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Gray Scale Stories  作者: ほむいき
2/5

灰色の青空2


 待ち合わせ場所は四十階の商業階層。約三十メートルある階層をぶち抜きで丸ごとショッピングモールにしてしまったため、日夜多くの人で賑わうスペースだ。一階層に無理やり詰め込まれた六階建ての建物は、機械塔都市バベルにおける唯一の娯楽空間といっても過言ではない。


「待たせたね」


 メリィが走ってやってくる。普段のボディースーツとは違い、随分とおしゃれな格好だ。一方の私はといえば、家にあった適当な服を着てきただけ。スタイルだけでは無く、ファッションを含めた女子力での差をひしひしと感じた。


「今日はどうするの」

「あなたの服を買いに行くつもり、メリィさえよければだけど」


 見つけた時のままゴシックドレスを着ているセラ。昨日と同じ服だ。スカートや袖に着いたフリルは今後の活動には邪魔だし、とにかく目立つ。さらに言えば割といい生地を使っているため、汚れてしまうのももったいない。


「私は構わないよ。かわいい少女の服を買いに行けるなんて」


 この年頃の少女のセンスなんかわからないし、メリィを呼んでおいてよかった。頼んでおけば、それなりに整ったものを用意してくれるだろう。


「わぁーい、新しい服ー!」

「そうね、行きましょうか」


 お昼前を集合時間にしておいて正解だった。さほど混雑をしていない商業階層にある子ども服販売エリアに三人で並んで向かう。セラと手をつないで歩いていると、母親になったかのような不思議な気持ちになる。若干の気恥ずかしさを感じながら、ショッピングモール内を歩く。


「セラは何処にいたのかな」

「うーんとね……えっと……どうしよう」


 確認を求めてこちらを見上げてくる小さな顔。不安そうな表情の少女に、出来るだけ優しく微笑みかけた。思っていることが顔にすぐ出て本当にわかりやすい子だ。


「別にメリィになら言っていいわよ。あなたに関することなら」

「私は狭間にいたの。岩壁に掘られた穴の奥深くでずっと眠っていた。百十二階層のワーカーと呼ばれる人たちに見つけられるまで」

「成程、あの反乱は……ふぅむ、となると私が思っている以上に君の存在というものは大きいということか。なにせ、彼らは私たちが苦戦するほどの戦力を有していたからね」

「ごめんなさい……私が力を貸したせいで……」

「いいや、君が謝ることじゃない。私たちの不甲斐無さが原因だよ。ハレのおかげでほとんど片付いたしね。ニ、三日中には残党の掃除が終わると思うよ。さて、着いたね。早速服を選んであげよう」

 

笑顔のままに、セラはメリィについていった。


「うーん、これもいい。これも似合う。しかしこっちも外せないなぁ……」


 店員が止めに来るほどたくさんの服を並べて、一つ一つをセラに合わせていく。セラはといえば、終始笑顔のまま、着せ替え人形のようにじっとしていた。ゆうに一時間以上を使って、ようやくメリィは三着の服を選んだ。


「全く、随分とかかるのね」

「素がいいからな。どんな服を着せても映える。正直、店ごと買いたいくらいだ」

「やめてよね。いくらお金があっても足りないわ」


 受け取った三着の服に取り付けてあるタグを外し、端末で読み込んだ。即座にバンクから引き落とされた金額を見て、愕然とした。私の持っている服の二倍以上もしている。布面積当たりの単価でみれば、四倍近いだろう。


「こ、こんなものなのね。最近の服っていうのは」

「ん、まぁそうだな。やはり子供服だから結構安い」

「そ、そうね……」


 今まで知らなかった世界の片鱗を見せられた気がした。


「ねぇ、さっそくこれ着たい!」


 セラが指差す服を渡してやると、小走りでドレッサーの中に入っていった。着替えはすぐに終わったようで、元の服をきれいに畳んで出てきた。服装によって子供らしさが強調されて、バベルの日常によく溶け込んでいる。ドレスを着ていた時の異質感は、完全に消えてなくなった。紺色のトップスは腕周りと腰回りに控えめなリボンがついていて、落ち着いた色合いのスキニージーンズとショートブーツ。新しい服は、整った顔立ちときれいな金髪がよく映える。


