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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、都に行く
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side.ルクタイール 少女は指のささくれをちぎり取るか4

私事でゴタゴタが続き、長い間手つかずでいました。

その間も感想、ブックマーク、レビューなど頂きましてありがとうございます。

リハビリを兼ねて不定期かつ遅筆にはなりますが、投稿を再開したいと思いますので、気が向いたら読みに来てくれると嬉しいです。


「ははは、主人は馬鹿だなぁ」


そう言って、私──ルル・カジャラ・マギネロシムは紅い液体が入ったボトルを咥えて一気に呷った。



私達邪悪なる者達がこの世界の地上に呼び出されたのは今より6時間程前の事だ。


主人である黒死の破滅龍が絶賛執心中の真祖の姫と共に国だか街だかを作ったらしく、そんな主人に『住人が少ないからお前たちが住人になれ』なんていう、トンデモ理由で気まぐれに召喚されたのだ。

数千年ぶりに地上へ呼び出されたかと思えばそんな気の抜けた事を言われたものだから、私を含めた邪悪なる者達は皆不満気だった。

だって私達はこの世界の深淵に住まい深淵を管理する者達であるからして、決して新しく作った国だか街だかの住人の嵩増し要員ではないのである。


光に対する闇、正に対する負、清に対する汚、禍々しく悍しい、この世に不必要な暗黒部分全てを投げ捨てて蓄積させて腐らせる為のゴミ置き場に住み、そこのゴミを管理をする種族が私達。

世界が正しく在る為に、問題のあるものを深淵へと引き摺りこむのが私達が主人に遣わされる際の役目であり、主人程では無いが、地上にとって甚も悍しい存在なのである。

とてもヤバい奴らなのである。


だというのに、そんな私達を呼び出しておきながら言うにことかいて地上に国を作ったからそこで他の者達と仲良く暮らせだなんて馬鹿にしているのかと、いくら仕える身とてちょっとした小言の一つでも言ってやりたくなったものだが、しかし、此処と此処に居る者達を見てそんな不満や小言は直ぐに霧散した。


ドッヒェー!なにこれ超面白いじゃん!と。


私以外の皆もきっと同様の思いだっただろう。

主人の封印を解いたらしい真祖の姫も、その従者も、眷属達も、この場の奇天烈な街並みも全てが面白い。

地上でこれ程面白いものが見れるとは思ってもみなかった。

地上なんて糞程にしょうもない場所だと思っていたが、いやぁ、何事も直接己の目で見てみなければ分からないものだ……。


と、そんな数刻前の事を思い出して機嫌良く喉を鳴らしながら禄に味わいもせずに紅い酒を嚥下していると、渋くて酸っぱくて仄かに甘い香りがスゥッと鼻の奥を痺れさせた。

美味いような、不味いような、ワインの味としか形容しがたい味。

こちらのワインは格別に不味いと聞いていたが、やっぱり私にはちっとも違いが分からない。


以前その事を教えてくれた友人に同じ事を言った時は『違いを識ろうとしないお前には当然だ』と呆れ顔で言われたが、確かにそうかも知れない。

違いを知るというのは難しい事だ。

私にはそれが重要な事だとは思えないのである。

細々とした何かをいちいち区別するなんて面倒くさいし、そんなつまらないものに気を使って拘る程私は神経質ではない。

酒は酔えて美味しければそれで良いでは無いか。

全てが同じだとは言わないが、そこに違いを見出す事になんの価値があるのか私には分からないのである。


畢竟、私は万物に対しての博愛主義者なのだ。


酒に留まらず、あっちが良いこっちは悪いなんて己が勝手に違いを与えるのは傲慢というものだろう。

全てに怠惰な私には傲慢なんて性にあわないのだ。

不味いと言われたワインが可哀想ではないか。


「ちょっと、行儀悪いわよ……」


だから、私の隣に座っている人間の女が脇腹を小突きながら注意して来ても、私は咥えたボトルから中身を喉に流し込むのを止めはしない。

酒の飲み方に違いなんてあるものか。

楽しく美味しく飲めるなら何でも良いではないか。

何せ今の私はとても機嫌が良いから格別に美味しく飲める。

祝の席で正に無粋というものではないか。


……そうだ。

私が今体験しているこの味と香りと舌触りを彼女と共有するのはどうだろうか。

地上で暮らしていた彼女にはきっと違いが分かるに違いないから、私が飲んで感じた感想と彼女が飲んで感じた感想を比べれば、このワインの味がもっと良く知れるかもしれない。

