アリスさん、ナンパを知る
今、私達三人はお城でヘデラが作ってくれた朝食を食べた後、のんびりと寛いでいた。
今朝はシュバルツの卵を使った玉子焼きを含む、The和食という感じの朝食だった。
ヘデラは和洋中なんでも作れるらしく、そしてそのどれもがとても美味しい。
我が家自慢の凄腕シェフである。
そして、そんなとても美味しい料理達。
私が具現魔法で出した食材をある程度ヘデラに渡して作ってもらっているので、食費は何と0円である。
ミスリルが無くても、この魔法を使えば億万長者になれる気がする。
しかして、私は今セチアとソファで戯れながら、食後のティータイム中である二人とお話をしている最中であった。
朝っぱらからゴロゴロ出来るのは無職の特権である。
早速ダメ人間になってしまいそうだ。
「エディルアは何処に行ってたの?」
私はセチアのお腹をムニムニしながら、そうエディルアに訪ねた。
昨夜お城へ戻って直ぐに、「きっと強そうな魔物の方が高く売れるわよね」という言葉を残して、一人で何処かへ飛んで行ってしまったエディルア。
きっと強そうな魔物を狩りに行ったのだろうと思っていたが、彼女は今朝、手ぶらでスカイダイビングして帰って来たのだ。
なので私はずっと疑問に思っていたのである。
所で、エディルアはアイテムボックスを使えない。
私はアイテムボックス(血の収納)というスキルを持っているし、それを使わなくても時空魔法でチョチョイと異空間を作って、そこに持ち物をしまっておくことが出来る。
ヘデラもアイテムボックス(血の収納)を使えば、魔力で作った血を介して物を出し入れする事が出来る。
重い物も大きな物もそれらを使えば手ぶらで移動する事が出来るし、「ドラえも何たら」の「四次元ポケッ何たら」宜しく、二人共カバン要らずなのである。
しかし、エディルアはそういう、物をしまっちゃえたりするようなスキルを持っていない。
ならどうやって持ち物を運んでいるのかと言うと、普通に手で持っている。
「何を当たり前な事を」と、鼻で笑っちゃうかも知れないが、三人の中でエディルアだけ、手ぶらでは無いのだ。
私があげたデジカメも、ストラップを付けて彼女の首からぶら下がっているし、狩った大きな猪だって頭上に担いで帰ってくるのだ。
何だか仲間外れで可哀想な感じがするが、それは仕方ない。
アイテムボックスのスキルの取得方法なんて、私達の誰も知らないのだから。
そんなエディルアが手ぶらで空から降って帰って来たので、魔物を狩りに行ったのでは無かったのだろうかと疑問に思ったわけである。
と言うか、何処に行って帰って来れば、空中落下帰宅することになるのだろうかと疑問に思ったわけである。
「私は強そうな魔物を探して、獲って来たわよ。その名もトーチャー・ビースト」
しかして、エディルアは強そうな魔物を狩って来たらしい。
そして、何故空から降って来たのかは分からない。
きっと彼女はスカイダイビングが好きなのだろう。
そういう事にしておこう。
そして、エディルアはトーチャー・ビーストという魔物を狩って来たらしい。
どんな魔物かは知らないが、ビーストと言うからには獣なのだろう。
強そうな獣。
ライオンとか?
「へぇ。どんなの?」
「地獄の処刑人って呼ばれているらしい魔物よ。自分以外の生物を見つけると、手当たり次第に拷問して殺すそうなの。強そうでしょう?まあ瞬殺だったのだけれどね」
「ええ……」
何その強そうと言うか、恐ろし過ぎる魔物。
ライオンじゃないじゃん。
拷問とか……鞭で打ったりするのだろうか?
