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Gray Scale Stories  作者: ほむいき
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灰色の青空4

 地響きと共に壁面の一部と通路を破壊して現れたのは、全長五メートルはあろうかという巨大な機械。三つの裁断刃が本体の大部分を構成しており、激しく唸っている。手近にある全ての存在を巻き込むかように回転している正面の破砕機が、容赦なく堅い地面を削っていた。言葉が分かるのか、即座に突っ込んでくるようなことは無い。すぐに動けるように警戒しながら、様子を窺う。


「ほんと、古代人は厄介なもの作るわね。これはどうやったら停止するの」

「動く機械がなくなったら、かな。スリープモードだったものが、私のエネルギーを感知して起動しちゃったみたい。ごめんなさい」

「謝罪はいらないから、具体的な作戦を頂戴。こんなところで死ぬ訳にはいかないわ」


 手持ちの武器は少ない。哨戒任務だからといって軽装で来たのは失敗だった。セラと同等の装甲を持つ機体を傷つけるのは難しい。


「私を信じられる?」

「信じるしか生き残る道がないのならね」

「そ。ならまっすぐ突っ込んで。急激な方向転換にはついていけないはず。左右どちらかに飛んで、できるだけ近くに張り付いて動いてくれているだけでいい。それだけでも、情報処理にかなりの負荷をかけられるから」


 単純だが簡単ではない。身の丈よりも大きい敵と相対したことはないし、それが古代機械の成れの果てなら尚更だ。回転部分に巻き込まれたなら腕の一本では済まない。恐怖を噛み殺して、駆けた。次の反響定位による調査までどのくらい余裕があるかわからない今、いつまでも膠着状態でいるわけにはいかない。

 私が一歩目を踏み込んだのと同時に、前進を開始する破砕機。広い通路のような障害が無い場所では、想像していたよりもずっと早い。数えて三秒後に厚みのある刃が目前に迫り、ギリギリで踏み込んで大きく飛んだ。破砕部を飛び越えて機械の後部にまで。機体の前部は極厚の刃に覆われているが、ほかの場所にはろくな装備が無い。左右、という彼女の指示を無視したが結果的にはうまくいった。

 空中で一回転して着地した。二メートルほど先で、こちらに向き直る機体。この調子ならさして難しいことは無い。二度目の接触も、飛び上がって回避しようとした。


「こんなの余裕じゃなっ……んでっ!?」


 機械の挙動ではない。獲物を狙う生き物のように、足元の破砕機は大きく空けた口を上に向ける。限界まで引き延ばされた時間の中で、飛び上がってくるのが見えた。機体の足元の挙動が変化している。前進する装甲車ではなく、車両形態をとっていただけの歩行機械であると気付いた時には遅かった。もう間に合わない。


「ハレ! ごめん!」


 腹部が側面からの衝撃で酷く痛んだ。強靭な裁断刃に巻き込まれたのかと思っていたが、スーツも肉も無事だ。数十キロはありそうな瓦礫が脇腹に食い込んでいることを除けば。即座に着地して、体勢を立て直す。想定外の挙動であったにもかかわらず、破砕機は目の前まで迫っていた。同じ轍は踏まない。左右に身体を揺らして、致命の一撃を紙一重で躱す。細かいステップを踏んで、機体の側面にできるだけ張り付くように。

 地面を転がって一撃を避けた時、何かが頭上を通過した。突然動かなくなった目の前の四足歩行破砕機から集中を切らさないように数歩距離を取る。全体像が見えた時、最初のシルエットと大きく変わっている点が一つ。鋭く削られた金属製の槍がその躯体の関節部を打ち抜いていた。


「待たせてごめんなさい。貫通するだけの鋭利さを出すのと、装甲の弱い所を狙うのに手間取って」

「いえ、これはどうやって」


 口に出してから、空間を照らしていた明かりの一つが消えていることに気付いた。原因は、どこからかエネルギーを供給していた配線が引き千切られていること。明かりの周辺外壁が大きく削られている。


「この光は地圧による半永久的なエネルギーによって稼働しているの。圧電棒っていう圧力を電力に変換する特殊な金属ね。硬度は私たちの装甲と比較したら二倍以上はあるかしら。おかげで加工に時間がかかってしまったのだけれど」

「私がへまをしたせいもあるわね。助けてくれてありがとうね」

「あなたを失えば私が悲しむから。さ、必要な装備をいくつか貰ってから上に進みましょう。もうこんな置き土産が無いといいのだけれど」


 古代の戦闘機械が何十機も眠っているのなら、命がいくつあっても足りない。たった一機に対応するだけでもこれだけ大変だったのに、複数の機体に囲まれてしまえば無事では済まないだろう。そんな私の心配を余所にセラは事も無げに破壊した機械の装甲をはぎ取り、内部のバッテリーを含むいくつかの部材を取り出した。


「これは何だったの」

「名称はスクラップイーター。用途は廃棄物や高密度岩盤の破砕。そこかしこにある穴や、この広場みたいな大きな空間を作ったのはこいつらよ。はるか昔に廃棄されていた何機かによってこの空洞は作られたんだと思う。流石に稼働していたものは生き残っていないだろうから、もし万が一出会うとしても、さっきみたいにスリープモードになっていた機体くらいかな」

「古代人は随分と迷惑なゴミ箱を作ったってことね。大体わかったわ」

「ハレ、スーツの充電端子はどこにあるの? こいつに残ってたエネルギーをもらっていきましょ」


 私は座って背中側の首元を指し示す。専用のアタッチメントがいるはずだが、セラの手にかかれば造作もないだろう。休憩がてらに十数分間の充電をし、スーツのエネルギーは満タンになった。座って待っている間に、分解した構造材をセラが手際よく加工していく。機械の装甲から、金属の細い棒を何本も削り出していた。肘から指先までぐらいの長さで、先端は鋭く鉤型になっている。


「この後は、また竪穴を登らないといけないから、こういう装備があれば便利でしょ」


 スクラップイーターの機体を材料に、何本か同様の道具を創り出していた。最終的には十本になった鉤型の鉄杭を背負い、セラの道案内に従って洞窟内を上に上に向かう。比較的急な上り坂になっており、ところどころ四つ足で進まなければならなかった。

