アリスさん、世間話を知る
それから他愛ない世間話が続いた。
私達のステータスを見せたり、この街の話を聴聞いたり、お互いの普段の話をしたり、等など。
そんな中、私達は何故加護を沢山持っているのかという話になった。
グロムさんが、何か理由はあるのかと訊ねたのだ。
言われてみれば、私が直接知っているのは創造神という神様だけだが、ヘデラと私は知らない神様の加護がいくつか付いている。
別にあったからと言ってどんな内容かも分からないし、あって困るものでも無かったので放置していたが、そんな風に訊かれると気になってきてしまう。
私は、『最上位神アレイシアの加護』、『魔術と魔法の女神カゲラエの加護』。
エディルアは、『最上位神アレイシアの加護』。
ヘデラは、『親愛と友情の女神サクマリの加護』、『正義と戦の女神オルファの加護』、『忠義と誠心の女神ヒュイマの加護』。
セチアは、『慈愛と豊穣の女神エイラの加護』。
創造神とエディルアの加護を抜くと、これだけの私の知らない神様の加護が、私達には付いているのだ。
沢山ある。
いったいこの世界にはどれだけの神様がいるのだろう。
そんな神様達が何故私達に加護をくれたのかと聞かれても「気にしていなかったので分かりません」というのが正直な所である。
アレイシアさんはどうやらエディルアと知り合いのようだったので、私にも加護をくれたのかもしれないが、他の神様は名前すら聴いたことの無い神様ばかり。
それに忘れていたが、私がアレイシアさんの天使だと言うのもちょっとわけが分からない。
何だろうか、天使。
「さぁ、どうしてかしらね?アレイシアと私は昔会った事があるからその時にくれたんでしょうけど、二人に関しては分からないわ」
「そう言えば分かりませんね。何故でしょうか?」
「ヘデラは産まれた時から持ってたよね。私は知らない内に増えてた」
そうだ。
私はいつの間にか加護が増えていた。
何かをしたら加護が貰えるとか、何か神様が気にかかるようなきっかけがあったのかもしれない。
そんな風に考えてみれば、『魔術と魔法の女神カゲラエの加護』はタイミング的にヘデラを生み出したから貰えたのかもしれない。
「魔術の禁忌者」という称号にくっついていたから、そうなのかもしれない。
カゲラエさん。
聞いたことの無い神様だ。
しかしそうなると、神様はいつも私達を見ていて、何かあれば加護や称号をくれるという事なのだろうか?
いつか、神様の加護コンプリートとか出来るのだろうか?
神様からの手紙にも「いつも見守ってるよ」的な事が書いてあった気がする。
神様らしい定型文だと思っていたが、本当に見守ってくれているのかもしれない。
お天道様が見ているというやつである。
悪い事は出来ない。
「神々が加護を与えるなんぞ、滅多にない事なんじゃ。お前さん方は神々に愛されておるんだのぅ」
おや。
私達が加護を持っているのは、神様に愛されているからなのだという。
それは何とも……。
ますます分からなくなってきてしまったではないか。
「そう言うものなのかしら?」
「神の加護が一つあるというだけでも、私達にとっては凄いことなんですよ」
そして、そんな風にフィリアさんが言う。
凄いこと。
確かに、「神様の加護」とは何だか凄く特別な、有り難いもののように聞こえる。
実際その通りなのだろうが、しかし他のスキルや魔法のように詳しい中身が分からない加護は、何か変わったという実感が湧かないのだ。
強くなるのか、私の加護のように転けなくなるような内容なのか、それでも確実に何かしらの変化はあるのだから、やはりステータスに分かりやすく表記される加護は凄いという事なのだろうか?
それとも、神様の加護だから凄いのだろうか?
