アリスさん、商会を知る3
前書きにて失礼します。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
沢山の方に読んで頂けているようで、とても嬉しいです。
さて、いきなりネタバレになりますが、
今回、『おじさんin男の娘奴隷』という、いったい誰が特をするのか分からないキャラが登場します。
言いたい事は分かります。
要らん設定つけてんじゃねえ!
でも思い付いちゃったのだから仕方ない。
そして、この先も多分登場します。
「そんなん勘弁」という方は回れ右して下さい。
「ふざけんなボケ」という方は感想フォームにクレームでも作者の悪口でも書いて下さい。
雑な返事が返ってきます。
そんな、一応の注意喚起でした。
数分後。
豪華な絨毯が敷かれた廊下を宛も無く歩き彷徨い、辿り着いたのはこれまた檻が左右に並んだ通路だった。
私は並んだ檻の中を眺めながらその通路を歩く。
檻の中にいたのは、歳の頃にして14〜20歳位の少女達。
さっき見た奴隷のお姉さん達より随分幼い。
首輪を付けた、これまた下着姿の彼女達は、私を見て三者三様の様相を見せた。
愛想よく話しかけてくる者、興味無さげに寝転がっている者、隅っこで座り込んでいる者、等など。
きっとこの少女達も奴隷なんだろう。
奴隷よりも、魔法の道具なんかを見たい私の好奇心とは裏腹に、また奴隷のエリアである。
この商会には奴隷の人達が沢山いるらしい。
私と歳の近い彼女達を見ていると、何とも言えない気持ちになってくる。
悲しいのか、辛いのか……傍また苛立たしいのか。
けれども、そんな複雑な感情すら、薄らぼやけた気のせいのように思えてきて、私はそれがほんの少しだけ悲しい。
結局、奴隷というものがどうであれ、私には関係の無い事なのだ。
赤の他人な彼女達を見ても、他人事以上の感情が湧かない。
エディルアやヘデラと同じように、そこには不満も嫌悪も無い。
ましてや、この世界の奴隷制度そのものをどうこうしようだなんて思う筈も無い。
私はそんな責任を取れる程に、賢くも、立派でも、正義を持っているわけでも無い。
そんな面倒くさい事は考えたくも無い。
だから、そんな自分の心が、ほんの少しだけ悲しい。
結局、私は人間とは違うのだと、そんな風に誰かに言われている気がして……。
「アリス様何方へ行かれるのですか?」
「ふおっ!」
私がいい感じでセンチメンタルな気分に浸りつつ、檻の間を歩いていると、突然影の中からヘデラが飛び出して来た。
何と、飛び出して来たのだ。
私の足元の影からピョンと現れた彼女は、紛れも無く私の知るヘデラ。
相変わらず、突然が好きなびっくりメイドさんである。
いったいどうしたのだろう。
私が戻って来ないので心配したのだろうか?
それとも、彼女も私と同じように退屈になって抜け出して来たのだろうか?
そんな風に思いつつ、目の前に立つ彼女を見ると、胸に『4』と書かれたワッペンがくっつけてあった。
これはヘデラの分身さんがつけているワッペンだ。
本体と分身が分かるようにしていると、この前ヘデラが言っていた。
彼女はヘデラの分身さん『その4』である。
「分身……?影から出てきたけど……」
「ええその通りで御座います。いつ何時もアリス様のお側におりますのがわたくしの役目で御座いますので。僭越ながら、良からぬ者が寄ってこないように、アリス様の周囲はわたくしが監視しております」
わぉ……そんな役目が……。
彼女は私をいつも見守ってくれているらしい。
何とも過保護な子供扱いだが、ヘデラなりに心配してくれているのだろう。
嬉しいけれど、いつも見られていると思うと少し恥ずかしい。
しかし、いつも側にいるとは言うが、この4番さんはいつも何処にいるのだろうか。
私は始めましてなのだが……。
もしかして、ずっと私の影の中にいたりするのだろうか?