 小一時間ほどの行軍を終えて、再び竪穴へと戻ってきた。頭上に見える光は、先ほどまでよりもだいぶ近くなっている。


「うーん、そろそろセラが起きそう」

「どういう意味よ」

「さっき話したように、私とセラは別々の人格だからね。電磁フィールドの衝撃と落下のショックで彼女が一時的に寝込んじゃったみたいなもの。表の人格は彼女よ。久しぶりに身体も動かせたし、結構楽しかったわ。この私が壊す以外のことで面白いと思うなんて、なんか不思議」

「色々助けてくれてありがとうね」

「もうそろそろ起きそうってだけで、お寝坊さんだからまだかかりそう。あと少しくらいは楽しんでもいいわよね。さ、登りましょうか」


 軽い休憩を挟んで、再びクライミングを始める。先ほど作ってもらった鉤付きの道具のおかげで、竪穴登りは予想していたよりもずっと楽になった。何故か甘えるセラを背負って跳びながら、彼女の知っている話を聞く。そのどれもが信じがたいものばかりであった。私たち人間の構造が変化した原因から、住んでいる機械塔都市のルーツまで耳を疑う真実ばかり。


「人間は昔からこの姿じゃなかったの?」

「人体とは概ね生身のことを指していたの。生身とは血と肉だけで構成されている身体のこと。勿論、今の人間も基礎は同じ。肉体のほとんどが機械化されているだけで」

「頭さえ吹き飛ばなければ、どんな怪我でも治せると聞いているわ。いえ、記憶領域をリアルタイムでコピーする手段だってあるわ。確か……サブメモリーシステム。それに登録しておけば頭さえも平気」

「あくまで記憶というデータをコピーするだけよ。ここにいるあなたと、地上で生活しているかもしれないあなたは別物」

「ちょ、ちょっと待って。それなら……それなら、私が掃除したスイーパーは……」

「壊される直前まで、その人格の持ち主は確かにそこにいたわ。魂というものの所在があるとするなら、ね。残念だけれど」


 血の気が引いた。それが自分の過ちだとは考えることすらなかった。ただ当たり前のように繰り返してきた日々の中での行為が脳裏に蘇る。暗く冷たい倉庫の中に閉じ込められて絶望の底にいた彼女に、私はどう見えただろうか。彼女の瞳に映っていたのは希望だったろうか、安堵だったろうか。それを私は容赦なく、一ミリの後悔もなく叩き潰した。数年来の友人だったはずなのに。込み上げてくる嫌悪感はいくら高く跳ねても振り払えなかった。


「仕方がないこと。あなたはそんなこと知る由もなかったのだから。それに、この機械塔都市自体がそれを教えないようにしていたのでしょう。命を投げ捨てて戦う兵隊とするために。サブメモリーシステム導入が個々人に委ねられていたのは、機械塔都市に僅かに残された良心なのかも」

「それが本当なら……教えなきゃ……」

「教えてどうするつもり? あなたはもう何回も死んでいるのと伝えるの? 最悪発狂、良くても二度と使い物にはならないでしょう。ここは……古代人類と似たように発展してしまったこの機械塔都市は、そういう場所なの。失われた資源を求めて、遥か地底を目指し続ける。何を犠牲にしても。それがたとえ、人間の尊厳であったとしても」


 セラの話を真実と受け止めることに心が抵抗しても、頭では理解していた。記憶データと意識は同義ではないと。記憶のコピーで不死になれるなんて、あまりに都合がよすぎる話だ。今まで全く不思議に思わなかなったなんて、どうかしていた。機械塔都市にとって必要なのは無知で従順な兵士であり、特定の一個人ではない。


「あまり考えすぎるのはよくないわハレ。この世界の理不尽なんて数えられないほどあるのだから。私もそのうちの一つ。成長しすぎた人類を滅ぼして止めるストッパーなんて役目を与えられた機械人形だもの」

「そう……ね……」


 折り合いはつけなければ。悩んだところで過去が変わるわけではないし、歩が鈍るだけだ。そうわかってはいても簡単にできるわけがなく、苦い顔をしながら崖を登っていた。


「この機械塔都市ができた経緯は知らないけれど、古代人類はきっとこう願っていたのよ。人間には過ぎた技術を手に入れて欲しくはない、と。手に入れてしまったならば滅びるべきだ、なんていうのはあまりにも自分勝手な願いだと思うでしょうけれど」


 争いなく平和に生きてほしいと願った旧人類の夢は、叶えられなかった。機械塔都市は地底に埋もれた技術や知識を発掘し、同じ過ちを繰り返そうとしている。その抑止力であるはずのセラが抵抗しないのであれば、私たちはいずれ辿り着いてしまう。

 進化の果ての果てへと。自分たちで自分たちを滅ぼす行き止まりへと。


「でも、あなたの敵がどうなろうと、あなたにはもはや関係ないでしょう?」

「そうね……。滅ぶも栄えるもどっちでも結構。私たちが無事にこの機械塔都市を抜け出せるなら、どんな代償だって払うわ」

「頑張ってね。この子の中から応援しているわ」

「この子の……中……?」

「言ったでしょ。私はセラの中に眠っている殲滅コードの運用を任されている人格。人類を滅ぼすために創り出された仮想人格よ」

「な、ならなんで私とセラに協力するようなことを……」


 彼女には何一つメリットがない。むしろ地上を目指すこと自体が大きなリスクであるはずだ。セラを失わせまいとするのであれば、このまま地底深くでほとぼりが冷めるまで隠れているべきだろう。人間が素体の私と違って、生存するだけならほとんどエネルギーを必要としない彼女は、数十年間でも生き延びることができる。


「私にとってはセラが一番かわいいの。彼女の命令を最優先で聞くわ。彼女にとって大事な人なら、全力で守る。勿論、こんな選択ができるということすら私たちを生み出した先史時代の科学者は知らなかったけれど」

「そんなの自由過ぎるわ。与えられた命令を実行しないAIの存在なんてありえない」


 それはもはやAIではく、一人の人間だ。


「そういう進化を遂げてしまったのよ。私は……いえ、私たちは特別な存在なの。古代人類によって製造された特殊な人工知能。人類の安定的な繁栄を願う監督者としての役割を与えられた機械人形。ふふっ、それじゃあ機会があればまたお話でもしましょう」