彼女の機嫌も良くなり皆ハッピーだ。


「う〜ん〜〜♪」


「……ちょ!何何!?なんで顔を近づけてくんのよっ!!」


私がワインを口に含んだまま彼女の顔に近づければ、彼女は真っ赤にした顔を左右に振って私の肩を手で押し止めた。


「んひんふふ〜〜♪」


「いっ……いらないっ!!いらないから!」


ふふふ、シャイな娘。

どうやら口移しはお気に召さなかったらしい。

残念だ。



笑いながらグビグビとワインをラッパ呑みにする私を、左隣から苦い表情で眺める彼女は、名前をルクタイール・ゲルドというらしい。

茶色の髪を肩口まで伸ばした人間の女だ。

19歳にしては大人びた雰囲気の彼女は私が最初に出会った吸血鬼達の一人だが、仲が良いらしい彼女達六人の中で特に面白い私のお気に入りである。


彼女を含め吸血鬼は皆元違法奴隷であるらしい。

様々な差はあれど、一様にこの世で考えうる限り人として最底辺の悲惨な経験をしてきたらしいが、そんな特殊な境遇故か、吸血鬼になってしまった故の性質的な変容のせいなのか、旗またその両方なのかは分からないが、彼女達は皆どこかしらに何か歪みを持っているようだった。

心的外傷やトラウマとは違う、人格や、精神や、感情や、それよりももっと根源的な部分で彼女達はどうしようもないほど歪んでいた。

取り返しのつかないところまで壊れたものをどれだけ精巧に治した所で元通りのものには戻らないという事だろう。

いくら人外の吸血鬼になろうと彼女達の記憶は残ったままで、決して過去が消えるわけでも無かったものになるわけでも無く、魂と知性を持つ特に精神や感情に依存した生物としての彼女達は、とっくの昔に壊れてしまったままだ。

吸血鬼に変えて魂も中身もそのままというのは真祖のメイドも気が利かないが、彼女の場合それも優しさなのか、彼女の生みの親である姫様に似て利己的で盲目的なハッピーエンドが好みなのだろう。

マイナスな意味では無く、それはとても良い事だと私は思う。

見たくないものは見なくていい。

彼女達はそれを地でいっているのだから大したものだ。


偶然とはいえ、今はちょうど良く現れた私達をどうせなら利用しようという魂胆すら見て取れるのだから、支配者として相応しいと言えるのかもしれない。

集団に突然放り込まれて仲良くしろだなんて普通ならば気分の良いものでは無いのだろうが、しかし如何せん私達はこの手の歪んだものが大好きである。

悍しい怪物らしく混沌を好む邪悪なる者達はこぞってここの吸血鬼達と仲良くすることだろう。

これからどんな面白い事が起こるだろうかとにんまりしながら大人しく利用されるのだ。

素晴らしい。win-winである。

そんな訳で今の私は特に機嫌が良いわけだ。



「ふんふふ〜ん♪私タマちゃんの所に行ってくるー!!」


ジュースの入ったカップに啜りつきながら上機嫌で鼻歌を歌っていたアドマリアヌという獣人の少女が勢い良く席から立ち上がった。

彼女は私の二番目のお気に入りだ。

かわいいけも耳の幼女である。


そう言えば祝会でタマちゃんに会えるかもしれないなんて事を話していたが、どうやらそれを余程楽しみにしていたらしい彼女はニッコニコの表情でくるりと身を翻すと鼻歌交じりに駆けていった。

オレンジジュースが入ったコップを両手で抱えながら駆けていく彼女の後ろを「あ、ちょっとマリン!もう……私ついて行ってきますね」と、ララノアと言うバブみを感じさせる巨乳エルフが急ぎ足で追いかけていく。


