アリスさん、初めての出会いを知る
只今絶賛全裸である筈の私だが、藪の中を走って突き進んでも、裸足で地面を飛び跳ねながら歩いても、まるで痛みというものを感じない。
草や木の枝で引っ掻きまくっているのだが、柔っこくて脆そうな肌にはキズ一つつかない。
それどころか、泥に飛び込もうが土を踏みしめようが何故か身体が汚れないという、摩訶不思議現象を体験していた。
何故か人間離れしたスピードで走る事が出来るし、見上げるような大木を殴れば木っ端微塵に吹き飛ぶし、飛び跳ねてみればその大木を軽々と超える高さまで跳躍出来る。
一向に疲れを感じ無いし、そこそこ身体に慣れた今は楽しくて仕方がない。
私の中で、大抵の疑問は、ここは異世界だからという言葉の前にそれは些末なものへと変わった。
相変わらず魔法の使い方は分からないし、空の飛び方も分からないが、未だ見ぬ世界での新たな人生の幕開けに、超人じみた身体。
楽しく無い訳が無かったのだ。
端的に言えば、これ以上ない程に私は浮かれていた。
夜の森を走って飛び跳ねて殴って蹴って、全裸のまま森林破壊を続けていく。
あら方満足した私は、拾った木の枝で藪を凪いで切り払うという「どうやってるのそれ!?」な事をしつつ、森全体に溢れている不快感の元へとやって来た。
たどり着いたのは見上げる程大きな岩と、そこをくり抜かれ大きく口を空けた洞窟だった。
近づけば一層強くなる不快感は、その洞から静かに、地を這う冷気のように溢れてきている。
洞の中を眼を凝らして見つめてみても、暗闇の中に闇そのものが漂っているかのような不可思議な感覚を覚えるだけだった。
光すらも吸い込むような冥い影の奥に、何かがいるのを感じるが、それが人なのか動物なのか、はたまた魔物とかいう怪物なのかは分からない。
一言で言えば不気味であった。
「……何だろ?生き物じゃなさそうだけど」
私は深く考えず、取り敢えず入ってみようと洞窟に脚を踏み入れた。
何せ浮かれていたし、直前に十五回転後方宙返りを成功させたのも手伝って、用心や警戒などという言葉を忘れていたのだ。
瞬間、「パキリ……」と何かを砕いたような感覚を覚えた。
例えるならば、冬の水溜りに張った薄氷を踏み割った時のような心地の良い感覚。
その刹那、身体を衝撃が襲ったと同時に、私は轟音と共に吹き飛ばされていた。
何と唐突な事だろうか……。
この森は爆発し過ぎである。
空気を切り裂き、木々をぶち割り、地面を刳り、吹き飛びながら、あり得ない速度で流れていく景色を眺めて私は思う。
……これは死んだのではないか?と。
せっかく違う世界で超人アクロバティックが出来る身体に生まれ変わったのに、生後数十分で死ぬなんて勘弁してほしい。
この世界でやった事が、夜の森を全裸で走り回っただけだなんて冗談じゃない。
そう思いながらも、身体の何処にも痛みは感じないし、血が出ている様子もないのを不思議に思う。
今も背中に大木がぶち当たっては砕け散っているが、大した衝撃も受けない上痛みすら感じない。
やがて地面にぶち当たり数回バウンドした後に止まった私は、半身を土に埋まらせながら思わず慄いた。
「が……頑丈すぎじゃないかな……」
否、生きていて良かった。
これで死んでいたら、色々と便宜をはかってくれた神様に申し訳がたたないところであった。
地面に埋まった半身を引き抜き、私は自分の身体を見回した。
透き通るような肌の何処にも傷など無く、痛みも感じない。またしても意味の分からない事に、その身体の何処にも土汚れが見当たらないのはどういう事なのか。
そうして身体を見回しながら、「そう言えば……」と、私は別れ際にあの神様が言っていた事を思い出した。
『まあ、君の新しい身体なら人類にはまず殺せないだろうけど。核弾頭でも身体半分吹き飛べばいい方だね。誰が何をしても完全には殺しきれないかな』
そして思う。
うわぁ……それもう私が知ってる人間じゃないじゃん……と。
しかしながら、ここは異世界である。
魔物という凶悪な怪物達と闘うのならば、これぐらい頑丈でなければやっていけないのかもしれない。
この数十分で、前世の常識など役に立たない事を知っていた私は、「つまり、神様的にはこれが『丈夫で健康で長生き』な身体だという事なのだろう。ありがとう神様」という結論に至った。
しかし、私は何故吹き飛んだのだろうか?