「うん、流石だな私。かわいいよ、セラちゃん」

「ありがとー、ねぇどうかなハレ」

「とても似合ってて可愛いわ。さ、そろそろいい時間だしご飯に行きましょう」


 昨日晩に分かったことだが、デレは普通に食事をする。人間ベースであればそれも普通なのだが、彼女の体は百パーセント純機械。どんな技術が使われているのか皆目見当がつかないが、少なくともこの機械塔都市では再現不可能だ。


「何処か決めてるのかい。まだなら、最近見つけた店があるんだが」

「あなたに任せるわ。私が選ぶ店に行っても、あまりゆっくり話は出来ないでしょうし」

「君はもう少し食事そのものを楽しんでもいいんじゃないか。味気ない栄養食ばかりでは飽きるだろう」


 私だってキラキラした店で友人とおしゃれな料理を食べてみたいとは思う。だが、あの無理やり着飾ったかのような環境がどうにも落ち着かないのだ。それに一食あたりにかかる費用がとにかく高い。食事にそこまでの費用をつぎ込むくらいなら、一週間制音室にこもった方がよほど有意義だと考えてしまう。

 基本的には、メカニックの方がスイーパーよりも給与は高い。世のスイーパー女性たちは、いったいどこからあの費用を捻出してきているのだろうか。さっぱりわからん。


「そうね、検討しておくわ。それで、お店の場所はどこかしら」

「こっちだ、着いてきてくれ」


 メリィに案内された先にあったのは、穏やかな雰囲気の喫茶店。灰色の鉄骨組建造物が多い機械塔都市には珍しく、丁寧に木目調のペイントがなされている。内観も同様で、ぱっと見は人工木材の建造物だ。そこまでの費用は掛かっていないにしろ、お洒落な女性が好みそうな店造り。私一人なら入るのは難しいだろう。


「メニューも凄いわね」


 最も安いものでさえいつも食べている味気ないレーションの十倍以上する価格帯。必要性は分からないが、メニューをタップして表示された写真は、見た目をよくするために様々な工夫がなされている。本日のおすすめ欄には、鮮度の高いフルーツを盛り合わせたケーキの写真が載っていた。正直頼んでみたい気もしたが、お金が有り余って困っているわけではない。時価とかかれたケーキを注文することはやめておいた。


「ハレっ! 私、これが食べたい」


 セラが選んだのはクリームが乗ったパンケーキ。チョコレートチップが振りかけられている比較的リーズナブルな奴だ。


「んー、そうね。なら、私はこれにしようかな」


 同じパンケーキにドライベリーが振りかけられたものを注文した。メリィは一人やけに大きなハニートーストにして、三人分のドリンクも併せて頼んだ。買った服や最近の流行について話を聞いていると、しばらくして店員が料理を持って来た。

 こんがりと焼かれたパンケーキの甘い香りが食欲を誘う。注文が全員分届いたところで、フォークとナイフを器用に使って取り分けるセラ。どう考えても彼女の口には大きすぎる欠片を一口に放り込んだ。


「ん~~おいひぃ~!」


 次々と切り分けた欠片を口の中に運んでいく。こうしてみていると、人間の子供と何ら変わりがない。手元の紙ナプキンで口元についたままのクリームを拭ってやる。


「はいはい、落ち着いて食べてね」

「それで、新しい部屋の住み心地はどうだ」


 メリィには昨晩、誘いをかける時に現状をいくらか話していた。元々の荷物が少なかったおかげで引っ越し自体は楽に片付いたが、インテリア用品が全く足りない殺風景な部屋はさすがに味気ない。


