side.ルクタイール 少女は指のささくれをちぎり取るか3
「所で、お嬢さん達はここでお茶会中かな?」
ルクタイールが彼女達の話の輪に加わると、ルルはテーブルに視線を向けながらそう尋ねた。
テラスの真ん中に置かれた白い木製の大きな丸テーブル。
可愛らしいクロスが敷かれたその上には、人数分のティーカップとお菓子が並べられていた。
ざっぱに、けれども行儀よく置かれたその白い陶器製のティーセットは、二日前にララノアがリアデの街で見つけて買ってきたものだ。
それらは静かに、薄いオレンジ色を表面に反射させながら、この場に分かりやすく真新しい人の息遣いを添えていた。
きっともう、飲みかけのお茶は冷めてしまっただろう。
「そうだよ」
ルクタイールが答えれば、ルルは「やっぱり!」と顔を綻ばせる。
細められた金色の瞳の煌きが、まるで夜空に浮かぶ三日月のように綺麗で、近くで見た彼女の優しげなその表情に息を飲んだ。
影のように真っ黒な彼女は、やっぱりこの世のものとは思えない程に異質なのに、けれどもやっぱり生々しく人間的で、あべこべだ。
その歪さが蠱惑的で、魅力的だった。
そこにはアリス達のような人間離れした美しさは無い。
でも、何故だろうか、彼女が安全な存在だと認めてしまえば、途端にひどく心惹かれる何かがあるように思えてくる。
それだけじゃない。
彼女に笑い掛けられると、途端に顔が熱くなり、胸の奥が煩くなる。
まるで、初めて恋心を知った生娘のような気分だった。
出逢ったばかりのルルに恋心を抱いているのだろうか?
……いや、分からない。
この気持ちは一体なんだろうか。
少しの間彼女の笑顔に見惚れていたルクタイールは、何だか恥ずかしくなって視線を反らした。
ジンと沁みる胸の奥に戸惑う。
遅れて熱くなる目の下に当たる風が暖かくて頭までのぼせてしまいそうだ。
何故急に……こんな……。
ルクタイールは自分の気持ちが理解出来ない事に少し苛立ちを感じたが、生まれてから初めて経験するその感情に不快さは無かった。
そうして、照れてしまった誤魔化しに口を開きかけた時。
「ねえねえ、私も仲間に入れてよ。仲良くガールズトークをしながらお茶飲もう」
徐にそう言って、ルルが上目遣いにルクタイールの顔を覗き込んだ。
顔を反らすルクタイールと視線を合せるようにして、彼女は無邪気な笑顔を浮かべる。
その表情にあてられたルクタイールは、仰け反り、どうしようもなく困惑した。
「う゛……あ、あぁ……うん」
どぎまぎと、少し開いた口を微かに動かすルクタイールから漏れたのは、彼女の口からは聞いた事の無いようなぎこち無いものだった。
自分でも笑ってしまいそうな程にぎこち無い。何だこれは。
今自分がどんな顔をしているのかなんて見れたものじゃない。
きっと目は泳ぎ、表情は引き攣っているだろう。
そんなおかしなルクタイールの様子をルルはキョトンと首を傾げて見た。
そして、悪戯な笑みを浮かべると首を傾げたままで顔を近づけてくる。
「んん〜?嫌なんかね?私は仲間に入れてくれんのかね?」
「へ……?あ、い……いや……そ、そんな事は無いわ……!一緒にお茶しましょう!うん!ね!み、皆はどう?」
モゴモゴとした口調ながらも、一気にまくし立てたルクタイールは誤魔化すように他の皆にそう尋ねた。
「勿論ですよ!ご一緒しましょう」
直ぐに上機嫌で諾了を返したララノアは、言うが早いかお茶のおかわりを取ってくると家の方へ駆けて行く。
笑顔で頷く他の四人も反対は無いようで、ルクタイールから離れて彼女達の様子をみたルルは嬉しそうに笑った。
「ふふふ。ワイの美少女ハーレム生活が今始まるで」
「ねえねえ、ルルちゃんこっちおいでよ!一緒に座ろ」
「おお!わぁ〜い!行くぅ〜!」
呑気な返事と騒がしさを残して、ルルはドタドタとテーブルへ楽しげに駆けて行くアドマリアヌの後を追いかけていった。
そんな彼女を見て、騒がしい子供が一人増えたようだと、まだ頬に熱を感じるルクタイールは一つ小さく息をついて微笑んだ。
つくずく変わった人物だとは思うが、彼女の騒がしさも、その独特な空気感も、ルクタイールは嫌いではなかった。
いや、むしろ……なんて。
(ああぁあぁ……!!今日の私、おかしいわ……)
しっかりしろ私!
