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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、街に行く
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アリスさん、共感を知る

「こりゃあ、別嬪さん揃いでちと気後れしちまうなァ……、おじさんは玉垣源十郎ってえもんだ。キュートにタマちゃんとでも呼んでくれ」



少女のような見た目のおじさん改めタマちゃんは、キュートな笑顔でそう言った。



場所は湖の上にそびえ立つお城の中。


つまり私達のお家だ。


伯爵家でソフィアを捕まえた私達は、我が家へと帰ってきた。



外はすっかり日が落ちて、最近家にやって来た魔道具の灯が灯った明るい我が家の、団欒室にと造られた広い部屋で、私達は新しく増えた住人の紹介をしていた。


シックな黒いファブリックのソファーに、だらしなく足を投げ出して座っているメイド服姿の彼。


本名は玉垣源十郎さんと言うらしい。

渋くて格好いい名前だと思う。




そんなタマちゃんの隣では、一人留守番をしていたセチアと私が思う存分戯れていた。




ソフィアの知り合いだとは言え、リアデ一の商会の会長さんと会って話をするのに、狐の魔物を連れて行っても良いものなのだろうか……。

分からない私は、ソフィアに気にする事は無いと言われつつも、一応セチアにはお留守番してもらっていたのだった。


偉い人とお話をしに行くのだと知った彼は、人間の話は退屈だからと二つ返事で家に残る事を選んだ。



セチアの、初めてのお留守番だ。



シュバルツも居るには居るが、基本的に彼女は自分の家から出て来ないので、お城にはセチアが独りきりである。


あの大きな鶏さん、湖畔の森の中にあるどデカい倉庫のような建物に引き籠っているのだ。


ヘデラ曰く、インドア派になったそうで、偶に夜中に辺りを散歩して、見つけた動物や魔物の血を吸う時以外、外に出ないらしい。


インドア派の鶏なのだ。


何だインドア派の鶏って。




なので、大きなお城に独りきりでお留守番しているセチアは、きっと寂しかろう……。



そう思っていた私の気持ちに反して、彼は一日中鳥を捕まえて楽しく遊んでいたらしい。

私達が帰ってくると、お城の入口に今日のセチアの戦果なのだろう鳥の死体が綺麗に並べられていた。



とんだホラーだ。


最近、私に抱えられて一緒にいる事が多いセチアは、久しく動物の本能の赴くままに狩を楽しんだようで、獲った鳥を自慢げに見せてくれた。


初めてスキルも使ったのだと嬉しそうに念話で話すセチアを見ているのはとても微笑ましいが、血塗れの小鳥を咥えて持ってくる彼の姿は私をなんだか複雑な気分にさせた。


彼の当分のご飯は鳥である。



とまれ、セチアがいなくて手元が寂しかった私は、ふわふわムニムニとした彼の体を撫で回しながら、セチア分を補給しているのである。


今思うと、セチアにお留守番していて貰う必要は無かったかもしれない。


セチアを抱いていないと、私が寂しくて落ち着かなくなってしまうという事が分かったのだ。



基、他の三人は、テーブルを挟んだ対面のソファーに座っている。


新しい住人が増えたと急に知らされたソフィアと、当時寝ていた為に何も知らないエディルア。

そして奴隷であるタマちゃんのご主人様、ヘデラ。


メイドさんなのにご主人様。


少し面白い。




簡単な自己紹介の後、エディルアとソフィアにヘデラが事のあらましを話して聞かせた。


私と同郷の彼を見つけたので、奴隷として売られてしまっていた所を、これも何かの縁だとフィナードさんから譲り受けたのだと。


それを聞いて、苦い表情を浮かべたのはソフィアだった。


「奴隷か……。口減らしや、親の借金返済の為に売られる幼い子供の奴隷は案外多い。当事者達からすればどうしようも無い事もあるだろうが、質の悪い奴隷商人だとその末路は悲惨な者も多いと聞く。所有者になる人間だって、子供の奴隷を買って何をするかなど考えたくもない。奴隷契約の魔法が有るとは言え、やはり痛ましいな……私はあまり、奴隷というものを良く思ってはいないのだ……」



