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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、都に行く
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アリスさん、兎の女の子を知る2

そんな、レミーちゃんの事を少し知れた所で、ずっと私の中で少しの違和感として燻っている疑問が一つ。


そう、このパラダイスとそこに住んでいるらしいお爺さんの事である。



お爺さん、何処に行っちゃったんだ?という事である。



『丘の上の危ない雰囲気が滲み出ている家にはお爺さんが一人で住んでいて、危ないから近づいてはイケない』


お魚の美味しいレストランの店員さんはそう言っていた。



町に降りてくる事無くここに住み続けているらしいそのお爺さんは、町の人達は近付こうとしないので詳細は誰も分からないけど、町の語り草になっているらしいちょっぴりホラーなミステリー。



私達はその話を聞き、面白半分でここに来てみたわけだが、今の処お爺さんの影も形も見えないのだ。


謎である。



「レミーはここに住んでいるのよね?ここにはお爺さんが住んでいるって聞いたんだけど?」


そうエディルアが訊ねてみれば、彼女は不思議そうに首を傾げて


「はて……?爺さんなんぞ儂は知りゃせん。ここにはずうっと儂が一人で暮らしちょるよ」


なんて言う。



丘の上の危ない雰囲気が滲み出ているお家には、1121歳のかわいい兎の女の子がずっと一人で暮らしているらしい。


ますます謎である。



お爺さんとやらの話は何だったんだろう。


ミステリーだ……少し怖い。




まあ、しかし、お爺さんが鉈を持って追いかけて来たり、幽霊とか、呪いとか、殺人鬼の家とか、サスペンスホラー的な展開にならなかったのは、私にとっては胸を撫で下ろすべき事である。


私の『大木木端微塵パンチ』が幽霊に効くかどうかは分からないし、『死霊術』でどうこうする前に怖くてチビってしまっていたかもしれない。



何を隠そう、私もタマちゃんと同じく幽霊とか苦手なのだ。


急に出てこられたら泣いちゃう自信がある。




「この家には危ねえ爺さんが住んでるから近づくなって、町の奴は言ってたぜ」


「正確には、『丘の上の危ない雰囲気が滲み出ている家にはお爺さんが一人で住んでいて、危ないから近づいてはイケない』です」


「そうなんかえ?んむう……よう分からんの?」


不思議そうに首を傾げるレミーちゃんを見るに、どうやら彼女は何も知らないようである。


なんてこった。


彼女が分からないのなら、もう誰も分からない。


謎のお爺さんについては謎のまま、誰も分からずじまいである。




それは何とも釈然としない。



お爺さんが住んでいようが1121歳のうさぎの女の子が住んでいようが、私達にとっては別にどうでも良い事だが、話を聞いてしまった限りは少し気になってしまう。



「何とも、奇妙な話ですね。お爺さんとは何だったのでしょうか?」


「町に帰ったら、他の住人にも話を聞いてみるか?」


「そうね。そうしましょう」


「タマちゃんは何か分からない?」


「おじさんが分かるのは誰も嘘をついていないってえ事くれえなモンだ……。ここには爺さんは居ないし、婆さん一人で暮らしてる。あの店員はここには爺さんが住んでるってえ思ってる。謎だねえ……」


相手の事が何でも分かってしまうタマちゃんを以てしても、謎のお爺さんの真相は分からないらしい。


ミステリーだ。


「そう言うたら、昔は町の者がよう遊びに来とったんに、いつしか来やせんようになったの。丘に行列が出来よった事もあったんやえ?あの頃は騒がしかったもんじゃあ……」



しかして、そんな事を自慢げに、懐かしそうに話すレミーちゃん曰く、何とこのパラダイス、昔は賑わっていたらしい。


驚きである。



そして、どんどんお爺さんの謎が深まっていく。




昔は丘に行列が出来る程に沢山の人がここを訪れていたらしいのに、何故あの町ではここにお爺さんが住んでいると伝えられているのだろう……?



お爺さんが住んでいる。


近づいてはイケない、丘の上の危ない雰囲気の家。




……うーん。



分からない。



考えてみても、探偵の素質が無い私には閃きが降りては来ないのだ。





結局、分からない私達は、謎のお爺さんについて町に戻ったら他の住人にも話を聞いてみる事にした。



町の人に聞いて回れば誰か何か知っているだろうか?


そもそも、あのレストランの店員さんから聞いた話なので、本当に町の住人全員がその話を知っているかも分からない。



そんな、煮えきらない謎を残すだけ残して、お爺さんの話は呆気なく終わってしまった。






「しかし、行列が出来るったぁ大層なモンだなァ……『神秘の水』は売れたのかい?」


「おお、飛ぶように売れよったわ!儂、実は今でも大金持ちなんじゃあ」


「ハハッ!そりゃあ良い事だ」



しかして、そんな事を楽しげに話すレミーちゃん曰く、何と、外に沢山看板が出ていたあの胡散臭い水も飛ぶように売れたらしい。


驚きである。




胡散臭い物というのは、何故か一時期爆発的なブームになったりするものだが、この場所もそんな感じだったんだろうか?