そう自分の両頬をパチパチと叩く。
全く痛みを感じなくなってしまった身体に慣れない彼女は、そのまま頬を掌で揉みながらテーブルの傍で燥ぐルルとアドマリアヌを見つめた。
「ほらマリンちゃん。お姉ちゃんのお膝においで〜!お座りしましょうね〜」
「わぁい!」
ルルと一緒にぴょんぴょん跳ねて燥ぐアドマリアヌは、どうやら彼女が気に入ったようで、きっと一緒に話せるのが嬉しいのだろう。
さっさと椅子に座ってしまったルルの膝にアドマリアヌが飛び乗ると、二人はワイワイとじゃれ合い始めた。
なんて可愛らしい光景なのだろうか。
騒がしいものだと呆れつつも、出会ったばかりでそんなに仲良くなれるものかと関心してしまう。
ルクタイールが側にいたマチルデ達を見ると、彼女達は苦笑して一様に肩を竦めてみせた。
それがおかしくて四人は顔を見合わせて笑う。
「ああ、ボク達も席に戻ろうか」
「ふふ。ええ、そうね」
「はぁ、驚いて喉が乾いたわ」
ルルの年齢が幾つなのかは知れないが、種族を気にしなければ仲の良い姉妹に見えない事もない。
晴れた青空の下でのティータイム。
そんな情景にお似合いの微笑ましい光景に、ルクタイールの口元が緩んだ。
が、しかし、そんな長閑な平和は長く続かない。
全員がテーブルに戻る頃には大声でエキサイトしはじめたルルを見て、ルクタイールは直ぐに彼女に対する諸々の考えを改める事になった。
「おっほ……!?ぷにっぷにっしとるッ!!幼女のお尻やわっけぇ!!太ももがあまりの歓喜に噎び泣いちょるで……ワイには聞こえる!二足歩行の生物に生まれた事に……ありがとう……ありがとう……ありがとう……」
「お尻?ひょっとして重い?尻尾じゃま?」
「重く無いし邪魔なもんか!!なんならこのモフモフ尻尾は、お姉ちゃんの服の中にしまっておいてあげようね!!ほら、ないな〜い♪」
「んっ……!もう!尻尾の付け根はくすぐったいの!」
「アハーーーッ!!ロリ最高!!ロリ最高!!この娘は私のもんだ!」
ほら、前言撤回だ。
きっと変態なんだろう。
ニヤけた顔でよだれを垂らしながらアドマリアヌの全身を撫で回すルルを見て、自分の席に着いたルクタイールはそう確信した。
「変態ね」
冷めた目でルルを見つめるルクタイールはティーカップを手に取ると、とっくに冷めきった中身を一口飲み込む。
お茶の味の違いなんて分かりはしなかったが、ララノアが淹れたものは冷めていても美味しい。
こんなに美味しいのだからきっと良いお茶に違いないと思いながら飲む彼女の思考停止した適当な意地汚さは、何処かの姫様に通ずるものがあった。
「ははは……マリンが可愛いのは分かるけどね」
「ロリコン」
「だ、駄目ですよっ!マリンはまだ子供なんですから!え……エッチなのは……めっ!」
「変態だわ。危ない人だったんだわ」
顔を赤くして慌てたように叱るララノア以外、呆れた表情で白い目を向けるマチルデ達。
そんな彼女達の反応が不服なようで、ルルは膝に乗せたアドマリアヌを抱きしめながら頬を膨らませた。
「はぁ?何さ何さ、皆して……向こう(お尻)から来たからセーフだろうが!そうやって痴漢冤罪が生まれるんだぞ!フェミニスト面した弱者気取りの利己主義者め!その犯罪者を仕立て上げる考えを改めろ!私はまだ何もしていない!そうだよねー、マリン?」
「ん?ね〜!」
アドマリアヌは呼ばれたから適当に相槌を打つ。
キャッキャと喜ぶ彼女を見て、ルクタイール達は同時に深く息をついた。
「意味分かんないわ……」
「え、エッチなのは駄目ですぅ!」
「……エッチでは無いんじゃない?」
「はは……まあ、マリンが楽しそうだし良いかな」
エッチなのは駄目だと小さく騒ぐララノア以外、誰も変態を本気で止めに入らないのは被害者のアドマリアヌがとても楽しそうにしているからだ。
本人からすれば楽しく戯れているだけ。
ならば何か一線を超えない限りは別に良いんじゃ無いか。
そんな考えである。
