アリスさん、王都を知る1
王都。
それは読んで字の如く、王様が住む都の事だ。
王国の政治、経済、その他諸々の中心である大規模都市で、つまりは首都。
この国の王都は国の北東に位置し、左は帝国、上は商業連合国の国境から近い場所にあって、交易と流通の要所としての役目も引き受けているからやたらめったらにデカイ。
馬鹿デカイ。
そんなにデカイものだから、住んでる人口も馬鹿みたいに多いし、建物も馬鹿みたいに多いし、一口に王都と言っても場所によって全く様相が変わるデカイ街だ。
そんなデカイ王都に、私達はやって来ていた。
無論、目的は王都で年に一度開催されるというお祭り、『皆で騒ごう!(以下略)』通称『王国祭』を旅行がてら見て回ろうというものだ。
裏奴隷の人達を助けたり街を作ったりだとかで当初の予定とズレてしまったけれど、お祭りの観光はしたいというわけで私の魔法を使って皆で来たわけだ。
ソフィア曰く、何でも住民以外が街に入るには厳重な審査が必要なのだそうで、王都なのだから当然それはもうしっかりとしたチェックがされるらしいのだが、何故か今、私達はそんなものを全てすっ飛ばして王城のデカイ会議室みたいな部屋にいた。
お祭りを見に来ただけなのに、お城の会議室にいるだなんて不思議な事もあるもんだ。
私自身お城に住んでいるわけだが、何というか、こう……れっきとした国のお城に入れるなんて普通ならばそうそう無い経験だろう。
普通ならば格式ばった趣に緊張したり、豪華さにテンションが上がったり、恐縮したりなんかするのだろう。
何せお城だ。
しかし如何せん、どうやら私の中の普通の感覚というものはいつの間にかぶっ壊れてしまっていたようで、豪華そうな絨毯が敷かれた床も、豪華そうな調度品が置かれた豪華そうな室内も、高い天井に吊るされたシャンデリアっぽい豪華そうな照明も、それらが醸し出す絢爛で品格のある雰囲気も、特にそれらが何らの感慨を私に抱かせてくれる事は無かった。
ああ〜、本物のお城だな〜。
そんな小学生並の感想しか浮かばない、今の私は悲しい人間なのである。
今の私は特にそう。
お祭りを楽しみにしていたあのワクワクは、ほんの数刻前に何処かへ飛んで行ってしまった。
こんな経験前にもあった気がする。
そしてそんな私に追い打ちをかけるように、今目の前で繰り広げられている光景がより、私の虚無感というか、悟りの心というか、消極性というか、何かそんな心の影に潜んだ無の感情を煽り、「何かもうどうでもいいや」という投げやりな思いにさせるのである。
セチアを抱えて壁際の椅子に大人しく座った私は、目の前で繰り広げられているそれを眺めながら考えていた。
「ですからっ!未知な部分が多すぎるのだと何度も言っているではないですか!!国にとって如何な驚異となり得るかを冷静に見極めるべきあり、本来ならば西大陸諸国連合に至急連絡を取って評議会に相談をこうべきなのです!」
「いやいや、待たれよ若いの。儂が王城の地下機密文書庫で見つけ解読した約3100年前のこの古文書によれば『黒死の破滅龍が世界の崩壊より以前に彼の地より再び目覚めた場合、王国、周辺諸国、並びにフェルビーヌルとカザラハークの血の者の助力の元、現存する12賢者によって即時に再封印されたし』とある」
「何千年も前の文書なんてあてになるものですか!12賢者なんてもういないんですよ!」
「評議会も古文書もあてになるものか!それより帝国に連絡して識者への即時面会を打診しろ!」
「ええい、ゴチャゴチャと!!何が問題だというのかね!!彼女達は王国内の違法組織を壊滅させ、そればかりか大切な王国民であった違法奴隷達を救ってくれたのだぞ!!国の英雄と言っても差し支えない!本当ならば我々が真っ先に取り締まるべき国の闇を、国民でも無い彼女達は何の見返りも求めずに明かしてくれたのだ!!そんな恩人達に対して饗す事もしないだなんて正しく国の恥ではないか!!」
「それについても、あなた方が政治家であるならばもう少し冷静な視点を持つべきだ!犯罪者は司法院がその罪を明らかにし国王が刑罰の決定権を持つ。この国が法治国家である以上、それがどれ程凶悪な犯罪者であっても現行法に従った決着を着けるべきであり、政を担う我々が私刑を肯定するのはおかしいだろう!」
