アリスさん、お風呂を知る
「そうだ。皆でお風呂に入ろう」
ソフィアが戦神乙女になった自分をいとも簡単に受け入れた後、のんびりと他愛のない会話に花を咲かせていた中で私は唐突にそう切り出した。
不汚とかいうスキルを持っている私は言うに及ばず、エディルアもヘデラも何故か汚れたり臭ったりしないので忘れていたお風呂。
冒険者になろうとしたり、ミスリルを採ったり、ソフィアの家に行っていたりして忘れていたお風呂。
私は普通の人間であるソフィアが住むというので、色々とお城を弄くったのだ。
トイレとか、ベッドとか、キッチンとか、洗面所とか。
中でもお風呂は凄い。
皆で入れるように、どうせならばと銭湯みたいな大浴場を作ったのだ。
まあ、ボイラーは無いので、お湯は魔法でどうにかするしか無いのだが。
それでも、魔法を使えば一瞬にしてどデカい湯船満杯のお湯を作り出す事が出来るので、十分に楽をして楽しむ事が出来る筈。
やはりこの世界は凄い。
魔法様々である。
そんな我が家のお風呂。
ソフィアが家にやって来たので、皆で初めてのお風呂に入ろうと思いついたのである。
「お風呂?何かしらそれは?アリスの前世の世界のもの?」
エディルアが不思議そうに言った。
彼女はお風呂を知らないらしい。
この世界にはお風呂は無いのだろうか?
と思った私だったが、お風呂と聞いて目を輝せたソフィアが興奮気味に説明しだしたのを見て、そうでは無かった事を直ぐに私は覚った。
「風呂があるのか!それは有り難いな。エディルア殿、風呂と言うのはだな。身体を綺麗な水で清め、暖かい湯船に浸かり疲れを癒やす。それはそれは良いものなんだ」
どうやらソフィアはお風呂好きのようである。
お風呂が嫌いな人なんてそうそういないとは思うが、元日本人の私としてはとても親近感が湧く。
私は前世、お風呂場で転けて死んだらしいが、別にお風呂に恨みはない。
お風呂に入るのは好きだし、温泉とか超好きだ。
「へえ。そんな物があるのね。それは楽しみだわ」
「それは良いですね。わたくしもちょうど昨日手を加えたのでした」
何と、ヘデラが昨日お城の壁を弄くっていたのは知っているが、お風呂も改装していたのは知らなかった。
「そうなの?」
「ええ、アリス様が色々と整えて下さっておりましたので、せっかくならばとわたくしも頑張って凝らせていただきました」
私が訊ねると、彼女は笑顔でそう言った。
私はヘデラが用意してくれていたお風呂場を広くして、デカい湯船を床に埋め込んだり、水道を繋いだり、色んなお風呂道具を用意したりしたが、それだけだ。
ヘデラが再び頑張って手を加えたとなると、どんな風に変わっているのか非常に楽しみである。
何せ、彼女はお城を数十分で建ててしまったり、綺麗な庭園や森を一晩で作ったりするスーパーメイドさん。
最早メイドなのか何なのか分からないが、兎に角ヘデラは凄い。
そんな彼女が頑張っちゃったら、きっと凄い事になっているに違いのだから。
「じゃあ今から行こう」
そんな私の提案を皆は直ぐに了承した。
「そうね。楽しみだわ」
「皆で入れるのか?」
「ええ。浴槽もとても大きいので皆で入っても余裕ですよ」
「おお!そんなに大きな風呂は見たことがないな。楽しみだ」
「セチアも一緒でいい?」
「キュー?」
「良いわよ」
「勿論だ」
「アリス様のお身体はわたくしがお流し致しますね」
「身体を洗うのね。私もアリスの身体を洗うわ」
そんな会話をしつつ。
しかして、私達はお風呂場へとやって来た。
我が家のお風呂は一階の一番端、湖に突き出た部分にある。
このお城のお風呂はまず、脱衣所からして広い。
脱いだ衣服を置く棚が並び、洗面所とトイレもある。
見たまんま温泉施設の脱衣所のようだ。
四人しか住人はいないのに、無駄に何十人も使えるような規模である。
誰かなこんなに無駄に広くしたのは?