「リディも幼女」
「……ユーラ?」
「私の膝に座る?」
「…………遠慮するわ」
彼女達のお茶会は再開された。
一人増えた仲間と共にテーブルを囲み、お茶を飲みながらのんびりと会話を楽しむのだ。
再び訪れたなんて事無い昼下りの時間に、騒がしさが加わった。
早速互いに名乗る程度の簡単な自己紹介をすませたルクタイール達だったが、当然、皆ルルの事が気になるわけで、その会話は彼女への質問が大半であった。
「__________というわけで、どうやら私達は主の気まぐれでここに住む事になったらしいよ。勝手なもんだね」
ここに住むことに至った経緯を手短に話した彼女は皮肉った表情で肩をすくめた。
深淵の底でぐうたらに暮らしていた彼女達は、唐突にエディルアに呼び出されされたかと思うと一方的に今日からここに住めと言われたらしい。
皮肉の一つも言いたくなるのだろう。
そんな彼女の愚痴に、ティーカップを口につけるルクタイールは他人事のように言った。
「へぇ……急な引っ越しで大変ね」
「そうなんだよ〜!……まあ、私達にとって住処なんて問題じゃないし、此処は面白そうだし、別に良いんだけどね」
「ようこそ、歓迎しますよ。この国に住人が増えるのはとても喜ばしい事です」
「まあ、広過ぎるからね。空き家なんてそこら中で有り余ってる」
「それもそうですが、姫様の国がひとつ大きくなりました。これは大いなる一歩と言ってもいいのではないでしょうか!流石は姫様です!」
両手を広げて嬉しそうに言い放つララノアの言葉に、ルクタイールは確かにと頷いた。
住民が増えるという事は即ち国が大きくなると言う事。
バカみたいにデカイ土地に比べれば、この国の住民は少ない。
人が増え、国が豊かになればなる程、国力が増せば増すほど、それはこの国の姫であるアリスの力となる。
きっとアリス達が『邪悪なる者達』を呼び寄せ住まわせる事にしたのも、世界全てを支配する為の第一歩。自分達吸血鬼と肩を並べられるだろう強さを持つルル達を加えたのは、きっと丁度良い下地なんだろう。
素晴らしい。
下準備は整ったと言える。
全ては姫様の筋書きなのだ。
そう考えるルクタイールは、行動の速さと先を見通した深慮に改めて感服したものだが、実際はルルが言う通り、エディルアの単なる気まぐれである。
「なる程。そりゃ良いね」
「因みに貴女達は何人くらいいるのかしら?」
「んん〜……個体数としては600くらいかな?中には常に増えたり減ったりしてる奴もいるから正確には分かんにゃいにゃ〜」
「常に増えたり減ったり……?分からないわ……きっと分裂でもするんだわ……」
「そういうのもいるんだよ、スライムみたいに。気持ち悪いね。私は人間っぽいから分裂したりはしないよ」
「やっぱりよく分からないわ……」
「みんな貴女みたいに変態ばかりなのかしら?」
「変態ちゃうわ!」
「ならよだれ垂らしながらマリンを撫で回すのをやめなさいよ」
いつの世も女子が集まれば姦しいもので、一人増えた所でそれは変わらない。むしろ、より騒がしくなる。
あっという間に自分達の輪の中に溶け込んでしまったルルにルクタイールは関心したが、しばしば飛び出る彼女のよく分からない変態発言には呆れたものだった。
お調子者と言えば良いのか、それとも単なる馬鹿なのか……。
何方にせよ、会話に笑いを添えてくれる彼女をルクタイールは心の何処かで気に入っていた。
甚も呆れた風を装ってはいるが、少なくとも、この数時間で下らない冗談を交わし合う程にはすっかり気を許していたと言っていいし、顔を見合わせて照れる事も無くなった。
きっと長らく世間から隔絶された日々を送っていたせいで生じた、人見知りみたいなものだったんだろう。
とまれ、ルルについて色々と彼女自身に尋ねてはみたものの、彼女達は『世界の深淵』という場所の奥深くに住む、『邪悪なる者達』というこの世界の事をよく知る存在で、エディルアの眷属のようなもので、見た目形は皆バラバラだけど全員同じ種族で、今日からここで暮らすことになった。という程度の事しかルクタイールには分からなかった。