 悪戯っぽい笑い声をあげて、もう一人のセラは静かになった。跳躍をやめて背中を確認すると、眠そうに少女は目を擦る。人間のような欠伸を一つ。両手を組んで真上に伸ばす。


「ごめんね、私寝てたかも。ここは……竪穴の中だよね。そこまでは覚えてるんだけど……」

「……いいえ、気にしていないわ。今は地上を……機械塔都市の外を目指しているところよ」

「え? 本当に外に行けるの?」


 嬉しそうな声に、初めて会った時に事を思い出した。棺の中から出てきた時にも、彼女は外の世界に向かうことを望んでいた。


「正直に言うと、可能性は低いわね。機械塔都市そのものを敵に回すんだもの、私が想像しているよりもずっと難しいはずよ」

「でも私、ハレと一緒ならきっと大丈夫だと思うよ。だから頑張ろうね!」

「そうね、だけどもう少し寝ていなさい。今はあなたの体力とエネルギーを使う時間じゃないわ」

「そうするー」


 寝息の聞こえだした背中を気にしながら、さらに上を目指す。落下地点から考えると、頭の上の光は何倍にも大きくなっていた。もはや地上はさして遠くはない。未だに通信不能エリアを出ないが、それも時間の問題だろう。

 通信ができる様になれば、きっと本部から連絡が届くはずだ。恐らくは待機命令として。黙って従っていれば、そのままスクラップ工場行きは免れない。


「だったら抗ってやるわ」


 二本の金属槍を壁に突き立てた。そうして創り出した足場に座って一息つく。端末を取り出して機械塔都市の階層略図を空間に投影した。事前に調べていた通り、新興階層間の行き来は基本的には弾道エレベーターで行われている。百三十階層には荷物搬入用の大型が二基、人員搬入用の小型が十基接続されていた。

 一つ二つ上位階層に向かうくらいなら、それぞれの階層にある昇降機でも可能だが、私たちは今いる百三十階層から一番上のゼロ階層を目指さなければならい。高速かつ長距離移動に適したエッグの使用は必要不可欠。大幅に階層を移動できる手段はほかにない。もし私たちの生存が発覚すれば、エッグは一瞬で使用不可能な状態になるだろう。

 私程度がハックして無理やり動かしたところで、せいぜい十階層が限界だ。だが、セラならどうだろうか。一瞬で私のプログラムにも割り込めるほどの技術があれば、並みのリサーチャーでは歯が立つまい。

 実際にリエスの秘匿回線にも容易く割り込んで見せた。油断していたとはいえ、少なくともそのレベルにまではセラの力は通じる。

 なら厄介なのは、二十階層よりも上。私たちの機能を遠隔的に制限・停止できると言われているオペレーター。戦闘力なら私たちメカニックをゆうに凌ぐセンチネル。これらの壁を突破しなければならない。嘘か真か、機械塔都市はその保有している戦力を常に明らかにしてきた。私のデータにもそれは残っている。

 オペレーターが三人、センチネルは五百機。それに加えて、リサーチャー百五十一名、メカニック三百八十五名。鵜呑みにはできないが、現状の資料内で警戒すべき敵戦力はこれで全て。たった二人で正面から戦っても勝てない。

 もう一つ厄介なのは、二十階層より上の移動手段を知らないという事。恐らくは上位階層を貫くエレベーターも存在するのだろうが、一番警戒されているであろうそれを、私たちが利用することは難しいはずだ。となれば、階段でもなんでも見つけて地道に登っていくしかない。

 二十階層以上の地図は、一般公開されていない。どこで待ち伏せられるか、何処に罠が仕掛けらえているのか、私たちは事前に知りようがないのだ。


「行き当たりばったりってことね。最高にスリリングじゃない」


 強がりは暗闇に飲み込まれた。地図上で逃走ルートを確認する指先が震える。武者震いではないことは自分が一番わかっていた。これから相手取るのは都市そのもの。万の軍勢よりもなお恐ろしい。逃げ切れる可能性はほとんどなく、逃げ切れたところで地上がどうなっているのか皆目見当もつかない。 身体の多くを機械のパーツに頼っている私たちは、この機械塔都市という鳥かごの中でしか生きていくことを許されていないのだから。


「ん……どうしたの、ハレ」

「大丈夫よ」


 不安が鼓動に出てしまったのだろうか。目を覚ましたセラが首元に回している手に、自分の手を重ねる。セラへの励ましの言葉を自らへの勇気と変えて、真上を向いて立つ。目指すゴールは遥か先。手を伸ばしたくらいでは簡単に届かない。


「きっと大丈夫!」


 足場を取り払って、壁面の凹凸にセラお手製の道具を引っかけて身体を支える。自由な地上を目指して高く跳んだ。ただひたすらに同じ作業を繰り返す。一歩ずつ確実に出口に向かって。どれだけの時間が経っただろうか。崩落しかかった望遠鏡の残骸が目視で確認できるほどに近づいていた。運がいいのか、まだ二度目の反響定位による生存確認は行われていない。腕に巻いていた端末が何度か震えて、データの受信を知らせている。休憩できそうなところで腰を下ろして確認すると、差出人が同じ大量のメッセージが届いていた。


「通信不能エリアを出たみたいね。リエスから随分とたくさんのメッセージが届いてる。心配をかけちゃったわね」


 無事を伝えたいけれど、返信は出来ない。今彼女と連絡を取ることは自殺行為だ。通信データは確実に都市機能に拾われてしまう。派手に動けばどうせばれてしまうだろうが、生存に気付かれるのはできるだけ遅い方がいい。


「百三十階層はもうすぐだね」

「ええ、ここからよ本当に厳しくなるのは。気を引き締めていきましょ」


 山ほど届いているメッセージを読まずにいるのは躊躇われて、適当な二、三枚を視界の端で開く。文面はどれも変わり映えのしないもであったが、彼女の心配は伝わった。そして最後の一枚。件名からして堅苦しく嫌な雰囲気が漂っている。機械塔都市の管理を行っているオペレーターからによるもの。そのまま廃棄してもよかったが、念のために中身を確認した。残念ながら恩赦やそれに類する言葉は一つも見つからなかったが。


