アリスさん、商会を知る1
私はとても困惑していた。
困惑して、動揺して、そして緊張していた。
その理由は、私の目の前に広がる光景にある。
高級そうな絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリアみたいな綺羅びやかな灯りが吊るされた薄暗い通路。
その両脇には無骨な鉄製の檻が並んでおり、中には何人もの人が入れられていた。
何と、檻に人が入っているのだ。
牢獄かな?
アリスちゃん達はとうとう捕まっちゃったのかな?
否である。
私達は檻の中では無く、外にいるのだから。
逮捕されそうな事を何回かしたような気もするが、私達は捕まってしまったわけではない。
私はこれからもヘデラの美味しい料理を食べられる。
それにここは牢獄でも無い。
檻があって中には人が入っているのだが、刑務所的な所では無い。
その筈だ。
檻の中に入った人。
それは美人な女の人達だった。
何故か全員無骨な金属製の首輪を付け、何だかイヤらしいデザインの下着だけを身に着けた奇麗なお姉さん達。
そして今、私はそんな彼女達に、柵越しに話しかけられている。
一緒にいるエディルアもヘデラも無視して、さっきから何故か私だけに話しかけてくるのである。
困っちゃうなぁ。
私モテモテである。
「お嬢ちゃん可愛いわねぇ。お姫様かな?ねぇ、私を買わない?」
「ねぇ、可愛いお嬢さん。お父さんは何処にいるの?」
「ちょっと顔が赤くなってるわ。可愛い」
そんな事を吐息混じりに、何だかえろい感じで話しかけてくるお姉さん達。
そりゃあそんなイケない格好をした美人のお姉さん達に吐息混じりに話しかけられたら、私の顔も赤くなってしまう。
何だか甘ったるい匂いがするし、照明も薄暗いピンク色で嫌らしいし。
あんなにスケスケで、そんな所まで見えちゃって……。
はわぁ………何と、端ない。
けしからん何だここは。
私は知っている。
きっとここは風俗という場所だ。
そして檻の中の彼女達はきっと風俗嬢というやつだ。
私を買わない?とか言ってるし。
詳しくは知らないが、きっとそうに違いない。
そういうのが気になってちょっとだけ調べてみたりした事がある、お年頃のJKだった私には分かる。
私の前世では、分からない事があると何でもネットで検索するという事が出来たので、色んな情報が湯水の如く誰でも手軽に手に入ってしまった。
便利な世の中だった。
おっと、そうは言っても私はちょっとイケない好奇心からその手のサイトを覗き見てしまい、知らない単語を検索していたわけではない。
世俗の一般的な常識を得るために、現代日本の社会を正しく知る為の至極健全なお勉強の一貫として調べてみたりした事があるだけである。
私は健全だ。
お母さんのレディコミを隠れて読んで赤面しちゃうような、花も恥じらう清純乙女な女の子なのだ。
そんな私の知識によれば、ここは大人の男の人が、そういうアレな事をする為に来る場所だ。
詳しくは知らないが。
そして、スケスケの下着姿の女の人が檻の中で首輪を付けているという、何ともマニアックでアブノーマル感漂う感じを見るに、そういうフェティッシュに特化した専門店というやつなのかもしれない。
勿論、詳しくは知らないが。
そんな場所に来てしまった私達乙女三人。
ソフィアは騎士の人達と話があるとかで、今は実家の伯爵家に行っており、セチアはお留守番である。
今は私と黒いドラゴンお姉さんとメイドさんの三人だけ。
乙女三人が、セクシーな下着姿のお姉さん達に囲まれているのだ。
おかしいな。
私達はソフィアとグロムさんに教えて貰った通りに、ゲスクズ商会という場所に来た筈なのに。
私達が冒険者ギルドで引き取って貰った素材を、殆ど買い取ってくれたゲスクズ商会。
そんなゲスクズ商会の会長さんが私達と話がしたいらしいというので、私達はその会長さんと会う為にゲスクズ商会を訪れたのだ。
私達はちゃんとソフィアとグロムさんに教えられた通りの場所にやって来た。
道順だって間違いない。
「建物はとても大きくて目立つので、間違う事は無い筈だ」
そんなソフィアの言葉通りにとても大きくて目立つ建物だった。
ここがゲスクズ商会か。
そんな心持ちで、意気揚々と建物に入った私達の目の前には、しかして、こんな光景が広がっていたのである。
私の驚きが分かるだろうか。
どうしよう。
建物を間違えてしまったのかな?