「神と共に世界を滅ぼす、悪魔や天使のような存在だ」とか、「年齢という概念は存在しない。妖精さんみたいなもんだ」とか、「神に逆らおうとすると存在ごと消されてしまう」とか、「死んだら豆粒大の卵になってまた生まれてくる」とか、「本当は別の世界に住んでいる」とか、「性別はバラバラだけど、時によって女だったり、男だったりする。私は女のコだよ」とか、「生殖はしないけど、生殖は大好きだ」とか、「この世界の事なら何でも知っている。ララの今日の下着はフロントに水色のリボンがついた白のヒモ!エッチだねぇ!」とか……。
彼女が話して聞かせてくれた自分語りは、本当なのか冗談なのか、旗またはぐらかしているのか分からないものばかりであったが、それ程に不思議な存在なのだろうと、ルクタイールはとりあえず納得した。
何せ、あの伝説的存在である黒死の龍の眷属なのだ。
ちょっと変わっている程度では済まない、人間には理解の及ばない摩訶不思議な存在なんだろう。
何時であれ楽しい時間というのは直に過ぎてしまうもので、やがて空に浮かぶ雲が薄っすらと赤みを帯びてきた頃、彼女達のお茶会はお開きとなった。
ルクタイール達には夜の祝会の準備があったのだ。
彼女達はパッと片付けを済ませると、一緒に行くと言うルルを連れて祝会が開かれる会場へ向かった。
所で、余りに広いこの国に於いて、しかし長距離の移動はとても簡単だ。
各街の数カ所にアリスが設置した転移のゲートがあり、それを使えば任意のゲートに瞬時に移動できるのだ。
何処にいようとも、何処へ行こうとも十数分もあれば着いてしまう。便利なんてもんじゃない。
その他にも、アリスは生活が便利になるだろうとあらゆる場所に様々な物を設置していた。
上下水道然り、異次元ごみ捨て場然り、街灯然り、トイレ然り、風呂然り、各公共施設然り……。
普通に暮らすだけならばこの国はこの世界のどんな場所よりも快適に暮らせるだろう。
王様レベルの超贅沢をしながら超快適ニート生活だっておくれてしまえるのだから、それらを自分達の為にありったけ用意してくれたアリスに対し吸血鬼達がますます敬愛の念を強く抱いたのは言うまでもない。
彼女達は元から、自分達を救い出してくれた存在であるアリスに対して恩義を感じていたが、そこに吸血鬼に対して生じる真祖の姫のカリスマ性、直接アリスと接して抱いた感情、ヘデラによる教育、などなどにより、今やこの国の吸血鬼達は押し並べてが姫様LOVEであり、姫様が至高であり、姫様が全てであり、姫様の為なら何だってする者達になった。
自由に生きるのは姫様の為。
楽しく暮らすのは姫様の為。
全ては姫様の為。
この国で暮らす中で唯一の基準は「姫様が悲しむか、喜ぶか」それだけなのである。
そんな事はさておき、ゲートのお陰でほんの数分歩いただけで到着した祝会の会場は、初日にルクタイール達が集められたお城の側の湖畔にある大きな空き地だった。
今では色付きのレンガが敷かれた立派な広場になっており、噴水や街灯、色とりどりの花が咲いた綺麗な花壇まで設置され、広さも倍程に広げられている。
ルクタイール達が到着すると様々に飾り付けられた会場には既に多くの吸血メイドがいたが、どうやら大方の準備は終わってしまっているようで、手持ち無沙汰に話している者が殆どだった。
中にはルクタイール達のように、他の『邪悪なる者達』と仲良くなったらしい吸血メイド達が、黒い人や動物や魔物と楽しそうに会話している光景がチラホラと見受けられる。
「あー……殆ど終わっちゃってるみたいね」
「ありゃ、皆仕事が早いな」
「すごーい!すごーい!お祭りみたい!!」
「本当ですね。とても綺麗で楽しそうです」
