アリスさん、初めての眷属を知る
「あなたの名前はセチア。私はアリス。よろしく」
そう名付けた子狐を抱きかかえながら、私は柔らかい毛に顔を埋めてみる。
フワフワである。
私の期待した通り、セチアの傷は元からなかったかのように消えてしまい、前足も耳も元通りになっていた。
おまけに血と泥で汚れていた身体を私が魔法で洗い流せば、フワフワサラサラの綺麗な身体を取り戻した。
セチアの体毛は全体的に黒い。
お腹から顎と前足、そして二本ある尻尾の内一本が黒っぽい灰色をしている。
そう、セチアの尻尾は何故か二本ある。
元は一本だったのに、私が眷属化すると二本になったのだ。
尻尾が二本。
不思議である。
そして、この子は元々魔物では無く、この世界の動物。
大陸キツネという種類の狐だったようだ。
私が眷属化して吸血鬼になったので、今は魔物になってしまったらしい。
そんなセチアのステータスがこちらである。
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個体名:セチア
種族:吸血暗闇狐
性別:♂
識別:真祖姫の吸血狐
レベル:1
称号:真祖姫の眷属
祝福されし幸運
種の超越者
魔に堕つ者
魔力:29841/29841
スキル:拒む意思
弱き者の声援
闇魔法(Lv.8)
吸血
不老不死
転移
備考:真祖の姫アリスに眷属化され、吸血鬼化、魔物化した大陸キツネ。真祖の姫アリスの眷属であり、その影響で飛び抜けた能力値、スキルを有している。
始まりの真祖アリスの加護
慈愛と豊穣の女神エイラの加護
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識別 真祖姫の吸血狐:真祖の姫アリスによって眷属化され魔物化した大陸キツネ。
称号 真祖姫の眷属:真祖の姫アリスに眷属化された証。
全能力値極大上昇
祝福されし幸運:その身の幸運を、慈愛と豊穣を司る女神エイラに祝福された者に与えられた名。
種の超越者:種族を超越した者に与えられた名。その種族を率いる能力を得る。
魔に堕つ者:魔物化した存在に与えられた名。
全能力値中上昇。
スキル 拒む意思:あらゆる事象を拒絶する不可視の障壁を作り出す。
弱き者の声援:周囲にいる任意の対象に多種多様なバフ効果を付与する。バフ内容、強度、持続時間、等は消費魔力量に依存する。
闇魔法(Lv.8):6属性魔法の内、闇を司る魔法。
吸血:吸血する事により対象の生物、魔物が持つ魔力、生命力を取り込む。ごく稀に吸血衝動が起こる。
不老不死:老いが無くなり、自然死をする事が無くなる。
転移:自らの見たことのある場所に瞬時に移動する。
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私のセチア君のステータスは、また私の知らない事が書いてある。
スキルとか。
よく分からないが、見えない壁を作ったり、瞬間移動が出来たりするらしい。
そして、知らない神様の加護が付いている。
少なくとも、リナリアさん達よりは強そうな狐になってしまった。
「セチア、魔物になっちゃった。ごめんね」
「キュー」
セチアはキューと鳴く。
狐はコンと鳴くのかと思っていたが違うらしい。
それとも、この世界の狐はキューと鳴くのかもしれない。
しかして、何と私はセチアと意思疎通が出来るようになった。
眷属になると、眷属化した者とはテレパシー的なもので離れていても会話が出来るのだ。
念話というらしい。
ヘデラもシュバルツと無言の会話が出来るように、私もセチアと無言の会話が出来る。
そしてエディルア曰く、魔法の力でエディルア達とも念話が出来るらしいのだから、驚きである。
やり方は教えて貰ってないので知らないが。
因みに、今の「キュー」は「謝らないでよ」のキューだ。
『僕はアリスに助けて貰わきゃ、死んじゃってた。例え魔物になったとしても、僕は死にたく無かったよ。だから、ありがとうアリス。これから宜しくね』
「うん。よろしくセチア」
そんな会話をする私とセチア。
セチアは念話、私は声。
傍から見ると、抱きかかえた狐に向かって一人で話しかけているという、何とも心配になってくるような図であるが大丈夫。
ちゃんとお話をしているのだ。
私の頭も心も正常である。
『僕はアリスの眷属になったんだよね。眷属って何をするのかな?僕は何をすればいい?』
「私と一緒にいてくれればそれでいいよ。セチアは私のお友達」
『分かった。僕はアリスとずっと一緒にいる』
そんな事を念話で伝えて、私の顔に飛びついてくるセチア。
フワフワである。
そうして、可愛くて魔法を使えて会話も出来る狐の眷属が私に出来た。
「セチアはどうして、ボロボロであそこに倒れてたの?」