見た目は子供なタマちゃんを見て、そんな辛い現実があるのだと悲しげな口調で話す彼女。


私はタマちゃんがいた場所に、同じ年頃の少女達が沢山いた事を思い出した。


幼い子供の奴隷は案外多いのだという。



便利な魔法やスキルが使えるこの世界だって、子供はちゃんと非力だ。


そんな彼らの辿り着く先が、大人の都合が作り上げた身勝手な惨憺なのは、悲劇でしか無い。


『人の命が軽い』と。


それが有り触れたこの世界は、やっぱり過酷なんだろう。


何だか悲しい気持ちになってしまった。



「おじさんの場合は自業自得だがねぇ……。もしも奴隷を無くせるとすんなら、無くしてえと思うかい?」


相変わらず、ソファーにだらしなく凭れ掛かったまま、タマちゃんがソフィアにそんな事を訊ねた。


奴隷を無くしたいか。


難しい質問だと私は思う。


もしもの話だ。




もしも、奴隷を無くす事が出来るのなら……私ならどうだろうか?



そんな風に考えてみても、真祖である私の中に、その答えが見つかる事は無かった。





「そう思う……だが、そう簡単にいかないのが現実だ。この世界では、奴隷は必要な物として受け入れられている。王国、帝国、商国、聖教国、連合国、魔王国、その他の小国も。その中で、理不尽な思いをしている者がいるなら、当然助けてやりたいと思うぞ」


「そりゃあ立派だ。だがァ……それは奴隷を無くすよりも難しい。何に対してだって、どこに行ったって、人間の本質ってえのは変わらねえもんだ……弱えもんが喰い潰される。姿形は変われども、絶対に無くなる事はねえ……人の業ってやつさ」


「それは……そうなのだろうか?だが、それは正されるべき悪だろう。それこそ、無くしていかなくてはいけないのではないか?」


「悪か……確かにその通り。んならァ、例えばの話だ。手前の欲を満たす為に動物をとっ捕まえて、散々甚振った挙げ句に殺す野郎。食料にする為に動物をとっ捕まえて、捌いて肉にしちまう野郎。何方も弱えもんを手前の為に殺しちまいやがる……その違いは何でえ?」


「後者は生きる為に仕方が無いが……前者は己の歪んだ欲の為……無くても良い犠牲だ。……なる程、そこには悪意があるのか」


「その通りでえ。弱肉強食ってえのは自然の中じゃあ、何だっておんなじことだが……悪意を持ってそれが出来んのは人しかいねえ。魔物なんてバケモンよりも、よっぽどおっかねえのはそんな人間の心さ……だから難しいんだ。形がねえ分、何時何が起きるか、誰にも分かりゃしねえ……『心のない人間』なんて言い方をするがァ……人間から心を無くしちまわねえ限り、悪意なんてもんは無くならないのかもしれねえ……」


「だから……仕方の無い事だと?」


「そうじゃあねえなァ……人ってえのはな、唯一他人に共感することが出来る動物なんだ。分かるかい?それも心よ。善い心ってえのは、大なり小なり、大抵の奴が心臓の何処かに持ってるもんだ。んならぁ……それを大事にしなくちゃあいけねえ。人を動かすのは、何時だって人の心だ。悪人にとっての理想は、真っ当な人間が何にも思わねえようになる事なんだ。簡単なもんじゃねえが、ねえちゃんは正しい。と、おじさんは思う」



