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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、都に行く
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アリスさん、兎の女の子を知る

「何故ゆえにそなたらのような者が儂の家にやってくるんじゃあ……儂はここでおとなしゅう暮らしとっただけやんにぃ……!」


そう言って、床に蹲り頭を抱えた女の子は、お尻を丸出しにしたままでぷるぷる震えている。



何だろう……。



私達を怖がっているのだろうか?



うーん……。


ちょっと状況が良く分からない。


てっきり変人奇人の愉快なお爺さんが出てくると思っていたのに、浴衣のような着物姿の女の子が蹲って震えているなんて驚きの展開だ。



着物なんて懐かしい……。


この世界にも和服は存在したんだなぁ……なんて、少し感慨深いものがあるが、それよりも何よりも、この女の子はいったいどうしたんだろうか。



お尻丸出しで……風邪をひいてしまう。


お尻の上に白くてまん丸い、可愛い尻尾が生えているのを見るに、きっと彼女は獣人なんだろう。


よく見れば、頭を押さえた手の隙間から白い動物の耳っぽいものが見え隠れしているし、きっとそうだ。


何の動物だろうか……うさぎかな?



「おう、何だい……ちったあ落ち着きねえ」


「お、おお!こんれが落ち着いていられるかや!!ああぁ……おしまいじゃあ……儂はなーんも悪い事しとらんにぃ……」


私達が近づくと、とうとうその女の子は蹲ったまま、おヨヨヨヨと泣き出してしまった。



おしまいらしい。



うーん……困った。


私達が泣かせてしまったようだ。


これは良くない。



私達が勝手に入って来たせいで怒っているのかもしれない。


ご自由にどうぞとは書いてあったものの、これでは不法侵入と変わらないではないか。



「私達が勝手に入っちゃったのがマズかったのかな……?」


「それは申し訳無い事をしてしまいました」


「そう言う事なら謝らなくてはいけないな……直ぐに出ていくから許してくれ」


「そうね。早く出ましょう。勝手に入ってごめんなさいね」


「んん……?そうじゃねえ気がするが……」


私達は謝りつつ、入って来た入口へと踵を返した。


さっさとおいとましよう。



結局このパラダイスも、お爺さんも、唐突な謎の女の子も、何も分からずじまいである。




まあ、良い。


テレテレ音の流れる丘の上で、皆で夕日を見てから町へ帰ろうではないか。


きっと、耳を塞げば大丈夫。


十分に景色は楽しめる筈だ。




私がそんな事を思っていると、泣いていた女の子が驚いたように声を上げた。


「え……ええ!?か、帰るんか!?」


と。



振り返れば、蹲って泣いていた浴衣姿のその子は起き上がり、こちらを驚いた表情で見ていた。


薄桜色の髪をボブカットにした頭には、ぴょこんと白いうさぎ耳が立っている。


年齢は今の私と同じくらいだろうか、幼さの残る可愛らしい顔立ちの女の子だ。



そして思った通りうさぎさんだ。


獣人の人は動物の耳が生えていて可愛い。



訝しげな表情を浮かべた彼女は、石畳の床に座った姿勢で首を傾げていた。



「ご自由にどうぞと書いていたから勝手に入ってきてしまったのよ。ごめんなさいね」


「そ……そりゃあ構いやせんが……そなたらはいったい何しにここへ来たんかえ?」


「町でこの場所の事を聞いて面白そうだから来てみたのよ」


「町で……?じ、じゃあ……儂を喰いにやって来よったんじゃ無いんかえ……?」


ゆっくりと立ち上がり、引けた腰で恐る恐るそんな事を言う短い浴衣姿の女の子。


儂を喰いにやって来た?