「やっぱりそうくるわよね……」


 生存している場合は出頭すること。短い一文が逃れようのない運命を示していた。理由も、経緯も書く必要はない。この都市で出頭の言葉に含まれる意味は処刑と同義だ。裁判など許されるわけもない。言い訳をする時間は与えられず、私の身体と記憶は廃棄される。


「ハレ、どうしたの?」


 身体の震えに気付いたのか、セラの優しい言葉が耳元で囁かれる。


「心配しないで。もう、決めたことだから」

「わかった。それじゃあ、これからの予定は?」


 すぐに会話をシフトしてくれるのはありがたい。怖い怖いと逃げているだけでは何も得ることができないのだから。求めるだけの結果を得るためには、足を進めなければならない。たとえどれだけ苦しむことになったとしても。


「まだ事故からそんなに時間が経ったわけじゃない。向こうは私が死んだと思ってるはず。この隙に五十一階層までは登れるわ。比較的セキュリティが緩いから。問題はそこから先」

「何かあるの?」

「単純に上位階層に侵入できるだけのコードが必要なんだけど、私本来のIDは当然使えない。となると、誰かのIDを利用しないといけなんだけど」

「うーん、それなら私が何とかできると思う」

「ばれたら終わりの大仕事よ?」

「まっかせて!」


 ふんぞり返って小さな胸を自信満々に叩くセラ。そのせいでバランスを崩して深い穴の底に落ちそうになる。


「うわわっ! 落ち……っ!」

「ちょっと! もう!」


 慌てて小さな身体を引き戻す。せっかくここまで登って来たのに、また一からやり直しするなんて御免だ。気力も体力も有限なのだから、地上を目指すうえで少しも無駄にしたくない。


「えっへへ、危なかった」

「あなただけが頼りなんだから。そろそろ外に出るわ。ステルスモード、オン!」

「私も……隠密装備起動!」


 外套の機能が失われていなかったのは不幸中の幸いだ。流石に暗闇の中から飛び出せば、間抜けでも私たちの存在に思い当たる。

 フードを被って、照明の当たる場所に飛びだす直前に背景に溶け込んだ。誰の目にも見え難くなっているはずでも、眼下の事故処理を行っている人々を見ると肝が冷える。対物センサーが一つでも仕掛けられていれば、この時点で私たちの逃避行は終わっていた。


「目標は弾道エレベーター乗り場。結構人が乗り降りしてるみたいね」

「うん、ひっきりになしに動いてる。結構タイミングよく乗らないと利用できそうにないよ」

「事故処理部隊のスイーパーがメインね。事故からすでに四時間ほど経過しているから、ひとしきりの現場調査が終わったところかな」


 多くの人間が崩落した建造物の残骸を片付けていた。その中にはスイーパーの姿もあり、知り合いの顔が浮かんで胸が痛む。私が殺した彼女は、もうこの世にはいない。


「一番向こう、丁度空くかも」

「掴まって!」


 天井からぶら下がっているワイヤーを利用して方向転換をする。目標地点であるエッグの扉があいた瞬間を狙って飛び込んだ。すぐさま有線で接続して機能をマヒさせた。情報端末に並ぶコードを幾つか弄り、強制的に再起動させる。数秒後には扉が閉じて、ゆっくりと上昇し始めた。


「これで、五十一階層までは大丈夫」

「後は私の出番ね! いっくわよ!」


 掌をかざしたセラは真剣な眼差しで見つめる。その瞳に流れていく大量の情報をコンマ以下の時間で処理しながら、両手の指はピアノを弾くかのようにリズミカルに動く。誰にも気づかれずにエッグの管理者権限を奪うために。


「ふむふむ……」


 ハッキングの内容はセラにしか見えていない。もっとも、隣でのぞき込んでいたとしてもわかりはしないだろうが。彼女の持つ技術は機械塔都市の基準では測り切れない。五十階層の壁も楽々突破して、地上がどんどん近づいてくる。


「単純ね。これなら地上まで一直線かな」

「そう、なら少しゆっくりさせてもらいましょうか」

「うん、大船に乗ったつもりでいて」


 エッグの階層表示はみるみる小さくなっていく。大きくため息をついて背もたれに身体を預けた瞬間、ゴトンと大きな音がした。


「なっ……!」


 階層表示は、二十で止まっていた。心臓が高鳴る。エッグが目的の階層以外で止まることは無い。つまり、外にいる何者かの手によって止められたという事。中に誰かがいるのはドアの外からでも明らかであり、もはやステルスモードは意味を為さない。

 私の願いとは真逆に、扉はゆっくりと開く。戦闘態勢をして構えていた私は、目の前に現れた人物に拍子抜けした。


「リエス……!」

「ハレっ!」


 心の緩みが生んだ一瞬の隙。セラがその刃を掴んでいなければ、私は喉元を貫かれて物言わぬ屍と化していただろう。切っ先は全く過たずに私の生命線を狙っていた。


「馬鹿な真似しやがって」


 リエスは剣を握る力を緩めない。怒りに燃える視線を真っ向から受け止める。周囲に人の姿は無いが、彼女の背後には無数の銃器が並んでいた。小型の自立型銃座。豆鉄砲と揶揄されることもあるが、人体に与える損害は大きい。


「せめて私の手で殺してやる。……一斉射撃!」


 エッグの周囲を跡形も無く破壊するほどの大火力。ひとえに私が助かったのは、セラの対物フィールドのおかげであった。


「お願い、止めないで!」

「この機械塔都市から逃げられるわけがないだろ!」

「殺す?」


 彼女の右腕がいつの間にか青白い光を纏っていた。対物フィールドで覆われた手刀の威力が想像できない程無知ではない。


「待って!」

「じきにセンチネルが来る。私を殺したところで、まとめて吹き飛ばされるのがオチだ」

「退いて! リエス!」

「退かない! たかが数日前に見つけた機械ごときに何を必死になっている。今ならまだ口をきいてやれるから、こっちにこい」

「嫌よ。セラは私が守る。無理やりにでも通るんだか……らっ」


 一歩で飛び込んで振り抜いた右拳は、容赦なくリエスの頬を打ち抜いた。抵抗を予想していた私は、その呆気なさに驚いて動きが鈍った。拳が頬に当たった瞬間に強制的に回路が接続され、大量の情報が脳内に流れ込んで来る。勢いに溺れて膝をついたのと同時に、彼女の背後に並んでいた自動機銃が一斉に襲い掛かって来た。


