アリスさん、旅行を知る
「そうだ、来週皆で王都に行かないか?」
食事中、ソフィアがそう切り出した。
王都とは、読んで字の如くこの国の王様が住んでいる都。
政の中枢都市であり、国で一番大きな規模の街で、つまりはこの国の首都だ。
そこに皆で行こうというソフィアの提案は、少し私の胸を熱くさせた。
これはもしかすると旅行のお誘いというやつだ。
ここ数日、ダラダラとした毎日を送るだけだった私にとって、それはとても魅力的なものだった。
例えるなら、「週末暇なら夢の国行かない?」くらい魅力的。
お金持ちになった今、『皆で楽しく観光しながらこの世界中を見て回る』という、予てからの密かな私の夢を実行に移す時が来たのかもしれない。
何を隠そう、私はみっちゃん以外の友達と旅行などした事がないのだから、少し浮かれつつある私の気持ちも仕方が無いというものだ。
何だろう、とても楽しくなってきたぞ。
億万長者になって、大好きなお肉を毎日食べられて、更に友達と旅行に行ける。
私はこんなに幸せで良いのだろうか……。
バチが当たったりしてしまうんじゃないか?
否、大丈夫だ。
与えられた幸せは目一杯楽しむのが私のモットーなのだから。
この世界に生まれ変われて良かった。
お父さん、お母さん、前世はお風呂で転けて死んじゃったけど、京子は今最高に幸せです。
膝に乗ったセチアに箸に持ったお肉を横取りされながら、私はそんな感慨に浸っていた。
「来週?何かあるのかしら?」
しかして、指で上品に掴んだ骨付きのお肉に齧り付きながらエディルアが訊ねた。
行儀が悪いかもしれないが、このドラゴンお姉さんは面倒くさくて普段はナイフとフォークが使えないらしいので仕方が無い。
ものぐさなんてレベルでは無いが、ドラゴンはナイフとフォークなんて普段使わないので別に良いだろうと、この場の誰も気にしない。
そんな彼女に、ソフィアは良くぞ聞いてくれたと顔を綻ばせる。
「来週一杯、王都で年に一度の祭りが開催されるんだ」
お祭り!
何と……。
年に一度のお祭りが開催されるらしい。
それに皆で行こうと言うのだ。
素晴らしいではないか。
心がますます昂るのを感じる。
この世界のお祭りがどんなものかは分からないが、楽しく無いお祭りなど私は知らないので、きっと楽しいに違いない。
つまり、とても行きたい。
「ほおっ……そりゃあ良い!おじさん、祭りはどんなもんでも大好きだっ!」
祭りと聞いてテンションが上がったのは私だけでは無かったようで、どデカいステーキに蜂蜜とウスターソースをかけるというゲテモノ食いをしていたタマちゃんが興奮した声を上げた。
おじさんもお祭りが好きらしい。
そうでしょうとも。
お祭り、皆好きでしょうとも。
当たり前だ。
出店が出たり、花火が打ち上がったり、浴衣を着たり、そんな、私の知っている日本のお祭りとは違うかもしれないが、お祭りなんだから。
牛に追いかけられたり、トマトを投げあったりする外国のお祭りも、押し並べて楽しそうなものばかりだった。
お祭りと名のつくものが楽しくないわけが無いのだ。
それはきっと世界が変わっても同じはず。
私は有頂天になってしまいそうな気持ちを落ち着かせながら、ステーキの最後の一切れをセチアと取り合っていた。
セチア君、さっき食べた鳥では足りないのか、私のステーキが羨ましいのか、両方なのか、さっきから私のお肉を横取りしてくる。
けしからん狐だ。
「どのような祭りなのですか?」
「一年の健康と豊作を皆で祝いながら楽しく騒ぐ祭りだ。とても楽しいぞ。屋台が沢山出ていたり、街の至る所で様々な出し物をしていたり。後、街中の建物や王城が派手に飾り付けられるんだが、毎年飾り付けのコンセプトが変わるんだ。それが一番の見所だな。王国内外から沢山人が訪れて、凄い活気と賑わいなんだぞ」
何それ、凄く楽しそう。
こりゃ行かにゃ終えんと、私の心が言っている。
そんな気がする。
セチアにステーキの最後の一切れをまんまと取られてしまった私は、仕返しにモグモグしている彼のほっぺをムニムニしながら興奮気味に手を上げた。
「はい!私行きたい!」
「おお、アリス殿がそんなに喰い付くのは初めてだな!祭りの名前は『皆で騒ごう!キングダムフェスティバル!〜今年も健康、皆幸せ〜』だ」
……え?