中央には立派なステージが設営され、沢山のテーブルが置かれた広場の両端には屋台のテントがズラリと並ぶ。色とりどりに飾り付られたその場所を空中に浮かぶ沢山の不思議なランタンが明るく照らし、夕闇の中に独特の高揚的な雰囲気を醸し出していた。
正に「ザ、お祭り!」といった胸踊る光景に、飛び跳ねて燥ぐマリンは勿論の事、他の者達も各者各様に興奮していた。
初めて見るようなその光景にキョロキョロと辺りを見回すルクタイールとて、それは例外では無い。
テンションが上がらぬ筈が無かった。
「さあ、ボク達も準備しようか」
「そうね」
「はい、直ぐに終わらせてしまいましょう」
準備するとは言っても、会場設営と飾り付けが終わってしまっている今、やる事はほぼ無い。
出店をやる者はその準備を、ステージで出し物をやる者はその準備を、自由に、適当に、各々がやりたい事をして、後は各自で料理や飲み物を持ち寄って楽しく飲み食いしましょうと言うのがこの祝会の内容だった。
皆で街の完成を祝い、お祭り騒ぎをするという事以外は特に決まっていないのだ。
そんな事だから、ルクタイール達も用意した食べ物や飲み物を配ったり、他の吸血メイド達と会話したり、出店の準備を手伝ったりしながら、開始までの時間を今か今かと過ごす事となった。
やがて日も落ち、涼しい夜風が虫の鳴き声を連れて来る頃、アリス達が広場にやって来た。
会場にいた者達は押し並べてがその場で跪き、広場の入口から入って来た彼女達に向かって深々と頭を下げる。
真祖の姫アリス。
真祖のメイドヘデラ。
黒死の暗黒龍エディルア。
慈愛と豊穣の戦神乙女ソフィア。
フリフリメイド服のタマちゃん。
そして、彼女達の後ろには、アリスが招待した数人の客人が続く。
ソフィアの家族と元騎士隊
リアデの冒険者数名とギルドマスター
ゲスクズ商会の会長とメイド秘書
12賢者の子孫レパミドレシュファリー・エンデルテミューリュ
アリス達がこれまでで特に仲良くなった、若しくは世話になった者達だった。
静まり返った会場の中、中央のステージ前に用意された一際豪華な三つのテーブル席へと、仕えの吸血メイド達に案内されて彼女達はやがてそれぞれ席に着く。
それに続きステージ中央の床に出来た影からにゅるりと現れたヘデラが澄んだ声を響かせた。
「皆様、席にお座りくださいませ」
その言葉の後に、跪いていた吸血メイドと『邪悪なる者達』は一瞬の間に音も立てず席に着く。
傍から見れば異様な光景だとしか言えないが、この場所ではそれが当たり前なのである。
彼、彼女達は理解しているのだ。
この国の、いや、この世界の頂にいる五人の内の一人。真祖のメイドである彼女の言葉は主の言葉と同義であり絶対。
つまり、言われた事は直ぐに従うべしと。
吸血鬼達は勿論の事、『邪悪なる者達』も。
下手な事をすると後のお仕置きが怖いのである。
「先日までの街づくりと、本日の準備、大変お疲れ様で御座いました。皆様の働きのかいあり、この国は大変立派なものとなりました。アリス様も大変満足されていらっしゃいます」
「さて、皆様の中にはご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、本日この国に新しい仲間が加わりました。エディルア様の眷属、『邪悪なる者達』の皆様でございます。新しい国民、新しい家族として、この機会に皆様交友を深めて頂ければ幸いでございます。共に手を取り、この国を、わたくし達の国を、アリス様の国を、より相応しいものにして参りましょう……それでは、アリス様からもお言葉を頂きたいと思います」
そんなヘデラの言葉の後に、アリスがトコトコと駆けてきてヘデラの側に立つ。
何時ものフリフリドレス姿の彼女の気分良さげなニコニコとした表情に、吸血鬼達はウットリとした吐息を漏らしたり、口に手を当てて悶たり……。
『ルンルンっ』という擬音が浮かんできそうな、我らが姫様の楽しそうなその様子に、会場中がうっすらと騒がしくなる。
