アリスさん、英雄達と支離滅裂を知る
私とエディルアとセチアがお昼寝している間に、ヘデラ達が犯罪者集団を壊滅させてきたらしい。
あーはん?
いきなり何言ってるんだろう?
私もそう思う。
軽トラの荷台で仲良く川の字になってお昼寝していた私達を起こしに来たヘデラの分身さんにそう言われた時は私もそう思った。
寝起きドッキリかな?
と。
しかし、何とそれがドッキリでも何でも無い、ただの事後報告なのだと言うのだから、世の中何がドッキリなのか分からなくなってくる。
そんな彼女の報告曰く、何でも、私がエターナルアポカリプティック空間にぶち込んだミノムシのお仲間達を、ヘデラ達三人がぶちのめして来たらしいのだ。
私達がお昼寝している間に。
それも、盗賊団や商人、果てはお貴族様まで、王国中の裏奴隷関係のよろしくない人達を漏れなく全員である。
びっくりだ。
微睡みに後ろ髪をひかれる心地よい眠気も一瞬にして吹き飛んだ。
生半可な眠気覚ましでは無い。
どちらにしろ、確かに私にとってそれは寝起きドッキリ以外の何物でも無かったのだ。
どこの世界に、寝起きざまに「アリス様、お休みの所失礼いたします。たった今、犯罪集団を壊滅させて来ましたのでご報告にあがりました」なんて事を報告される人がいるだろう……。
なんとびっくり、ここにいる。
そしてクズ集団を一人残らずぶっ潰した彼女達は、そこに捕まっていた裏奴隷の人達を開放し、中でも帰る場所が無かったり、頼れる知り合いや親族がいない人達を連れて、無事に帰って来たらしい。
端的に言えば、悪を滅ぼし、捕われて理不尽な扱いを受けていた人達を助け出した。
そんな英雄譚的活躍を、ヘデラ達はほんの数時間の間にやってのけたというのだ。
そんな事のあらまし程度の簡単な事後報告を軽ーい感じで聞いた私はとても感激した。
何て格好いいんだろう。と。
良かった、良くやった、凄い凄い超凄い、もう最高。と。
良く分からない感じで森の中へと消えていったと思っていたのに、犯罪組織集団を数人で壊滅させるなんて、まるでアメリカ映画みたいな事をしていたなんて、何か、超格好いいじゃないか。
私も仲間に入れてほしかった。
私はシュワちゃんとかセガールとか大好きなのである。
ほんの数秒話しただけで大嫌いになったミノムシのお仲間達をお仕置きしてきたとあって、私は何だか心が晴れた気分でもあった。
人の心を忘れたどうしようもないクズには滅びがお似合いだ。
何故私も誘ってくれなかったのかと文句を言いたいくらい、私はあいつらが大嫌いなのだ。
思い出しただけでも吐き気がする。
結局、タマちゃんに言われた見張りの役目も早々に必要無くなってしまったし、それならそうと言ってくれれば、途中からでも参戦したのに……。
……というか、「三人にはヒミツ」なんて特に何も考えずにエディルアには言ったが、見張っていた筈の盗賊達が跡形も無く消えて、その隣で私達が昼寝なんてしているわけだから、ヒミツも何もあったものではない。
色々と問題外であり、色々と問題だと今気が付いた。
その事に何一つ触れないヘデラは、やはり何か気がついているに違いない。
いつもの良く分からないメイドパワーとかで、分かってしまうに違いない。
基、そんなヘデラ達三人が、無理矢理奴隷にされていた人達を連れて家に帰っているというので、私達も一度我が家のお城に帰る事にしたのであった。
私の魔法でひとっ飛びだ。
さて、そこまでは良かった。
この国が一つ平和になった。
それは万歳三唱して喜ぼう。
世の為人の為、素晴らしい事だと言える。
尊敬、喜び、称賛、溢れんばかりの気持ちで一杯である。
これが英雄達の凱旋と言うやつだ。
拍手と賛辞の準備は万端。
ヘデラはとても褒めてあげよう。
何せ私は彼女のお母さんのような存在。
褒めて伸ばすタイプな私は、彼女の頭を撫でて、良くやったと笑いかけてあげるべきなのである。
そして、無理矢理奴隷にされていた人達は暖かく迎え入れてあげよう。
彼女達は何も悪い事はしていないのだ。
酷い目にあった上に、帰る場所も、頼れる人もいないなんて人がいれば優しく手を差し伸べて当然。