何故かは分からないが、どうやら、私達に食べられてしまうと思って怖がっているらしい。


何それ。


良く分からないが、何だか可愛い。


「食べられてしまう〜」と怖がって泣いちゃうなんて、超可愛い。


親戚の小さい子を驚かせたり怖がらせたりして遊ぶ、意地の悪いおっちゃんの気持ちが少しだけ分かった気がする。



これが嗜虐心を擽るというやつだろうか……。


私はサディズムに関心があるわけでは無いが、ちょっぴり理解出来てしまう。


私も今度、「食べちゃうぞー!」と小さな子を驚かせてみよう。




基。


そんな女の子の様子を見て、エディルアが思い付いたように口を開いた。


「もしかして、私の事を言っているのかしら?私は魂なんて食べないし、貴女をどうこうしようなんて誰も思っていないわよ」


「ああ、なるほど。エディルア殿を怖がっていたのだな。大丈夫だぞ、このお姉さんは怖いドラゴンでは無いからな」



そうだ。


そう言えば、エディルアは悪い事をする人間の魂を食べるとか何とか言って恐れられているのだった。


どうやらこの女の子は、閻魔様的な存在であるエディルアに魂を食べられてしまうと思って怯えていたらしい。


何故エディルアの正体を知っているのかは分からないが、これまで出会った人達と同じく、この子もエディルアの事を恐ろしい存在だと思っているようである。


流石は閻魔様的な存在なだけある。


子供には効果覿面なんだろう。



……しかし、正体を明かしただけで誰彼構わず怖がらせてしまい、出会ったばかりの小さな子にまで泣いて怯えられてしまうのは、エディルアが少し不憫に思えてくる。


とても優しいドラゴンさんなのに……。




「ほ、本当かえ……?」


「ええ、本当よ」


「本当に、本当?」


「本当に本当よ」


「嘘ついたらヤじゃえ?」


「嘘じゃないわ」


「神に誓って嘘じゃないかえ?」


「私も一応神様の一人よ。嘘はつかないわ」


「そんな事を言いうて、騙してやせんよな?」


「騙してないわよ。安心なさい」


「……本当に食べない?」


「本当に食べないわ」


なんて。



そんなやり取りを続ける事数十分。



女の子は漸く信用してくれたようで、


「なーんじゃあ!!怖がって損してしもうた!」


と、目出度く笑顔を見せてくれた。



「そう言う事なら、気にせんとゆっくり寛いでくんれ!ほれ、そなたらはこれに座りゃんせ」


そして、近くにあったベンチのような物を指して私達に座るよう勧めてくれる。


ゴチャゴチャとガラクタのような良く分からないオブジェが沢山くっついた、長くて大きいベンチのような物だ。



きっとベンチなんだろう。



私達がお礼を言ってそれに座れば、その女の子はこれまたゴチャゴチャした見てくれの椅子のような物をもって来て、私達の正面に置いて向かい合わせに座った。



「我が家にようおこし!儂の名前はレパミドレシュファリー・エンデルテミューリュ。気軽にレミーと呼んでくんれ」


うさぎの女の子、レミーちゃんは笑顔で両手を広げながら、そんな自己紹介をしてくれる。


レパミドれ…………うむ、長い名前だ。



「はじめまして。私は黒死の破滅龍エディルア。生きとし生ける総ての敵よ」


「うむ。そなたらの事は分かっちょるに大丈夫じゃ。伝説の種族真祖、その姫とメイド、姫の眷属の吸血狐、黒死の龍、女神エイラの戦神乙女(ヴァルキリー)……そこの小僧は良うわかりゃせんの」