「思い切ってだいぶ広くしたからね。まだ家具も何もかも足りないわ」

「午後からはその辺を見て回ろうか。どうせ君のことだ。適当な店で揃えるつもりだったのだろう」

「そうね、あまり選ぶのに時間をかける方じゃないし。正直、あまりたくさんのものは必要ないわ。かえって邪魔になるだけ。私の部屋は、ね」


 普段から質素な生活をしてきたおかげか、それなりに貯蓄はある。セラの欲しいもので部屋の内装を揃えるくらいはわけないだろう。昨日出会ったばかりの少女になぜここまで肩入れをしているのか不思議だったが、それを嫌なことだとは全く感じていなかった。むしろ楽しんですらいる自分が可笑しくって、その気恥ずかしさを隠すためにセラの頭を撫でた。


「内装ねぇ、どんな感じにしたいかによるかな。シックなウォールナット調なら二階中央のナッツ。ファンシーなメルヘン調なら二階奥のフェアリレーベル。機能的な家具が欲しいんなら、二階南サイドのデイズ。とまぁ、割と店は別々だな」

「ほんと詳しいわね、誘ってよかったわ」

「なに、ウィンドウショッピングは女子の基本スキルだろ。私はもっぱらオンライン巡り派だけどね」

「セラはどんな部屋にしたいの」

「私はねぇ、ピンクのお部屋にしたいかな! フリルがいっぱいついてて、ふわふわーってしてるやつ」


 セラの理想となった部屋を想像して若干の目眩がしたが、彼女の部屋は好きにさせてあげればいい。となると目指すのはフェアリレーベルか。食事を終えて少し休憩をしてから席を立ちあがった。すっかりメリィに懐いたセラが二人並んで前を歩く。エスカレーターで二階まで移動して、案内板を見ながら施設の奥へと進む。次第に人通りが少なくなっていき辿り着いたのは、目が痛くなるようなピンクのレースカーテンで区切られた空間。フェアリレーベルと書かれた派手な看板が飾られていた。


「可愛い~!」


 店舗の中に飛び込んでいったセラの後を追うように、カーテンをくぐる。派手過ぎて私好みの空間ではない。この色で部屋が飾られることを想像した私の苦い顔を見て、メリィは笑った。


「仕方がないだろう、彼女がそうしたいといったのだから」

「わかってるわよ。別に私の部屋を飾るわけじゃないから好きにすればいいわ」

「ねぇ、ハレ。私これがいいかなぁ」


 少女が指差すのは二人用のベッドに敷かれた薄いピンクのシーツ。現品限りの格安品だ。とはいえ一人用のベッドに置くにはさすがに大きすぎるが。


「これ、二人用よ。あなたの部屋には大きいじゃない」

「んーん、二人で寝るから大丈夫!」


 確かに昨日は同じベッドで寝た。布団は一組しかなかったし、ソファーなんて便利なものはない。シングルゆえにかなり寝苦しく、今日中には彼女用にもう一台買うつもりだったのだが。


「えっと、ダブルベッドでってこと?」

「私はハレと一緒に寝たいな! だって部屋が別々なんて寂しいし」

「うーん……別に問題はないけれど」


 ポケットから端末を取り出して立体映像で部屋のレイアウトを表示する。適当に置いてあった家具類を全て片付けてフラットの状態にした。一応二人暮らしということで、それぞれのパーソナルスペースが取れるようにと2LDKの部屋を選んだが、二人一部屋で寝るとなると残りの部屋の扱いに困る。


「セラ、あなたの部屋リビングでもいいかしら」


 私はどうしても仕事関係の道具や装備をしまっておく部屋がいる。寝室においてもいいのだが、割と危険なものも多い。セラが一緒の部屋に寝るのなら、別の部屋に保管しておきたい。ワンルームに住んでいる間には出てこなかった贅沢な悩みだ。余った一部屋を私が使わせてもらって、その代わりにリビングをセラの自由にさせてあげるのがベターだろう。


「私はそれでいいよ」

「じゃあそのつもりで家具をそろえていきましょ」


 店内にディスプレイされている商品もそうでないものも、カタログデータが存在している。それをコピーして部屋の立体映像の中において採寸を行う。直接巻き尺をもって図らなくてもいいのだから便利なものだ。