「なっ!?」


 銃器の攻撃方法ではない。質量に任せただけのただの体当たり。リエスに限って、そんなプログラミングミスをするなんて考えられなかった。


「なにこれ。ロック補正値がたがただよ、変なの。これは……認証コード? どこで使うんだろ」


 セラのハッキングは瞬く間に機械を従えた。何の前触れもなく一番大きな自動機銃が、内部に収納されていた薄い金属の直方体を吐き出す。いきなりのことで受取ることは出来ず、その銀色の機械は足元に転がった。


「こんな無茶苦茶なプロテクト……っ! 伏せて!」


 青白い光が大気を焦がした。セラのフィールドと反発して飛び散った超高熱の熱線は、ニ十階層を大きく抉る。


「センチネル……っ!」


 人間の二倍はあろうかという巨体。全身を超高密度の金属で覆った戦闘機械センチネル。武装は主に二種類に分かれており、近距離型はブレードによる格闘が主軸、遠距離型はエネルギー砲による射撃が主軸となっている。知識としては知っていたが、実際にこの目で見たのは数えるほどしかない。

 目の前に現れたのは恐らく遠距離型だ。まだ私たちをさほど警戒していないのだろう。踏み込めば届く距離まで近づいてきている。運が良かった。遠くから狙撃されていては手も足も出ない。機械的な赤い瞳がこちらの生存を確認し、エネルギーの再充填を始める。


「このっ……」

「セラ、待って! さっきの機械の認証コードを頂戴!」

「え? うん!」


 転送されてきたコードと、手に入れたばかりの情報を照らし合わせる。やはり想像通り、これは鍵だ。直方体の金属はただの待機形状。起動コードを認識すれば展開して数種類の武器となるハイテクな機械。リエスから受け取ったリストの中にあるもので、現状の敵に対して最も有効な武器種を選択した。


「コード・ブレイド!」


 金属の直方体は私の与えたコードで大きくその姿を変化させる。巨大な刃となり、私の右腕の後を追うように動く。その使い方は、考えるまでも無かった。


「ふっ……!」


 センチネルの懐にまで潜りこみ、全力で腕を薙いだ。その後を追うようにして奔った大刀が装甲を食い破り、内部の骨格までを軽々と引き裂いた。あまりのあっけなさに、切り捨てたガラクタの切断面を確認する。致命傷を受けて火花を散らすセンチネルの装甲である強化合金は、赤熱し溶断されていた。

 掲げた刀身は、圧縮された超高密度のエネルギーで青白く輝く。軽くスキャンしてみると、その恐るべき性能がよく分かった。性質としてはセラの対物電磁フィールドに近い。少なくとも、現在の機械塔都市では一般化されていない技術だ。武器化コードを解除すると、直方体の箱型に戻って私の動きに浮遊して追随してくる。ただの銀色の大きない箱なのだが、動作がちょっとしたペットに思えなくもない。


「うっそ、何その武器! ハレかっこいい!」

「凄い威力ね……」


 咄嗟に振り返るも、仰向けにひっくり返ったままのリエスは動かない。一撃でセンチネルを戦闘不能にまで追い込む破壊力。まさに天才と呼ぶにふさわしい発明だった。


「やっぱりあんたは……天才ね。行くわよ、セラ」

「放っておいていいの?」


 寝転がっているリエスを指さす。気絶しているふりだろうが、私から話しかけることはできない。彼女の優しさを無駄にするわけにはいかないし、ここで仲良く話してしまっては彼女の気遣いが無駄になる。


「いいわ。上の階層を目指すわよ」


 リエスを殴った時に受け渡しされたのは、機械武器の使用法だけではない。彼女が知っていたであろう上位階層のデータと、資材運搬用のエレベーターの存在。受け取ったヒントを頼りに、今後のルートを訂正した。


「無事なエッグで十階層まで行って、その後はまた別の手段をとるわよ」

「りょーかい!」


 先程の戦闘の余波で数基のエッグは機能不良に陥っていた。うるさい位に警報音が鳴り響く。赤く光る警告灯の下で、暢気にセラは鼻歌を歌っていた。


「カメラなんかは無い筈なんだけど、急がないと!」

「うーん……困った。ねぇハレ。今システムに侵入したんだけど、どのエッグもニ十階層より上に行けない様に更新されてる。どうしようか」


 無線で機械塔都市のシステムに侵入するだけでも大したものだが、セラはそこからさらに必要な情報を引っこ抜いてきた。彼女がいなければ、この逃避行は絶対に成功しないだろう。そもそも逃げるようになったのも彼女のせいと言えば、そうなのだが。


「解除は出来そう?」

「出来るけど、少し時間がかかるかも」

「それなら、私が時間を稼ぐ。とにかく十一階層まではエレベーターで行かないと、絶対に抜けられないよ」

「はーい」


 隣のブロックにあるはずの資材運搬用エレベーター乗り場まで走る。既に報告を受けたのであろう、完全武装をしたスイーパーたちが道を塞いでいた。


「邪魔よ、死にたくない奴は下がりなさい」


 下がる者は一人もいない。当然だろう。機械塔都市では緊急命令に従わないことは死を意味する。例え敵わないと知っていても、彼女たちに逃げ出すという選択肢はない。ぐずぐずしている間にスイーパーは五人、六人と増えていく。


「そうよね、殺さないであげる」


 言葉だけは強く吐き捨てておく。内心を隠しておかなければ、そこに付け込まれかねない。こんな状況でも、同僚たちに刃を向ける決心はなかなかついていなかった。じりじりと厚みを増していく包囲網に対して、一歩踏み込めない私。隣でセラは武装を展開したまま、こちらを窺っている。彼我の戦力差は圧倒的であり、そのおかげか向こうから攻めて来るつもりはないようだ。どう足掻いたところで、数秒程度の時間稼ぎにしかならないことを彼女たちもわかっている。彼女たちの目的は極力戦闘を避けて、私たちをこの場所に足止めすること。いずれ来るセンチネルの増援を待つ作戦だろう。