拷問する獣……。
否、駄目だ。
鞭を持つライオンなんて、何だか面白くて笑ってしまう。
拷問する獣の想像がつかないが、兎に角、そんなとても恐ろしそうな魔物がこの世界にはいるらしい。
恐ろしい世界である。
そして、そんな恐ろしそうな魔物を瞬殺して来たらしいエディルアは、やはり強いドラゴンなのだろう。
黒死の破滅龍だし。
神様らしいし。
「その魔物は、今は何方に?」
「帰る途中にリアデの冒険者ギルドに寄って置いて来たわよ。ナンシーがいたから話をして、また後で来るって言っておいたわ」
私達はナンシーさんの頼みでギルドマスターという人と会うために今日も冒険者ギルドに行く予定である。
昨日ナンシーさんにお願いして、私達が獲ってきた素材やらミスリルやらを冒険者ギルドで買い取って貰う事になっているので、ナンシーさんに言って早速引き取って貰ったのだろう。
きっと査定などもする必要があるだろうし、丁度良いという事だ。
なる程、エディルアが手ぶらで帰ってきた理由が分かった。
「私もミスリル掘り当てたから、今日持って行ってヘデラのと一緒に買い取って貰おう」
そして、採ったばかりのミスリルが私の異空間に山程あるので、それも買い取って貰おう。
これで私もヘデラも、場合によってはエディルアも億万長者である。
何という事だろう。
私達三人共お金持ちになってしまう。
何だか楽しみになってきた。
「そうですね。リアデにはいつ頃向かいますか?」
「三人とも特に何も無いようなら、もう今から行きましょうか」
という訳で、特にやる事も無かった私達は再びリアデにやって来た。
今度はセチアも一緒である。
『ここが人間の街なんだね!凄いよアリス!色んな物があるよ!』
なんて、私に抱きかかえられたセチアが興奮気味にキョロキョロ周りを見回している。
人間の街に来るのは初めての経験のようで、大通りに並ぶ店を見ては「あれは何?」「これは何?」と訪ねてくるのだ。
私は何だか可愛い弟でも出来た気分で、色々とセチアに説明しながら冒険者ギルドまでの大通りを見て回った。
エディルアとヘデラはそんな私達の後ろを、微笑ましいものを見るような顔をして着いて来る。
その様はまるで子供と保護者の様で少し恥ずかしいが、私は気にしない。
何せ私は見た目小学生児童でも、中身は原宿でオシャレなスイーツを食べちゃう感じのイケイケJK。
可愛いペットと散歩しながら、ウィンドウショッピングしているようなものなのである。
そして私達が大通りを歩いていると、道行く人達は私が抱えているセチアが目に入るようで、「ねぇ、見て見て!」「やだ!凄く可愛い!」「ホントねぇ」なんて事を小声で話しながらこちらを眺めてくる。
皆、セチアの可愛いさに一目惚れのようだ。
当然である。
何せこんなに可愛いのだから。
私も誇らしい気分だ。
何だか良い気分の私は、セチアを抱きかかえながら寄り道しつつ、大通りの人混みを歩いて冒険者ギルドへと向かったのだった。
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「アリスは本当に可愛いわねぇ」
「ええ、何故あんなにも愛くるしいのでしょうか。しかしあのような尊いアリス様のお姿を観衆に晒すなど……何だかわたくしいても立っても居られない気持ちになってまいりました……」
「安心なさい。アリスに指一本でも触れた瞬間、誰であろうと私が存在ごと消し去るわ。もしアリスに良からぬ事をしてみなさい。最高の苦痛と絶望を味わわせてやる」
「いえ、それには及びませんエディルア様。アリス様に近づき話し掛けるだけでもわたくしが黙っておりませんので。剰え良からぬ事をしようなどと考えようものなら、その瞬間に、わたくしが粉微塵に致します」
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しかして、後ろから着いて来ている二人は何だかよく分からない事を楽しげに話している。
何か気になるものでも売っていたのかもしれない。
そんな風に思いながら、セチアに八百屋の説明をしなくてはいけない私は、特に気にする事も無くウィンドウショッピングを続けたのだった。
