アリスさん、商会を知る2
曰くこの世界の奴隷とは、所有する人物がいて、所有者の命令に服し、譲渡や売買の対象とされる人間の事を言う。
所有者の命令には絶対服従。
命令に背いた場合や所有者に危害を加えようとした場合は、キツいお仕置きが待っている。
そして何よりも特徴的なのは、奴隷契約という魔法に縛られているという事。
人が奴隷になる際は奴隷契約というものを、必ず奴隷を所有する人物と交わす事になるのだ。
それにはとても細かな取り決めや制限、条件があり、奴隷と所有者、両方が契約内容を決めてから同意、お互いが魔法の力でその契約に縛られる事になる。
これは神様の力が籠もった魔法であり、何が在ろうと、誰で在ろうと背く事はできないし、誤魔化す事も出来ないらしい。
奴隷契約とは、神様との契約という側面もあるのだとか。
つまり、神様に誓って必ず、奴隷は所有者の決めた事を守らなくてはいけないし、その逆もまた然り。
例えば、ここにいる女の人達は性奴隷と呼ばれる奴隷の人達で、読んで字の如く「男の人に性的なアレコレのはけ口として扱われるための奴隷」というわけだが、奴隷契約によってやらないと決めた事はやらないし、所有者が彼女達に命令する事も出来ない。
無理矢理に彼女達に鉱山で穴を掘らせたり、魔物と闘わせたりする事は出来ないのである。
前提として、奴隷は所有者の命令に絶対服従であるが、それは契約の範囲内での話ということらしい。
よって、彼らには人間としての最低限の権利と自由はあるのだ。
と、言えなくもない。
本当か?
何とも、便利と言うか、都合が良い魔法もあったものだ。
色んな魔法が存在するこの世界ならではの存在だと言える。
所で、奴隷は大きく三つの種類に分ける事が出来る。
罪を犯して捕まった人が、死刑は嫌なので奴隷になる犯罪奴隷。
お金を借りたけど返す宛が無い人が、借りたお金を返す為に自分の身体を売る借金奴隷。
身寄りがなく働き先もない等の理由により、生きていくために奴隷になる一般奴隷。
つまり、奴隷とは犯罪者にとっての罰であり、自分一人ではどうしても生きていけなくなった人への救済措置なのである。
なんて。
そう言うと聞こえは良いが、要は神様が容認した人身売買だ。
この世界では有り触れたごく普通の存在として認知されているが、当然、後ろ暗い事もある。
例えば、裏奴隷というものがあったりする。
無実の罪を着せて無理矢理奴隷にしたり、攫って来た人を脅して奴隷にしたり、そもそも奴隷契約を交わしていなかったり。
奴隷契約は神様との契約という側面を持つ故に、それを悪用しようとするのは見つかれば即刻処刑される程の重罪なのだが、それでも盗賊の間やスラム等の裏社会ではごく普通に取り引きされているらしい。
裏奴隷は少数だが確かに存在する。
この世界にはそんな悲しい現実もあると言う。
基、奴隷が存在するという事は、勿論奴隷を扱う商人もいる。
ここ、ゲスクズ商会も奴隷を扱っているらしい。
奴隷の売買、奴隷契約の代行、立会いなどをする。
ここにいる奴隷は皆高級奴隷と呼ばれる人達で、一言で言えば値段が他の奴隷と比べて高い。
容姿がとびきり良かったり、とても強かったり、とても優れたスキルを持っていたりするらしい。
目の前のお姉さん達も皆美人揃いである。
と、そんな事をフィナードさんは私達に丁寧に教えてくれた。
そして、私達がいるこの場所であるが、実は正面の入口では無かったらしい。
なんて事も教えてくれた。
この建物はとても大きい。
ゲスクズ商会は様々な物を取り扱っており、それはフロア毎に別れているのだが、建物への入口自体も別れていたりする。
私達が入った入口は、偶々このお姉さん達がいる性奴隷フロアだったのだ。
まさかそんな事が……。
あるのだ。
建物正面の一番大きな入口が正面玄関だったらしい。
今日私達が来ると知っていたフィナードさんは正面玄関で待ってくれていたらしいのだが、間抜けな私達はそんな事は気づかずに適当な入口から入ってしまった。
