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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、街に行く
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アリスさん、ギルドマスターを知る

「ナンシー、来たわよ」


周りに大勢いる冒険者達の視線が一様に私達に集まる中、エディルアが受付のカウンター内にいるナンシーさんにそう声を掛けた。

静まり返った冒険者ギルドの建物内に、きっと列に並ぶ必要が無くなったからだろうエディルアの少し機嫌の良さそうな声が響き、それに反応するかの様に、何処かから誰かの唾を飲む音が聴こえた。



何だろうかこの状況は……。


まるで有名人にでもなってしまったかのようである。


なんて事を思う私だが、しかしその実、悪い意味でその通りなのかも知れない。



何せ、今さっき私達に絡んで来た五人のナンパおじさんが、恐怖の叫び声と三人分の血肉の塊を残して、大衆の目の前から一瞬で消えてしまうという、山口敏太郎先生も驚きの超常的恐怖現象が巻き起こったのだから。


種も仕掛けも無いし、証拠なんて何処にもないが、きっとその犯人は私達なのだろうという事は、この場にいる誰の目にも明らかなのだから。




これが完全犯罪というやつである。




しかして、ナンシーさんはというと、呆けた表情で私達を見つめたまま固まってしまっていた。


口を半開きにして、目を開いたまま瞬きもしない。



まるで時間が止まったようである。


昨夜も見たことのある光景だ。



私達の正体を知っただけで同じような状態になってしまうのだ。

彼女がこうなってしまうのも無理は無い。


きっとナンシーさんも、おじさん達が消える瞬間を見ていたのだろう。

そうで無くとも、尋常では無い恐怖の叫び声を上げたおじさん達に気が付いていない者は、きっとこの建物内にはいないだろう。



しかし、私は何も気にしない。


だって私関係ないし、そもそもナンパされたのだって私では無い。


私は何も知らないし、何もしていないのである。


そう、きっと気持ちの悪いニュータイプなナンパをするおじさん達なんて元から此処にはいなかったのだ。


皆、少し夢でも見ていたに違いない。

集団催眠と言うやつである。



そして私は、エディルアとヘデラの後ろに隠れながら、セチアのふわふわした毛に顔を埋めてそんな事を考えていた。


「どうやら、昨日のショックがまだ残っているようですね。申し訳ありませんでした。もう無差別に跪かせるような事はいたしませんので、安心して下さい」


しかして、何処か白々しくそんな事を言うヘデラ。


私はそんなヘデラの言葉を聞いて驚いてしまった。


ナンシーさんがショックを受けている理由はきっと違うと思うが、あのヘデラが自分の無差別土下座癖を反省しているようなのだ。


過去二回の前科があるヘデラが、やっとあのよく分からない強制土下座を顧みて、更にそれを謝り、もうしないと言うのだ。


少し嬉しい。


褒めてあげよう。


何せ私は彼女のお母さんのようなものらしいのだから、ちゃんと反省出来る良い子は褒めてあげなくてはいけない。

私は褒めて伸ばすタイプなのだ。


「ヘデラは偉いね」


「……ッ!!あ、ああ……何と!何と恐れ多い!!アリス様にそのようなお言葉を頂けるなど、わたくし感激です!ええ!これからもアリス様の御身は、わたくしがしっかりとお守り致しますのでご安心下さい!」


感激されてしまった。


よく分からないが、どうやらヘデラは褒めて伸びるタイプのようだ。

なんと、私と相性バッチリではないか。

この方針で行こう。



ヘデラがそんな風に大袈裟に燥いでいると、どうやらナンシーさんが気を取り直したようである。


「あ……えっと……い、いらっしゃいませ」


そんな事を言いながら、何ともぎこち無い笑顔を作る彼女。


いらっしゃいませの前に何か訊ねる事があるのでは無いだろうか?

彼女は何も気にならないのだろうか?


そんな事を思う私であるが、何も言わない。


私は今セチアの背中に口が埋もれてしまっているので、あまり喋る事が出来ないのだ。


「話していた通り、ギルドマスターという人に会いに来たわ。今いるかしら?」


「ありがとうございます。ギルマスなら二階にいますので、今──」


きっとギルドマスターを呼んでくるか、私達を案内してくれようとしたのだろう、そんなナンシーさんの言葉を遮るように、大きな声を上げながら鎧姿のお爺さんが受付の奥から現れた。


「どうしたんじゃ!何かあったのか!」


お爺さんは静まり返ったギルド内を見回し、その場の全員が私達を見ている事に気が付くと、ガチャガチャと鎧を鳴らしながらこちらにやって来た。


どうしたんだはこちらの台詞である。

そんな鎧姿で慌てて、いったいどうしたんだと言いたい。



所で、この街の人達は鎧を着ている人が多い。


きっと魔物がいるから危ないという事で着ているのだろうが、安全そうな街の中や建物の中でも鎧姿でいるのはどうかと思うのだ。

動きづらかったり、重かったり、鬱陶しくなったりしないのだろうか?