「マリンー!ジュース持ったまま走ったら危ないでしょう!」


「大丈夫だもーん!」


なんて事を大声で言い合っているものだから、そんな二人が微笑ましくて笑ってしまう。

どうだ、これが萌えだ。

おねロリ……いや、ママロリだ。


「ふふ、まるでお母さんね」


「同感」


「さて、ボク達も楽しもうか」


「ふふふ、今日は飲むわ!」



美味しい料理を食べて、美味しいお酒を飲んで、彼女達は談笑する。


左右の屋台では様々な料理が用意され、美味しそうな匂いが辺りに漂っていた。

ステージではタマちゃん主催のカラオケ大会が開かれ、その隣ではレパミドレシュファリー・エンデルテミュールがよく分からない大きな我楽多を披露している。


飲んでいたボトルが空になったので、私は違うラベルのワインボトルを手に取った。

褐色のビンに金字で細々と文字が書かれた豪華な紙が貼られているそれは、きっとさっきのよりも高価なやつに違いない。

ワクワクしながらコルク栓を力任せに抜き取ってそのまま口を着けて飲んでみれば、少し違った味がした気がした。




ーーーーーー









ルクタイールが空を見上げれば、宙に浮くランタンの向こうに視界一杯に広がる星空があった。


幸せだ。

とても幸せで、とても楽しい。

友達が沢山できた。

楽しくお喋りができる。

美味しい料理が食べられる。

笑顔でいられる。


少し前では考えられなかったこの幸せは彼女にとってひどく安心するものだった。


彼女が視線を前方に移せば、祝会と称されたお祭り騒ぎは今や飲んだくれ共のどんちゃん騒ぎへと移り変わっていた。

ステージ上ではエディルアが半龍半人形態で暴れまわり、広場の中央ではワインの早飲み対決が開催され、少し離れた場所ではアリスとレミィが超凄い魔法十選を披露しあっている。

その風景も少し前じゃ考えられない夢のように満ち足りたものだった。


その筈だ。


けれど、どうしてだろうか……。

ふとした拍子に少し思考の渦に指先をつければ、彼女の胸中には途端に心地の悪い違和感と喪失感が鎌首をもたげるように顔を表すのだ。

今朝から続く不安定な感情と時折感じた思考が呆けるような感覚が、強く現実の中に不自然な違和感として感じられるようになっていた。


そうしてそれは、ずっと胸のそこに確かにあったモヤモヤとした何かで、今日一日で感じた諸々の違和感の正体であるとルクタイールは気がついた。


きっかけはほんの数分前、テーブルの木のささくれに引っ掛けて指を切った時だ。

痛みを感じない為に反射が起こらず、手を止めないで深く抉ってしまった指を見て、そしてまたたく間に塞がっていく傷口を見て、ルクタイールは狼狽した。


痛みを感じない……。


おかしいと思った。

知っていた筈なのに、そう望んだ筈なのに、不服であったのだ。

それがモヤモヤとした気分の正体なんだと気がついた時、彼女は自身の正気を疑ったが、その感覚は胸の中でより鮮明にフツフツとした歪んだ欲として湧き上がるのを彼女は感じた。


つまりは、彼女は痛みを感じたかったのだ。


「痛みを感じない事」


それこそが彼女の感じる喪失感と違和感で、彼女の歪さの根源であった。


何ともシンプルで、如何とも受け入れ難い不満だ。

吸血鬼になった身体は痛みを感じず、腕をちぎり取られたってまたたく間に再生してしまう。

痛みと苦しみしか無かったあの頃とは違い、今は痛みを感じられないのだ。

そう気がついた時、ルクタイールはいてもたっても居られない気持ちになった。




「どうすればいいんだろ……」


人間気の持ちようだとは言うが、何度も友達との楽しい時間に水を差されればいい加減気が滅入ってしまう。


酔っ払ったリディとルルがハイテンションで騒ぎ出した隙に独り輪から離れ、広場の隅に並んだベンチの一つに腰掛けていたルクタイールは独りごちた。


皆と騒ぐ気分になれず、少し独りになりたくてここに逃げて来てたが、さて、いざどうしたものかと考えてみたものの答えは一向に見つからない。

朝から時折感じていた違和感の正体を知れたのはいいが、それが漠然として且つ驚異的なものであったのでルクタイールは途方に暮れていたのだ。


助けてもらって、与えられた新しい身体が痛みを感じない事が不満だなんて誰かに相談出来るわけもなく、ましてや痛みが欲しくてモヤモヤするだなんて誰かに話そうものならおかしな変態だと思われてしまうに違いない。