地雷でも埋まっていたのか?
叫んで森が消し飛んだ事と言い、今の事と言い、この世界は謎だらけである。
なんて事を考えていると、不意に頭上から声が聞こえた。
「貴様か、小娘。我の眠りを解いたのは……」
まるで機械を通したような男性とも女性ともとれるようなその声は、怒っているのか悲しんでいるのか、抑揚の無い唸りのようであった。
しかして、私がその声の主を見ようと顔を上げると、空に黒く巨大な生物がいた。
闇よりも暗い漆黒の巨体。艶のある鱗で覆われた、まるで巨大なトカゲのような体躯。
そこから左右に広がる潤黒の翼は黒紫の霧を纏っており、その姿は夜闇の黒天から死を撒き散らす死神のようである。
月の影に光る黄金の二つ瞳が私を見据え、まるで心の臓を握り潰すかのような畏怖と絶望をぶつけてくる。
生物全てを殺し尽くすかのような無動の殺戮。
コレの前では全ての生が禁忌であると。
まるで死を体現したかのような、その黒き龍と対峙しながら、私は思考が霞んでいくのを感じた。
急な目眩のような錯覚の後に訪れる、どうしようもない程のムズムズとした感覚。
何だろうか……。
あのドラゴンを見ていると、何故か無性に身体が疼くのだ。
大きな身体。
私でも分かる只者では無いオーラ。
優美でありながら鋭利な手足。
太く丸太のような首筋。
鱗で覆われたそれを見ていると、牙が、喉が、胃が、心が、自分では抑えられないほどに疼く。
あぁ、疼く、疼く疼く疼く!
身体と精神が分離してしまいそうな程の激情。
湧き上がる衝動が、理不尽な暴力のように私の中を掻き乱し、思考すらも支配する。
もはや、自分ではこの疼きは止められず、私の身体は勝手に動き出した。
瞬間、地を踏み締め、その細脚の何処にそんな力があるのかという程の、あり得ない脚力で跳躍する。
一瞬の風切り音と共に、私は黒いドラゴンの首元に抱きついた。
「え……ちょっ!……ど、うえぇえ!?」
消えたのかと錯覚する程の速度での移動と、急に感じた首筋への衝動に驚いたのだろう。
すぐ側で聞こえる困惑の声を無視して、気が付くと私は、巨木のように太く頑強な首に己の歯をつき立てていた。
「ぅん……ぁッ!ちょっ……なにを!?あぁ……ッ!」
ドラゴンが艶のある声をあげる。
堅い鱗に護られたその皮膚に、けれども私の牙は易々と通り、じんわりと温かい液体が奥から滲み出してくる。
私はそれを啜り、舌で絡め取るように味わいながら、ゆっくりと嚥下した。
少し粘性のあるその液体は、私の喉を熱く潤しながら身体へと染み込んでゆく。
「な、何これ!?超美味い!」
そんなことを叫んで、私はハッと我に返った。
……わ、私は一体何を!?