 だから意を決して飛び込んだ。合図もなく駆けたにもかかわらず、セラは小柄な体躯でしっかりと横についてきていた。


「頭は破壊しないで」


 人間相手に対して、リエスの武器は使わない。掠っただけでも戦闘不能にしてしまう威力があるのだ。誤って直撃させてしまえば、記憶素子すら無事では済まない。


「そんな甘いことを言っていていいの?」

「決めたことだから」

「分かった……よっ!」


 セラの無慈悲な一撃は正面にいたスイーパー数機の脚部を纏めて薙ぎ払った。機動部を失って地面に転がった彼女らを跨いで、セラは駆ける。


「スイーパー程度なら余裕よ」

「ハレ、前に二人。後ろからも」

「わかってる」


 目の前に現れた二人のスイーパー。それぞれの握っている剣は、私の身体を傷つけるには十分な鋭さがある。ほとんど同時に振り下ろされた二つの刃。その側面を左右の拳で強く叩いた。


「えっ!」

「なっ!?」


 武器と腕をあらぬ方向に流された隙だらけの二人。その腹部に一撃ずつ。ただの拳すらも耐えられずにスイーパーは昏倒した。背後から振り下ろされた刀を紙一重で躱して、振り向きざまの拳を顎に叩き込んだ。膝を落としたスイーパーは、脳が揺らされたことによるダメージで立ち上がることすらできない。即座に制圧した人数もあってか、焦りと緊張で包囲網がわずかに揺らぐ。


「ハレ、強いのね」


 言いつつ、四人を瞬時に蹴り飛ばしたセラ。人間が紙切れのように空に舞っている。


「あなたほどじゃないけどね」


 機械の身体とはいえ衝撃全てを逃がすことは出来ない。腹部や頭部への強力な一撃で充分に戦闘不能に追い込むことができる。スイーパー程度が相手なら造作もないことだけど、戦闘を決断するのに少し時間をかけ過ぎたみたいだ。包囲網を割って飛び込んできたのは三つの影。よく見たことのある、身体の起伏を強調する黒に赤いラインのスーツ。単純な身体能力の強化と、その他の便利な機能を詰め込んだメカニック専用の戦闘服。


「あれは?」

「ちょっと苦戦するかも」


 スイーパーとは違い機動力に特化した装備。それ故に、今の私たちには面倒な相手ともいえる。


「二人任せて」

「助かるわ」


 向かい合ったメカニックは顔見知りではない。それに安心して、拳を構える。メカニックと本気で戦ったことは無い。それでも、負ける気はしなかった。

 こちらが地面を蹴った瞬間、相手も動いた。拳を受けて、その腕を掴む。地面に叩き付けようとした目論見は外された。空いた手による眼球を狙う容赦のない突きに、思わず手を放してしまう。


「殺りにきてるなぁ。まぁいいわ」


 息つく暇もないほどの連撃。そのくせ一撃一撃が的確に急所を狙って来る。流石にメカニックの戦闘技術は甘くはない。


「でも……っ!」


 腹部を狙った手刀を抑え込む。喉を穿とうとする二撃目を紙一重で躱し、両手で掴んだ手首をねじ切った。素体の金属骨が砕ける嫌な音が響く。メカニックとしての性能差と、スーツの性能差。二つが合わさって頭一つ以上戦闘能力に開きができていた。


「もう抵抗しないでね」

「ふざけるな!!」


 無事な方の左手にスーツから供給されたエネルギーを乗せた殴打。鈍く光る拳は当たれば鉄をも砕く。当たりさえすれば、ね。

 右手が壊れている分だけ拳には力が入っていない。それを躱すのは難しいことではなかった。わざと拳が掠る距離で攻撃を避け、潜り込んだ懐から顎に向けて掌底。体が浮き上がるほどの力を込めた。メカニックとは言え、バランス感覚を失ってしばらくは立つことすらできない。


「ふぅ……」

「終わったー?」


 両手両足を失ったメカニック二体の上に腰を下ろしていたセラ。彼女の性能を考えれば必然ともいえたが、自分の笑みが引き攣っているのを感じた。とんだ化け物を扱っているのかもしれないと。


「生きてるの?」

「殺してないよー」

「そ、それなら。厄介なのが来る前に上に行きましょうか」

「はーい」


 目の前でメカニックを打ち倒されたスイーパーには、戦意はほとんど残っていなかった。妨害する者だけを行動不能にして、隣のブロックを目指す。無事なエレベーターを見つけ、それに乗り込もうとした瞬間に目の前を横切ったエネルギー砲。セラが腕を掴んでくれなければ、頭が消し飛んでいたであろう。こちらを攻撃してきた位置を見れば、一機のセンチネルが向かってきていた。四本の足を持ち、二つの腕を備えた戦闘機械。


「向こうからも来てる」


 逆方向、挟み撃ちをするかのように現れた三つの影。


「セラ! これの管理者権限を乗っ取って! その間は私が時間を稼ぐ」

「大丈夫?」

「これがあるからね」


 リエスから貰った、否、奪ってきた機械武器。センチネルを一撃で屠ったことからも、その破壊力は折り紙付きだ。そもそもなぜこれほどの威力のあるものを彼女が所有していたのかは不明だが、有難く使わせてもらうことにしよう。


「コード・ライフル」


 弾道エレベーターのプロテクト解析に取り掛かったセラを背に護る様に、直方体の機械武器を起動した。現れたのは長大な砲身を持つ銃器の姿。リエスから受取った資料によると、直方体の武器化コードは全部で五つ。射程を持つのはその中でこの一つしかなかった。

 武器から現れたケーブルがスーツの腕部と腰部に接続される。プロトタイプのスーツには明らかに過剰なエネルギー保有量に得心がいった。身体機能の強化だけでなく、機械武器を使いこなすためのバッテリーでもあるということか。リエスによって、おそらくは二つ一組であることを前提に開発されたのだろう。

 銃口を一番遠くにいる遠距離型センチネルに合わせる。ロックオンを確認して引き金をひく。単純な動作で放たれた青白い光は、距離で威力を減衰することなく金属の鎧を貫いた。スーツが保有しているエネルギーのまるまる一割を使って。