「加護って皆欲しいの?」
「そらのぅ。儂ら人間にとって加護とは、文字通り護られておるという証明のようなものなんじゃ。加護を受けておるというだけで、心の拠り所になる。神に加護を受けたというだけで、皆に支持されるような者もおる。特別なものなんじゃ」
つまり人間は皆加護が欲しいという事らしい。
様々な魔法やスキルが使える世界。
魔物と人類が日々闘っている世界。
人の命が軽い世界。
そんな世界でいて、加護を持っていると、自分は護られているのだと分かりやすく実感出来て、心のより何処になると。
なる程。
確かに、これ程までに神様の存在を実際に感じられるものは無いかもしれない。
加護というくらいだから、内容がどんなものかは分からなくても、確かに護ってくれるものなのだ。
言葉通りに、神様が見守ってくれている証明なのだ。
祈りに縋るしかないなんて人は、どこの世界にもきっと数え切れない程にいる。
だから憧れるし、支持されるのだろう。
極論を言えば、他の人達とは違う解りやすい特別感が欲しいのかもしれない。
皆、心の何処かで自分だけが特別でありたいと思っているものだ。
それが神様の名を関したものならうってつけだろう。
誰にも文句は言われずに、安心して自分だけが特別でいて、護られていられる。
宗教には詳しく無いが、マジョリティだのマイノリティだのと言っていた社会で青い春を探していた私には少し分かる。
それとも、神様の加護がそれ程に凄い効果を持っていた事例があったのかも知れない。
……そういえばエディルアの加護は凄いスキルが貰えるんだった。
やっぱり加護は誰だって欲しいのかもしれない。
今のは無しである。
「あら、なら私の加護をあげるわ」
それを聞いたエディルアがそんな事を言い出した。
何とも早速だ。
私も便乗しておこう。
「じゃあ私も」
そうして、私とエディルアは一瞬でグロムさん達三人に加護を付与した。
これで彼らも本当の特別感が味わえてしまう。
何せ、エディルアの加護は何だか凄そうなスキルが貰えちゃうのだから。
「お、おいおい、良いのかそんなに簡単に加護を与えてしもうて」
「あわわわわ……わわ、私も貰っちゃいました……」
「私まで、宜しかったのですか?」
「加護の付与に制限なんて無いし、昨日もガッツっていう冒険者達にあげたわ。私の加護は凄いわよ」
「私のはそんなに凄くないけど。あげる」
私の加護は転けなくなるだけなのだ。
不意の転倒から守る加護なのだ。
言わないけれど。
私なんかの加護でも、彼らの心のより何処になるのだろうか。
結局、私達が何故神様の加護を沢山持っているのかは、分からずじまいなのであった。
そして数時間後、本日の本命、ついに私達の素材買い取りについての話になったのだった。
私は今日この為にここに来たと言っても過言ではない。
億万長者になりに来たのだ。
しかして、この部屋の中で異空間に大量にしまってあるミスリルを出すわけにはいかないので、全員で冒険者ギルドの建物横にある大きな倉庫に移動する事となった。
何でも、元々は冒険者から買い取った素材を保管する倉庫だったらしいが、今は「マジックバッグ」という、大きさや容量を気にせずに物を保管できる魔法の道具があるので、使わなくなってしまったのだとか。
私達の「アイテムボックス」のスキルをくっつけたような道具である。
魔法が使えなくても、魔法の道具がこの世界にはあるのだ。
何とも素敵便利である。
そういう道具があるのなら、「アイテムボックス」が使えないエディルアに今度プレゼントしよう。
そんな事を私が考えつつ、その倉庫に着いてみると、エディルアが今朝狩って来たという、トーチャー・ビーストと言うらしい、何だかおどろおどろしい魔物の死体が転がっていた。
「これがトーチャー・ビーストですか。何とも、凶悪そうな魔物ですね」
「強そうでしょう?」
「おどろおどろしい……」
鞭を持ったライオンなんかでは無い。
ドロドロした感じの大きな人型の化け物だった。
色は黒くて、トゲトゲが至る処から沢山生えている、何とも筆舌に尽くし難い恐ろしい怪物である。