それともゲスクズ商会とはこういう商会なのかな?
分からないが、兎に角私の心中はただ今困惑一色である。
私達は全員女の子なのだ。
特に私なんて見た目小学生な子供だし、精神年齢的にも17歳なのでR-18と書かれた場所には入ってはいけない気がする。
○SUTAYAの一角みたいにここの入口にはピンク色の暖簾は掛かっていなかったし、この世界にR-18の規制とかあるのかは分からないが、少なくとも、私のような子供が来るような場所では無い気がする。
このままここいると店員さんが来て怒られてしまうかもしれない。
このマセガキが!と。
それは何だか……。
何だかとても嫌だ。
「ここ、私は入っちゃいけないところなんじゃない?」
そんな風に私が言うと、エディルアが不思議そうに首を傾げた。
「そうなの?でもここがゲスクズ商会なんでしょう?」
うーん……本当にそうなのだろうか……。
確かにソフィアはここだと言っていたし、どデカく目立つ建物だったので一目で分かったが、彼女はこんな場所だとは教えてくれなかった。
こんな場所だとは、教えてくれなかった。
「この女性達は何なのでしょうか?先程からアリス様ばかりに気安く声を掛けて……」
「アリスはこんなに可愛いんだもの。皆アリスが気になるのよ」
そう言ってエディルアが私を抱き上げて撫で回し、頬を擦り寄せてくる。
この感じ、何だか久し振りな気がする。
私がセチアを抱えていると、気を使ってかエディルアは余りこれをしてこないのだ。
何だか少し寂しく思っていた自分がいる。
今は存分にもみくちゃにされよう。
否、そうでは無く。
ここはいったい何処なんだ。
そうこうしていると、廊下の向こうから黒いスーツ姿の男の人が歩いて来た。
話しかけてきていた檻の中の女の人達が、その男性に気が付くと、口を閉じて大人しくしているのを見るに、きっとここの店員さんなのだろう。
その初老の男性は、私達を見ると険しい表情で迷わずこちらに歩いて来た。
私ピンチだ。
女子供が何をしているんだと怒られてしまう。
このマセガキが!と言われるのは嫌だ。
私はマセガキでは無いのだ。
どうしよう?
逃げようかな?