……。
いやいや、そんなまさか。
本体ヘデラも合わせて「二人はいつも一緒だよね」とか、そういう仲良し的なニュアンスで言っただけだ。きっと。
私の影からいきなり登場したせいで、少し怖い想像をしてしまった。
「ちょっとお散歩を……」
「ええ、ええ。分かっておりますよ。フィナード様と申しましたか、あの御方のお話が退屈だったのでしょう。わたくしも同じで御座います。つまらない話を長々と……結局何を言いたいのやら。エディルア様も目を開けたまま寝ておられました」
そうなのか。
何だろう……。
このヘデラは少し毒舌だ。
分身だって何一つ変わらない、全く同じヘデラの筈なんだけれど、不思議だ……。
「そうなんだ」
「お話が頃合いになりましたら、わたくしがお知らせ致します。それまでは心行くまでお戯れなさって下さい。わたくしが御一緒致しましょう」
そして、4番ヘデラが一緒に着いて来てくれるらしい。
私の商会探索に彼女が加わった。
しかして、私達がそんな話をしていると、隣にある檻の中から声を掛けられた。
それは鈴が転がるような可愛らしい声。
幼さの残った、小鳥の囀りのような綺麗な声。
ここには少女の奴隷が沢山いる。
この声の主もその一人なんだろう。
……が、その台詞が何とも声に似合わないものだった。
「はァ〜っ……たくよぉォ……さっきから聞いてりゃあ手前らはなんでえ。ヒトの檻の前で……けったいな事をペラペラと……をォ!?」
なんて……。
かったるそうな文句。
ギャップなんてものではない。
何を言われたのか、自分の耳を疑っていまう程に、それは違和感の塊だった。
しかして、声の元を見てみると、その檻の中にはやはり少女がいた。
15歳くらいだろうか。
小さく細い身体付きの彼女は、他の少女の奴隷達と違わずベイビードールのような下着姿で、グデンとだらし無く床に寝転がっていた。
肩口まで伸びた綺麗な金髪をサイドテールにした可愛らしいその少女は、床に頬杖をついたまま驚きの表情を顔に貼り付けて私を見上げている。
とても可愛いお人形さんのようだ。
……が、格好が何ともだらし無い。
そんな事を思いつつ私が見ると、翡翠のような彼女の眼と視線が合い、次にはその少女は嬉しそうに笑って飛び起き、柵の近くまでやって来た。
「お〜いおい、嬢ちゃん同郷じゃあねえかっ!!しかもJKたあ……かぁ〜っ!こんなチンケな場所で、トンだ奇遇な事もあったもんだなあ……」
そしてそんな事を晴れやかな笑顔で言う少女。
やはり、とても可愛らしい見た目と声と、その台詞のギャップに思わずたじろいでしまう。
何なのだろうか、この娘は……。
個性的だ。
かぁ〜っ!なんて言ってる女の子、私は見た事がない。
しかし、そんな事よりも気になってしまうのが、私と同郷だと言う彼女の言葉だ。
何と、この少女は私の事をJKと言ったのだ。
驚きなんてものじゃ無い。
何処からどう見ても小学生児童のようなお子ちゃまな私の事を何故JKと言ったのかは分からないが、そんな事すらどうでも良い。
私の興味は唯一。
彼女が、JKなんて言葉を使った事だけ。
もしかすると彼女も、私と同じなのだろうか?
そんな考えが脳内に浮かぶ。
死んでしまって、魂のランクがどうのこうのと言う事で、神様にこの世界で生まれ変わらせて貰った、元日本人。
「同郷」、「JK」、その二つが意味するのは、即ちそう言う事なのでは無いか。
何て事だろう!
同じ境遇の人に会えるなんて、本当に何て奇遇な事だろう。
私は少し興奮しながらその少女に訊ねた。
「もしかして、貴女も日本人なの?」
「おうおう、左様でえ。前世は博打に嵌って何もかもを失った阿房な男が、今は檻の中で娼婦の真似事さぁ……笑えるだろう?」
おお、やっぱり!
仲間を見つけたような気分だ。
少し嬉しくなってしまう。
この娘は前世で博打に嵌っていたらしい。
そして何もかもを失った阿房な男だったらしい。
え?
……男?
ええ?
どういう事だろうか?
そう言う事なのだろうか?