ちゃんと看板に書いてあった筈なのに、間抜けな私達はそんなものは見もしなかったのだ。
そして、私達を見た店員から「ただならぬ人達が来た」と知らせを受けたフィナードさんが確認の為に、ここにやって来てくれたという事らしい。
そんなフィナードさんの説明を一通り聞いた私達。
エディルアとヘデラは頷きながら、
「そうそう、つまり人間が人間を飼うのよね」
「なる程。何が楽しいのでしょうか、理解に苦しみますね。一度買ってみれば分かるでしょうか?」
なんて事を言っている。
彼女達は人間の奴隷がどんなものだろうがどうでも良いらしい。
「皆様には退屈なお話だったでしょうか。おっと、こんな場所で立たせてしまって申し訳御座いません。どうぞこちらへ」
苦笑気味にそう言うフィナードさんの案内の元、しかして、私達は応接室のような部屋へと通された。
綺麗な部屋だ。
流石はリアデ一の商会。
装飾から家具まで、お高そうで綺羅びやかな物ばかりである。
私に物の価値なんて分からないが、ヌーヴェル伯爵家のそれに近い豪華さだ。
そこかしこがキラキラしている。
そんな気がする。
フィナードさんに勧められるままに、私達三人はソファーに腰を下ろした。
今日はヘデラもちゃんと座っている。
彼女にとって、ここはメイドだからと後ろで立っている必要がない場所らしい。
基準がよく分からない。
軈てここの給仕さんだろう人がお茶を運んで来てくれ、それに皆が口をつけた後に、フィナードさんが話始めた。
「さて、皆様。改めて、本日は態々お越し下さりありがとうございます。余り皆様のお時間を取らせてもいけません。早速、本題に入りましょう。私が皆様とお会いし話たかったのは、今回私が冒険者ギルドより買い付けたミスリルとトーチャー・ビーストについてです。あれらは皆様が採取され、お売りになったと伺っていますが、事実でしょうか?」
「そうね。事実よ」
「あのミスリル鉱石はとても品質の良いものばかりでした。どれも含有量が95%以上で大きさもあり得ない程に大きい。トーチャー・ビーストも然りです。本来、リアデの市場は勿論、王国の何処を探してもあれ程の素材が出回る事は無いでしょう。それ程にとても貴重なものでした。そこで誠に失礼ながら、皆様の事を調べさせて頂きました。商人として、これらを売りに出した冒険者がどのような方々なのか、私個人としても非常に興味深く思ったからです。トーチャー・ビーストをパーティー単位で狩るなどSランクですら遠く及ばぬ力量をお持ちになった方々でしょう。本音を言えば、商人として、フィナード・ゲスクズ個人として、是非ともお近づきになりたかった。私も商人です。正直に言ってしまえば、下心と呼ばれるような感情も確かにありました。しかし、それ程にあの素材達は、私にとってとても魅力的なものだったのです」
「私は直ぐに冒険者ギルドのギルドマスターにこれらを売りに出した人物について訊ねました。すると、彼は『真祖の姫とそのメイド、そして黒死の龍が売った』そう言ったのです。私は初め、彼に馬鹿にされている、若しくは冒険者の個人情報は明かさないと暗に言っているのだと思いました。冒険者ギルドのマスターとしての彼の事は良く知っています。彼と私は幼い頃からの親友です。彼は惚けた処がありますが、ギルドマスターとしての矜持はしっかりと持っています。例え相手が私だとしても、しつこく訪ねるのは商会と冒険者ギルドの関係を悪くしてしまうかも知れない。そう考えた私は、ゲスクズ商会の総力を上げて情報を探し回る事にしました。そんな時です」
「私の元にトルガ・ヌーヴェル伯爵様がお出でになられました。商会の受付で私を呼び出した彼は、軈てやって来た私を見て満面の笑みで声高々と言ったのです。『私の娘のソフィアが慈愛と豊穣の女神、エイラ様の戦神乙女になった』と。彼と私は幼い頃からの親友です。彼の事は良く知っています。彼とソフィア嬢の間に多少蟠りがあり、それについて随分悩んでいる事も知っていました。なので、私は彼のその言葉を聞き、とうとう頭を打たれた、若しくは心を病まれてしまったのだと思いました。私は急いで近くの診療所に彼を連れて行き──」
