第1話「赤いギターの転校生!」
ただ静かに暮らしい。
それがあたしの望みだった。目立ち過ぎてはいけない。かと言って暗過ぎてもダメだ。程よく友達もいて、程よく明るい。それが一番穏やかな生活を送れるのだ。そんな吉良吉影のような事を考えていたのもあの転校生がやって来るまでだった。
高校生活最初の夏休みが終わり、前日の始業式を終え、本格的に二学期が始まる9月2日。その日は8月から降り続いていた雨がピタリと止んで、底抜けに晴れた日だった。一学期が終わり、高校生活にもすっかり慣れた頃、そいつは現れた。
教室に入ってきた時、彼女は真っ赤なギターを背負っていた。むき出しのギターをだ。普通はギターケースに入れて持ち歩くもんじゃないの?他に荷物は一切なかった。スクバも無しでむき出しの赤いギターを一本背負ってやってきたのだ。そもそも、なんでギターを持って来ている?
一緒に入ってきた担任の藤井も顔が引きつっている。
「えー、今日から皆んなと一緒に勉強する事になった・・・」
とここまで藤井が言ったところで
「轟です!轟響子!よろしく!!」
自ら名乗った!くい気味に!!なんなんだコイツは!
「ここ桜ヶ丘女子の軽音部にはとてつもないバンドがいるって聞いた!あたしもバンドやるつもりだから!ギター!ベース!ドラム!もれなく募集中!!」
バカでかい声でここまで言い終えると、唖然としているクラスメイトの目も気にせずに背中にあったギターをくるりと回転させて正面に持ってくる。制服のポケットからピックを取り出し、今まさにそのギターをかき鳴らそうかって時に担任の藤井が止めに入った。
「と、轟さん。ギターは、今は、やめとこうか」
顔が引きつったまま藤井は転校生の右手を制している。右手を掴まれた転校生は
「ケッ、ノリ悪いっすねぇ〜」
と吐き捨てるように言うと、掴まれていた右手を振り払いピックを再びポケットにしまった。
なんか、とんでもないのが転校生してきた。バンド?まぁギター背負って登場してんだから当然か?いや、当然なのか?
しかし、奇天烈な行動が先行していて気付かなかったが、この転校生かなり可愛いぞ。生まれてこのかた日光になんか当たった事ないんじゃないかってくらい真っ白い肌。洗剤アタックもビックリの驚きの白さだ。髪は定規で書いたのか?ってくらい真っ直ぐなストレートなロングヘア。そして、何よりスタイルがいい。何頭身あるの?ってくらい顔が小さくて、手足がスラッとしてる。カモシカは見たことがないけれど、きっとこう言うのをカモシカのような足って言うのだろう。あたしは美少女には目がないのだ。可愛い女の子を見るのは本当に癒される。しかし、この奇妙な転校生ではいくら可愛くても奇天烈過ぎて癒されることは無さそうだ。
「えー、轟さんの席はね、とりあえず一番後ろに作っておいたからそこに座って」
藤井はそう言いながらその席を指差す。
そして、その席とはあたしの後ろの席だった。
クラス中の視線を一身に浴びながら歩いてくる轟響子はあたしの横を通り過ぎる瞬間、あたしの顔を見て「独特の可愛さ」と呟いた。
独特の可愛さ。
褒められたのだろうか?素直に「可愛い」と言ってくれたら普通に嬉しいんだけど、「独特」が付いているから素直には喜べない気もする。まぁ、可愛いって事には変わりないんだから、良しとしよう。
朝のホームルームの時間は転校生の紹介で終わり、大役を成し遂げた藤井はそそくさと教室を後にした。担任の藤井は今年で34になった女教師だ。最近はほっぺに出来たシミをめちゃくちゃ気にしている。こんなとんでもない子が自分のクラスに転校してきた日にゃシミの数はますます増えそうだな。おつかれ。
あたしの後ろの席に座った轟響子は一時間目の授業が始まるなり爆睡してしまった。一時間目の数学教師服部は転校生などいないかのように淡々と授業を始めた。しかし、転校初日の最初の授業で爆睡ってどんな神経してるんだよこの転校生。
結局、轟響子は昼休みまで寝続けた。昼休みが始まると、ガバッと起きたと思ったら
「あー、お腹すいた」
と言ってお腹をさすっている。
「ねぇ、あんた」
呆然と轟響子を眺めているわたしに話しかけてくる。
「え、あたし?なに?」
無視するもの悪いから一応返事をしてみた。
「あんた、お昼どうするの?お弁当?」
「いや、学食に行こうかと思ってるけど」
この学校の学食は味はあまり美味しくないが、とにかく安い。素うどんなら180円で食べられる。だから、お金を節約したいわたしはよく学食でうどんを食べるのだ。
「なら、連れてってよ」
え、このトンデモ転校生と一緒に学食行くの?目立ちそうでやだなぁ。なんて思っていたら、轟響子はあたしの手を取ってズカズカ歩き出した。いや、アンタが学食の場所知ってんの?
