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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、街に行く
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アリスさん、再びナンパを知る2

赤髪と青髪が剣を抜き、エディルアへ飛び掛かった。


踏み込みと共に木の床を刳りながら、赤髪は剣を振り上げ、青髪は床すれすれを低く滑るように、一瞬にして距離を詰める。

着ている鎧の重さなど感じさせない、消えたかと錯覚する程に素早い肉薄。


それと同時に黄髪が身体中に巻き付けたベルトからナイフを引き抜き、エディルアへと投擲した。


左脚を軸に身体を回転させると共に後ろへと倒れる。

両手の指にそれぞれ握られた十本のナイフは、遠心力を最大限に活用されて放たれた。

高速で飛翔する銀色の軌跡は、剣を持ち飛び掛かる二人を避けるように不自然な軌道を描き、正確に目標へと向かう。


そして、その後ろでは、緑髪が懐からとり出した本を開き、ピンク髪は金属製の大きな杖を構えて、それぞれ魔法の詠唱を高速で始めた。



彼らの目的はただ一つ。


目の前にいるただの一人だけ。





全てはエディルアを討つ為に。






彼らがそんな行動を一瞬で行える事に驚きつつも、私は胸が煮えるような怒りと悲しみを久しく感じていた。


やはりこうなってしまった。



私の頭を支配するのはただ一つの憤懣。



私の身体を動かすのはただ一つの煩い。



即ち、私の友達に何をしているんだ?と。



「殺しちゃ駄目よ」


そんなエディルアの声が聞こえた刹那。


金属が擦れる不快な音、何かがぶつかり壊れる音、何かが潰れる音、爆発音、叫び声、うめき声、様々な騒音が混じった轟音が冒険者ギルドの建物内に響いた。



起きたのは一瞬、終るのも一瞬、全てが一瞬の出来事だった。


そして訪れるのは束の間の静寂。



私達が元いた位置に立った時、果たして、彼らの刃が何かに触れる事は叶わなかった。





残ったのは、五人の哀れな重傷患者達。


両手足を付け根からもがれて血反吐を撒き散らしながら、苦痛の叫び声を上げ床で藻掻き転がる赤髪。


身体中の関節を鎧ごとバラバラな方向にねじ曲げられ、叩きつけられた床で血溜まりを広げる青髪。


身体中をズタボロに引き裂かれ、自らが投げた筈のナイフが身体中に突き刺さった状態で、極細の糸に壁へ縫い留められた黄髪。


ボコボコに殴られ、手に持っていた本を口に詰め込まれた状態で倒れている緑髪。


折れた金属製の杖で手足を貫かれ、地面に磔にされたピンク髪。



赤はエディルア、青は私、黄色はヘデラ、緑はソフィア、ピンクは四人全員。


返り討ちに遭ったSランク五人組は、何とも呆気なく地に伏した。




血飛沫と埃が舞うギルド内に、五人の内で唯一意識のある赤髪の叫び声だけが響いていた。



気が付けば、飲み会を開いていたもう一組の冒険者達の姿は無く、居酒屋部分では後片付けをしていたウェイトレス姿の店員さんが二人、私達を見ながら呆然と立ち尽くしている。