そして、太陽が真上に登る頃、私達は冒険者ギルドにやって来た。
昨夜ぶりに訪れるその場所は、どうやら今は人が沢山いる時間帯のようであった。
建物内を見渡した限り、ガッツさん達昨日の冒険者は見当たらず、これまた妙ちくりんな格好をしたおじさんやお姉さん達が沢山建物内で仕事の話をしている様子である。
きっと彼らも冒険者なのだろう。
そりゃあ、昼間は皆仕事をしているだろう。
何せここは冒険者の人達が働く場所。
居酒屋では無いのだから。
受付のカウンターにはそんな冒険者達が数人並んだ列が出来ており、冒険者達は受付の人と何か交渉をしたり、依頼の話をしたりしている。
昨晩の様子が嘘のようである。
しかして、私達もナンシーさんのカウンターの列の最後尾に並んだ。
「これを待たないといけないのね」
「なんとも、面倒ですね。それに、アリス様がいらっしゃっているというのに、出迎えも無しとは……」
「皆忙しそうだもの。仕方無いわね」
「左様ですか。しかしここは何時来ても騒がしいのですね」
「ほら、セチア。ここが冒険者ギルドっていう場所だよ」
『人が沢山いるね。ここでアリス達は何をするの?』
そんな風に話しをしながら待つ事数分。
どうやら私達は目立つ様で、周りの冒険者達があからさまにチラチラとこちらを見ながら、何か話をしたりしている様子である。
きっと綺麗なエディルアやヘデラを見て「おい声かけてみようぜ!」「ちょ、あんな綺麗な人、俺には無理だよ」みたいな会話をしているのだろう。
ドラマとかで見たことある。
これだけ大勢の冒険者がいるのだ。
こんなに綺麗でスタイルの良い美人なお姉さんがいたら、ナンパさんも寄って来るに違いない。
私が男だったら、一目惚れしている所である。
それとも、私の可愛いセチアを見ているのかもしれない。
おじさんにもセチアの可愛さは分かる筈である。
大通りを歩いている時も子供が触らせてくれと寄って来たし、セチアは老若男女に愛される可愛さなのだ。
私がそんな事を考えていると、とうとう私達の横から声を掛けてくる人が現れた。
「おいおい、嬢ちゃんとネェちゃんがこんな所で何をしてんだぁ?」
「ネェちゃん達可愛いなぁ。今から俺達と良い事しに行こうぜぇ」
私達がその声に振り返ると、五人の変な格好をしたおじさん達がいた。
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、私達を見ているのだ。
遂に現れた。
きっとこれが、私は噂にしか聴いたことの無いが、ナンパさんというやつである。
私達は今、ナンパされているのだ。
前世でも無かった経験に、少し感動である。
「それは私達に言っているのかしら?」
エディルアが何故か少し苛ついた様子でそんな事を訪ねた。
どうやら彼女はナンパお断りなタイプのようである。
そしてこのおじさん達、ナンパするのは良いが、格好が汚いし、変な服装をしているし、お世辞にもイケメンというような顔はしていない。
何方かというと、何というか……近寄りたく無い雰囲気と見た目である。
二人のタイプは聴いた事が無いが、きっとオッケーは出ないだろう。
ご愁傷様だ。
私がそんな風に思っていると、おじさん達は大きな声で何か知らないが騒ぎ出してしまった。
「おお!そうだよおっぱいのデケェおねぇちゃん!堪んねぇなぁ!」
「おい、俺が最初だぞ!ウハァ!この綺麗な顔がどんな声で泣くのか今から楽しみだなぁ!おい!」
「俺達こう見えて皆Dランクなんだ。三人共可愛がってやるから一緒に行こうぜぇ。痛くしねぇからよぉ」
「そこのメイドのネェちゃんは俺が味見してやるよ。今の主人にどれほど調教されてるのか楽しみだぜ」
「そこの可愛いお嬢ちゃんもおじさん達と一緒に遊ぼうねぇ。おじさんがいい事教えてあげるよぉ」
ぐえっへっへっへ……と何だか気持ち悪い笑い声を上げながら近づいて来るおじさん達。
……はて。
何だか私の知っているナンパとは違う気がする。
何というか、言ってる事が暴漢とか誘拐犯のそれと変わらない気がする。
こんな公衆の面前でそんな事を口走ってしまうこの人達は、どういう神経をしているのだろうか?