何だ何だ。
早速本題に入りましょうと言っていたのは何だったのか。
ひと呼吸置いた後に、そんな事をつらつらと話し始めたフィナードさん。
正にのべつ幕なし。
彼はどうやらお話が好きなようだ。
良い事である。
私は口数が少ないと自覚しているが、こう見えてお喋りは好きな方なのだ。
特にこの世界の人とのお話は、新鮮味があって面白い話が聞ける。
しかし、彼のマシンガントークはどうだろう。
至って真面目な顔で身振り手振りまで加え始めた彼には悪いが、何故だろうか、逆しまに何も内容が入って来ない。
偉い人の話は長くてつまらない。
この世界でもそれは同じようだ。
彼の話は続き、「『私は何処もおかしくなど無いぞ!』と喚く伯爵を引っ張ってリアデで一番の凄腕治療術師に見せると、胃に腫瘍が見つかったが、悪い物で無かったので安心した」という辺りで、私はとうとう飽きてきてしまった。
今日はセチアを連れて来ていないので、手元が何だか寂しいのも私の退屈さに拍車を掛けている。
私はエディルアの膝に座ったまま、自分の太腿をセチア代わりに擦りながら彼の話を聞いていた。
他の二人はと言うと。
エディルアは至って真面目そうな顔でフィナードさんを見つめており、ヘデラは姿勢正しく座ったまま不動である。
二人とも、真面目にこんなクソつまらない話を聞いているのだ。
彼の話はまだまだ続き、「魔法で腫瘍を治して貰った伯爵と一緒に昼食を食べながら昔話に花を咲かせた」という辺りで、私はもう何だか眠くなって来てしまった。
何だか日記の読み聞かせでもされているようだ。
結局、このおじさんは私達にどんな用事があるんだろうか。
息もつかせずに喋りまくる彼に、そんな事を訪ねる者が現れる事は無かった。
彼の話はどんどん続き、「伯爵と一緒に食後のデザートを食べていると、彼の口から『黒死の龍、真祖の姫、真祖のメイド』と言う単語が出たので、それについて詳しく訊ねた」という辺りで、私はもうどうでも良くなってしまった。
私は別にせっかちと言うわけでも、飽き性というわけでも、人の話を大人しく聞いていられない程に子供というわけでも無い。
ただ、おじさん二人がベリーのタルトを食べながら楽しくお喋りした話なんて、どうでも良いのだ。
小さい頃一緒に悪戯した話などもっとどうでも良いのだ。
そんなもん知らぬわ!さっさと本題を言え!
そう言ってやりたいが、如何せん。
エディルアもヘデラも黙って真面目に聞いている中、私が何か口を挟むのはどうなんだろうか。
何て事を考えていたそんな時。
私に妙案が天から降ってきた。
「そうだ。トイレに行くフリをしてこの建物を探検して時間を潰そう」と。
閃きの音が聞こえた気がする。
何とも子供じみた思いつきだが、今の私には天啓の様に思えた。
この建物はリアデ一の商会と言うだけあって、兎に角大きい。
色んなものが売っていると言っていたし、きっと何か楽しい物が沢山あるに違いない。
このおじさんのつまらない話を聞くよりも、それらを見ていた方が余程有意義だ。
幸い、私の見た目は小学生みたいなお子ちゃま。
そんな私がいなくたって、このお喋りおじさんは気にしないだろう。
エディルアとヘデラには悪いが、お話が終わった頃に何食わぬ顔で合流しよう。
思い立ったが吉日だ。
そんな事を考えた私はエディルアの膝から飛び降りると、「ごめんなさい、ちょっとトイレ借ります」なんて事を言いながら、誰に何を言われる事無くサッと部屋を出た。
居酒屋で取り敢えず生を注文するが如く、流れるような身のこなし、ごく自然な体を装った脱出である。
流石は私。
部屋の前の廊下にいたメイドさんにトイレの場所を聞いてから、私1人っきりのゲスクズ商会探検が始まった。