声を上げるでも無く、逃げるでも無く。

口を半開きにさせ、目は飛び出る程に見開いて、一瞬で変わり果てた建物内の惨状を眺めていた。




凄い音がしたし、さっきまでピンピンしていた五人がこんな格好で倒れていればそりゃあ誰だって驚く。


彼女達は唯一の目撃者であるが、きっと何一つ見えてはいないだろう。


何せ一瞬の出来事である。


気が付けば、五人がボロボロになっていたということしか、彼女達には分からない筈だ。


大丈夫。


訴えられたとしても彼女達から私達が何かをしたという、確たる証言は取れないのだ。




そんな事を私が思っていると、ウェイトレスさん達はやっぱりパタリとその場で倒れてしまった。



後で謝る事にしよう。



「夜なのに五月蝿いわよ。ご近所に迷惑でしょう」


倒れてしまったウェイトレスさんなんて見えていないエディルアが、そう言って赤髪の頭を踏んづけた。



何て背徳が過ぎる画だろう。


きっと黒死の破滅龍には人間の道徳心など関係ないのだろう。


五月蠅ければ頭を踏んづけて黙らせれば良いのだ。



そして、


「んんんぐぅうえうあううううううああうッッ!!ぐぅ……」


という叫びを最後に、静かになってしまう赤い人。



残ったのはピクリとも動かない血塗れのSランク冒険者が五人。



まるで猟奇殺人現場みたいだけど大丈夫。



全員死んではいない。






多分死んではいないと思う。





きっと死んではいない筈。



「死んでない」


「うむ…………何も殺す事は無かったのでは無いか?」


「死んでないわよ。ちゃんと殺さないように私言ったでしょう?この人達には、私達に刃を向けるとどうなるかを広めて貰うんだから」


エディルアが「殺しちゃ駄目よ」とか何とか言っていたのは、そんな意図があったらしい。


私も手加減して頭だけは殴らなかったのだ。

だからきっと大丈夫。



しかしそうは言うが、そんなエディルアは赤い人を捕まえて手足を力任せに引き千切っていた。

ゴッドファーザー・オブ・ゴアも歓喜するスプラッタだ。


そんなの「殺しちゃ駄目よ」と言っていた人がする事では無いと思う。


確実に殺しに掛かっているし、今さっき踏んづけたせいで赤い人の息の根が止まってしまったような気もする。




この人達はSランクの冒険者。

この国最強の英雄様達。

ガッツさん達曰く、皆が憧れる凄い人達らしいのだ。


先に斬り掛かってきたのは相手だとしても、そんなビッグな人達が殺されてしまったとなれば国を上げての大事になってしまうだろう。


本当に人類との全面対決になってしまうかもしれない。




幸いにも、今の所私達が彼らを殺した証拠は無いし、ちゃんとした目撃者もいない。


最悪、このまま消してしまえば良いのだ。


完全犯罪である。



なんて、頭のおかしい殺人鬼みたいな事を考えながら、私はセチアのふわふわした背中に顔を埋めた。



「わたくしはさっさと殺してしまいたいのですが……そうですね、止血をしておきましょう」


そう言って、さっさと殺してしまいたいらしいヘデラが、糸操術を使い五人を糸でぐるぐる巻きにし始めた。


これがヘデラ流の止血であるらしい。


斬新だ。




すると、ちょうどそんな所へエバさんがグロムさんを引き連れてやって来た。


ドレスっぽい制服姿の受付嬢エバさんと、鎧姿のギルドマスターグロムさん。


カウンターの奥から現れた二人は、私達を見て驚愕の表情を浮かべている。



おっと。



来てしまった。




エバさんがギルドマスターを呼びに行ってからそこそこ経つし、五月蝿くしたので急いで駆け付けたのかもしれない。



どちらにせよ、私達がズタボロの血塗れSランク五人組に何故か糸をぐるぐると巻きつけているという、猟奇的現場を彼らに見られてしまった。



はい、逮捕。


現行犯だ。



殺人事件はいつも、心配性な犯人のアフターフォローから足が付くものなのだ。

コロンボ警部がそう教えてくれた。



しかして、険しい表情を浮かべるグロムさんは、鎧をガチャガチャ言わせながら私達の近くまでやって来くると、糸でぐるぐる巻きになり床に転がった、グチャグチャで血塗れの五人を指して言った。


「お前さん方、良く来てくれたのぉ……と、言いたい所じゃが。そいつらは一体どうしたんじゃ?お前さん方がやったのか?」




んむ……。




そうです、私達がやりました。



現状、最早それ以外考えられないだろう。


言い訳なんて出来ないのだ。



犯人を代表してエディルアが応えた。


「酔っ払って、私達に絡んで来て、笑って、斬りかかって来たから私達が返り討ちにしたわ」




うむ。


事実であるが、しかし言い方が少しおかしい気がする。



色々端折り過ぎていて、それではこの人達が頭のおかしい通り魔のようだ。



いきなり斬り掛かって来たのは確かなので、似たようなものかもしれないが。



私が正しく説明したいのは山々だが、如何せん私のお口はセチアの背中に以下略である。



「ううむ……。そりゃあ自業自得じゃが、こ奴らを殺してしまったのは、ちとマズいのぅ……」


グロムさんは生々しい血塗れの惨状を見ながら、甚も困ったという表情で腕を組む。


「ほらな」


そしてソフィアが、そんなグロムさんを指してそんな事を言う。


ほらな、では無い。


貴様も共犯だ。



「死んでないわよ」


「ソフィア様の回復スキルを試してみますか?」


「おお、そんなものがあったな。よしやってみよう」



しかして、ソフィアが「慈愛と豊穣の女神エイラに祈りを捧げる事により、汎ゆる負傷、欠損、病、その他絶命以外の肉体的異常を回復させる。」とかいうスキル「癒やしの抱擁」を試してみると、あら不思議。


取れた腕がくっつき、グチャグチャに折れた手足が元に戻り、傷が塞がり、刺さっていたナイフが抜け、打身が治り、骨がくっつき、血の気が戻り、古傷が治り、お肌のシミが消え、髪の色艶まで奇麗になった五人は、糸でぐるぐる巻になって床に転がったまま目を覚ました。


「腕がァアアァァ…………ああ?……あるな……足もあるな……」


「……どうなったんだ……」


「ッッテぇえええッッ!!…………いや……痛く無いぞ……?」


「ンググ……ムグゴガゴゴゴゲェ……おえ……」


「アハハハッ、ダイ君何で魔術書食べてるの」



……ワオ。


生きていた。


正に奇跡だ。


謎の神秘的な光で五人を包み癒やしたソフィアが女神様に見える。



「ほら、生きていたでしょう?」


「チッ、何と生きていましたか。しぶとい虫けらですね……もう一度ちゃんと殺しましょう」


「おお、落ち着けヘデラ殿」



そして、エディルア達がそんな事を言っている内に現状を把握したらしいSランク達が、命乞いのような事を言い始めた。



「あ……ぁあぁ……ごめんなさいごめんなさい!Sランク冒険者で、金持ちで、顔が良くて、イケメンで、女の子にモテて、イケメンで、皆からチヤホヤされるからって調子に乗ってました!!許して下さい!俺達が悪かったです!」


「た……助けてくれ……」


「あぁぁ……本当に黒死の龍だったじゃん。魂食べられちゃうよぉぉ……」


「ムゴ……ゴガガグゴゲ……うえ……」


「ぼ、僕は攻撃してないし、セーフだよね!?ね!?許してよー!」


そんな謝罪……。


謝罪……?


基、謝罪のようなものを口にしながら、ミノムシのように床でジタバタと暴れるSランク冒険者達。


哀れだ……。












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