どうした理由か分からないが、思考が飛んでいた。
目の前には堅牢な鱗に覆われたドラゴンの皮膚。
そこに穿たれた小さな孔からは、紅い液体が静かに零れていた。
それを見ていると無性に愛おしく思えて、「勿体ない」と、その滴に舌を這わせて舐め取り、湧き出ている部分を啜る。
その血の味を味わう度に、舌先から痺れるような快感が脳を刺激し、身体が「もっと」と欲する。
芳醇な香りと蜜のような蕩ける甘さ。
この世のどんな美酒よりも甘美なそれに酔いしれていると、いつの間にか地面に降り立っていたらしいドラゴンが、私を首元から振り解いた。
「んぁ……はぁ……。……ッ!おい小娘!我に何をした!!」
何か艶のある声の後、細められた黄金の瞳が、地面に落ちた私を睨む。
その声から感じられるのは戸惑いと怒り、そして少しの羞恥。
黒紫の霧が巨体から噴き出すように纏わり付き、私の周囲にも漂ってくる。
まるで死そのものを内包したかのような冷たいそれは、ドラゴンが放つ殺気と合わさり魂をも縮こませるような感覚に囚われた。
……怒ってらっしゃる。
そりゃ、初対面でいきなり首に飛び付かれて血を吸われたら大抵の人は怒るだろう。人じゃないけど。
ドラゴンって喋るんだなぁ。
なんて事を考えながらも、私は理性有る一人の人間として謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい。つい我慢出来なくて身体が勝手に動きました」
「……えぇぇ。……あぁ、うん……そ、そう。」
膝を付き頭を垂れる私に、またも困惑したような、むしろドン引きしているかのような声が掛かる。
何故私は夜の森で、ドラゴン相手に裸土下座をしているんだ?という疑問は取り敢えず置いておく。
「い……いや、それより!おい娘よ。何故お前は普通にしていられるのだ?」
「……え?何?」
「我は黒死の破滅龍、エディルアだぞ?何故我の威圧が効かない?何故我の終焉の死闇を浴びて平気でいられるのだ?お前本当に人間か?」
何その小難しくも頭悪そうなネーミングの数々。
あれだ。中二病と言うやつだ。
従兄のたっくんが言っていたので知っている。
そして最後の一言は私も同感である。
「……うん。ついさっき、私も同じこと思った」
「ありとあらゆる命を奪う死呪だぞ?お前は一体何なんだ?」
何なんだと言われても……はて、何なのだろうか。
このドラゴンさんは難しい質問をしなさる。
禅問答かな?
「何だろう?……異世界人?」
今はこの世界で産まれたから元異世界人だろうか。
否、この世界で産まれたわけだから、それも違うのかな?
……分からん。
「異世界……。なる程、迷い人だったか、珍しい。ならば、ステータスを見せてみろ」
「すてーたす?とは」
「……ステータスを知らないのか。ならば、自分の能力を確認したいと頭の中で思い浮かべて見ろ。それで自分のステータスが見れる筈だ」
「ふむ……」
頭の中で思い浮かべるねえ……。
何とも曖昧な表現ではないか。
取り敢えず、私は言われたとおりに頭の中で思い浮かべてみることにした。
すると目の前に透明なプロフィールのようなものが浮かび上がったではないか。不思議である。
ホログラムか何かのようなこれがステータスと言うものだろうか?
これが異世界の魔法かと感嘆しながら、私はそれを見てみた。
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名前:アリス
種族:真祖
性別:♀
年齢:1
職業:濃血を操りし者
識別:始まりの真祖
レベル:1
称号:創造神のお気に入り
転生者
不滅
始まりの真祖
魂の超越者
夜闇を統べる者
唯一の存在
全裸の放浪者
黒死を解き放ちし者
人類の敵対者
魔力:86658209371/86658209371
スキル:始まりの真祖
呪耐性(Lv.MAX)
時空魔法(Lv.5)
魔法創造
原初魔法(Lv.MAX)
無詠唱
飛行魔法(Lv.MAX)
アイテムボックス(血の収納)
環境順応(中)
不汚
装備:なし
加護:創造神の加護
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