ドラマでしか見た事が無いが、本場のナンパとはこういうものなのだろうか?
それとも、この世界のナンパはこういう感じなのだろうか?
周りの冒険者の人達も、あからさまに身を引いて遠巻きから眺めているような状態である。
何故か私達の前にいるナンパおじさん達を睨み付けている者、悲壮感漂う表情で私達を見つめる者、どうしようかと慌てている者、等など。
「おいお前達、彼女達が怖がっているじゃないか」とか言って間に入ってくるナイスガイはどこにもいない。
ドラマとかだとそういう展開になるのだが、やはり現実は違うようだ。
どうしたものかと私が思っていると、突然、妙な事が起こった。
これまた突然。
近寄って来たおじさん達の内三人が、急に血肉を撒き散らしながら、着ていた変な服ごとミンチになって、その場にグチャリと崩れ落ちてしまったのだ。
突然過ぎる。
何が起こったと言うのか……。
ポルターガイストなんてものじゃない。
心霊現象研究協会も驚きの怪奇現象である。
そしてそんなおじさん達ミンチ肉化事件に驚く暇も無く、残り二人のおじさん達の身体に、急に黒い靄が纏わり付いたかと思うと、「イギャアアアアアァァアアアアアッッ!!!」という、とんでも無い恐怖を感じさせる叫び声を残して消えてしまった。
怖過ぎる。
いったいどうしたと言うのか……。
人体自然発火なんてものじゃない。
超心理学財団も驚愕の超常現象である。
摩訶不思議、ナンパおじさん達は全員、忽然と姿を消してしまった。
そして訪れる数秒の沈黙。
先程まであれ程に活気づいていた冒険者ギルドの建物内は、今や葬式会場のような悲壮な静けさにつつまれていた。
私は何とも理解が追いつかないこの状況で、しかし、何となく察しが着いてしまい、頭を抱えたくなってしまった。
おじさん達はただナンパしただけなのに、何故こんな事に……。
そして、少しの静寂の後訪れる、その場にいた人達の混乱。
叫び声をあげて建物から逃げ出す者、唖然とその場に立ち尽くす者、その場にへたり込み震える者、何だか知らないが魔法を唱えだす者、等など。
正にパニック映画の様相を呈している。
しかして、この状況を作った犯人と思わしき二人はと言うと、
「あら?何だか知らないけれど、消えちゃったわね?声を掛けて来ておいて失礼な人達だわ。何処に行ったのかしら」
「このような所にゴミが落ちていますね。掃除をしていないのでしょうか?アリス様がいらっしゃるというのにこれはいけません。わたくしが片付けて差し上げましょう」
なんて事を白々しく言っている。
そして、ヘデラが言うと同時にミンチ肉おじさん達は血の一滴の跡も残さずに影に吸い込まれて行った。
二人とも、どうやらナンパはお断りなタイプだった様である。
きっと機嫌が悪かったのだろう。
そう結論付けた私。
その場に残った全員の視線が私達に集まる中、私は何も知らないフリをしようと決めた。
私は何も見ていないのだ。
ナンパなんて知らないし、声なんて掛けられていないのだ。
「ほら、セチア。ここが冒険者ギルドっていう場所だよ」
『アリスアリス!何だか知らないけど、さっきの人達消えちゃったよ!』
「……きっとそういう病気だったんだよ」
『そうなの?人間って変わってるね』
そうだね。
セチアは素直で可愛いね。
「あら、いつの間にか列が空いたわね」
「どうやら、皆様譲って下さったようですね」
「そうだね」
私はセチアの毛に顔を埋めながら、ヘデラとエディルアは何ごとも無かったかのように平然と、前に誰もいなくなってしまった列を進んで、唖然とした表情でナンシーさんが立っているカウンターへと向かったのだった。