私はセチアを抱えて、話しながら森の中のお散歩を再開した。
私が力持ちという事なのか、それともセチアが超軽いのか、セチアを抱きかかえながら歩いていても、不思議と重さを全く感じない。
きっと前者なのだろうが、今更気にしない。
何せ私は木を殴ってへし折りまくった事もあるのだ。
ムキムキのマッチョにでもなった気分であるが、私の腕は細くて柔くてちっこいまま。
何とも不思議であるが、セチアのフワフワした毛に顔を埋めながら、労なく歩けるので便利である。
『狼の魔物に襲われて逃げて来たんだ。でも足も無くなっちゃって、痛くて、辛くて、あそこの木の下で動けなくなっちゃった』
セチアの傷は、やはり魔物に襲われて負ったらしい。
私の前世の世界と違い、この世界には魔物がいる。
大きくて、おまけに魔法やスキルも使うような魔物は、普通の動物達からすれば脅威そのものなのかもしれない。
この世界の動物も、魔法を使ったりスキルを持っていたりと、私の知る前世の動物とは違うのかもしれないが、何せ人間が武器を持って闘って殺されるレベルには凶暴な魔物もいるらしいのだから、きっと彼らの間には、前世のそれとは比べ物にならないくらい過酷な生存競争があるのだろう。
全身傷だらけ、しかも足を一本失くした状態で、そんな魔物から逃げるなんて、きっととても怖くて、痛くて、苦しかっただろう。
こんなに小さくて、まだ子供なのに。
セチアは凄い、強い子である。
「お母さん達とは逸れちゃったの?」
『僕は産まれた時から一人だったんだ。きっと捨てられたんだと思う』
そんな事を念話で伝えてきたセチアは、悲しそうであった。
産まれて直ぐに捨てられて、セチアは今まで一人で生きてきたという。
子狐が一人で生きていける確率なんて私は知らないし、そんなもの想像も出来ないが、きっとセチアは沢山頑張って、辛くて、そして寂しかっただろうと思う。
そんなの、私の主観に過ぎないが。
自然の事だ。
仕方のない、良くある、当たり前の事なのかもしれない。
弱肉強食、弱い者を切り捨てるというのは、自然界の食物連鎖において当然の事である。
人間同士ですら、そんな事は良くある事なのだから。
前世では何不自由無く生きていた、恵まれた人間、そして今は便利な魔法もスキルも使えちゃう吸血鬼の真祖である私は、それを知っていても、その何も分かりはしない。
動物や魔物の事情なんて、私には関係のない自然の摂理で、どうでも良いことなのだから。
そんなの考えるだけ無駄で、私がそんな事をどうこう思うのは烏滸がましい。
けれども、セチアと出会い眷属化し、話し、友達になった今の私にとっては、それが何だか、ほんの少しだけ、悲しいのだ。
何せ、私の中身は青春真っ盛りな今どきJK。
「可哀想な象」を読んで泣いちゃうくらい、感受性豊かなお年頃なのである。
「そっか、セチアは頑張ったんだね。偉いね。私のお友達になってくれて、ありがとう」
そう言って、私はセチアを抱きしめた。
相変わらずフワフワである。
この子は沢山頑張ったのだ。
必死に生き抜いて、私の所までやって来てくれた。
こうして眷属になって、お友達になってくれた。
そんな小さな私のお友達は、少し苦しそうに「キュー」と鳴きながらも、私の顔を舐めてくる。
ペットに顔を舐められる人の気持ちが分かる。
「あはは、くすぐったいよー」なんて言って、犬に顔を舐められている人をテレビで見かけた事があるが、なる程……。
くすぐったいが、例え話しが出来なくても、何だかこの子に認めて貰えた気がしてとても嬉しい。良い気分である。
これからは私がこの子を守ろう。
そして、エディルア達とこの子も一緒に、色んな所に行って沢山楽しい事をしよう。
そんな、私の夢がまた一つ増えた瞬間であった。
「あ、アア……アリス様!!そそ、その狐はどうされたのですか!?」
空が白み、だんだんと明るくなり始めた頃にセチアとのお散歩を終えてお城まで戻って来ると、何やらお城の壁を弄くっていたらしいヘデラが、そんな風に声を掛けてきた。
私が抱えたセチアを見て目を丸くし、驚いているようだ。
まるで子供が捨て猫を拾ってきた時のお母さんのような反応である。
まあ、同じような状況なわけであるからして、彼女の反応は正しい。
それとも、セチアの可愛いさにヘデラもヤられてしまったのかも知れない。
何せこんなにちっちゃくてフワフワしているのだから。
大きくて懐っこい鶏のシュバルツも可愛いが、私のセチアはまた違うストレートな可愛いさがあるのだ。
「森で怪我をしてたのを拾った。私の眷属のセチアだよ。よろしく」
「な、何と……」
そんな風に言いながらセチアを抱えてヘデラに見せると、彼女は口を両手で押さえて肩を震わせ初めてしまった。
おや?
