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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、都に行く
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アリスさん、贅沢を知る


橡の夜に独り



瓦礫の上で揺蕩うように



朧気な記憶の渦に揉まれながら、淀んだ、僅かな光を探す



まるで、満月の夜に、腐ったヘドロを一杯に流し込んだティーカップの中を漂う海月のようだ



明るいのは嫌いだと顔を背けて


暗いのは怖いと泣きじゃくる




浮かんでは沈み


沈んでは浮かび


自分では、ただの一度も動こうとすらしないで



そんな我儘ばかりの私は、朝に憧れる事すら出来ない。



流されて、ひっくり返されて、浮き上がれも、潜れもしないまま


いつまでも藻掻き苦しみながら溺れていく




それならいっそ、息を止めてこのまま死んでしまえば良い



動かない身体なら、切り刻んでイチイの森に撒き、狼の餌にしてしまえば良い



要らない心なら、千切り取って、踏みつけて、庭の隅っこで燃してしまえば良い



そうやって


ずっと、苦しくて、ずっと、痛いままなのに



何時までたっても無くなってくれない




朽ちたエルムのロッキングチェアに座って、ボロボロに破れて読めない日記を開いても


昔そうしたように、片足ですこし背伸びをして、ゴミ箱のような、ホコリと煤にまみれたクローゼットを開けても



何処にも何にもありはしないのに


此処だけに全てが有るのに



空っぽな私を、空っぽな時間が皮肉に嗤う




それでも、私は覚えている



北の丘に咲いた、朝露の乗ったリンドウの赤さを


震えるように寒い陽の光で見た、滲んで、淀んだ、青い空を


火の灯った暖炉と、湿った土や草の匂いと、庭に咲いたナナカマドの花と、淡く過ぎたその原風景を



優しい声にしがみついた、あの懐かしい憧憬を



私はまだ、覚えている。




『引き伸ばす滞留』より




ーーーーーーーーーーーーー






タマちゃんが我が家に来てから数日後。


私達はとうとう億万長者になってしまった。



冒険者ギルドで引き取って貰ったミスリルとトーチャー・デーモンのお金が手に入ったのだ。


私の感覚で言うと、その額何と112億円分くらい。



朝から冒険者ギルドを訪れた私達に、待ち構えていたホクホク顔のグロムさんが金貨銀貨をどっさり渡してくれた。



それはもうどっさりと。


確認の為にと『マジックバッグ』とかいう名前の、大きさや容量を気にせずに物を入れられるという魔法の袋をひっくり返せば、比喩でなく机の上にお金の山が出来た。


昔、「これから新車を即金で買ってやるんだ」と、自慢げなお父さんが両手に持った百万円の札束を見せびらかしてきた事があったが、そんなものとは比べ物にならない程の興奮と驚きだ。


キラキラ光る、正に金銀のお宝の山。


百万円の札束なんて案外薄っぺらいのだ。




ええい、数えるなんて面倒だ。


これが信用の証であると、確認もせずにお金の山をそのまんま有り難く受け取った興奮気味の私達は、「お金を得たので使う」という単純明快な思考の元、何も考えずに街で各々が好きなものを大量に買いまくってお城へと帰った。


何の苦労もせずに稼げるのだから、何も気にせず、バカスカ好きなものを買いまくってやろうという、馬鹿みたいな考えである。


この街や国の経済も回ると言うものだ。


皆が幸せ、皆が笑顔になれる。



庭を掘って出てきたミスリルをフィナードさんに買い取って貰えばこの程度の額は簡単に稼ぐ事が出来ると分かってしまったのだから。


お金で揉めるなんて良く聞く話だが、私達に限ってそんなのはあり得ない、今やお金の為に争うなど馬鹿馬鹿しいとすら思えてくる。

金持ち喧嘩せずとは本当の事なのだ。



残ったお金はお城の宝物室に放り込んでおいて、皆好きな時に好きなように使えば良いという事になった。



人間が一生遊んで暮らせる程のお金。


しかも、これから先、いとも簡単に増えていく予定のお金。


何をどれだけ買おうがきっと無くなる事は無い。


無くなっても直ぐにまた稼げるのだ。




金は天下の廻り者。


お金は使ってこそお金、死蔵しても価値は無いのだ。



初めこそ、自分達は関係ないからと遠慮していたソフィアとタマちゃんも、


「溜まって行く一方で使わないでいると、果てはこの大陸の経済がおかしくなってしまうかも。私達がお金をどんどん使う事で、お金持ちの人から貧困な人達にお金を循環させる事が出来る。皆が幸せになれるよ」