ならば一人でどうにか出来るかと言われればどうしようもないのは明白だ。

加えて吸血鬼の身体であるという事が彼女にとって帰属意識の象徴の一つであったのだから、それが殊更彼女の困惑を大きなものとしていた。


痛みを感じたい。


一度そう思ってしまえば欲求が波のように彼女の思考をさらっていく。


「はぁ……何て事だ……」


浅く座って背もたれに凭れれば自然と肺から長く息が漏れた。

おかしな場所にいた期間が長かった為に、自分の頭の何処かが何かおかしな事になっているに違いない。

ルクタイールはそのムズムズとした心地を何か適当な理由をつけて振払おうとするが、なまじ違和感の正体に気がついてしまった故に行き場の無いない衝動にも似た感動を抑えられずにいた。


そうして、ぼうっとした思考のまま彼女は徐に自分の手の甲を抓った。

血色の無い雪のように白い肌は赤くなる事は無く、けれども爪を食い込ませて薄皮を切れば紅い血が滲み出してきた。

やっぱり痛くない。

皮膚を裂いて骨が見えても、抉った肉を千切り取ってみても、痛みを感じることは無い。

痛みを感じたいという欲求は強まるばかりで、それが不満だった。


そうして急速に治っていく手の甲を眺めていた時、不意に後ろから肩を叩かれた。


「お……お嬢ちゃん、ち、ち……ちょっと良いかな……?ふ、ふへへへへ……」


そんな声に驚いて振り返れば背後に真っ黒な人型がいた。

気持ち悪い低トーンで笑うそれは、さっきまでずっと隣でワインをボトルごとガブガブ飲んでいたルルだ。

我に返ったルクタイールはたった今の自分の奇行を思い出して、もしかすると見られていたかもしれないと思い内心焦りを覚えたが、今更どうしようもない。

なぜか焦りを悟られるのが嫌で、指に摘んだままの肉片を見えない場所で魔法を使って消し飛ばしてから、なる丈平然を装い彼女に話かけた。


「何それ気持ち悪いな。何しにきたのよ?」


「急にいなくなるから探しちゃったじゃん。どうしたの?皆と楽しまないの?」


尋ねれば、ルクタイールの隣に腰掛けた彼女は顔を覗き込んできてあざとく首を傾げた。

夜に見る彼女は本当に影そのもので、明るいランタンと月明かりの下でさえ黄金に淡く輝く瞳だけが彼女の存在を主張する唯一の目印のようだ。

至近距離で見る彼女の綺麗なその目にドキリとするが、ルクタイールは至って平然を装った。


「……私はいい。ここから眺めてるから」


いなくなった自分を探していたらしい彼女に少し嬉しく思いつつ、自分の手の甲を抓ってちぎり取るだなんていう狂気的な場面はどうやら見られていなかったようだとルクタイールは胸を撫でおろした。