私だ。
何だか楽しくなってしまったのだ。
お城自体が馬鹿でかいので何も問題無い。
なんて私は思っている。
そんな広い脱衣所に入り、私達は早速服を脱いだ。
と言っても、私が着ている「アリスの衣装一式」とかいう神様がくれた魔法の服は自動で脱着が出来るので、私は一瞬ですっぽんぽんになる事が出来る。
非常に便利である。
所で、「アリスの衣装一式」には色んな便利機能がついているが、それと同時に創造神の呪いなんてものもついている。
このフリフリふわふわのコスプレ衣装以外の服が着れなくなってしまうという、よく分からない呪いだ。
こんな呪いの服など着ずに、最初から私もエディルアやヘデラのように魔力で服を作れば良かったと今になって思うが、誰も魔力で服を作れるなんて教えてくれなかったのである。
服がこれしかないのかと肩を落としたのは記憶に新しい。
しかし、変な格好というわけでは無いので別に良いと思っている。
可愛いし、何より便利機能がとても便利だ。
頑丈だし、破れても直ぐに元に戻るし、汚れる事が無いので洗濯する必要もない。
私は中身は17歳のJKだが、見た目は小学生児童。
小さい子がこういう格好をしていても変には思われないだろう。
他の服を着てみたいとも思うが、今やもうこの服に慣れてしまった自分がいる。
基。
そして何と、エディルアとヘデラも一瞬で全裸になる事が出来る。
彼女達の服は魔力で作ったものらしいので、それを霧散させれば一瞬ですっぽんぽんである。
二人共何も憚らずに、そのけしからんナイスバディを一瞬でさらけ出している。
私の細くて小さい身体とは違う、大人の女性の色気そのものが凝り固まったような、最早美しい芸術品のような身体だ。
同じ女である私でも、二人を見ていると何だかイケない気持ちになってくる。
別に羨ましいとか思っていない。
不老不死である私はどう頑張っても、これ以上成長しないと知ったので、私はもうこのちんまい身体を受け入れているのだ。
無い物ねだりしても仕方がない。
全ては創造神とかいうあの神様が悪いのである。
また出会う事が出来たら抗議してやる。
私はそんな事を考えながら、二人のボンキュッボンな身体を眺めつつ、脱いだ私の服で遊んでいたセチアを抱き上げた。
セチアも私の眷属になり、不老不死になってしまったので、小さいまま成長する事は無い。
可愛いセチア。
最早この子だけが私の理解者だ。
しかして、そんな早着替え達人も真っ青になるような脱衣を披露した私達に対し、ソフィアは背中に生えた翼が早速邪魔になって、ドレスを脱ぐのに手間取っていた。
「ああ、くそ!やっぱりこの翼は邪魔だ!」
そんな事を言いながら、やけっぱちのようにドレスを引っ張るソフィア。
彼女は後で、エディルアかヘデラに魔力で服を作る方法を教えて貰う事になりそうだ。
どうやって作るのかは知らないが、そうしないとソフィアの着る服が無くなってしまう。
「何やってるのよ。ほら、手伝ってあげるわ」
そんなソフィアを見かねて、エディルアが手伝ってあげている。
ソフィアの後ろに回って、彼女の手を万歳させるエディルア。
まるでお母さんのようだ。
そんな事を思いながら見ていると、エディルアがソフィアのドレスをビリビリと破り始めた。
ワオ……。
なんて大胆な脱がし方だろう。
脱がし方……、
「手伝ってあげるわ」なんて言っておいて、その光景はまるで強姦か追い剥ぎのようだ。
若しくは達の悪いイジメのようだ。
どうやら、黒死の龍お姉さんは細々とした手間の掛かる事が嫌いなようである。
服が脱ぎにくいなら破ってしまえばいいのだ。
確かに手っ取り早い。
翼が生えたときに破れてしまっていたので今更かもしれないが、伯爵令嬢が着ている高そうで綺麗なドレスを躊躇無く力任せに破り捨てるエディルアの肝っ玉には感服してしまう。
人間にとっての高価な物なんて、彼女には関係ないのだろう。
そうして、瞬く間にエディルアの手によってすっぽんぽんにされたソフィア。
「ああ、助かった。感謝するぞエディルア殿」
これまた弩級のナイスバディを憚る事無く見せつけながら、彼女はエディルアに感謝の言葉を告げた。
ソフィアは高そうなドレスの事など気にしないらしい。