 セラの選ぶ派手な家具を出来るだけおとなしめのものに誘導しながら、店内を一通り巡った。結局、私の部屋も含めて見事にピンクに染まった。隣でずっと笑っていたメリィを小突きながら、契約を進めていく。それなりの費用が掛かったが、初期投資としては仕方ない。


「今日はありがとうね。長い間つき合わせちゃって」

「いいよ、どうせ暇だったし。私も楽しかったから」

「また遊ぼうね、メリィお姉ちゃん!」

「うん、家に連れて帰りたい」


 小さな体を包み込むようにして抱きしめるメリィ。こうしていると年の離れた姉妹に見えなくもない。残念ながら現実は違い、怪しい笑みを浮かべたままハグをやめない彼女を引きはがす。こんなにも子供が好きだったとは知らなかった。


「はいはい。また声をかけるわ」

「じゃ、私は帰る。うわさに聞いたんだが、明日からは最深部の護衛任務なんだろ。仕事がんばれよ」

「誰に聞いたのよ。ええ、あなたもね」


 手を振って別れ、エッグに乗り込む。私たちは三十五階層に引っ越しをしたから彼女とは別便だ。階層移動をした後に廊下を歩いていると、小型のメンテナンスマシンに追い抜かされた。


「なにあれ!?」


 目を輝かせるセラ。このままでは家に着くまでにどれだけ質問されることだろうか。適当に端末で確認すると、対応個所はちょうど通り道にあった。


「もう少し歩いたらわかるわ」


 丸っこいロボットの正式名称は、自動制御型都市機構維持機。人間のような丸い頭部に両腕と様々な工具を収納した本体、脚部はホイールで機動性重視。機械塔都市に千台以上配備されているらしいが、人通りの邪魔になるため昼間はあまり稼働していない。子供の背丈くらいしかなく、意外とかわいい見た目をしている。

 メカニックやスイーパーの手を必要としない程小さな補修を自動で行い、都市機能の維持に一役買っている働き者だ。少し歩いた先には、足元注意の看板を中空に表示して水漏れ対処している一機がいた。壁が取り外された廊下の奥に、水道管の補修を済ませた後がある。今は溢れてしまった水を片付けているところだろう。


「凄いのね。あなたは一人で修理さみしくないの」


 少女が隣に立って話しかけるが、返答はない。当然だ。維持機にもAIは搭載されているけれど、対人関係を円滑に行うためではない。ただ淡々と破損個所を自動で突き止めて、最低限の処理を行うだけだ。これで間に合わない場合はスイーパーやメカニックに連絡がされて、対応するようになる。作業をじっと見つめて動かないセラを、後ろから抱き上げようとした。


「っ……!?」

「あ、ごめん。重いよね。大丈夫、自分で歩くよ」


 今は強化スーツを着ていないとはいえ、地面に固定された鉄骨を引き抜こうとしたかのような感覚を得た。身体を半分ほど機械に換装している私と同じくらいはあるだろうか。身長の差を考えれば結構な密度だ。油断していたせいで変に負荷のかかった関節をほぐしながら、一人納得する。


「まぁ、確かに。そういうものよね」


 冷静に考えれば当たり前の話だ。私以上のスペックを持った全身機械の彼女が、私より極端に軽いなんてことはない。むしろこの体重でも軽すぎるくらいだろう。一度背負ったはずなのに、すっかりと忘れていた。


「明日は家具が届くかな」

「一緒に発送してもらうようにしているから、今週末になるわね。明日は私と一緒に見回りの仕事よ」

「ハレと一緒なら、どんな仕事も楽しみだよ私」


 買い物に歩き回ったせいでたまった疲れをシャワーで流す。広くなった風呂場でセラの髪を流してやると、気持ちよさそうに歌っていた。耳にしたことのないリズムだったが、どこか心休まる不思議な曲だ。二人でゆったりと湯船につかった後、適当な食事を済ませて狭いベッドでくっついて眠った。



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