「そもそも、彼女達が件の犯罪者共を処したという証拠はどこにもないでしょう。現状、彼等は失踪中であり手掛かりは何も掴めていない。彼女達が肯定したわけでもなければ、捜査部も軍部も暗部も証拠の一つも見つけられていないのですから」
「いやいや。そもそも神と神の眷属達にこの国の法が通ずるのかね?我々人如きが彼女達に楯突くなど、それこそ傲慢不遜の極みでは無いか。何が御仁らの琴線に触れるのかも分からない以上、防衛だの国益だの話し合っても仕方が無いだろう」
「我々の立場からすれば法を守って頂く事をお願いするしかないだろうな。そもそも人がどうこうできる相手ではないだろう。黒死の龍と真祖と戦乙女だぞ?神と伝説の種族と神の使いを相手に出来る戦力など、我が国だけでは用意出来ない」
「ですから!そのような国家の存亡を危うくさせるような存在を安安と招き入れるのは、私は国防の観点から出来ないと申し上げているのです!」
「何を言っているんだ君は!!それではまるで、彼女達が化け物か何かのようでは無いか!!」
「化け物以上でしょう!!」
「ええい、貴様ッ!!表に出ろ!!」
「まあ、少し落ち着いたらどうかね。今話し合うべきなのは四乙女の皆様が王国祭をご見学なされる為に王都への滞在を許すかどうかであろうが。彼女達は祭りの見学を御所望なのだ。国防だの何だのとうるさいことをいうんじゃあない」
「王都へ入り滞在する為の手続きは問題ないのじゃろう?」
「ヌーヴェル家の招待客という立場で全く問題ありませんな」
「あんたは街を見たのか!?何処もかしこも四乙女一色だ!!そんな所に本人達が来てみろ、街中パニックだぞ!?」
「……と言っても既にそちらにいらっしゃるではないですか。何なら色々とお尋ねしてみればよろしい」
「陛下がお通ししたのだ、何も問題無かろうが」
「ここは王城ですよ!?それも我々が話し合う為の会議室ですよ!?何故このような場所にお通しするのです!」
「陛下にも何か深いお考えがあられるのだろう。アリス様達も我々を見守って下さっておいでだ。有り難いことだ。良いではないか」
「良いわけないでしょう!!」
「ええい、埒が明かん!まずは彼女達が王都に滞在する際に生じる問題点を纒めようではないか!」
「問題しか無いでしょう!」
「貴様その言い草は何だ!!四乙女の皆様に不敬では無いか!!」
「そうだ!この罰当たり共が!」
「あああ!!もう!!話しが進まないじゃないですか!!」
そんな風に。
私、エディルア、ヘデラ、ソフィア、タマちゃんが壁際に並んで椅子に座っている前では、大きな机を囲んでこの国のお偉いさん方が絶賛お話し合いをしているのだ。
次から次へと大声で直前の話をかき消すようにまくし立てあい続けるその様は、会話のドッチボールという表現がよく似合う。
小学生のディベート大会でももう少しきちんとしているだろう。
私達はいったい何を見せられているんだろう……。
私達はお祭りに来たはずなのに何故こんな所でこんなものを見ているんだろう……。
そんな事を思いながら、私はヒートアップしていくおじさん達の話し合いを聞き流して、膝の上で早々に丸くなって寝息を立て始めたセチアの耳をモミモミと悪戯していた。
事の始まりは三時間程前に遡る。
王都に着いた私達は入口にある馬鹿デカイ門に出来た審査待ちの列から少し離れた開けた場所にお行儀良く集まっていた。
どこの世界に行ったって、団体客は他の人達の迷惑にならないように特に気をつけなくてはいけない。
門の受付を待つ人の中には行商人や地元住人もいるから、そんな人達の迷惑にならないようにするのが団体で来た旅行客としてのマナーである。
マナーはとても大事だ。
皆が嫌な気分にならないように心掛ける、なんて素敵な事だろう。
それが、「お祭りに行きたいか?」と聞いて「ハイ!」と手を上げた吸血メイドさんウン百人を引き連れての大所帯であるのだから尚更だ。
……え?