そう言って、タマちゃんは可愛いく微笑んだ。



タマちゃんの言葉は相変わらず難しいが、良い事を言う。


なんて事を思いながら、私は彼らの会話を聞いていた。



年長者の言葉は為になる。



人間は、誰かを思い遣る事が出来る。

その心を大切にしていけば、何時かは皆が幸せになれる日が来るかもしれない。


都合の良い理想論かもしれないが、そうで無ければ皆が幸せになんてなれはしない。



『一人の善人が傷つくと、全ての善人が共に苦しむことになる。』



どこかの詩人の言葉だ。

前世のドラマで見た。



誰かが誰かを思い、共感し、共に悲しむ事が出来るのなら、何時か、理不尽な思いをしている奴隷がいなくなる時が来るかもしれない。


その時は、きっと私も、今より笑って要られると思う。



そうなれば良いなと、私は確かに思えた。



「そうか……ありがとう。タマちゃん殿はお若いのにやけに達観した事を仰るな」



ソフィアはそう言って、ダランとソファーに凭れ掛かったタマちゃんに優しく微笑みかえした。


リアデの正義の娘は、また一つ、自分の正義を見つめ返す事が出来たのかもしれない。




そんな二人のやり取りを見ていた私は、そう言えば、ソフィアはタマちゃんがおじさんだと知らなかったという事に気が付いた。


これは教えて驚かせてあげよう。



基、教えておかなくてはいけない。




「タマちゃんは私と同じ転生者で、前世では52才のおじさんだったらしいよ。そして、こう見えて男の子」


膝の上に載せたせチアの両手を掴んで遊んでいた私がそう言うと、ソフィアは期待通りに甚も驚いてくれた。


「そ、そうなのか……!?これは失礼な事を言ってしまったな……え、男の子?」


「ハハッ。何言ってんでえ、今のオレは産まれて二年目の糞ガキだ。気にすんじゃねえや。全部何かの受け売りだしなァ……おう、しみったれた話は止めでえ!オレにとっちゃあ、久し振りのシャバでようっ……今日は良い日なんだっ!何か楽しい事でもしようじゃねえか!」



タマちゃんはそう言うと、だらけて座っていたソファーから飛び起きた。


真面目な雰囲気から一転、彼は楽しい事がしたいらしい。


久し振りのシャバらしいから、自由を謳歌したいのだろう。



ソフィアはポカンとした表情で「男の子……」と呟いている。


面白い。





しかして、そんな様子を見ていたヘデラが、クスリと笑った後にソファーから立ち上がった。


「そうですね。少し遅くなってしまいましたが、わたくしはご夕飯を作ってまいりましょう。今日は少し豪華な物をご用意致します」


「おお、そりゃあいけねえ……おじさんも手伝うかい?料理はカップ麺しか作れねえんだがよぉ……」


そんな事を少し申し訳なさげに言う新しいメイドさんが手伝いを申し出るが、料理はカップ麺しか作れないらしい。


それは料理では無い。


「いいえ、料理はわたくしの領分ですので。タマちゃんには後片付けを……いえ、それはわたくしの魔法で一瞬ですね…………ええ……そうですね、何かありましたらお声掛け致します」


「おお、何でも言ってくれ」


そうして、ヘデラは団欒室を出て行った。




残ったのは私、エディルア、ソフィア、タマちゃん、そしてセチア。


この四人と一匹で楽しい事をしようと思う。



何が良いだろうか?


「楽しい事ね、魔物でも狩りに行くかしら?」


エディルアがそんな事を言い出した。


彼女は暇さえあれば魔物を狩りに出掛け、決まって黒くて大きい魔物を持って帰ってくるのだ。


そしてヘデラが美味しく料理してくれる。


エディルアにとっては一番に思い付く楽しい事らしい。



「こんな細っちぃ腕で、おじさんはバケモン相手に喧嘩なんて出来ねえよ」


そう言って腕をぷらぷらさせているタマちゃん。



彼は戦う事が出来ない部類のひとらしい。


そう言えば、彼のステータスはまだ見た事が無い。



彼は見ただけで相手の事が分かってしまうらしいが、それもきっと神様が言っていた特典のチートとか言うやつなんだろう。


女の子みたいな見た目の男の子になって、可愛い服を着たくて仕方が無い身体になってしまったらしいが、それも……特典のチートなのだろうか……?



今度ステータスを見せて貰おう。



「じゃあダメね。直ぐに死んじゃうわ」


「何かゲームでもする?」


「ゲームか……そう言えば、転生者が数十年前にリバーシというボードゲームを広めた事があったらしい。一時期大陸中で老若男女問わずのブームになったが、皆飽きてしまい一年程で鳴りを潜めたとか。私はやった事は無いが、初めは楽しいらしいぞ。しかしあれは二人用だったか?」


リバーシというボードゲームはオセロだろうか?


