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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、都に行く
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アリスさん、夕暮れを知る

「ねえ、レミーちゃんは誰かと一緒に暮らそうとは思わないの?」


そう、取り留めなく訊ねた私に、「フワフワじゃあ〜」と言ってセチアを撫で回していた彼女は不思議そうに首を傾げた。



「ん……?儂か?儂は独りが性に合うとるんじゃあ。こがな身やんに、伴侶を作ろうと考えたことも無いえ。どうしたんじゃ急に?」


「……ずっと独りで、寂しくないのかなって」


「ほおう……!儂の事を思うてくれるかえ!アリスはやさしいのお。可愛えのお。結婚するか?」


「……結婚?」


「ちょっと!それは許さないわよ!アリスは私のものなんだから!」


「そうです!アリス様はわたくしの主様です!そのような事はまずわたくしを通して頂かなくては困ります!」


「お、おお……じょ、冗談じゃあ……」


唐突にエディルアとヘデラに詰め寄られたレミーちゃんは、苦笑する。



何だ何だ。


よく分からないが、私モテモテだ。


嫌な気はしない。




基。



「昔は沢山人が来てたのに、来なくなっちゃったんでしょ?」


私が改めてそう訊ねれば、彼女は驚いた表情を浮かべた後に優しく微笑んだ。


「そりゃあ、仕方の無い事じゃあ……皆、何でも、忘れられていく。変わらんモンなんぞ、この世にはなあんにもありゃあせん。世界は留まらんから面白い……儂もそうじゃあ、こがな見てくれで1121歳なんじゃからの。おかげで、そなたらと出会えた」


「……そっか」


「そうじゃあ。儂は構わんよ。魔道具を作り続けられるだけで満足やんに」



そう言ってレミーちゃんは笑った。



仕方の無い事……。



ずっと長い間、彼女が魔道具を作り続けてきたのは誰かに楽しく遊んで貰うため。


そんな彼女の思いが籠もったこの場所は、いつだって訪れる人を待ってきた。



少なくとも、今日彼女と知り合って、話して、私はそう感じた。




『ようこそ丘の上の素敵なお城へ!どなたでもお気軽にお立ち寄り下さい』


『ようおこし!ご自由にどうぞ!』



そう書かれた看板もこの建物も、きっと目立つように興味を惹くようにと派手に飾られたそれらを見れば、彼女が本当は誰かの訪れを待ち望んでいるのではないかと考えるのはとても容易い。



私達に魔道具を紹介していた時の楽しげな彼女は、とても輝いて見えたから。



けれども、レミーちゃんは何を気にする様子もなく、独りが性に合うと、魔道具を作るだけで満足だと言う。



あべこべだ……。


そんなものなのだろうか?




ともすれば、強がりなのかもしれない。



出会ったばかりの彼女の気持ち全てを理解する事など到底出来ないが、この場所と彼女の事を少し知る事が出来た今、少なくとも私は強くそう思えてならないのだ。



この場所を以前そうだったように、人が訪れる場所にしたいと思うのは、私の的外れで自分よがりなお節介なのだろうか……?




少ししんみりとした心持ちで、私はシーソーの上にブランコ(以下略)の魔道具達が所狭しと置かれた広間を見渡した。



丘の坂道に行列が出来る程、以前は沢山の人が訪れたこの場所は、今はどこにもその面影さえ見つけられない。


それを知らない私には、淋しささえ感じない程に。



それが何だか、私は寂しいのだ。




このハチャメチャでぶっ飛んだ魔道具達も、以前は遊ぶ人がいたのだろう。



いたのだろう……。




……いたのかな?




…………。




改善の余地が山程ある気がするのは、気のせいだろうか……。





「そうだわ!レミーが良ければ、私達の家で一緒に住まない?」



しかして、ちょっぴりしんみりしてしまった会話の流れを経つようにエディルアがそう提案した。



レミーちゃんが私達と一緒に住む。


……おお。


それはとても魅力的。


ナイスアイデアだ。



私のちんまい不老不死仲間で、12賢者の末裔で、超凄い魔法使いで、ユーモア溢れる超凄い魔道具を沢山作る1121歳の可愛いうさぎの女の子。


そして私達の新しいお友達。



彼女がソフィア、タマちゃんに続く、新しい同居人になれば、それはきっと楽しい事だろう。


私は大賛成だ。





世界を旅して回る中、こうして愉快で楽しい同居人候補をスカウトして、増やしていくのも楽しいかもしれない。



前世、友達が少なかった私にとって、こんなにも嬉しい事は無い。


衣食住の何一つとして気にする必要が無い億万長者の私達にとって、お城の住人がいくら増えようが別に構わないのだ。


楽しい暮らしが更に楽しくなるのは大歓迎である。



そう思い、楽しくなってきた私だったが、当のレミーちゃんは少し寂しそうに微笑んで首を横にふった。



「それは超嬉しいお誘いじゃが……儂はここを離れる訳にはいかんに」


と。



ありゃ……振られてしまった……。


残念だが仕方無い。


彼女はどうやらこの場所を離れられたく無いらしい。



「それはどうして?」


「うむ……ちょうどええ。皆、ついて来なしゃんせ。見せたいモンがあるに」



そして、唐突に立ち上がって入口へと歩き始めるレミーちゃん。


私達に見せたいものがあるらしい。



沢山置かれている魔道具の間を縫って進み、軈て大きな鉄扉を難なく押し開く彼女について、私達も建物の外に出た。






どうやら真祖の目には明順応なんて無いらしく、大きな鉄扉を潜った途端に急激に明るくなった私の視界に広がったのは、夕日に照らされたオレンジ色の草原だった。


少し懐かしく感じるテッテッテレテレレー!という音楽が流れるそこは、草も、元は人間らしい石像も、派手な看板も、空に近いその場所にあって、何に遮られる事無く全てが赤く染まっている。