そんな大勢で来ちゃったのかって?
驚くなかれその通り。皆で来ちゃった。
せっかくのお祭りなんだから皆で行きましょうとヘデラが言い出したので、それもそうだ皆で行こうと皆でやって来たのである。
私の時空魔法を使えばチョチョイのチョイ。
今私の後ろに整列して楽しそうにお喋りをしている吸血メイドさん達数百人くらいを連れての瞬間的大移動も余裕で出来てしまう。
とは言え、今の彼女達は皆メイド服姿では無く、私服らしい好き勝手な格好をしているのでメイドさんと呼ぶのは些か違和感を覚えるかもしれない。
そう、今の彼女達はメイド服ではない。
私はこれまでの経験で自分達は兎角目立つ存在なんだと学んだのだ。
ただでさえ目立つ私達が数百人ものメイド軍団を引き連れていようものなら、街の人達からは果たしてどんな風に見えるだろうか。
私なら軽く引いてしまうだろう。
せっかくのお祭りに水をさしてはイケないという良識を持ち合わせている私が、何故か頑なにメイド服以外を着ることに難色を示す彼女達に必死にお願いした功績が今の彼女達の格好である。
そもそも何故彼女達はメイド服を着ているんだろう……。
分からない。
まあ、なにはさておき。
こうして私達は只今行われているだろう筈の手続きが終わるまで、邪魔にならないように行列から離れた端っこの方で待っているわけだ。
何処かからヘデラが取り出した椅子に有り難く座らせてもらった私は、膝の上で尻尾をプラプラさせているセチアと話しながら、時間が経つごとに長くなっていく行列を眺めていた。
お祭り初日という事もあって、まだ朝も早いというのに審査待ちの列は長蛇の如き長さである。
その列に並んでいる殆どが荷台に人を乗せた馬車で、彼等はきっと他の街や村からお祭りを見に来たのだろう。
そう思ってソフィアに聞いてみれば、この世には乗り合い馬車なんていう前世で言う所のバスみたいなもがあるらしく、なる程あれらの幾つかはそれなんだろう。
この世界での移動は馬車が主流であり、街から街への長距離の移動なんて余程特殊な場合を除いた殆どが馬車を用いるというのは以前ソフィアに聞いたお話だ。
つまり私達は余程特殊な部類に入るわけだとおかしく思ったのは記憶に新しい。
馬車の荷台に乗っている人達は押し並べて笑顔であり、順番待ちの列からはワクワクした声色の会話が聞こえてきたり、楽器の音や歌声が聞こえてきたりする所をみるに、皆このお祭りを大層楽しみにして来たんだろう。
何だかこっちまで楽しくなってくる。
馬鹿デカイ街を馬鹿デカくて馬鹿高い石の塀で囲っているせいで外からは石の壁しか見えないが、きっと中はお祭り初日のいい感じの盛り上がりを見せているに違いない。
楽しみは焦らされている程に大きくなるもので、この場所には様々な期待で満ちていた。
遅いなぁ……まだかなぁ……なんて言いながら待っていると、やがて門の方から一人の男の人が慌てた様子で走って来くるのが見えた。
数人の騎士のような格好の人達を引き連れてやって来たその男性は豪華そうな服を着ているにも関わらず全力疾走で私達の元へとやって来くると、荒い息に肩を上下させながら膝に手を付く。
「ゼェ……み、皆様……お待たせしており、ゼェ……ハァ……申し訳無い」
少し窶れた中年男性というどこにでも居そうな風貌の彼は、ソフィアのお父さんことトルガ・ヌーベルさんだ。
先日、街の完成パーティーに招待してから私達のお城に家族で滞在していた彼は、今朝一緒にこの街にやって来てから今まで私達が街へ入ってお祭りを観光する為の手続きを手伝ってくれていた。
娘思いのとても親切で優しいお父さんだ。
「あら、そんなに慌てて走って来なくても良いのに」
「トルガ様、少し失礼致します。お召し物が乱れてしまっておりますよ」
「お、おお……忝ない。ありがとうございます」
「いえいえ」
手続きが終わった事を教えに来てくれたのだろうと思いウキウキした気分で椅子から立ち上がった私だったが、ヘデラに乱れた服を直してもらいながら息を落ち着かせたトルガさんは私達の顔を順に見回すと申し訳なさそうな表情を浮かべた彼を見て、私は何か問題があったのだろうと覚った。
「皆様方……申し訳無いのだが、今から王城の方にお越しいただけないだろうか?我が陛下がお話になりたいと」
「王様が?」
彼の話す内容に驚いた私はつい聞き返してしまったがそれも無理はないだろう。
国の名前に王国とつくくらいだから当然王様が一番偉い人なわけで、トルガさん曰くそんな国の一番偉い人が私達とお話をしたいというのだ。
という事は街に入る為の一応の手続きは上手くいったのだろうが、しかし王様が話したいだなんて一体何だろうか?