男の人が、こんなに可愛い女の子になっちゃったと言うのだろうか?
そんな事を訊ねようと口を開いた私を遮るように、私を見つめていたその少女は相変わらずな口調で話し始めた。
「……ははあん。嬢ちゃんも随分な運命を背負わされちまったってえ質だなァ……?オット、覗き見してすまねえ、オレは他人の事は何でも分かっちまいやがんだ……。これも何かの縁。ちょいとおじさんの話を聞いちゃあくれねえか……犬も喰いやしねえ、茶飲み話にもならねえ、それでも親近感が湧いちまいやがる……っ!歳を取る程に昔を語りたがるんだ……心だよ。手前の人生にへこたれちまった人間の性って奴さ……分かるだろ?」
ん、ンン〜?
分かるだろ?と聞かれても、何も分からないのだが……。
まあ、確かにこれも何かの縁だ。
本人曰く「おじさんの話」とやらを聞かせて貰おう。
何故女の子になっちゃった挙げ句、こんな場所で奴隷として売られてしまっているのか、とても気になる。
取り敢えず頷いておこう。
「うん」
「何を言っているのですか、このお方は」
怪訝そうに首を傾げるヘデラは無視して、その少女は語り始めた。
「お、嬉しいねえっ!馬、ボート、パチンコ、麻雀……まあ、何でも良いがなァ……気付いた時にゃあ手遅れだった……会社は首に、妻と娘は出て行き、こさえた借金で筋者に追われる日々……。自業自得……身から出た錆……おうおう、そんな事は分かってる!言い訳ならねえ自分の責任から、破れかぶれに逃げ舞う人生……。それでも足掻いたさ!オレはまだ52だ!自分のケツも禄に拭けねえ程老い耄れちゃあいねえ!……それでもな……軈て足掻くのに疲れちまいやがった……。足が上がらなくなっちゃあお仕舞えよ……。自らの業と向き合う、それすら出来ねえ程に……。そんなら仕方がねえ、オレは全てを諦めたのさ……良くある阿房のお話だぁなあ」
うん。
……うん。
良く分からないな。
賭け事に嵌って、借金を作ってしまった所までは分かった。
そんな私は気にも止めずに少女は続ける。
「そしたら今度は女みてえなガキと来やがったっ!こんなナリでぇ、タマも竿も付いてやがんだっ!あんの糞アマ……っ!にゃろうっ他人をコケにしやがる!こんなよく分からねえ世界で……っ!よく分からねえ身体で……っ!まだオレに足掻けと言うっ!ふざけやがってっ!!……だがな……それでも逆らえ無いのが、人の業ってもんだ。そう、変わらねぇのは弱い心だ……問題はよぉ……今度は可愛い服が着たくて仕方がない……っ!!馬のレースの次は、可愛い手前の姿を見たくて仕方がないんだっ!!こんちくしょうがっ!!けったいなのは手前の方さっ!!」
そう言って少女は鉄の柵を殴りつけた。
ぺちん!という音が響く中、私はその話を理解しようと頑張ってみる。
前世、博打に嵌って借金を作ってしまい疲れてしまったこの少女は、何かのきっかけで死んでしまった。
全てを諦めたとか言っていたので、もしかしたら自殺してしまったのかもしれない。
そして、自分の事を「おじさん」と言っていたので、前世はおじさんだったのかもしれない。
次に、この世界で産まれ変わったおじさんは「女みてぇなガキ」になってしまった。
女みてぇ、という言葉と、何やらかんやらが付いていると言う言葉から察するに、驚く事にこの可愛い少女は男の子だという事だ。
そして良く分からないが、「あんの糞アマ」に怒っていて、可愛い服が着たくて仕方が無いらしい。
ハぁァぁァ……。
分からない、分からないぞ……。
しかして、少女は悲しそうに息を吐いた後に続ける。
「はぁ〜……気が付いた時にゃあ何時だって手遅れだ……残ったのは買い漁った可愛い服と、また借金だけだ……。挙げ句にこうして、腐った飼い主が現れるのを待つ犬にまで成り下がっちまった……。正にゴミの掃き溜めに転がる愚物……。埃にすら餓えた蚤……。おじさんって生き物は大抵我慢強いものだが……変態に掘られるのだけは我慢ならねえ……。だからこうして、おじさんは今日も足掻いているのさ……」