前世でも似たような物があった気がする。


幸運になれるブレスレットとか……。



神秘の水の真偽は置いておくとして、町の人が列を成してこの場所を訪れたというのは、少なくとも何かしらの神秘の水効果があったのかもしれない。




その後も、色んな昔の話を懐かしそうに話してくれるレミーちゃん。


そんな彼女の話を聞いていると、少し、しんみりした気持ちになってくる。



私は、他人の昔語りを聞くのが好きだ。


手ずから読み聞かせてくれるその人の歴史は、親しい距離の証に思えて、それを覗き見るだけで、仲良くなれた証拠のように感じる。


年を取るほど昔を語りたがると言うが、それはきっと、薄れて行く懐かしさを誰かと共有したいからで、そんな少し苦くて甘い気持ちが、私はとても良いなと思うのだ。




そして、レミーちゃんの話を聞いていると、過疎化や老朽化、時代の流れに取り残されて廃れてしまった地方施設のような物悲しさを感じる。


まあ実際、それその物のなのだが。



彼女は長い間一人でここに住んでいるらしいが、寂しくは無いのだろうか?


否、そんな筈は無いだろう。



『丘の上の危ない雰囲気が滲み出ている家にはお爺さんが一人で住んでいて、危ないから近づいてはイケない』


なんて言われて、いつからかは分からないが、町の人から気味悪がられ、誰も寄り付かなくなってしまったこの場所。


そこで、一人暮らしている彼女は、ちょっとした悲劇のようにも思える。








飛ぶように売れたという『神秘の水』の胡散臭さのせいかもしれないが……。





何だかちょっぴり寂しい気分になってしまった私は、彼女に訊ねてみた。



「レミーちゃんは普段何をしているの?」


そんな私の問に、彼女は胸をはって得意げに答えてくれる。


「新しい魔道具の研究やえ。儂は超凄い魔法使いやんに、魔道具作りも極めようと思うて。かれこれ400年程はここに引き篭もって色々と研究しちょるよ」


何と、レミーちゃんは魔道具を作っているらしい。


400年も。



それは凄い。


魔力を流せば何かが起きる、あの素敵面白い魔法の道具を彼女は研究開発していると言うのだ。


流石は超凄い魔法使い。


超凄い。



この世界のマジカルテクノロジーを研究しているなんて、きっと賢者の末裔は頭が良いに違いない。


この世界にも遺伝は存在する筈だ。




私はそんな感動を覚えながら、彼女が300年引き篭もっているというお家の中を改めて見回してみた。


何処かに魔道具を研究している痕跡が無いかと思ったのだ。



私に感動と驚きを与えてくれたこの世界の魔法の道具。


どんな風に作るんだろうとか、どんな魔道具を作っているんだろうとか、ちょっと、とても気になってしまう。


日本語がおかしくなるくらい、ちょっと、とても気になってしまう。




私達が今いるのは大きな広間。


大小様々な、ゴチャゴチャとした見てくれのガラクタが占拠した大きな大きな広間だ。



そんな部屋の中を見渡してみて、目に付くのは、やっぱりゴチャゴチャとした見てくれのガラクタばかり。


床には何だかわけのわからない物が沢山転がっており、棚やテーブルや椅子にすらゴチャゴチャとしたオブジェがくっついている。



壁に目を向ければ、外から見た通り、四方の壁には意味のない窓や扉が適当に沢山くっついていて、そこかしこから伸びた煙突の管が、良く分からないガラクタに突き刺さっていた。


天井はとても高く、これまた良く分からないガラクタがいくつか吊るされていて、灯りすら、天井から吊るされた無数のガラクタが光っている。



全体的に良く分からない部屋。



残念ながら、魔法の道具っぽい物はパッと見ただけでは見つけられなかった。



魔眼で見れば分かるかな?