教室を出るなり
「あ、学食ってどっち?」
とか言いながらキョロキョロしている。漫画だったら顔が3つぐらいに描かれているだろう。そんなキョロキョロだ。
「こっち、ついてきて」
そう言って、轟響子を引き連れて学食へ向かった。券売機で食券を買って学食のおばちゃんに渡す。うどんはすぐに出てくるのもいいところだ。轟響子はトンカツ定食を注文したみたいだ。
食堂はすでに多くの生徒がいたが、なんとか2人で座れる席を確保し、横並びでその日のランチが乗ったトレイを置いた。あたしのうどんを見た轟響子が不思議そうな顔をしながら言う。
「あんた、そんだけで足りるの?」
「あ、うん。そんなにお腹空いてないし」
本当はめちゃくちゃお腹空いてるけどな!
「轟さんはめっちゃ食べるね」
と言ったら、くい気味に
「キョウコでいいよ。ところであんた名前は?」
「あ、あたしは蒼井春子」
「春子かー、いい名前じゃん!ハルって呼ぶわ」
ハル!なんか嬉しいかも。実は昔からハルって呼ばれたかったけど、自分からなかなか「ハルって呼んで」って言いづらくて呼ばれた事なかった。
「ハルって呼ばれるの嬉しい。2001年宇宙の旅のHAL9000みたいで!」
と、テンション上がってしまい変な事を口走ってしまった。
「なにそれ?2008年のハルになに?」
「あ、いや2001年。“2001年宇宙の旅”って映画があってその中に出てくる人工知能の名前がHAL9000っていうの」
「へー、そうなんだ。なんかよくわかんないけど、ハルは映画が好きなんだね」
「うん、まぁ好きかな。轟さん、いやキョウコは映画とか観ないの?」
「映画は全く観ないねー。ウチさ、ごく最近まで娯楽が音楽しかなかったのよ」
娯楽が音楽しかない?はてさて。
「それって、つまりテレビを見せてもらえなかった、とか、ネットが禁止されてた、とか?」
うどんをすすりながらたずねる。
「うん、まぁそんな感じ。子供の頃はテレビもネットもない生活だったなー」
なんかめちゃくちゃな子だけど、実はめっちゃ不幸な幼少期を過ごしてたりするのだろうか?今時ネットなしの生活とか考えられないんだけど。
「そ、そうなんだ。なんか、大変だね」
「そーでもないよ。音楽があったから」
あ、なんか目がキラキラしとる。この子本当に音楽が好きなんだ。ガツガツとトンカツを食べてるキョウコの横顔を見ながらそう感じた。
「ハルは音楽はどんなの聴くの?」
やはり聞かれたか。この質問の答えはどう答えれば正解なのかよくわからない。あたしが好きな音楽はお世辞にも日本でバカ売れしてるってわけでもないし、凄く人気があるわけでもないからだ。だから、本当に好きなバンド名なりアーティスト名を答えても相手が知らない可能性が高い。そうなると、なんか会話が盛り上がらないかな、とか心配をしてしまうのだ。しかも、あたしはただ静かに暮らしたいだけの女子高校生だ。いつもなら、それほど好きでもないけど、皆んなが知ってそうなバンドを答えて茶を濁すところ。しかし、キョウコはギターを背負って現れ、音楽以外の娯楽がない環境で育った変な子だ。だったら、本当に好きなバンド名出しちゃっても大丈夫かもしれないぞ。
「んーと、アメリカのバンドなんだけどディアハンターって知ってる?」
恐る恐る聞いてみると、キョウコはトンカツをもぐもぐさせながら表情一つ変えずにこう答えた。
「あー、ディアハンターいいね。ブラッドフォードのアトラスサウンドもいいけど、やっぱりディアハンターのがいいね」
ちなみに、ブラッドフォードというのはディアハンターのギター&ヴォーカルで、アトラスサウンドというのはそのブラッドフォードのソロプロジェクトだ。やっぱりコイツ詳しい。
「うんうん、アトラスサウンドもいいけど、やっばりディアハンターのが好き。キョウコはどんな音楽が好きなの?」
このぶっ飛んだ転校生が好きな音楽に俄然興味が湧いてきた。
「マイブラとかゴッドスピードユーブラックエンペラーとか好きよ。あたしも轟音がかっこいいバンドやりたいんだよねー!」
あー、やっぱりキョウコとは趣味が合いそうだな。なんか変なヤツだけど嬉しいな。
「マイブラはもはや神だよね」
「おっ、ハルわかってんじゃん!」
この後、いかにマイブラは神か、って話でひとしきり盛り上がり、教室へ戻った。
放課後。午後の授業もキョウコは寝続けていた。そんなによくよ寝るな。のび太でももう少し起きてるぞ。
「さー、終わった終わった〜」
キョウコは体を伸ばしながら言う。
「これからが本番よ!」
「本番?」
「そうそう、軽音部見に行かなきゃ」
そうか、この子はバンドがしたいって言ってたし、当然軽音部に入るのかな?