何か助けがいるなら、出来るだけ力になってあげたい。
なんて、ワクワクドキドキ思っていたのも束の間、ここからが問題だった。
何だかとても良い気分の私が、分身ヘデラに連れられて湖の岸辺の広場まで来てみれば、果たして、そこは大勢の銀髪赤眼のメイドさんで埋め尽くされていた。
びっしりだ。
うじゃうじゃいるのだ。
何度瞬きしても、眼を擦ってみても、頬を抓ってみても、その光景が変わる事が無い所を見るに、私の頭がおかしくなったわけで無ければ、どうやらこれは驚く事に現実の光景らしい。
薄暗くなり、辺りに聞こえる虫の鳴き声が何だか心地よい蒼い湖の畔。
そこにズラッと整列した知らない沢山の女の人達。
その数、何と1500人くらい。
兎に角多いし、何故か皆メイドさんだし、何だか皆吸血鬼になっちゃってる気がするし、ちょっとわけが分からない。
更に、呆気にとられつつ近づく私に気が付いた彼女達は、何故か一斉に跪き声を揃えて言ったのだ。
『偉大なる我らが真祖の姫アリス様、お会いで来て光栄の至で御座います』
とかなんとか。
私の驚きが分かるだろうか。
何だろうこれは……。
ドッキリというか、とんだびっくりサプライズというか、一言ではなかなか表現出来ないものがある。
私のお馬鹿な脳ミソではキャパシティが足りずに、何故こんな事になっているのかが理解出来ない事態に直面しているのだ。
わけが分からない私は、そんなメイド集団を見て満足そうな笑みを浮かべながら近くにやって来たヘデラさんに訊ねた。
「何これ……」
「アリス様。わたくしは常々思っていた事がございます」
すると、いつもの優しい微笑みを浮かべた彼女から、何処か神妙な雰囲気を感じさせる声色でそんな答えが帰ってきた。
おかしいな……。
会話のキャッチボールが成り立っていないぞ……。
そう思った私だったが、しかし、とりあえずは彼女の話を聞こうでは無いかと思い素直に聞き返した。
「……何でしょうか」
と。
すると彼女は目の前の摩訶不思議な光景など忘れさせてくれる程に、もっとわけの分からない事を言い出したのだ。
「アリス様の国が無いというのはいったいどういう事なのでしょうか……?と」
彼女はいったい何を言っているのだろうか。
「…………ホワッツザヘル?」
「アリス様は誇り高き真祖の姫にあらせられます。我らが眷属達を統べ、夜と闇に潜みし遍くを束ねる高貴なる御方。少々こじんまりしてはおりますが、既にお城もございます。しかし、アリス様が治めるべき国が無いのはどうした事でしょう……」
「どうした事でしょうとは?」
「なので国をつくりましょう」
「何言ってるの?」
「ええ、ええ、おっしゃる通りで御座います。国を一つ作る程度、この世で最も偉大な御方であられるアリス様にとっては当たり前の事。ひいてはこの大陸、この世界全てを支配するべき御方で御座いますれば、その程度の事……と思われるのも無理はありません」
「聞こえてる?ヘデラ?」
「しかし、アリス様は何も御心配する事はございません。アリス様はわたくし達の偉大なる姫様で御座います。全てわたくし達に任せて、アリス様はドシンとお構えになられていて下されば宜しいのです。すぐにでもこの大陸を我らが手中に収めてみせましょう。まずはその為の準備としまして、アリス様に忠誠を誓い、仕える民、我らが誇り高き高潔なる血族に仲間入りを果たした選ばれし者達を連れて参りました」
「何言ってるの……」
「彼女達が、国民第一号です」
満面の笑みを浮かべるヘデラはそう言って、ズラッと並んだメイド集団を手の平で指した。
国民第一号……。
彼女達が。
どうしよう?
話が通じない上に、言ってる事が何一つ分からない。
国を作る?
彼女達が国民?
ハッハー……ザーズモイ……。
何てこったい。
ヘデラの頭がおかしくなってしまった。
「エディルアどうしよう……ヘデラがおかしくなった……」
隣にいた頼れる我らがドランゴンお姉さんに私が助けを求めると、何故かワクワクしたテンションで彼女は言った。
「良いわね!アリスの国、作りましょうよ!」
「え……嘘でしょ……」
どうやらエディルアも国を作りたいらしい。
二人共頭は大丈夫だろうか?