しかし何故だろうか、彼女を見ると痛みを欲する感情が強くなって、昼間に感じた恋愛にも似た感覚と合わさって少し居心地の悪さを感じた。


「はは〜ん。何や?悩み事か?」


「……まあ、何でも良いじゃん……ちょっと休憩中なのよ。私は……」


「ふーん……さよか」


「……貴女は?私に構って無いで、皆と燥いでくれば良いのに」


「何か悩みがあるんでしょ?聞いたげるよ」


「そんなんじゃないって。それより、ほら……エディルア様が凄い暴れてるわ。見に行ってきたら?」


「私のお悩み相談は凄いぞぉ〜、何でも的確にズバリと解決しちゃうからね」


「あ、見て見て、あっちで色とりどりの火の玉が空で飛び跳ねてる。あれは何かしら?綺麗ね」


「……何だクティ、悩み事かい?どれ、お父さんが相談にのってあげよう」


「……ねえ、話の流れって知ってる?」


「はぁ、なる程。君は話の流れが掴めなくて、他人と上手く会話が出来ないと?」


「それは貴女よ!何?馬鹿にしてるの?」



悟られたくなくて適当に誤魔化したが、もっとマシな言い訳は無かったのかと我ながら呆れてしまう。


本当、彼女の前では調子が狂う。


訳知り顔で放り出した足をバタつかせている彼女を見ていると、道化を演じているようでその実は全てお見通しなんじゃないかと思えてくる。

いや、きっとそうだ。

少なくとも彼女はルクタイール・ゲルドが何かに悩んでいると確信を持っているのだろう。

余程自分が顔に出やすい分かりやすい人物なのか、黙っていなくなったかと思えばこんな所に独りでいたからなのか、旗また彼女が「邪悪なる者達」なんていうよく分からない胡散臭い存在だからかなのかは分からないが、些かならずとも執拗に悩みを訊いてくる彼女の態度からみて、どうにも相談を持ちかけて欲しいらしい。

心配してくれているのだと思えば嬉しいが、それでも話したくない胸の内を探られるような鬱陶しさもあり、ルクタイールは無理にでも話題を変えたかったのだがそうもいかないようだ。

ルクタイールはありがた迷惑だと思いながら観念したように肩を落とした。

今日出会ったばかりだというのに、彼女の他人の懐にズカズカと踏み込んでくるパーソナルな距離感と会話運びの強引さは何なのだろうか。

ルクタイールは少し彼女の事が羨ましいと思った。


「どうにも、君は難しく考え過ぎる癖があるようだね。神経質なんじゃないの?ハゲるよ?」


「別に……そんなんじゃ無いわ」


そう否定してみたものの、図星なのかもしれない。

自身が思い悩み考え過ぎる性格なのだというのは、今日一日で嫌というほど実感していた。


「何でこんなにモヤモヤするんだろ……」


ドキリとした。

こともなげにポツリと呟いたルルのその言葉は、今日ルクタイールが散々思考を巡らせた悩みの種で、その事実にルクタイールは自身の心を見透かされているかのような感覚を覚えたのだ。


やっぱりこのルルという存在は他人の心を読み解けるのでは無いか……。

ルクタイールが驚いてルルの顔を見ると、判りにくい彼女の表情は得意げに笑っているように見えた。


「え……はぁ?……な、なに?」


「まあ何でも分かっちゃう私には君の悩み事なんて分かってるわけだけど」


それは驚異的だ。

最悪だと言っても良い。


「……はぁ?あ、貴女って他人の心が読めるわけ?質が悪いわね……」


ついついそんな悪態が口をついてしまったが、内心はやはりという気分であった。

そんなのズルいでは無いか、そう苦虫をかみ潰した思いでいるルクタイールに、けれどルルはニヤリと笑って言った。


「読めるわけ無いやんけ。適当や」


「はぁ!?何なのよほんとに!……鬱陶しいし胡散臭い存在ね、貴女って」


本当だろうか?

最早このルルという存在を信じられなくなりそうだ。

何が本当で何が偽りなのだろうか。

ルクタイールにとって、彼女という存在はそれ程胡散臭い物になりつつあった。


「人間って奴は面倒臭いね。悩み事なんて無くしちゃえばいいのに」


それは良い。

人間とは斯くも面倒くさい生き物だ。

悩み事なんてなくせられればどれ程楽だろう。


「そうよ、面倒臭いの。元人間だけどね」


「元、ねえ……今も十分人間臭いと思うけど」


「はぁ……私ってばどうしちゃったのかしら……どうしたらいいと思う?」


気がつけば思わずそう尋ねてしまっていた。

自身の悩みの内容なんて説明せずに、もしかすればただ適当で月並みな慰めがほしかったのかもしれない。

このルルという胡散臭い存在に打ち明けて、甘えたかったのかもしれない。



「まあ、そうだな……君のそれは時間が解決してくれる。5月病みたいなもんかな。直ぐに治るさ」


「……何?どういう事よ?」


「いや、勿体ぶっても面倒くさいや。じゃあ、とっておきのアドバイスをあげよう」


然して、まるでルクタイール自身よりも理解しているかのようなその物言いに、最早自分自身がまるで理解出来なくなってきたルクタイールはつい頼ってしまった。

この胡散臭い存在ならば、何か具体的な言葉をくれると思ったのだ。

だから聞いてしまった。


「…………う……い、一応聞きましょうか」


聞かない方が良かった。


「君は無くなってしまった痛みに憧れているらしい」





その瞬間、ルクタイールはルルに掴みかかった。



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