そう思った時、私はある事に気が付いた。


気が付いてしまった。




この建物、部屋がこの広間しか無いし、この広間には良く分からないガラクタしか無いのだ。


おかしな事に。



「……じゃあ、ここは?」


私は辺りを見渡しながら、思わずそう訊ねていた。


レミーちゃんを見れば、彼女は満面の笑顔で嬉しそうに言う。


「儂のお家兼、研究所兼、儂が作ったもんを飾っちょる博物館やえ。アリスよ!気になるかえ!?気になるんじゃな!!では、そなたらに儂の最高傑作を一つずつ紹介しよう!」



そうして、待ってました!と言わんばかりのテンションで、とても嬉しそうに立ち上がるレミーちゃん。



私達に最高傑作を紹介してくれるらしい。




「おお、エンデルテミューリュの魔道具とは聞いたことがないな!さぞ、凄いものなんだろう!」


「新しく魔道具を作るのって凄く難しいって聞いたことがあるわ。レミーは凄いのね」


「それは楽しみですね」


「最高傑作ねえ……」



エディルア達も、12賢者の末裔である超凄い魔法使いの最高傑作を紹介してくれると聞いて、楽しそうに立ち上がった。



苦笑を浮かべるタマちゃん以外、何とも思っていないようである。



私のお仲間は基本的に細かい事は気にしない主義の人達ばかりなのだ。


深く考えないとも言う。




しかし、私は一抹の不安を覚えずにはいられない。


これを嫌な予感、胸騒ぎと言うのだろう。





魔道具というのは、もしかして……。


そんな私の予想通り、レミーちゃんが「最高傑作」といって紹介してくれたのは、この部屋内にゴチャゴチャと置かれたガラクタっぽい数々のオブジェ達だった。


良く、嫌な予感程当たるとは言うが、どうやら私の勘は冴えているらしい。


魔眼で見てみれば、この建物内のあらゆる物が『レパミドレシュファリー・エンデルテミューリュ作の魔道具』だと分かったのだ。



シーソーの上にブランコが乗った遊具のような物も、大きな風車が滑り台に刺さった遊具のような物も、鉄パイプをぐちゃぐちゃに曲げて丸めて潰して広げたような物も、うさぎのハリボテがくっついた机のような物がピラミッド状に積み上げられた物も、何から何まで、全てがレミーちゃんお手製の魔道具だったのだ。





何だろうか、この複雑な気分は……。





複雑な気分である。







しかして、レミーちゃんは至極楽しそうに、近くにあった物から順番に私達に紹介してくれる。



まず手始めにと、シーソーの上に乗ったブランコの椅子に何故か私が座らされた。


ブランコに乗るのなんて、いつぶりだろう。



どうやら、このパラダイス、無料で魔道具の体験が出来るらしい。



お得だね。




エディルア達が不思議そうに見ている中で、私は公開処刑に架けられる死刑囚か、旗また謎の実験の被験体にでもなった気分でブランコの椅子に座っていた。


この遊具、結構な高さがあって、おまけのようにくっついているゴチャゴチャしたオブジェの数々が、座った者を何とも言えない不安な気持ちにさせる。




抱きかかえていたセチアは危ないからと取り上げられてしまったのも、私の不安を煽っている。


セチア君、エディルアの大きな胸に埋もれながら、不思議そうに私を見上げている。



何だろうこれは……。



私はいったいどうなってしまうんだろう……。



「これは儂が考えた新しい魔道具。『揺れて、揺れて楽しいヤツ』じゃあ。ほれアリスよ、その両側の紐をしっかり握りゃんせ」



壊滅的に残念なネーミングセンスだ。



満面の笑みでとても嬉しそうに言うレミーちゃんを見ていると、降ろして下さいとは言えない。


日本人とはそういう生き物なのだ。


全く、ダメダメな国民性である。



言われた通り、『揺れて、揺れて楽しいヤツ』の持ち紐をしっかり握っていると、レミーちゃんがシーソー部分に手を当てて魔力を流し始めた。



魔力の充填を待つ少しの間、まるでジェットコースターで急な坂を登っている時のようである。


若しくは、ロープを切るために振り下ろされる斧を待っている心持ちか……。




しかして、まもなくその最高傑作は私を乗せて動き始めた。





何とも親切な事にこの遊具、全自動である。


そして、最初からトップスピードである。



仕組みは簡単。


ブランコが前後にキーコキーコと揺れて、シーソーが左右にギッコンバッタンと揺れるだけである。



そして、猛スピードのキーコキーコとギッコンバッタンが組み合わさった結果、座った私を前後左右へと不規則に猛烈な揺れが襲うのだ。


それは三半規管への挑戦状。


まるで濁流に揉まれる落ち葉の気分が味わえる。



おまけに、ゴチャゴチャとくっついている良く分からないオブジェが光ったり動いたりするのが、憎い程に遊び心満載である。




これが、12賢者の末裔である超凄い魔法使いが作った、最高傑作。



超凄い。



「どうじゃあ?楽しかろう!」


そう、とても嬉しそうに言うレミーちゃん。



残念な事に、今の所、ただの一つも楽しい所など見当たらない。


私が真祖でなければ確実に泣いている。


「何だか凄い勢いで振り回されているが……大丈夫なのか……?」


「アリス様なら心配要らねえだろう」


「遊具でお戯れになられるアリス様……何と尊いお姿なのでしょうか……。写真を撮っておきましょう」


『アリス何それ!楽しそうだね!』


「本当、楽しそうね!どんな感じなのかしら?アリス」






良く、嫌な予感程当たるとは言うが、どうやら今日の私の勘はとても冴えているらしい。



あり得ない動きを繰り広げる視界の中に、三者三様の様子で私を眺める皆の姿を捉えながら、私は率直な感想を呟いた。



「……吐きそう」








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