「タマちゃんは可愛い洋服を沢山買えば良いよ。……私は、もう……この服以外着ることが出来ないから……」



という私の言葉を受けて、それなら仕方が無いと目出度く金銭感覚がおかしくなった。


私にかかればこんなものである。


ソフィアは武器を、タマちゃんは可愛い洋服を馬鹿みたいに買い漁っていた。



しかして、その日、私達はリアデの街に一億円分程のお金をばら撒く事になった。


これが何かで聞いたことのある地域経済活性化。


皆ハッピーだ。






そうして今、私達はお城の食堂で夕食を食べていた。



淡いブラウンの、シックで落ち着いた家具で統一された広々とした食堂の中、大きなテーブルを囲むのはこのお城の住人達。


エディルア、ヘデラ、ソフィア、タマちゃん、そして私。


セチアは私の膝の上、シュバルツは自分のお家である。



今日も今日とて、エディルアが何処かで狩って来た魔物のお肉料理が食卓には並んでいる。


ここ最近の夕飯は、毎日お肉のフルコースだった。


食べても食べても、美味しそうな魔物をエディルアが見つけて狩ってきてくれるのでお肉が減らないのだ。



所で、世間の大多数の人がそうであるように、私はお肉が大好きだ。


超好きだと言っても良い。


前世、サラダとかパスタとか野菜スープばっかり食べている女の人がいたが、私には考えられない。


ダイエットなのか、お洒落だと思っているのか知らないが、私に言わせれば草食系とか今どき流行らないし、健康的にも精神的にもきっと悪い。


時代はお肉。


お肉を食べられる身体に産まれた限り、やっぱりお肉を食べなくてはいけない。


美味しいし、栄養満点だし、逆にお洒落だし、後美味しい。


時代の先を行く今時のJKは皆お肉を食べるのだ。


何処の世界だって、肉食系こそがきっと世の頂に君臨する。


誰に何と言われようとも、私はお肉を食べる事を止めない。



それくらいには、私はお肉が好きだ。


それも、我が家で出てくるお肉は、凄腕メイドさんが作ってくれた、○シュランガイドの査定員が泡を吹いて倒れる程の絶品料理ばかり。


まあ、私はミシュラ○ガイドに載っているお店なんて行った事は無いのだが、きっとそれくらい美味しい。



美味しいお肉をお腹いっぱい食べながら、家族との楽しい会話に花を咲かせる晩餐。


おまけに今の私達は億万長者。


何て幸せ、何て贅沢なんだろう。



きっと、お風呂で転けて死んでしまった不幸な私の幸せ分が、生まれ変わった今、爆発的に発散されているに違いない。


今の私はきっと高く売れる。




所で、そんな幸せ真っ盛りな私は、億万長者にならずとも、ここ数日完全にダメ人間のような生活を送っていた。



朝はセチアと一緒にお城の周りをお散歩。


朝食を食べた後はリビングでセチアとダラダラ戯れて午前が終わり、昼食を食べてからまたセチアとダラダラ戯れ、暇そうな人がいれば一緒にダラダラ遊び、気が付くと夜になっている。


夕食後はタマちゃん以外の皆でお風呂に入り、セチアとお城の周りをお散歩する。


日が変わる前にお城に戻ってきて、眠ったりダラダラしたりしていると朝になり、またお散歩に出掛ける。



そんな、非生産的な毎日を悠々自適に送っていた。



自堕落の極地みたいな生活にも関わらず、真祖になってしまったからか何なのか、今の私は全く太らない。


毎日ゴロゴロしてお肉をお腹いっぱい食べているにも関わらず、見た目的にも、数字的にも、身体の何処にも変化が無い。


痩せないし、太らないし、大きくならないし、伸び無い。


筋肉も脂肪もつかないのだ。



そんな、ちょっとした嬉しい誤算だった。


これが成長しないという事である。



なので、今日も私は美味しいお肉料理を、何も気にする事無く沢山食べている。



ヘデラとソフィアはとても上品にナイフとフォークを使い、エディルアは上品な所作でもって、指で掴んで食べるという奇妙な事をしている。


タマちゃんと私はお箸を使う。



そんな風に夕食を食べながら、皆で楽しく話している中で、そう言えばと、ソフィアが何処か楽しげに切り出した。



「そうだ、来週皆で王都に行かないか?」




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