何か悪い事でもしたのかな?
……うーん、心当たりが多すぎる。
若しくは黒死の破滅龍や吸血鬼や戦乙女が珍しいから見てみたいとか、そういう事なのかもしれない。そうであって欲しいものだ。
私は「偉い人に呼ばれる」という事に苦手意識を持つ、どこにでもいる小心者の一般JKなのである。
「後、街の様子が些かおかしいようで……何というか……ううむ……」
そして続けざまに少々言葉を詰まらせながらトルガさんはそんな事も言った。
どうも街の様子がおかしいらしい。
お祭りだから普段と様子が違うのは当然だろうとは思ったが、どう説明したものかと唸る彼を見るにどうもそういう事では無い様子である。
「お父様、何かあったのか?」
「いやソフィア、それがな……私の見間違いでなければ、ソフィア達の石像が道に列んでいたり、ソフィア達の姿が壁に描かれていたり、ソフィア達の姿に似た服装をしている者が歩いていたり、と……何というかだな……」
え?
何だろうそれ。
リアデの正義の娘は王都でも人気なんだろうか?びっくりだ。
「……は!?私達というのは他に誰だ!?」
「おおっ!?そ、そうだな……ソフィアと、アリス様とエディルア様……後ヘデラ様だったか……」
「あ……あぁ、あああぁ……」
驚いたようにトルガさんに詰め寄ったソフィアは、彼の返事を聞いて天を仰いだ後に頭を抑えて項垂れた。
どうにも、彼女には心当たりがあるようだ。
何だろう。
良く分からない。
私達の石像とか絵が街中に飾られているというのはどういう事だろうか?
少なくとも私は王都には初めて来る筈なのに、おかしな事もあるもんだ。
「あら、アリスの石像があるの?それは見たいわね。可愛く出来てなければ壊して新しく私が作り直してあげるわ!私が一番可愛くアリスを作れるもの」
「壊すのはダメだよ」
「あら……そうね。なら隣にお手本として作る事にしましょう」
なんて乱暴なお姉さんなんだろう。
たまに忘れそうになる彼女のドラゴンの部分がこれである。
止めておかないときっと本当にやるだろうから質が悪い。
このドラゴンお姉さんは黒くないとどうせ気に入らないのだ。私知ってる。
「何でェ、けったいだあなァ……ご主人様よォ……」
「けったいとは何ですタマちゃん。どうやらあの五人は上手くやっているようですね。素晴らしい事ではないですか」
「おお……そうかい……」
「タマちゃんタマちゃん!タマちゃんはお祭りで何食べる?」
「あぁあぁ、引っぱるんじゃァねえやい」
「ふふふ、仲がよろしいのですね。良い事です」
んん〜……。
五人とは何だろう。
上手くやっているとは何だろう。
分からない私を他所に話す彼女らをみながら、けれども私はこの時一連の情報から、忘れようとしていた……いや、無かった事にしたかった記憶の蓋が持ち上がる音を聞いた気がした。
皆も経験があるだろうか。
脳みその中に住む小人か何かが、それは思い出してはいけないよと頭の後ろの方で警笛を鳴らすのだ。
カンカンカンカンと。
そんな私の後少しで思い出してしまいそうだった何かを遮るように、丁度良くトルガさんに着いてきたらしい四人の騎士さんがガチョンガチョンと音を立ててやって来た。
トルガさんが全力で走って来たものだから、彼らも慌てて追い掛けてきたようだがガチガチに着込んだ鎧姿ではそう早くは走れないのだろう。