「オレの事はキュートにタマちゃんと呼んでくれ」


「……妙ちくりんな奴じゃ」


「レミーちゃんは何で私達の事を知ってるの?」


「凄いじゃろ真祖の姫アリスよ!儂は超凄い魔法つかいやんに、何でもお見通しなんじゃえ!」



訊ねた私に、レミーちゃんはそう言って自慢げに胸をはる。


何と、彼女は超凄い魔法使いらしい。



分からん。




そういう魔法があるのかもしれない。


若しくは、タマちゃんみたいな、相手の事が分かってしまうスキルを持っているのかもしれない。



そんな事を考えていた私は、そう言えば、タマちゃんにステータスを見せて貰おうと思っていたのに忘れていた事を思い出した。


「相手の事が何でも分かってしまう」とかいう、神様から貰ったらしいスキルを持っているタマちゃん。


そんな彼のステータスは、きっと他にも変わった事がかいてある筈だ。



私の魔眼の『絶対鑑定』は、ミスリルとかソフィアの翼とか、物質の事は調べられても、他人のステータスや能力値を覗き見したりは出来ないので、色んな意味でタマちゃんのスキルがどういうものなのか気になる。



他人の個人情報を覗き見出来るなんて、深く考えずとも、色んな事に悪用し放題なのは明白。


詐欺師も驚きの透視能力である。


プライバシーもへったくれもあった物では無い。



そう考えてみれば、それと同じ事が出来てしまうレミーちゃんは確かに超凄いと言えるかもしれない。



うん。超凄い気がしてきた。



「しかし何だか親近感が湧いちまうなぁ……そのなりで随分と老君だァ」


「おお、小僧。そなたは儂をババァやと言いたいんかえ?」


「ハハッ……1121歳なんて立派な婆さんじゃあねえか」


「そなたは52足す事の2歳。まだまだくそガキじゃなあ」


「そりゃあ……1121歳から見りゃあ大抵のヤツがクソガキだろうよ」



二人はハハハハと笑う。



楽しそうで何よりだ。



そして、それを傍で聞いていた私は唐突に飛び出してきた衝撃情報に驚いていた。


びっくらこいていた。



サラッととんでも無い事実が発覚してしまった。


何と、うさぎの女の子レミーちゃんは1121歳なのだと言う。




1121歳……。





「へえ、1121歳なのね」


「ほう、それは驚きだな」


「見た目の割に随分お歳を召していらっしゃるのですね」


なんて事を皆は言っているが、私は驚きで開いた口が塞がらない。


もしも漫画みたいに驚いて目玉が飛び出るなら、私の目玉は何処かに飛んで行ってしまっていたかもしれない。



どう見ても今の私と同じ位の年頃、14、5才程度の子供にしか見えない彼女が、1121歳。



信じられない。



最早人の年齢じゃ無い上に、見た目と実年齢の差に驚きを隠せない。



「1121歳……」


そう、口が勝手に呟いてしまう程に衝撃的だ。




何て事だ……。


この世界では歳を取りすぎると逆に若返るらしい。






……否、待て待て待て。


そんなわけ無い。



落ち着くんだ私。



エディルアだって4000歳くらいだ。



つまり、彼女は私達と同じく、身体が歳をとらないという事なんだろう。



「レミーちゃんは不老不死なの?」


そう訊ねた私に、彼女はにっこり微笑んだ後に、自慢げに胸をはった。


「そうじゃあ。儂は超凄い魔法使いやんに、不老不死なんじゃ!」



と。


 

思った通り。


超凄い魔法使い云々は良く分からないが、彼女は不老不死らしい。



千年以上もの間彼女の身体は変わらず今のまま、セチア以外で初めて見る、子供の姿をした不老不死である。




つまり、彼女は私と同じく、ちんまい不老不死なのだ。



何て事だろう、こんな所でお仲間に巡り会えるなんて……。



1121歳の大先輩に、私は今、親近感と猛烈な感動を覚えている。


これがシンパシーというやつだろうか。



彼女が、私の一番の理解者になってくれるかもしれない。



何せ、彼女も私と同じ、ちんまい不老不死なのだから。



よし、お友達になろう。



「レミーちゃん、仲良くしてね」


「うむ!アリスはかわええのぉ。儂はそなたみたいに素直な手児奈が大好きやんに」



おお、やった。


手児奈が何かは分からないが、是非とも莫逆の友となろう。



ちんまい不老不死同盟を私の中で勝手に結成しておこう。



セチアとレミーちゃんと私だ。



「超凄い魔法使い様が……エディルアの譲ちゃんが怖くて泣いちまうなんて……ハハッ、中身まで子供みたいだなァ?」


「なんやえ?小僧こそ、入口の扉を開けられんと癇癪を起こしとったんに、言いよるわ。動きやせん扉に向かって必死に押したり引いたりぶつかったりしとったんは……カッカッ!笑えたのぅ!」