誰もが一度は嵌るだろうオセロブームだ。


私は小学生の頃に訪れた。


そしてやりまくっている内に飽きるのだ。


この大陸には私のような人間が沢山いるらしい。


「トランプでもする?」


大富豪とかどうだろうか。


多人数で遊べるゲームと言えばトランプくらいしか私は思いつかない。



「トランプねえ…………ん?おオ!?何でえ、何でえ!丁度四人じゃねえかっ!んならぁ、やる事は決まってらァ!おじさんが君たちに麻雀って超クールなゲームを教えてあげよう」


しかして、タマちゃんがとても良い笑顔でそんな事を言い出した。


「麻雀……」




実は私、麻雀をした事がある。



忘れもしない。


あれは私が中学二年生の時、秋刀魚が美味しくなってきた秋の夜長の夜の事。


何故かお父さんが麻雀牌を買ってきた。


赤くなった顔と覚束無い足取りで居間に入ってきたお父さんは、寝転がってテレビを見ていた私に呂律の回っていない声でこう言った。


『京子、知ってたか?麻雀する女はモテるらしい。俺が教えてやる』


と。


何処の誰にそんな事を聞いたのかは知らないが、そんな理由で娘に麻雀を教える父親はきっと私のお父さんだけだろう。


手に下げたビニール袋から麻雀牌を取り出したお父さんは、酔っ払ったテンションと、謎の有無を言わせない強引さで私に麻雀を教え始めた。


見ていたテレビのリモコンを取り上げられ、居間のテーブルにマットが敷かれ、私が座らされた。


対面に座ったお父さんが説明するのを、仕方が無いので何と無く聞いていた私だが、何故か途中からお母さんが加わり、サンマが始まり、私のお小遣いが賭けられ始めた辺りで、私は必死にルールを覚える事になった。


その日から、有栖川家では家族三人で偶に麻雀大会が開催される事となる。



慈悲深い両親に私が土下座をした甲斐あって、目出度く私のお小遣いが減らされる事は無かったが、サンマ麻雀のルールを覚えた私がモテる事も無かった。



悲しい私の前世の記憶だ。




「二人の前世の遊び?それは四人でするものなの?」


「二人や三人でも出来るけど、普通は四人でするのかな?」


「おお、アリス殿は知っているのか」


「何でえ、アリス様は打てるんだっ!モテるJKだねぇ。そいつぁ都合がいい、いっちょ雀卓出しておくんねえ!」


タマちゃんが私に言う。


テンションアゲアゲだ。



そして、彼も麻雀打てる女はモテるなんて事を言う。


私は知っている。

それはデマだ。


いったい何処情報なのだろうか。



「いいよ」


そう言って、私がチョチョイと具現化したのは、見た事しかない全自動卓。


自動で山がセットされたり、点数が表示されたりする、雀荘とか偶に旅館とかに置いてある雀卓マシーンだ。



洗牌したり、山を積んだりする手間が無いのだ。


しかし悲しいかな、このお城には電源が無い。


「ウハぁ〜っ!流石はアリス様だっ、全自動じゃねえかっ!」


「でも電気無いから手積み」


「かぁ〜っ!こりゃあ一本取られたッ!そんじゃあ早速……」


気分良くそう言って卓に付くタマちゃんに続いて、私達もそれぞれの席に座った。




「これは机なのかしら?」


「この四角いブロックは何だ?」


しかして、そんな事を言いながら卓や雀牌を弄る二人への、タマちゃんの麻雀講座が始まった。




「おう、これは雀牌って言って……台がちと高えな……」


そう言って、椅子の高さを弄るタマちゃん。


「おお……?何でえ……牌がでけえように感じる……っ!掴みづれえったらねえな……」


そう言って、驚愕の表情で雀牌を手に取るタマちゃん。


「ンなッ!?何でオレの手はこんなにちっせえんだ……っ!!禄に山も積めねえじゃねえかっ!こんちくしょう!」


そう言って、並べた山牌を上手く積み上げられずにぶちまけるタマちゃん。


「ちッ……!!握り込みも出来ねえな…………」


そう言って、握った牌を元に戻すタマちゃん。


「おオ?……対面の山に……手が、届かねえぞっ……」


最後に、対面の牌をツモろうとして必死に手を伸ばすが届かずに、軈て諦めたタマちゃんは、悲しい顔をして弱々しく口を開いた。


「何でえ……この体は……禄に麻雀打つ事も出来ねえなんて……。おじさん、ちょっくら泣いてくるわ」




椅子から飛び降りて、トボトボと部屋を出て行く彼の背中は非道く小さく見えた。


そんな彼を、私達三人は静かに見送る。



子供の身体になってしまった私には、今の彼の気持ちが良く分かる。






人は唯一他人に共感出来る動物だ。




どうやら、私は人並みの心をちゃんと持っていたらしい。




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