当のアリスはけれどもそんな事を気にした様子もなく、ニコニコとした表情で楽しそうに声を上げた。
「皆、ありがとう。お疲れ様。今日は楽しんでね。はい、皆グラス持ってーーー乾杯!」
アリスがグラスを掲げ、次いで乾杯の声が広場一杯に重なり響く。
そこからは一転して、先程までの静けさが嘘のように大歓声の大雨であった。
彼女がステージを降りてからも、会場は歓声と拍手で最高潮の盛り上がりをみせていた。
ルクタイール達も姫様の愛らしい姿に至福を感じながら、掲げたグラスに口をつけた。
ウットリとした心地で誰もいなくなったステージを眺めるルクタイールは、果実酒の注がれたグラスを口に付けたままさっきのアリスの姿を思い出してニヤニヤとする。
会場中がまさに宴会の様相だ。
皆、楽しげに談笑し、飲み交わし、ご馳走を食べる。
そんな中で、次にステージに現れたのはエディルアだった。
彼女は漆黒のドレスを靡かせ優雅に壇上へと歩み、くるりと広場を振り返る。
そうして一度「にーっ」と笑みを見せると、拳を振り上げてテンション高く言い放った。
「いぇーい!皆盛り上がってるわね!!フフッ、今日は超超超特別に、私の真の姿を皆に見せてあげるわ!!超格好いいから惚れちゃっても良いわよ!!」
そう言うや否や、彼女は頭上高くに跳躍し、闇を纏った。
唐突なその行動に何だ何だと皆が注目する中、空中で渦巻く黒紫は次第に膨れ上がり、その中心から溢れ出るようにドロドロとした悍ましさと共にそれは姿を表した。
濃い群青の空に、月明かりを受けて浮かぶ漆黒の龍。
その瞬間、畏怖が会場を支配する。
動く事も、声を上げる事も叶わぬまま、息を呑み、皆突然現れたその死神を見上げる。
黒死の龍にとって、それは余興のつもりだった。
吸血鬼達が頑張っていたので、ほんの労いに超格好いいドラゴンモードの自分の姿を見せてあげたかったのだ。
うわぁ!格好いい!最高!
そんな歓声と盛り上がりを期待して。
だから、彼女は一度大きく「GYAOOOO!!!」と吠えた後に、なる丈仰々しく名乗りを上げる。
「フハハハ!!矮小なる人族共よ、しかと刮目せよ!!この世の遍くに恐怖と死を齎し、世界を破滅へと導く存在!我が名は黒死の破滅龍エディ_____」
恐怖と死の霧を周囲に撒き散らしながら高々と放つそれは、しかしアリスの焦ったような声に掻き消される事になった。
「ああッ!!タマちゃんが息してない!!」
……え?
どこからとも無くそんな魔の抜けた声が聞こえた気がした。
アリスが招待した人間の尽くが、白目を剥いてテーブル上に崩れ落ちていた。
返事が無い。ただの屍のようだ。
ドラゴン形態のエディルアが纏う生物を死に至らしめる霧にあてられたのだ。
当然、ただの人間は瞬時に死ぬ。
「あら、人間とは何とも脆いものですね」
「流石は黒死の龍じゃあ……末恐ろしいえ……」
「レミー様は平気なのですか?」
「ふふん!超凄い魔法使いやんに!」
「ち、父上ぇええ!!母上ぇえええ!!おい、エディルア殿!!は、早く元に戻れぇ!!」
「え、嘘!?ごめんなさい、うっかりしてたわ」
魔の抜けた台詞と共に人型に戻ったエディルアは、けれど悪びれた様子も慌てた様子も見せずに、会場に向かって「ふふん!」と胸をはりながら言うのだった。
「じゃあ皆、後は自由に楽しんでちょうだい!今日は無礼講よ!!」
イェーイ!と言ってステージからはけていくエディルア。
気まずい空気が流れる静まり返った会場に、アリス達の心配そうな声が静かに響いていた。
「ソフィアどうにかなりそう?」
「……ああ、大丈夫そうだ。良かった」
「もうっ!エディルアのあんぽんたん!」
「何よ。こんなに弱っちいのが悪いんだわ。ほら皆、こっちは大丈夫よ!自由に燥ぎなさい」
「「「「わ……わーい!!」」」」
エディルアに言われ無理矢理に再開した宴会は、倒れていた招待客をソフィアが回復させた頃には次第に活気を取り戻した。
お祭りは続く。