……うっわ……。
なんだそのダサい名前。
どこかの高校の文化祭みたいな名前だ。
『王国祭』とかで良いじゃないか。
「センスの欠片も無い名前ですね」
「まあ…………現国王陛下が御即位された時に、陛下自らが改名なさった名前なので……。以前の名前は『王国豊穣祭』だ」
「それは何とも」
どうやらこの国の国王様はネーミングセンスが壊滅的に残念であらせられるらしい。
そっぽ向いて言うソフィアの様子から察するに、きっと国民は何か思う所があるのだろう。
以前の名前が普通なだけに極まって聞こえてしまう。
何故改名してしまったんだ。
「基、どうだろうか?旅行を兼ねて、皆で王都に祭りを見に行かないか?」
しかして、ソフィアが改めてそう提案した。
王都への旅行と、お祭りが一度に楽しめてしまうという一石二鳥な提案だ。
素晴らしいではないか。
私の心はもう決まっている……。
超行きたい。
「私行きたい!」
浮かれた声でそう言う私。
ここ数日はダラダラ過ごしていた事も、私の行きたいハイテンションに拍車をかけている。
そして、それは私だけでは無いようで、他の皆もとても乗り気のようだった。
「良いわね!楽しそうだわ」
「祭り、良いですね。わたくしもご一緒致します」
「オレは行っても良いのかい?」
「勿論です」
「ソイツはありがてえっ!流石、ご主人様だっ!おじさん一生着いてく」
「おお!それじゃあ予定を決めるか!」
こうして、私達五人の初めての旅行先は王都に決定した。
引き籠もりのシュバルツはお留守番、セチアは勿論一緒に連れて行く。
王都のお祭り、いったいどんな楽しい事があるだろう。
今夜は眠れそうにない。
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次の日、私達は早速王都へと出発した。
リアデから王都までは結構遠いのだ。
リアデの港から船に乗り二日、そこから馬車で五日程かかる。
私の時空魔法でピョイとワープしても良いし、皆で翼を生やして飛んで行ってもよかったのだが、せっかくなら道中にある街にも寄って、のんびり観光しようという魂胆である。
金持ちと無職の二刀流である私達だからこそ出来る、予定なんて無いに等しいロングバケーション。
前世なら色んな人から叩かれてしまいそうだ。
二日かけて船でテドロという港町までやって来た私達五人と一匹は、早速街の観光をする事にした。
船を降りたのは貿易港というよりもThe漁港という感じの港、入江になったそこには漁船が幾つかとまって、漁師さんだろう人達が仕事をしていた。
潮風にまじって魚のにおいがする。
海と反対側を見てみれば、丘の途中に並んだ白壁の建物が連なる街が見えた。
港から続くレンガ通りの坂道は、白い町並みに入り組んだ線を引き人々がそこを行き交っている。
空と海、両方から照らされたその白い町並みは、暖かな潮風の中でキラキラと眩しく光って見える。
何処かで聞いたことのある、海の見える街という言葉がしっくりとくるその光景は、不思議と郷愁のようなものを感じさせた。
美しく、懐かしく、落ち着く、不思議な町だ。
「綺麗な町ねえ」
港から町を眺めていた私達。
エディルアが感嘆するように言った。
確かに、綺麗な町だ。
異国情緒感じる見た事のない風景に、私は心が踊る。
知らない町に旅行で来た時の独特な高揚感。
他の人からすれば、なんてこと無いただの町なんだろうが、それが目新しく特別素敵なものに思えるウキウキした感覚。
共感してくれる人が居るかは分からないが、そんな感覚が私は大好きで、私にとっての旅行の醍醐味の一つだった。
それがこの世界の知らない町なのだから、私の感動もひとしおだ。
「ほほう…………尾道みてえだなァ、アリス様」
私が感慨に浸っていると、隣にいたタマちゃんがそんな事を私に言った。
尾道……。
「タマちゃんよく見て、全然違う」
何処を見ているんだこのおじさんは。
坂に町があって、道が入り組んでいるが、どっからどう見ても尾道では無い。
尾道は尾道で良い所だが、もっとこう……異国情緒が溢れかえっているだろう。
何方かと言うとシチリア島の方が近い。
建物も白いし……。
いやいや、そうで無く。
旅行に来て、どっかと景色が似てるとか言うのは何か違うのだ。
外国の山に来て「槍ヶ岳みたい」とか言うのは何か違うのだ。
私はその場所にしかない、こう……何か、特別感みたいなものを感じていたい人なのである。
「おおう、それもそうだ……ははっ、島がねえや」
oh……
そうでは無いのだタマちゃん。
「タマちゃんよく見て、全然違う」
「おうおう、分かってらぁ!そうだなァ……白えしな」
輝く笑顔でそう言うタマちゃんを見て、私は何か言おうと口を開いたが直ぐに閉じた。
落ち着こう。
旅行の楽しみ方は人それぞれだ。
尾道っぽいなぁと思っても良いじゃない、人間だもの。
ほら、何だか優しい気持ちになってきた。
「テドロは漁業が盛んな町なんだ。魚が美味しいぞ」
「お魚ですか、良いですね」
「お昼ごはんにする?」
時刻は昼前、ちょうどお腹が空いてくる時間帯だ。
真祖である私はお腹が空く事は無いのだが、何だかそんな気分になる。
最近はお肉ばかりだったので、美味しい魚には少し惹かれてしまう。
私はお肉が大好きだが、お魚も大好きなのだ。
「そうね!お魚を食べましょう」
「おじさん、刺し身が良い」
お刺し身!
そう言えば、この世界に産まれてから、お刺身を食べた事が無いのに気がついた。
私はお刺身も大好きなのだ。
お刺身があったら私もお刺身にしよう。
私はそんな事を思いつつ。
しかして、ソフィアの言う美味しいお魚が食べられるお店を探して、私達は大きな通りへと向かった。