「軽音部の部室ってどこにあるの?案内してよ」
ギターを肩にかけたキョウコは、案内するのが当然だと言わんばかりに聞いてくる。
「うん、いいよ。ついてきて」
あたしも、なぜか案内してあげるのが当然のような気がして、席を立った。
この学校には旧校舎というものがあり、今はその旧校舎にあらゆる部室が入っている。軽音部の部室も旧校舎内にあり、私たちが今いる新校舎から一度外に出なければならない。軽音部の部室が近づいてくると少しづつ音が聴こえてきた。もう、練習してるんだ。
うちの軽音部には凄いバンドがいるらしい。“らしい”というのは、あたしもそのバンドの演奏を観たことないし、聴いたことない。なのになぜ凄いバンドがいるってことを知っているかというと夏休み中にあった“天下一!高校生バンド武闘会”とかいうふざけた名前の大会に出場したそのバンドはなんと全国1位になった。と、昨日の始業式の日に全校生徒の前で発表があったのだ。
このふざけた名前の大会少し気になったから、昨日少し調べてみたのだけれど、名前に反してかなり本格的な大会らしい。まずはネットでバントが演奏している映像を募集。その中から一般投票と審査員表の合計が参加しているエリアの中で上位5組に入ると、地区予選に進める。更にその地区予選で1位になったバンドがそのエリア代表として全国大会へ出場という流れらしい。
そして、今年はエントリーしたバンドが258組と過去最多だったとか。その中で1位になったバンドがうちの学校の軽音部にいるのだ。そりゃスゲー。ってなるわね。
軽音部の部室の前までやってくると完全に演奏している音が聴こえる。オリジナル曲なのか、はたまたあたしの知らない曲なのか。
「おっ、なかなかいい演奏が聴こえてくるじゃん」
そう言うとキョウコは部室のドアを勢いよく開けた。
「たのもーっ!!」
あんたは道場破りか。
突然開いたドア、なんか叫んでるギターを背負った女。演奏中だったバンドは何が起こったのか?といったキョトンとした顔でキョウコの方を見る。バンドの真ん中でギターを弾いていた髪の長いカッコいい系美人が右手を上げると演奏が止まった。
バンドの編成はギター2人にベース、ドラムというシンプルなもの。きっと、今手を上げた子がギター&ヴォーカルなんだろう。
「入部希望者だっちゃ?」
だっちゃ?
カッコいい系美人のギター&ヴォーカルが謎の語尾でキョウコに聞く。
「いや、違う!入部希望者じゃない!!」
え、違うの!?
「じゃあ、なんだっちゃ?」
カッコいい系美人は切れ長の目を更に細くして聞く。また“だっちゃ”を付けて!
そして、キョウコはホントなによ!?なにしにきたのよ?
「いや、全国1位のバンドがどんなもんなのか見せてもらおうかと思ってさ」
そう言うと、なぜかキョウコはニヤリと笑った。
そんなことより“だっちゃ”は気にならんのかあんた。
「あー、見学の人?じゃあ邪魔しないでね。隅っこの方で静かにしてて」
そう言ったのはベースを弾いていたツインテールのロリ顔少女だ。メイドカフェにでもいそうな可愛らしい顔立ち。
「あ、あのぉ〜」
あたしは恐る恐る手を挙げた。
「ん?あー、もう一人いたの。なに?」
ロリっ子ベーシストはあたしの存在に気付いていなかったようだ。
「“だっちゃ”ってなんですか?」
「あぁ、知らない?『うる星やつら』、アリサがいまハマってんの」
ロリっ子ベーシストはそう言うと、チラリとカッコイイ系美人を見た。
「タ、タイトルは聞いたことはあります」
昔流行ったアニメのヒロインが確かそんな喋り方だったっけ。
「質問は以上?じゃあ練習に戻るから邪魔しないでね」
そう言うと演奏を再開するバンドメンバーたち。
先程演奏していた曲を頭からやる。演奏のことは正直よくわからないけど、凄く上手いのは伝わってくる。そして、単純にその音はカッコよかった。
「かっこいいね」
思わず口に出た。その曲の演奏が終わると、キョウコは拍手をしながらバンドに近づいていく。
「さすが、と言いたいところだけど、やっぱ軽いわ。軽音部って感じ」
キョウコの発言にバンドのメンバー全員の視線がキョウコに集まる。明らかに敵対的な視線だ。まぁ、当然だろうけど。
「あんた、何が言いたいの?」
ロリっ子ベーシストはキョウコを睨むような目で見つめながらそう言った。
「あたしの音楽はもっと重い!だから、軽音部には入らない!重音部を作る!」
そう叫ぶと右手を高々と突き上げた。まさに“我が生涯に一片の悔いなし”状態。
さっきまで、キョウコを睨みつけていたメンバーも今やキョトンとしている。
「あんた、面白いっちゃね」
そう言うと、カッコイイ系美人はクスクス笑った。
あぁー、なんか大変なことになりそうだなぁ。トホホ。
(第2話「重・音・部!創設!!」へ続く)