重たいだろうし、動きにくそうだ。
けれども息を切らした様子も見せない四人の騎士の内の一人が前に進み出ると、彼は綺麗に直立して言った。
「四乙女の皆様、ようこそお越しくださいました」
そうして、彼等はその場で跪いた。
教会で神像に向かい祈りを捧げる信者のように、膝立ちになり、俯いたまま胸の前で手を組んでいる。
驚く事に、何故か彼らはお祈りを始めたのだ。
行く先々の街で拝まれていたソフィアを見てきた私はその行為自体にさして何か思う事は無かったが、跪く鎧姿の彼らを見ていると何だかとても騎士っぽく無いその様子が少し残念に思えた。
騎士って言ったらもっとこう……剣とか槍を掲げて敬礼するとか、そんなのを想像していたのだ。
スタイリッシュで格好いい騎士の敬礼を見たかった。
そんなどうでもいい私の欲は置いておいて、私は気になった事を丁度隣にいたエディルアに尋ねてみた。
「四乙女ってなに?」
「さあ?何かしら?」
どうやらエディルアも知らないらしく、彼女は腕を組んだまま首を傾げて騎士の人達を眺め、たまに何処か機嫌良さげな笑みを浮かべていた。
何とも感情がよく分からないドラゴンさんだ。
私達の中に四乙女なる人達がいるのか、それとも私達の団体名がそんな名前で通っているのか、はたまたそれで無ければ人違いだろう。
そんな事を考えて私は近くにいる人の顔を見渡した。
ソフィアは顔を両手で覆って益々項垂れているし、トルガさんは困惑した様子でソフィアの肩に手を置いて心配そうに話しかけているし、ヘデラは優しそうな笑顔で頷いているし、エディルアは相変わらず腕を組んだまま頭を傾げているし、タマちゃんは苦笑しながら煙草を咥えて犬耳の女の子と戯れているし、他の吸血鬼の皆は何も知らないらしく怪訝な表情を浮かべていた。
どうやら誰も説明してくれないらしい。
暫く、何かを待つように跪いたままで立ち上がらない騎士の人達を眺めていたが、よく分からないまま置いてけぼりで悲しい私は傍観者になる事に決めて、セチアと遊ぼうと椅子に座りなおした。
そんな時だ。
「それは俺たちがご説明致します」
今度はそんな言葉と共に、颯爽とカラフルな頭の五人組が現れた。
次から次へと何だろう。
何でも良いから早く街に入ってお祭りを見て回りたいのに、中々スムーズに行かないじゃないかと、そんな不満を感じ始めながら何処からともなく現れたその人物達を私は見た。
黒と赤の刺繍が入ったよく分からないデザインの帽子のようなものと、黒と赤の刺繍が入ったよく分からないデザインの白い服と白いズボンに、黒と赤の刺繍が入った白いローブのようなマントのような、よく分からないけど格好良くて綺麗な分厚い布を纏った若めの男の人が五人。
そんな、教会の偉い人が着ていそうな格好をした彼らの顔に、私は何だか見覚えがあった。
ああ。
イケない……忘れていたつもりの記憶が蘇ってきてしまった……。
その戦隊ものみたいなカラフルな髪の毛を見ただけで思い出せてしまう。
何て事だろう……。
彼等はリアデの冒険者ギルドでナンパしてきたSランク冒険者の人達じゃないか。
エディルアとヘデラに洗脳されて何処かへ消えていった、チャラ男さん達じゃないか!