「どぅはあ〜……かったりい……」そう言って、美少女のような少年のおじさんは、その場でグデンと横になるとお尻を搔き始めた。
正に、居間に寝転がってテレビを見るおじさんを見ているよう……。
そんな彼の話しを要約するとこうだ。
おじさんは女の子のようなとても可愛い男の子になってしまった。
何故そんな事になってしまったのかは分からない。
可愛い服を買い漁り、そのせいで借金が出来て奴隷になってしまった。
何故借金をしてまで可愛い服を買い漁ったのかは分からない。
何とも、けったいな人だ。
同郷の好で助けてあげたいが、何だか自業自得のような気もする。
私がそんな事を思っていると、隣で聞いていたヘデラが変な事を言い出した。
「呆れたものです。とんだ腑抜けた人間もいたものですね。嘆かわしい。足掻いているなどと言って諦めた愚か者のフリをしておきながら、それでも全ては捨てられずに、自分の欲のせいですか……そんな事だから祈りにすら縋れないのですよ」
等と。
何だ……何を言っているんだ……。
ヘデラまで良く分からない事を言い出したぞ。
私が馬鹿だから分からないのか?
所詮高2の頭だという事なのか?
そんな私を傍に、二人の会話が始まった。
「ハハ……っ!言うじゃあねえか……ねえちゃんには祈る神がいるってのかい?羨ましいこって」
「馬鹿を言わないで下さい。わたくしが祈りを捧げるのはアリス様だけです。皆、色んな業を抱えて生きているものです。明日は我が身。深みに沈む者を嗤える者はいませんよ。わたくしだって、何度アリス様にあんな事やこんな…………失礼。……でしたら、そんな自分の責任から逃げてはいけません。誰だって同じです。貴方は助けすら求められないのですか?」
「なに!バカ野郎がっ!そんなふてえ事が出来るわけ無いだろうが!」
「馬鹿は貴方でしょう。そんな処で無様に転がっておきながら、今更何を躊躇する事があるのですか。それとも、それこそが自分への罰だとでも?そんなモノ、慰み者にすらなりませんよ。」
「こんの……ッ!!くそったれ……!……ああ、そうだっ!……その通りだっ!分かってらぁ……もうどうしようもねえんだ!こんな豚箱の中で、自分じゃあ何にも出来やしねえっ」
「ならば足掻いてご覧なさい。惨めでも、格好悪くても、貴方は欲に塗れた、汚く淀んだ人間なのですから。阿房を貫き通せば宜しいのです。欲に忠実、結構では御座いませんか。それならば、せめて踊る阿房で有りなさい」
「……はぁ……そうだなァ、そんならアリス様におじさんも祈ってみるとするかなァ……。こんなになっちまっても、縋れるものが有るってのはありがてえ事だ……オレは可愛い服さえ着られりゃあそれで良い、変態に掘られる以外は何でも良いさ。こんなナリだが、助けてくれるってんなら好きにしてくれ。頼む……どうにかしちゃあくれねえか……」
そして、おじさんはそう言うと、黙って聞いていた私に向かって深々と頭を下げた。
お人形のような可愛い見た目と、小鳥の囀りのような可愛い声。
だが、言っている事は難しくてよく分からない。
退屈な話から逃げて来てみれば、わけの分からない会話を聞かされる羽目になってしまった。
まあ、何はともあれ、おじさんは助けて欲しいらしい。
同じ境遇、同郷の好だ。
フィナードさんに相談してみようかな。
「それで良いのです。これを運命と言うのですよ。アリス様、そろそろフィナード様のお話が終わる頃合いかと。戻りましょう」
しかして、ヘデラがそう言い出した。
そろそろあの長いお話が終わるらしい。
それはいけない。
何食わぬ顔で戻らなければ。
「うん」
「おお、せいぜい気長に待ってるぜぇ……」と言って手を降るおじさんを背に、私達は応接室へと戻ったのだった。
私の探検は呆気なく終わりを迎えた。