遠くまで見える空は赤と群青の綺麗なグラデーションを描き、ぼんやりとした月と星がやがて来る夜の下準備のように浮かんでいた。



絵に書いたように綺麗な夕暮れ時。




どうやら、気が付かない内に随分時間が経ってしまっていたみたいだ。



「夕焼けね」


「綺麗な空ですね」


「……そう言えば、私達がここに来た目的は、この家の他にもう一つあったな」


「ははあん……なる程。丁度いい時間ってえわけだァ……」



ははあん……レミーちゃんが私達に見せたいものが分かった気がする。



扉の両脇で動かないままのガーゴイルを「今日び、そなたらがただの石像のふりをしてもバレバレじゃぞ」と言ってペチペチ叩いた彼女は、嘗て人間だった石像を傍目に、神秘の水の看板を間を通り抜け、軈て町へと続く坂道の手前で立ち止まった。



そこは昼間に私達が町と海を眺めていた場所。


後ろにいた私達を振り返った彼女に近づくに連れて、その肩越しに赤く輝く海と空に挟まれて欠けてゆく大きな赤と、綺麗な朱に染まった街並みが見えた。


逆光の中で得意げな表情を見せる彼女の側に立ち、その風景を眺めれば、彼女がここを離れたくない理由が自ずと理解出来る気がした。


「おおう、こりゃあ……綺麗だなァ……」


「本当ねえ……」




綺麗だ。



本当に、綺麗な景色だった。


入江の漁港も、そこに止まった漁船も、白壁の建物が連なる入り組んだ町並みも、そこを縫うように通ったレンガ通りの坂道も、全てが赤く、キラキラと眩しく燃えているようだ。


それは私達がここに来た目的でもある、丘の頂上から見える夕焼け。


レストランの店員さんに教えてもらった、この町の見所の一つ。



思わずついた息を補うように空気を肺いっぱいに吸いこめば、今度は少し冷たくなった海風の中に、草と潮の香りに混じって、夕飯の支度の匂いが感じられた。


見上げれば、桔梗色に朱が滲んだような空が昼間よりも近くに思えて、それが少し寂しく感じるのは一日の終わりを見ているからだろうか……。



何処までも綺麗で、誰の中にもきっとあるだろう、静かで、優しくて、少し寂しい、夕焼けという名の原風景。





いつか、エディルアとヘデラと三人で、高い山のてっぺんから見た風景を思いだす。



あの時は三人だったけれど、今は六人と一匹。


あれからまだ数日しか経っていないのに、私の大切なものがもうこんなにも増えたのだと思うと不思議とそれがとても懐かしく感じた。



隣を見れば、皆が同じ方向を目を細めて見つめている。


それが何だか嬉しくて、感慨深くて、私は少しだけ、泣いてしまいそうだった。



「美しいじゃろう?もう400年じゃあ……人が変わり、街が変わっても、ここから眺める景色は変わらず綺麗やんに……儂はこの場所が好きなんじゃあ……今や離れられんよ」



燃えたように赤く輝く海を見つめながら、レミーちゃんは静かにそう呟く。




「なる程。この眺めを見れば理解出来るな」


「レミーは贅沢ね」


「儂のお気に入り。いつだって独り占めやえ?」



得意げに笑う彼女の表情は少しだけ寂しそうにも見えた。



……きっと、彼女がこの景色に拘るのは、それだけでは無い。



400年。


この場所でずっと暮らしてきた彼女にとって、この場所は彼女の長い歴史その物なんだ。



簡単には離れられない。


その気持ちが、沈んでゆく夕陽の中に痛いほど理解出来た。




だから、一つだけ生じた疑問を八つ当たりのように彼女にぶつけてみる。


「所で、ここは何で音楽がかかっているの?」


なんて。


私が宙を指さして訊ねれば、レミーちゃんはこちらを振り向いて、得意げに胸をはった。



「楽しかろう?」



楽しい……か。


思い返せば、彼女は事あるごとにそう言っていた。


「楽しかろう?」と。




確かに楽しかったと、そう思えた私が何だかおかしくなって笑い出せば、つられて皆が笑う。


幸せとは、きっとこんなに楽しい夕焼けの中に有るんだろう。




「じゃあ私達のお城と空間を繋げちゃおう。それならこの場所にいながら、私達とも一緒に暮らせるよ」


私は思いついた事をそう提案してみた。


彼女がこの場所を離れられないと言うのなら、ここに住んだままで私達と一緒に暮せばいい。



具体的に言えば、ゲートでお城の何処かの部屋と繋がった扉を一枚作ってしまえば良いのだ。



時空魔法を以てすれば、そんな事など簡単に出来てしまう。



家々の物理的な隔たりなど、全て意味を為さないのだ。



やっぱり私の魔法は凄い。


文字通り、世界中の人と家族になれてしまう。



「……ほう!そりゃあええ!儂も、そなたらの家に遊びに行きたいに……そりゃあええが…………良いのかえ……?」


「そうね。この景色を独り占めだなんてズルいわ。これからはこの六人で一緒に眺めましょう」


「お城にはわたくしの分身が何体かおりますので、いつでもお声がけ下さい」


「レミー殿と共に暮らせるなど、私の自慢がまた一つ増えてしまったな」


「おう、子供みてえなおじさんとばあさん同士、仲良くしようじゃあねえか」




「そなたら……」



ありがとう。



そう言った、彼女の素敵な笑顔は夕日に赤く照らされていた。









丘の上の素敵なお城。


そこは可愛いうさぎの女の子が住む、楽しい物で溢れた素敵なパラダイスだった。








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