私の時空魔法を使えばチョチョイと逃げ果せる事が出来る。
それとも、怒られそうになったらあの店員さんを伸せば良いのだ。
そして記憶が消えるまで殴ろう。
否、待て待て。
それは違うだろう。
落ち着け私。
……よく考えてみよう。
そもそも、何を恐れる必要があるか、私達はここに呼ばれて来たのである。
ここがゲスクズ商会なのか何なのかは分からないが、間違っていたらごめんなさいと言って出ていけば良いのだ。
別に悪い事は何もしていない。
何も後ろめたい事は無いのだ。
店内のアダルティな雰囲気に思わず気圧されていたが、何も問題は無い。
「このマセガキが!」と言われたら「うるさいクソ爺!」と言って脛を蹴ってやろう。
堂々としろ私。
私はそんな事を思いながら、エディルアにもみくちゃにされていた。
しかして、やがて近くまでやって来きたその男性は、私達の前で丁寧に頭を下げて言った。
「エディルア様、アリス様、ヘデラ様ですね?ようこそいらっしゃいました。私はゲスクズ商会の会長をしております、フィナード・ゲスクズと申します。本日はこのような場所まで御足労頂き、心より感謝申し上げます。お手間を取らせて申し訳御座いません。本来ならばこちらから出向くのが筋では御座いますが、こちらで場所を御用意させて頂いた方が何かと都合がよろしいかと愚考し、冒険者ギルドのギルドマスターにそのように伝言をお願い致しました次第でございます」
そんな事をつらつらと述べたスーツ姿の男性曰く、どうやらここはゲスクズ商会であっていたらしい。
ゲスクズ商会とはえっちなお店だったようである。
そして、ソフィア曰く、ここの会長さんだというフィナードさんは、ソフィアのお父さんと友人で、ソフィアとも仲がいいらしい。
ゲスクズ商会はリアデで一番大きな商会で、私達の素材を買い取ってくれた場所で、よく分からないが、ここなら安心だとも……。
別にこういうお店を否定するわけでも、その会長さんと仲が良いからどうこうと思うわけでも無いが……何とも……。
その……言葉が出て来ない。
「貴方が私達とお話したいという人ね。私達の素材を買い取ってくれたらしいわね、有り難いことだわ。ところで、この女の人達は何なのかしら?」
「我が商会は幅広い商材を扱っており、中には奴隷も取り扱っております。お客様と奴隷が直接接してからお買い求め頂けるようにと、此処はこのような造りになっているのです。こちらにいるのは、主に男性のお客様に向けた奉仕奴隷、所謂性奴隷ですね。彼女達はその中でも高級な者達で御座います。御気分を害されたようでしたら申し訳御座いません」
え……。
ナニナニ?
奴隷?
風俗じゃ無いの?
ふ、ふうん……。
奴隷ね。奴隷。
分かってたけどね。
…………否、分からんな。
何だろう奴隷とは。
奴隷という言葉は知ってる。
人間としての権利や自由が認められず、主人の道具みたいに扱われたり、鞭で打たれながら働かされたりする人。
ピラミッドを作ったり、リンカーンさんが開放宣言を出したりした人達の事だ。
いや、無残なり1863年。
全く詳しくは無いが、学校で習ったのはそんな感じ。
その奴隷?
この世界にも奴隷がいて、もしかしてここで……売っているという事だろうか?
ワォ……。
これは驚いた。
何というカルチャーショックだろう。
現代日本を生きるJKだった私には思いもよらない事だ。
突然新鮮味があり過ぎてどんな反応をすれば良いのか分からない。
そしてこの檻に入れられた女の人達も奴隷なのだと言う。
男の人向けの性奴隷。
……性奴隷?
う……ううむ……。
何とも言えない気持ちになってくる。
「ふうん。彼女達は奴隷だったのね。別に気分が悪いなんて事は無いわよ」
そんな風に言うエディルアは、どうやらこの世界の奴隷を知っているらしい。
彼女は長い間封印されていたドラゴンだが、この世界については産まれたばかりの私よりは当然詳しい。
詳しくは知らない私は彼女に聞いてみる事にした。
「奴隷ってどんなの?」
そんなアバウトな質問をした私に、エディルアは私を抱きしめたままで凄くアバウトな説明をしてくれた。
「ふふ、人間が人間を飼うのよ」
微笑みながらそんな事を言うエディルア。
人間が人間を飼うのよ。らしい。
oh……。
出た、このドラゴンお姉さんの適当なやつだ。
アバウト何てものじゃない。
私が聞きたかったのはそうでは無いのだ。
「何と、人間が人間を飼うのですか……それは何か楽しいのでしょうか」
そしてヘデラが平然とそんな事を言い出した。
楽しいとか楽しく無いとかでは無いような気がする。
「これは失礼を致しました。皆様は奴隷をご存知無かったのですね」
そんな何も知らない私達を見かねて、苦笑するフィナードさんが詳しく説明してくれた。