貧乏性……基、エコの精神溢れるMOTTAINAI文化が染み付いた日本のJKだった私には、何とも勿体無く思ってしまう。
いったい貴族様のドレスはウン万円するのだろうか。
そんな事はさて置き。
「気にしなくて良いのよ。さあ、早くお風呂とやらに行きましょう」
ワクワクした表情でそう言うエディルアに続いて、私達は浴場へと向かった。
大きな型板ガラスの引き戸を開けると、独特の湿った香りと共に、ほんのりと暖かな湯気が私達を包んだ。
水の流れる心地良い音が反響するそこは、予期せぬ事態に否応なく私の胸を昂らせる。
何せ、ここにはまだお湯なんて無い筈なのだから。
あり得ない期待と共に、湯気で湿ったタイル張りの床に一歩足を踏み入れると、浴場の中を見渡す事が出来た。
まず目につくのは、私が具現化して床に埋め込んだ檜製の大きな湯船。
金色掛かったお湯が注がれ続けるそれは、湯気を登らせながら一際存在感を放っていた。
お湯がある。
その光景に、私の鼓動はますます昂ぶった。
そして湯気の向こうに見えるのは一面のガラス張りの壁。
そこから眺められるのは、月を映す碧い湖と湖畔の森だった。
静かで美しい夜の風景。
あの浴槽に浸かりながら眺めるそれは、いったいどれ程か。
そして右手には私が色々と整えた洗い場が、左手にはもう一つの浴槽と木製の扉が。
その光景は正に、温泉施設のそれだった。
「凄い!何これ!」
気が付くと、私はいても立ってもいられずに、浴槽へと走り出していた。
浴場で走るな?
安心して欲しい。
私は何があっても転ける事はないのである。
特にお風呂場で転ける事などある筈が無いのである。
「これがお風呂なのね!何だか暖かいわ」
「これは凄いな!ジフタにある温泉のようだ!エディルア殿、温泉では湯船に浸かる前に、かけ湯と言って先ず身体を清めるんだ」
「身体を洗うのね!さっさと洗いましょう」
エディルアもソフィアもテンション上がっちゃっているみたいだ。
そりゃあ、こんな光景を見てテンション上がっちゃわない人なんていない。
私がここを改装した時は壁一面がガラス張りなんて事は無かったし、左の壁に木製の扉も無かった。
何よりお湯がある事に驚きを隠せない。
それも湧きっぱなしだ。
「ヘデラ。このお湯どうしたの?」
私はセチアを抱いたまま湯船に手を浸けながら、そんな風にヘデラに訊ねた。
「温泉を探してここまで引いて来ました」
すると事もなげにそんな事を言うメイドさん。
温泉を探してここまで引いて来ました。
いつそんな事をしていたんだとか、どこから引いて来ているんだとか、そもそも何をどうすればそんな事が出来るんだとか、色々と聞きたいが、しかしそんな事はどうでも良い。
何よりも、目の前にあるお湯が温泉だと分かった私のテンションはマックスである。
最高だ。
家でこんな立派な温泉に入れるだなんて、私はこんなに幸せで良いのだろうか。
良いのである。
享受されたものは何であれ、細かい事は考えずにまず楽しむのが私のモットーなのだ。
ヘデラにはとても良くやったと褒めてあげよう。
「ありがとうヘデラ!大好き!」
「ふぉぁッ!!も、勿体無いお言葉ですアリス様!!さあ、こちらへ。わたくしがお背中をお流し致します」
「ありがとう。じゃあヘデラの背中は私が洗ってあげる」
しかして、身体を洗い終えた私達は、湯船へと浸かった。
セチアは溺れちゃわないように私の腕の中である。
そしてセチアを抱えた私はエディルアの膝の上である。
私は溺れちゃう事は無いと思うのだが、エディルアがどうしてもと言うので彼女に抱き締められながら湯船に浸かっている。
頭上に大きくて柔らかいものをダイレクトで感じる。
「ふぁあぁ……あぁ、いい湯だな。最高だ」
「んん〜〜!暖かくて、凄く気持ちがいいわね!」
「気持ちいい」
「キュゥ」
「ご満足いただけたようで何よりです」
我が家のお風呂は最高に気持ちが良かった。
丁度よい湯加減。
大きな湯船。
濡れた檜と、少しだけ鉄っぽい温泉の香り。
綺麗な夜の湖と森の景色。
家族全員で仲良く入るお風呂。
最高だ。
「お風呂気に入ったわ!明日からは毎日皆で入りましょう」
「そうだな。これは毎日入りたくなる素晴らしい風呂だ」
「それは良いご提案ですね」
「うん」
そして、そんな我が家の習慣が一つ出来たのだった。