわ。まだ外に出られてないのに、感極まるのが早いんだから」

「なぜだ……! なぜ、なぜなぜなぜだああああ!!」

「私たちの勝ちよ、機械塔都市さん。私はハレと外の世界に出ていくから。もう邪魔はしないで頂戴。あと一応これだけは言っておくわ。別にあなたの地位を脅かそうとしたり、都市そのものを征服しようとしたりはしなかったわよ」


 それ以上、言葉を交わすことは無かった。ぶつぶつと聞き取れない言葉を話し続けるノエルを無視し、セラの肩に飛び乗る。再び向かい合った扉は、先程までと何ら変わりはない。戦いの最中の流れ弾で大きな傷も幾つかついていたが、依然として破壊できるような雰囲気は無かった。全ての存在を阻むかのように立ち尽くしている。


「後はこれだけ」

「でも、どうやって開けるの?」

「センチネルのシステムから機械塔都市全体にアクセスしたんだけど、機械塔都市側も知らないみたい。おまけに、あんまりじっくり試している暇もないわ。残り二人のオペレーターから、十一階層に全兵力を集めるように指示が出てるの。流石にこれ以上継戦するのは無理ね」


 セラがセンチネル一機のコントロールを奪った際に埋め込んだウィルスデータにより、エラーを吐き出したまま行動しない数多くのセンチネルがまだ無傷なまま控えている。黙り込んだオペレーターのノエルは今頃再起動をかけているのだろう。あれらが全て動き出せば、今度こそ命はない。


「私の記録にもない何者かがこの扉を作った。扉を作ったのよ。人類をこの機械塔都市に閉じ込めるだけなら、扉なんて必要なかった。地上への出入り口を完全に塞いでしまえばよかったのに。これがあるってことは、出入りを前提にしているってこと。どこかに方法が……」


 セラはセンチネルの身体で扉の表面をなぞる。隠された端末を探しているのだろう。センサー系を起動し、扉全体と付近御スキャンを開始する。隣に立っていた私も、残っていたエネルギーを用いて電子端末を探す。


「何もないわ。本当に、ただの合金の塊みたい」

「私も見つけられなかった。ってことは、壊すしかないってことね」

「ははは……だから言っただろう……その扉は開かないと」


 倒れた時のまま動いていないガーディアンは、胸部の装甲を取り外し内部にある最も巨大な水晶を露出していた。中心部は先程のセラの一撃で大きく欠けている。本来は青い輝きを放っているはずの動力源は、何故か燃えるように赤い。


「なにをするつもり……」

「なに、オペレーターである私には、この機械塔都市のルールを徹底する義務がある。何者も外に出さないというのが、そのうちの一つだ。最も、この手段をとるのは私の独断だがな」

「ふん、だからどうするってのよ」

「こうするんだよおおおおお!!」


 赤く輝く水晶は、遠目からでもわかるほど強く脈打った。目に見えるほどの濃密なエネルギーがガーディアンを中心に溢れ出す。危険度は肌で感じた。即座に逃げ道を探すも、広場のような空間の第一階層に隠れられる場所はない。第二階層に向かうための階段は遠く、そこまでの道のりはセンチネルに埋め尽くされていた。


「まさか……!!」

「君たちの死に際を見れないのは残念だ」

「っ! 自爆なんて卑怯な!」


 膨れ上がっていくエネルギーが空間を満たしていく。逃げ場などないことは明らかであった。単純計算ではじき出した爆発の威力は、第一階層を埋め尽くしてもまだ余る。


「ガーディアンにはもうエネルギーが残ってなかったはずなのに!」

「先程君が言ったばかりだろう。そこにあるセンチネルの残骸と乗っ取られた役立たずども。その動力源を全て繋げただけだ」

「ハレ! こっち!」


 いきなり力強く引っ張られた。胸部装甲が開きセンチネルの中に閉じ込められる。代わりに外に出て行ったのは、片腕片足を失い全身に傷を負った少女。


「何をするつもり! 出して! ねぇお願い!」


 内側から叩く。その音は外には届いていないだろうが、セラから通信が届いた。通信回線が悪いせいか、声と映像にはノイズが混じっている。


「大丈……夫、ハレは私……が護……るから」


 満身創痍の姿で、それでも凛とセラは立つ。その向こうにかすかに見えたのは光に包まれたガーディアンの残骸。


「セラっ! セラああああああああ!!」

「全て消えろおおおお!! ははははははっははは!!」


 膨大な光と熱の放出と共に通信は切れ、激しい衝撃で気を失った。




          ◆




「っ……!」


 がんがんと鳴り響く頭痛。長いこと記憶がはっきりとせず頭を抑えて蹲っていた。わかっているのは、私が今この不快な場所にいるということだけ。立ち込める熱気と、鉄が焦げた臭い。汗が頬を伝って零れ落ちた。身動きすらもほとんどとれない。せめて体勢だけでもなんとかしようと、ゆっくりと体を捻る。真っ暗だったと思っていた視界はただ目の前に壁があっただけだと気付く。改めて首を振って手近なところを見回すと、両足を自由に伸ばせない狭い空間は所々が溶解し、隙間から無機質な光が降り注いでいた。

 立ち上がることすらもままならない場所で、頭痛が収まるのをじっと待つ。直前の記憶が思い出せずない。自己診断をした結果、自身の置かれている状況だけを把握した。左腕の肘から先、消失。視覚サポート、不良。右脚の駆動関節、一部破損。運動能力サポート、不可。スーツエネルギー残量、無し。膨大な熱量によるオーバーヒート寸前。