「燃費悪いわね」


 それが限界だったんだ、と怒るリエスの声が聞こえた気がした。廃熱をしている間に距離を詰めてきた三機の近距離型センチネル。その重厚なブレードがこちらを両断しようと振り下ろされた。質量差がある分受けるのは効率が悪い。目測で切っ先がセラに届かないことを計算してから攻撃を避けた。捲れ上がった鉄板の地面の下で、いくつものパイプが両断される。噴き出した蒸気に視界を奪われて、次の動きが遅れた。左右から挟み込む胴体を分断しようとする一撃。軽く飛び上がって刀身上を転がりながら避ける。

 背後から着地点を狙ってきた三体目の突きは、身体を斜め後ろに投げ出すことで、狙いを外させる。髪の毛を一房持って行かれたが、今はそんなことを気にしている余裕はない。機械武器を再起動し、離れた場所で回避する右手の動きを追っていた箱を呼び戻す。崩れていた体勢を腕一本で無理やり戻し、同時にブレードモードを起動。目の前の一体を上段から斬り降ろした。敵の腕に阻まれ肩口の一部を削ったところで、残る二機の攻撃がセラに向かっているのが視界の端に見えた。即座に引き抜いたブレードを一回転させると、青白い光が背部の装甲を狙う。

 いち早くこちらの動きに気付き、攻撃をやめて防御の態勢をとった二機。その隙をついて、目の前の装甲を蹴って上空へと浮かび上がり、足蹴にした機体を頭上から串刺しにした。赤い瞳が消えたのを確認し、背後に残る二体へと向き直る。

 戦闘機械であるセンチネルに驚きなどの感情は無い筈だ。なのに私と向き合った二機の鈍い動きは、戦闘手段を決めかねているようにも思えた。


「壊れろッ!」


 それを隙ととった私の過ちは、一秒と経たたずに結果となって現れた。踏み込みに被せられた二刀の連撃。横から脇腹を抉る様な切り上げと、逃げ道を塞ぐかのような剣側面での叩き付け。


「なっ!?」


 後ろは先ほどの一機が邪魔で下がれない。正面には二機、辛うじて逃げられるのは右側に跳ぶことだけに思えた。考える時間もなく安全地帯に飛び込んだ私を襲ったのは、エネルギー砲。右手の周辺で浮いていた剣を軸に身体を捻ったことで、なんとか致命傷を回避した。左腕を代償にして。


「っち……まだ壊れてなかったのね……」


 動きと思考の妨害をさせないために、肘から先を失った左腕から発せられる痛みの信号をシャットアウトする。遠距離型のセンチネルは破壊を確認したわけではない。あれだけの威力を持つエネルギー砲であれば、当然仕留めたと考えていた私のミス。失った左腕の違和感を無視して、目の前の二機を削り切った。今度は背後に意識を割きながら。連射ができるとは思っていなかったが、油断によるミスはもうできない。


「コード・ライフル」


 狙撃してきた遠距離型に再度照準を合わせたところで、セラの声がかかり人差し指を止めた。


「その必要はないよ」


 スコープの先でセンチネルが爆発炎上したが、あまりの速度に何が行われたのか認識できなかった。それがセラによる長距離射撃だと分かったのは、後ろに立っている彼女の腕が白煙を上げていたからだ。センチネルを砕いたのは、電磁フィールドを弾丸形成して射出する超技術。目の当たりにした今でも信じられない。破壊の程度から見える威力はリエスの武器と同等程度。形成にかかる時間やエネルギー効率を考えれば、数倍の性能があるだろう。これでひとまずの脅威は去ったし、次の階層への道も開けた。


「ハレ、腕が……」

「このくらい大丈夫よ。少し不便なだけだから」

「ちょっと待ってて」


 地面に転がっていたセンチネルの腕を圧し折り、私の腕から先へと強制的に接合した。数十秒で元通り、というわけでもないが、身体に似合わない大きな左腕は私の意思通りに動く。ただ躯体を接続しているだけならともかく、神経系も接続しているのだから恐れ入る。


「ほんと、敵じゃなくてよかったわ」

「えへへ。エレベーターのシステムは乗っ取ったわ。待たせてごめんなさい」

「それじゃ、行きましょうか」


 二人には広すぎる乗り物に乗り込む。セラの簡単な音声指示でエレベーターは上昇し始めた。数字が小さくなっていくのに反比例して、心臓の鼓動が強くなっていく。

 十階、人間が侵入できる最高の階層。静かに、何の異変もなく止まった。それが私の不安を煽る。大きくなってしまった左手をセラの腕に優しく添わせてサーチ機能を起動。セラの有するセンサーほど索敵範囲は広くないが、何もしないよりはマシだろう。ゆっくりと開いたドアの向こうにはセンチネルの群れどころか鼠一匹いなかった。ある意味では索敵の通りではある。ただ用意されていたかのような沈黙がそこにあるのみ。最低でも数十人のハイ・メカニックが待ち構えていると思っていた私の予想は、大きく裏切られた。


「残り十階層! この調子なら余裕ね!」

「いえ、ここから先は手さぐりになるわ。それに、私たちの反乱が分かっていてこの静けさ。何か仕掛けてくる前触れかもしれない。あまり悠長にしている時間は無さそうよ」

「んっへっへー。私を誰だと思って? 超優秀なセラちゃんは、さっきの間にこの階層図まで全部ぶっこ抜きました」

「……え? どういうこと」


 我ながら間抜けな返事をしてしまった。リサーチャー以下の住民は誰も目にしたことが無いはずの、機械塔都市最上位十層の地図。それを簡単に手に入れたいうセラは、いとも容易いことのように舌を出しておどけている。どんなに厳重なセキュリティに護られていようと、彼女と一緒であればきっと成し遂げることができる。あらゆる障害を全て打ち砕いて、地上にたどり着くことすら不可能ではない。希望的観測だった逃避行は、この階層まで来てようやく現実味を帯びてきた。