名前にビーストとか付いているのに、獣的な要素が何処にもない。
こんなもの、果たして売れるのだろうかと思った私だが、グロムさん曰く、とてつもなく強くて希少な魔物なので、超高く売れるらしい。
「朝来てみると、こんなもんがポンとギルドの倉庫に置かれていたもんじゃから、腰を抜かしそうになったわい」
「私もです。トーチャー・ビーストなんて初めて見ましたよ」
そんな事を言いつつも笑顔のグロムさんとフィリアさん。
何でもこの魔物は滅多にお目にかかれ無いので、見れて嬉しいのだとか。
分からない……。
変わった人達だ。
「私は朝来ると、これを担いだエディルアさんがギルドの前に立っていたので、気を失いそうになりました……」
ニコニコした二人に反して、ナンシーさんは遠くを見るような眼でそんな事を言っている。
そう言えば、エディルアが朝にそんな事を言っていた気がする。
こんな化け物の死体を担いで自分の職場の前に立っているエディルア。
なる程。
想像してみると、何と朝から心臓に悪いビックリホラー映像であろうか。
可哀想にナンシーさん、さぞ怖かった事だろう。
こんなものをどうするのかは知らないが、高値で買い取ってくれると言うのだから、世の中何が値打ちか分かったものではない。
しかして、グロムさん達は私とヘデラが取り出した大量のミスリルと、エディルアのトーチャー・ビーストとかいう魔物の死体をその場で引き取ってくれた。
当然、何億円分のお金なんて直ぐに用意出来るわけがないので、金貨数十枚を先に貰って残りの支払いは後日という事になった。
何でも、この冒険者ギルドと提携している商人の人が数人いて、この素材達なら直ぐに彼らが買い取ってくれる筈なので、それまで待って欲しいと言う。
元々が、冒険者ギルドはその商人達と冒険者の仲介役だったらしい。
卸市場みたいなものだ。
納得である。
しかして、念願叶ったり。
これで後は寝て果報を待つだけで、三人ともめでたく億万長者になれる。
そして当然、冒険者ギルドへ仲介手数料が入るので、高額な素材故にグロムさん達的にも嬉しい。
これがwin-winというやつである。
何と、素晴らしい事だろう。
地面を掘るだけで皆が幸せになれる。
「そう言えば、お前さん方は何処に住んでおるんじゃ?」
しかして、応接室に戻って来た私達であるが、もうそろそろ帰ろうかと話をしていると、グロムさんがそう訊ねてきた。
「この領地の西側の方ね。死の森に近い辺りに私達の家があるわ」
「ほう。その辺りじゃとヤタの村の近くじゃの。すると、この街の騎士団がコカトリス討伐の際に出逢ったと言うのは、やはりお前さん方だったか」
「あら、知ってるのね。そうよ。あのコカトリスは、ヘデラの眷属よ」
「わたくしの可愛いペット、シュバルツちゃんです」
「そうか。いや何、ここの街の領主に昨日呼ばれてのぅ。何でも、その騎士達の隊長を務めていた領主の娘の話では、『真祖の姫と黒死の龍と出逢った。私はその者達と共に暮らす事にしたから家を出る』と言い出したそうでの。それを聞いた領主が、娘の頭がおかしくなったと心配して、儂に相談を持ちかけてきたんじゃ。まさか本当じゃとは思わんかったが、お前さん方の事だったんじゃのう。ほっほっほ」
ほっほっほとか笑っているが、ソフィア隊長、お父さんに私達の事を話したせいで、頭の中を心配されているという事では無いか。
何て事だろう……。
私達のせいで彼女が危ない子認定されてしまうのは何とも心苦しい。
私達はお伽噺の存在らしいが、ちゃんと実在しているのだ。
ソフィア隊長の頭も心も、多分正常である。
「それは……私達も一度会いにいった方が良さそうね」
「そうですね。何やら、ソフィア様と御父上には複雑な事情がお有りのご様子でしたし」
「そうしてやってくれ。もし、何も用が無いようじゃったら、この後儂が案内するが、どうかのぅ?」
「そうしましょうか。ソフィアは準備に2日程掛かると言っていたけれど、引っ越しの用意とか私達で手伝ってあげましょう」
そうして、私達はソフィア隊長の実家、ヌーヴェル伯爵家へとお邪魔する事になったのだった。