 読み上げればきりがないほど劣悪な状態。ようやく痛みが収まって来た頭で、この狭い空間を出ることを決めた。目の前の溶けかけた装甲板を蹴り飛ばす。人間の力でも易々と壊れるほど痛んだ鉄くずは、大きな音を立てて転がった。這うようにして揺り籠から出ると、外の世界に拡がっていたのは想像以上の光景。


「っつつ……ここは……これは……?」


 溶けて変形した壁と地面。爆心地らしき場所にあいた巨大な穴は、爆発の凄まじさを窺わせた。あらゆる残骸が粉々になり、壁面にうず高く積み上がっている。付近の材質とは異なる背後の壁も、人一人が通れる隙間が開くほど歪んでいた。


「一体……何が……」


 歩くだけでも焼けそうになるほど熱された床の上に立ち、部屋全体にスキャンをかけた。真っ赤に染まる一面の中で、ごくわずかに光った生体反応。見逃してしまいそうなほど小さなそれは、歪んだ壁の前の残骸から発せられていた。


「誰かいるの……?」


 右手が焼け付くのも構わずに、鉄くずの山を掘り起こす。大切な何かがそこにある気がして、必死になって腕を動かす。右腕一本しかないせいで、手間がかかるのがもどかしい。

 残骸にまみれていたのは、人型の機械。抱き起した華奢な骨格の頭蓋に残った小さな光が、明滅した。酷くノイズの混じった音が、私の名前を呼んだ。


「ハ……れ……?」


 その瞬間に、記憶の奔流に飲み込まれた。密度の濃い流れに意識を失わない様に、歯をくいしばって耐える。足元から頭の先までゆっくりと感覚がなくなり、身体から切り離された心は奈落へと沈んでいく。落下のさなかに、いくつもの光景が過っては消えた。

巨大な機械

真っ赤な水晶

狭くて暗い部屋

外に残ったのは一人

大切な友人

大事な仲間

機械人形の少女

人間よりも、ずっと人間らしい少女

 全てを思い出した瞬間に、その名前を叫んだ。途端に溢れ出て来る大粒の涙。胸のうちの押し寄せた感情を、堪えることなどできるはずもない。あふれる涙が胸に抱きよせたボロボロの躯体に零れ落ちた。


「セラ!!」

「ナき……むし……ね……」

「セラ! セラぁ! セラっ!」


 焼ける様な世界にいるはずなのに、何故かとても冷たいその身体を必死になって抱きしめる。壊れてしまいそうなほど優しく、二度と離すまいと力強く。今にも消えてしまいそうなほどか細い声が示すのは、私たちに二人で目指してきた場所。


「とびラ……あイたね……」

「うん……! うん……!」


 修理など望むべくもない、完全な破壊。命が残っていることすら奇跡。彼女は、そんな状態にありながらでも、か細い骨格だけになってしまった腕を伸ばして私の涙をぬぐった。止め処なく流れ続ける涙は、少女の手の甲に受け止められる。


「アッタ……かい……そト……みたカったなぁ……」


 その一言で、彼女は既に視力すら失ってしまったのだと気付いた。もはやセラに辛うじて残されているのは、僅かな聴力のみ。せめて外の世界を感じさせてあげようと、軽くなってしまった彼女の身体を抱き上げ扉の隙間から外に出る。人ひとりがギリギリ通れるほど狭く息苦しくなるようなトンネルの先に、光が見えた。光に包まれるようにして、私たちはゼロ層に……地上に足を踏み入れた。


「アお……ぞら……かな?」

「うん! うんっ! ずっと向こうまで拡がってる! 誰も届かないくらいに、ずーっと先に」

「そっカぁ……ヨかっ……タ……」

「セラ、きれいな湖があるよ。向こうの山は、緑でいっぱい。鳥が飛んでる! 本物は初めて見た!」


 彼女は視認出来ない。だから伝える。言葉にして全てを。彼女が望んでいた、彼女が求めていた、外の世界の全てを。細大漏らさず、余すところなく、全てを言葉にする。


「セラ、魚がはねたわ。風にね、かおりがあるの。とても優しいかおり。雲が本当に浮かんでる。しろくてふわふわで、お菓子みたい」

「うン……」

「セラ、大きな羽をもつ虫が飛んできたわ。ひらひらと風に揺られて飛んでるの。とてもかわいくてきれい。こんなに小さいのに、ちゃんと生きているのね。すっごく不思議」

「ウん……!」

「セラ……! セラ……!」

「ひトり……に……しテ……ゴめんね」

「いいえ、私たちはずっと一緒よ。これからもずっと」


 弱々しい光の明滅が、だんだんと緩やかになっていく。それは、彼女の心臓の輝き。残された極々短い時間の中で、精一杯私は腕の中の少女に話しかけ続けた。


「ハレ……」

「なに?」

「ありがとう」


 可愛らしかった少女の造形は、爆発の衝撃と熱気で失われてしまった。それでも、私はそこにかつての笑顔を見た。人の心を幸せにするとても素敵な笑顔を。ゆっくりと、眠る様に静かになった少女の身体を抱いて立ち上がる。せめて彼女の大好きだった世界に包まれて眠れますようにと、ただただ彼女の安寧を願って。一歩ずつ、踏みしめるように歩く。

 彼女が歩きたかったはずの大地と、彼女が感じたかったはずの風と、彼女が触れたかった地上の全てを想って。私は歩く。

 行き先はわからない。行き方もわからない。それでも、歩みを止めることは無い。私は歩く。この世界のどこかにきっとあるはずの、彼女と一緒に夢を見れる場所を探して。


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