「どうすればゼロ層に……地上に行けるの?」

「うーん……ここから先はこれまでと比べてかなり狭いみたい。これかな、階段がある」

「階段? 機械塔都市の上部層は意外と昔の設備が残っていたりすることもあるんだけど、階層を繋ぐ段差があるってこと」


 階層移動にそこまで旧時代的なものがあるとは俄かに信じられない。それでも、セラがホログラム化した十層の地図には、確かにそう記されていた。巨大な階段が構造物の中心を貫いており、他の階層と比べて非常に単純だ。倉庫のような大きな空間がいくつかあるものの、脱出経路とは全く関係がない。つまりセラの言うように十層よりも上はほぼ障害物がなく、徒歩で脱出可能だという事。これは私たちにとって願ったり叶ったりだ。


「こっちみたい!」


 セラに引っ張られてその後に続く。重厚な扉を拳一つで破壊した先にあったのは、巨人が歩くために創られたのかと思えるほど大きな階段。一段一段が人間の身長ほどもあり、吹き抜けの空間が遥か上空まで続いている。見上げた先には、大きな数字が見えた。それらは上の階になるごとに一つずつ小さくなっていく。


「ここを登れば、ゼロ階層に……」

「一気にいくわ! しっかりついてきてよね、ハレ」


 小柄な体でありながら、自身の二倍以上もある段差を優雅に昇っていく。遅れないように、その後を追って階段を駆け上った。急いだところでまだまだ余力を残してるセラを追いかけるのがやっと。わかっていたことだが、技術や知識だけではなく身体能力の差もまた顕著だった。

 十階層から九階層へ。そしてすぐに八階層へ。少しの休憩も挟まずにどんどん登っていくセラ。


「少し休憩する? ハレ」

「いいえっ……だいじょうぶ……セラっ!」


 目の前の少女がこちらを振り返った瞬間、セラの横の壁が膨張し粉々に吹き飛んだ。大穴から頭を出したのは重装甲の機械。右腕には大仰な鋏、左腕には分厚い盾。その背には全長を超えるほどの鋭く長い剣のような尾。


「センチネル!? ……じゃない!」

「大きいだけじゃっ……」


 セラの蹴りは、盾をへこませるにとどまった。耳をふさぎたくなるほどの轟音が通り抜けた後も、依然としてセンチネルもどきは私たちの道を塞ぐ。ただ適当に放たれた蹴りであっても、セラの一撃を受け止めることができた機械はただの一つもない。纏っている雰囲気も、先ほどまでとは明らかに違った。


「堅ったい! 足が痺れる……」

「厄介そうね」

「少し本気を出せば余裕よ!」

「あなただって無限に動けるわけじゃないでしょ。効率よく倒さないと……」


 やはり私たち住民には、一部の都市防衛機能が意図的に隠されていた。この手の機体がどれほどストックされているのかはわからないが、ここで全力を出してエネルギーを浪費した結果のガス欠は避けなければ。緩慢な動きでこちらへと向き直る機械。空いたままの大穴から、次々とセンチネルが現れた。


「とか言ってる余裕は無さそうね」

「大丈夫! まだ十パーセントだって使ってないわ! 一気に殲滅するからね!」


 セラが前に突き出した両腕。その先端部へと高密度のエネルギーが集中していく。機械でも恐怖を感じるのか、間髪おかずにセラへと飛びかかって来た近距離型センチネル。間に割り込んで、横に振るう。リエスのブレ―ドは装甲の厚い部分を大きく削った。。分離した上半身が地面に落ちる前に、彼女が必要だと考えただけのエネルギーが、収束し放たれた。


「壊れちゃ……えっ!」


 天から降り注ぐ流星の如く、実際にはもっと恐るべきエネルギーの奔流が、並みいるセンチネルを片っ端から蒸発させた。異種タイプのセンチネルすらも、容赦なく飲み込んだ。対物電磁フィールドを収束放射する超高熱高圧の収束電磁砲。周囲の鉄の壁すら余波で真っ赤に染まっている。


「えへへ、褒めてー」

「全く……えらいえらい」


 胸元に飛び込んで来た少女の髪を優しく撫でる。暫くして満足したのか、セラは三歩下がって上空を見上げた。階段はまだまだ続いている。


「さっきのって強化センチネルかなにか? 見たことある?」

「聞いたことすらないわ。センチネルは近距離型と遠距離型の二種類だけとしか。もう一つ気になってることがあるの。私たちが一番困るのが数の暴力による消耗戦なのに……それをしてこない」

「仕掛けてこない理由があるってこと?」


 漠然とした不安は、ずっと胸の中にあった。私たちが暴れ出してからどれくらいの時間が経っただろうか。仮にセンチネルが都市中に散らばっていたとしても、十分に集合させるだけの時間はあったはずだ。なのに一向に物量作戦で来る様子がない。センチネルを呼び寄せなくとも、私たちを止められるという自信があるということか。だったら正面から打ち破ってやるまでなのだが。階層は残り七つ。ここまで来たのなら、どんな罠も戦略も一気に突破する。


「セラ、掴まって」

「わかった」


 少女を胸に抱いて、コードを入力した。リエスの置き土産である便利武装に組み込まれていた移動手段。


「コード・スキャフォルド」


 スーツのエネルギーを使って浮かぶフローティングボード。空中で方向転換をするときに使う足場としての機能がメインではあるが、エネルギーを供給し続ければ、波に乗るよりも簡単に空を滑ることができる。


「飛ばすわよっ!」

「いっけぇー!!」


 上昇していくボードからは、扉に描かれた大きな数字が良く見えた。一つ小さくなるごとに胸が高鳴る。


「7……6……5……」


 眼下ではこちらを待ち伏せしていたであろうセンチネルの群れ。ロックオンの警告音は慣れるほど鳴り響いている。足元からの射撃は、全てセラの電磁フィールドが阻む。私たちを止められるものは誰もいないかのように思えた。


「……ようやくお出ましね」


 3の数字の下に立っていた男。醸し出す雰囲気が、ただの人間ではないと雄弁に語っていた。ボードによる上昇をやめ、その正面に着地する。倒さずして上に進むことは出来ないと、頭ではなく身体で理解した。


「ふぅん」


 さしものセラも、余裕が表情から消えた。向き合ってはじめてわかる重圧は、明らかに人間としての枠を超えている。さり気なく放ったセンサー類が数値の異常を補足して警告を表示していた。


「初めまして、ハレ。それともMEC081714と呼んだほうが良いかね?」


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