「ご無沙汰しております。アリス様、エディルア様、ソフィア様、ヘデラ様。そして、お連れの皆様も良くぞ起こし下さいました。四乙女教教会長が一人シルク、信者達を代表して感謝を述べさせて頂きます。そして本当ならば我々が皆様をお迎えに上がるのが当然ではございますが、皆様が居られる場所が分からず、挙げ句皆様の到着を事前に察知する事も出来ず、果ては皆様をおもてなしする為の準備に今まで時間がかかってしまい皆様をお待たせする事となってしまいました……この罪、どうか償う為の機会をお与え下さらないでしょうか……」
そんな事を言いながら騎士の人達の前に歩み出てきて跪く赤髪の元ナンパさん。
そんな彼の後ろで並んだ他の四人も恭しく跪いたかと思うと、五人は俯いたまま胸の前で手を組んで拝み始めた。
その姿は正に敬虔な信徒のそれのようであった。
格好も相まってとても様になっているような気がするのは、きっと気のせいだろう。
「何これ……」
思わずついて出た私のそんな唖然とした疑問符も仕方が無いというものだろう。
「あら、良い心がけじゃない!ちゃんと改心したようね、素晴らしいことだわ」
エディルアは彼らを見て嬉しそうな笑みを浮かべていた。
彼女曰く彼らはチャラチャラしたナンパから改心したらしい。
それは良い事だ。
良い事なんだろうが、彼らのあのなんちゃって司祭様みたいな格好は……改心して出家したという事だろうか?
いや、きっとヘデラとエディルアのあの洗脳のせいに違いない。
何故かは分からないが私にはそんな確信があった。
彼らの事を覚えていたらしいセチアが興奮気味に『アリスアリス!あの時の変な人達だよ!』と私に教えてくれるのが微笑ましくてセチアのほっぺをムニムニしながら経緯を見守っていると、ヘデラが彼らの前に歩み出て優しげな、けれども良く通る声で話かけた。
「顔をお上げなさい。あなた達の働きはちゃんと見ていました。アリス様達の素晴らしさを広める為に、とてもよく頑張ってくれていますね」
「ああぁぁ……何と勿体ないお言葉……」
「そんなあなた達をどうして責められましょうか。今宵はお祭りだとお聞きしております。皆様、存分に楽しみ、日々の平穏無事に感謝し、そしてアリス様を讃えましょう。夜を司るかの高貴なるお方はここに、同胞よ、恵みと祝福は今ここに。アリス様万歳!」
「アリス様万歳!ヘデラ様万歳!エディルア様万歳!ソフィア様万歳!」
「アリス様万歳!ヘデラ様万歳!エディルア様万歳!ソフィア様万歳!」
「アリス様万歳!ヘデラ様万歳!エディルア様万歳!ソフィア様万歳!」
「アリス様万歳!ヘデラ様万歳!エディルア様万歳!ソフィア様万歳!」
ヘデラの声で顔を上げた元ナンパさん達は目に涙を浮かべながら大変良い笑顔で万歳し、騎士の人達もそれに習って鎧をガチョガチョ言わせながら万歳を始めた。
そうして私が唐突に始まった彼らの不可解な行動に呆気にとられている内に、気がつけば周りには人が集まり初め、やがて門前の広場を埋め尽くす大勢の人達による万歳コールが巻き起こっていた。
いつの間に、いったい何処から集まって来たんだろうか、人間も獣人もエルフも老若男女様々な人達が私達の名前を叫びながら万歳をしている。
控えめに言って、ドン引きだ。
「素晴らしいわ!ようやくアリスの素晴らしさが世界に認められたようね!」
「ええ、ええ、その通りでございますエディルア様。大変素晴らしゅうございます」
嬉しそうに笑うエディルアとヘデラを他所に、私はもう恥ずかしいやら、わけが分からないやら、お祭りに早く行きたいやらで今すぐにここから逃げ出したい気持ちで一杯だった。
何をどうしてどうなればこんな事になると言うのか。
この街の人達は頭がおかしいんじゃないのか。
そんな馬鹿げた光景から目を背ける為に、私は『凄い!凄い!人がいっぱいだよ!』なんて言いながら尻尾をプラプラしている可愛いセチア君の背中に顔を押し付けた。
「おいおい、アリス様よォ……いつから宗教なんて沙羅臭ェもんをおっ初めたんでえ……?」
「…………」
そんな事を言われてフワフワの毛の間からちらりと顔を上げて、表情を引つらせたタマちゃんの背中に張り付いてる犬耳の女の子が満面の笑みで万歳コールをしているのを見た時、私は言葉が無いという言葉の意味を初めて知った気がした。