「おおう……?!さては何か小細工してやがったな……っ?客を謀って愉しむたァ……とんでもねえ婆さんだ……」


「他人の家の扉をどつき回すような奴は客とは言やせんわ」


「そりゃあ……確かに。すまねえな」


「あら、あの扉に何かしていたの?」


「そなたらがやって来るんを見て、急いでこの建物全体に掛かる力全てを吸収霧散させる魔法を発動させたんじゃ。攻撃系統の魔法を複合したせいか、メイドさんが触れただけで呆気のう解かれてしてしもうた……。むう……魔法攻撃無効なんてズルいんじゃあ!」



レミーちゃんは悔しそうに言う。


へえ……。


どうやら「建物全体に掛かる力全てを吸収霧散させる魔法」とやらのせいで、タマちゃんが扉を開けようと色々しても全く動かなかったらしい。


タマちゃんはそれに何か違和感を感じて、タックルしたりしてたわけだ。



超凄い魔法使いは厄介な客撃退魔法も使えるらしい。


強盗もしつこいセールスも気にせず居留守が出来る。


超凄い。納得である。



「そうだったのですか。触っても、わたくしは得に何も感じませんでしたが……」


「そなたがおかしいんじゃえ」


「ふふふ、私が怖かったわけね?」


「じゃって、黒死の龍が何やらとんでもない連中を連れてやって来よるんじゃもん……」



そう言って少し恥ずかしげに俯く彼女。


うさぎの耳がしょぼんと項垂れるのがとてもかわいい。


何あれ、超かわいい。



とんでもない連中と言われると少し複雑な気分だが、彼女はエディルアに食べられてしまうと思っていたわけだし、一緒にいた私達も当然恐ろしい存在だと思っていたのかもしれない。



しかして、そんな彼女に、ソフィアがそう言えばと訊ねた。


「一つ気になったのだが、まさかレミー殿は12賢者の末裔か?」


「おお!そうじゃよ。よう分かったの」



12賢者?



何処かで聞いたことがある名前だ。


確か、大昔にエディルアを封印した人達。



なるほど、レミーちゃんが超凄い魔法使いなのは、その12賢者の末裔だからなんだろうと、ズバリ私は思い付く。


賢者というくらいだから、きっと凄く賢い人達だったんだろう。



「エンデルテミューリュの名は有名だからな!エディルア殿はご存知だろう?」


「んー……そう言われれば、私を封印した中に兎人族がいた気がするわね」


「そうじゃあ。儂のひいひい婆さんが黒死の龍を封印した12賢者の一人、ソロンティマリューヌ・エンデルテミューリュなんじゃ」


「本当か!!兎人族一の大魔道士と名高い『叡智のソロン』の玄孫にお会いできるとは……!何と光栄なことだろう!」


「何を言うかや。儂の方こそ、そなたらのような伝説の存在とのこがな草の縁に感動しちょるよ」



興奮気味に言うソフィアの様子から察するに、ソロンてぃ……という人は有名人のようである。



最新モデルの武器の話をしている時と同じテンションだ。


珍しい。



確か、エディルアはその人達に頼んで自分を封印してもらったらしいし、エディルアはそのソロンさんとやらを知っているかもしれない。


そう思った私だったが、とうの彼女は「ふうん……どんな人だったかしら」などと首を傾げていた。



よく覚えていないらしい。




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