何か良くない物でも拾って食べたんじゃないだろうか?
「人間には人間の国があるし、獣人には獣人の国があるんだから吸血鬼の国があってもおかしくないわ。それにアリスはお姫様なんだからアリスの国があって当然よ。むしろ、お姫様なのに国が無いなんておかしいわ。というわけで、アリスの国作りましょう!アリスがお姫様で、私が王様ね」
「そんな事が……」
そんな事があるのか……?
私がお姫様で、エディルアが王様?
何言ってんだ?
私の国なんてものがあってたまるものか。
私はお姫様らしいが、お姫様では無いのだ。
そう、私はお姫様では無いが、でもお姫様な私が国を作るのは当然だと二人は言っていて、確かに、お姫様ならお姫様の国があるのは分かるが…………ちょっとわけが分からない。
ヘデラが何処からか連れてきたこの1500人くらいの吸血鬼のメイドさん達が国民らしくて、私も吸血鬼の国はあってもいいような気はするけど、でも私は国なんていらないし、でもでも、私は吸血鬼のお姫様らしいから吸血鬼の国を作ったら私がお姫様になると言う事で……でも、私はお姫様では無いし……第一に、国を作るってどうやって作るかも分からないし……そもそもこのメイドさん達が誰なのかも分からないし…………もう分からない。
何だこれ……。
わけが分からないな。
……そうだ。
エディルアはドランゴンだから当てにならない。
そう言う事にして、他の人に相談しよう。
そう思った私が、しかして、誰か他の人に助けを求めようとした時、なんだか私の名前を呼ぶような声が聞こえた気がした。
「う゛ぅ……ア……アリジュどのぉぉ……」
と。
聞き覚えのある声だ。
そして、アリジュどのぉ、とはきっと私の事だろう。
そんなズルズルの鼻声に振り返れば、何故か号泣しているソフィアがいた。
涙でグチャグチャになった顔で私を見る彼女は、悲しんでいるんだか笑っているんだか、何だか良く分からない表情でヨロヨロとした足取りで近づいて来くる。
うえ……ッうぐ……ッおえ……ッ、と嗚咽を漏らしながら近づいてくる彼女を見て、私は思わず後退ってしまった。
涙と鼻水でグチャグチャのボロボロだ……酷い……いったい彼女に何があったというのか……。
……しかし、次から次へと、今日はいったい何なんだろう。
この世界は、何故こうも唐突で突拍子の無い事ばかりが起こるんだろう。
今日は特に酷い。
軽トラで人攫いの盗賊を轢き殺した事に始まり……なんやかんやあって今のヘデラとソフィアとメイドさん達だ……。
皆どうしてしまったんだろう……。
これが厄日というやつだろうか……。
「……何で泣いてるの?」
とまれ、ソフィアはどうしたんだろうかと思い私が訊ねると、彼女は泣き声を上げながら飛び付いてきた。
何と、飛び付いて来たのだ。
「ゔ゛ぁぁ……あああん……!アリジュどのぉお……!!」
そんな声を上げながら。
とっさに抱えていたセチアを避けたせいで、がら空きになった私の鳩尾にタックルをかますように、手を回して抱きついてくる彼女。
きっと私が真祖で無ければ吹き飛ばされて死んでしまっていただろう。
否、死にはしないかもしれないが、きっと転んでしまった上に鳩尾が死ぬ程痛かっただろう。
真祖で良かった。
そんな、体格差など完全に無視した強烈なタックルをかましながらも、彼女はわんわん泣きながら私のお腹に顔を埋めた。
一体何なんだろう……。
分からない……。
分からないが、こんなソフィアは始めて見る。
えぐっえぐっ……と、嗚咽を漏らしながら私のお腹にしがみついて泣く彼女。
その様子を見下ろすように見ていると、何だかとても可愛く思えて来た。
何だろう……。
分からないが、こう……守ってあげたくなると言うか……。
もしかするとこれが母性と言うものなのかもしれない。
わけが分からない上に、わけが分からないし、もうわけが分からないので、セチアを頭の上に避難させた私は、とりあえずソフィアの頭を撫でてあげる事にした。