かと思えば、リナリアさんやネルサさんのように、セクシーが過ぎるような過激な薄着の女性も多い。


良く分からない人達である。


そして、このお爺さんもその一人。

重そうな銀色の鎧を着ている。

結構お年を召していらっしゃるように見えるが、そんな重そうな物を身に着けて、達者なものだ。


「ギ……ギルマス!ちょうど良い所に!」


おや……。


どうやらこのお爺さんがギルドマスターという人らしい。

ナンシーさんはギルドマスターを略してギルマスと呼ぶのだ。


名称をなんでも短く略したがるのはこの世界も変わらないようである。


良く分かる。


「了解」を「りょ」とか略しちゃうのだ。


それ略さなくても十分短く無い?と思うようなものでも、とりあえず誰かが略しちゃうのだ。


きっと、「ギルドマスター」も「ギルマス」では飽き足らず、「GM」と略しだす人がその内現れるはず。


流行の最先端を行く、今どきのナウいJKだった私には分かる。


「おお、ナンシーどうしたんじゃ?さっきから騒がしかったが、何かあったのかのぅ?」


近づいてきたお爺さんがそんな風にナンシーさんに訪ねた。


きっと、この世の終りのような叫び声が聞こえたり、その後の多数の阿鼻叫喚の声を聞いて驚いて様子を見に来たのだろう。


納得である。


彼はここの社長さん的ポジションの人らしいのだから、自分の会社の様子が気になるのは当然。

否、そうで無くとも、近くにいれば「いったい何が起きているんだ?」と気になっただろう。


私だって、通りがかりに野次馬精神が抑えきれず、ちょこっと様子を覗いてみたりしたかもしれない。


「私達ナンシーに言われて、貴方に会いに来たんだけど」


しかして、そのお爺さんが私達のお目当ての人物だと知ったエディルアが、そんな風に早速要件を告げた。


何かあったのかが気になるお爺さん的には、そんな事よりもナンシーさんに話を聴きたいだろうに、エディルアは何ともせっかちである。



が、まぁしかし、私達がその原因だと言えなくもないのだ。


正確には、「ギルドマスターに会いに来た私達が順番待ちをしている最中に、私達に絡んで来た五人のおじさん達が叫び声を残して一瞬で消えてしまったように見えたので、周りにいた皆がパニックを起こしてしまった」というのが答えである。


つまりは私達がここに来た事が、色々と騒いでいた理由の一つだと言えなくもないわけである。


何とややこしい事か。


私がそう教えてあげたいのは山々なのだが、如何せん、私のお口はセチアの背中に埋もれてしまってしまっているので、そんな難しい事など喋れる筈もないのだ。

このまま喋ろうとすると、モゴモゴしてしまうし、毛が口に入ってしまう。


決して怒られるかもしれないから黙っているわけではない。


「ナンシーから……すると、お前さん方が……?」


ギルドマスターのお爺さんは驚いた表情で私達を見た後、ナンシーさんに確認を取るように、彼女と顔を見合わせた。


きっとナンシーさんから何か聴かされているのだろう。


私達の種族の事とか。


素材を買い取って欲しい事とか。


冒険者になりたいと言って試験を受けたのに、途中キャンセルした事とか。


無差別土下座事件の事とか。



あれ。


……どうしよう。


そっちで怒られるかもしれない。



社長面接直前までいっていた入社試験を、自分達の都合でキャンセルしたり、居合わせた社員全員を無差別に土下座させたり、社長ポジションであるこのお爺さんからすれば、私達は会社を荒らしに来たならず者だと思われても文句は言えない。


更にさっき、そんな私達に絡んできた社員が五名ほど……ちょっと、その……消えちゃったかもしれないような気がする。




訴訟である。



「はい。私がお呼びした方々です」


私は何もしていないのだと、このお爺さんは信じてくれるだろうか……。

などと、私が考えていると、ナンシーさんが頷きなからそんな風に言った。


そして、それを聴いたギルドマスターのお爺さんは、納得がいったというような表情をした後に破顔した。




「そうかそうか、態々来てもらってすまんのぅ。此処じゃ騒がしいから場所を変えよう。お前さん方は着いて来てくれい。ナンシーもすまんが一緒に来てくれるか?」


そんな風に言って私達を受付の中へと案内するギルドマスター。


おじいちゃん特有の、皺だらけの優しそうな笑顔である。


見ていると、何だか懐かしい気持ちになってくる。


昨夜の土下座事件を叱られるかもしれないと、少しドキドキしていた私はそれを見て胸を撫で下ろした。


良かった。


どうやらこのギルドマスターのお爺さんは優しいお爺さんのようである。



しかしそれと同時に色々と居た堪れない気持ちにもなる。





私はギルドマスターに心の中で謝りつつ、皆に着いて冒険者ギルドの二階へと向かったのだった。


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