『泣いている女の子は、とりあえず頭を撫でてあげて優しい言葉を投げかけてあげれば全部まるっと上手くいく』と以前雑誌で読んだ事がある。
きっと嫌な気分にはならないだろう。
私も多分嫌な気分にはならないと思う。
そして、何故か頭を撫でてあげなくてはいけないような気分なのだ。
そんな気がする。
なので私は実践してみる事にしたのだった。
良くやった。
良く分からないけど、もう大丈夫だから安心してね。
そんな思いを込めながら。
「よしよ〜し、ソフィアは偉いね。もう大丈夫、怖くないよ」
ソフィアの綺麗な金髪を優しく撫でると、サラサラと心地よい感触がした。
暖かくて、丸くて、少し硬くて、髪はサラサラと滑らかだ。
何だか、えも言われぬ感覚……。
私のお腹に顔を埋めるソフィアが、もっと可愛く見える。
私は良くエディルアに撫でられているけれど、彼女もこんな気持ちなんだろうか……。
「ほわァァ……!そ……そうでは無いのだぁ」
私が撫でていると、お腹に顔を押し付けたままのソフィアがそんな声を上げた。
そうでは無かったらしい。
けれど、逃げたり、頭を背けたりしない所を見るに、きっと嫌では無いんだろうと思い、私はソフィアの頭を撫で続ける。
「ああっ、ソフィア様……っ!なんと羨ましい……!」
何と……ヘデラが羨ましがっている。
彼女も頭を撫でられたいのだろうか……。
そう言えば、彼女のお母さん的な存在である私は彼女を褒めて頭を撫でてあげる予定だった。
そう思い出した私はヘデラに近くに来るように言って、もう片方の手で彼女の頭を撫でた。
「ヘデラもよしよし。良く頑張ったね」
「はぁぁ……ッ!感動です……ここが天国なのですね……」
「あら、なら私はアリスを撫でてあげるわ!ほら、よしよ〜し」
『僕も!』
良く分からないが、頭に乗ったセチアとエディルアが私の頭を撫でてくれる。
全く持って良く分からないが、嫌な気分では無い。
「ありがとう」
私は今、頭に乗ったセチアと、背後に立ったエディルアに頭を撫でられながら、抱きついてお腹に顔を埋めるソフィアと、その隣にしゃがんだヘデラの頭を撫でているのだ。
誰かの頭を撫でるのも、誰かに頭を撫でられるのも、嫌な気分では無い。
むしろ何だかとてもいい気分だ。
しかし、今の私達を端から見れば、きっと酷く奇妙に映る事だろう。
そこではたと思う。
私は何をしているんだろう……。
私は何故エディルアとセチアに頭を撫でられながら、ソフィアとヘデラの頭を撫でているんだろう……。と。
分からない。
どうしてこんな事になったんだろう……。
1500人くらいのメイド集団とか、ヘデラの「国を作りましょう」発言とか、号泣するソフィアとか、気になる事が山程あった筈なのに……。
何なんだろう。
この世界は私には分からない事だらけだ。
と、そんな所にタマちゃんがやって来た。
「……何やってんでえ」
そう、呆れたように言う彼と目があう。
何時ものフリフリのメイド服を着た彼は、何時ものように気怠そうな雰囲気を漂わせながら、しかし今の彼は決定的に何時もと違った。
耳と尻尾が生えた女の子のメイドさんが、彼の背中に抱きつくようにくっついているのだ。
「……タマちゃんこそ何やってるの?」
「……離れねえんだ……これが」
遠くを見るような目で、後ろを指しながら苦笑するタマちゃん。
「おわはあぁ……アリス様だぁ……こここ、こんな格好で……ご、ごめんなさい!でも止めないで下さい。私はタマちゃんと仲良くなる為に、くっついていなくてはならないんです!」
タマちゃんの背中にガッシリとしがみつきながら、女の子のメイドさんはそんな事を言う。
タマちゃんと仲良くなる為に、彼女は背中にくっついているらしい。
「……そうなんだ」
そんな月が綺麗な夜の湖岸。
虫の鳴き声が耳に心地良いその場所で、私は頭を撫でながら頭を撫でられる。
何故か「アリス様!アリス様!」と、アリス様コールが始まった1500人くらいのメイド集団を傍目に、私はその日深く考えるのを止める事にした。