どうした事だろう?
まるで子供が捨て猫を拾ってきた時のお母さんのような反応である。
そんな風に思い首を傾げている私だが、直ぐにその通りなのかもしれないと気が付いてしまった。
即ち、もしかすると、私が勝手に動物を拾ってきたことを、ヘデラは怒っているのかもしれない。
否、それとも、ヘデラは狐アレルギーだったのかもしれない。
それで口を押さえているのかもしれない。
もしそうなら、叱られてしまうかもしれない。
ああ、何て事だ……。
ヘデラにも相談してから眷属化するべきだったか……。
私がちっちゃくて可愛い子狐だと思っていても、ヘデラ達がどう思うかは分からないでは無いか。
もしかすると、小さな黒いフワフワした狐が嫌いな人だっているかもしれないでは無いか。
もしそうなれば、セチアを早速悲しませてしまうかもしれないでは無いか。
「……どうしたの?」
自分の浅慮さを悔やみつつ、私が白々しくもそんな風に訪ねると、ヘデラは口を押さえていた手を胸で組みながら大きな声でまくし立て始めた。
「何と!何と尊い!!何と愛くるしいお姿なのでしょうか!ああ、アリス様!!私の愛しい主、アリス様!!暫しお待ちを。お写真をお撮りしても宜しいでしょうか?」
テンションマックスである。
少し落ち込みそうになっていただけに、咄嗟の事で面食らってしまう。
このメイドさんはやはり突然である。
しかし、そんな喜色満面でいるヘデラを見て、どうやら狐が嫌いなわけでも、アレルギー体質だったわけでも、私が勝手に動物を拾ってきた事を怒っているわけでも無いようだと分かり、私は胸を撫で下ろした。
良かった。
やはり、ヘデラもセチアの可愛いさにヤられてしまったのだろう。
それでテンションがよく分からない事になっているのだろう。
当然である。
何せ私のセチアはこんなに可愛いのだから。
「いいよ。可愛く撮ってあげてね」
しかして、セチアの写真を撮りたいらしくデジカメを構えるヘデラに、私はセチアが見えやすいように抱きあげて向き直った。
さあ、私のセチアを可愛く撮ってくれ。
そして、私は後でその写真を貰おう。
そのままヘデラは何枚か写真を撮ると、カメラのメモリ機能でディスプレイに表示した写真を眺めて満足そうに嘆息した。
「はぁぁ。小動物とアリス様……わたくし感動です。これを眼福というのですね。この写真はお城の玄関に飾りましょう」
そうでしょうとも。
セチアは可愛いのだ。
写真を玄関に飾るのは良い案である。
今度皆で撮った写真を額に入れて飾る事にしよう。
「うん」
そんな話しをしながら、ヘデラと一緒にセチアを愛でていると、空からエディルアが物凄い速度で降ってきた。
「帰ったわよぉ!あら!?」
そんな事を言いながら空から自由落下してきたらしいエディルアは、新幹線の衝突事故並みの速度と勢いと危機感を伴って地面に衝突し、しかし不思議な事に何の衝撃も余波も無くその場に降り立った。
何処の世界に、そんな超常現象的アクロバティックな帰宅があるだろうか。
ドッキリハプニング映像なんてもんじゃ無い。
もはや全てが出来の良いCGのようである。
否、しかし、この世界のこのドッキリドラゴンお姉さんならあり得るのだ。
何故パラシュート無しスカイダイビングをして来たのかは謎であるが。
「おかえりエディルア」
「エディルア様お帰りなさいませ」
そして最早その程度では驚かない私とヘデラ。
セチアは突然空から降ってきたエディルアを見て、私の腕の中で丸まってしまった。
怯えてしまったようである。
可愛い。
そしてそんなエディルアは帰って来て早々に、私とセチアを見て興奮気味に詰め寄って来た。
「ヒャァアアッ!何よ、どうしたのよアリス!!何そのちっさいの!!何処で拾って来たのよ!!可愛いわ!」
しかして、エディルアもセチアの可愛いさに一目惚れしたようである。
そんな事を叫びながら、弾けんばかりの笑みで私をセチアごと抱きしめて揉みくちゃにする。
黒い物は何でも格好いいというドラゴンお姉さんも、黒い子狐は可愛いらしい。
「私の眷属のセチアだよ。よろしく」
「眷属化したのね!!超可愛いわ!!ああ待って、今カメラを」
ヘデラに続いて彼女も写真を撮るらしい。
因みに、私があげたデジカメは、二人共もう使いこなしているようで、リアデの街を見て回っているときも三人で写真を撮り合っていたし、冒険者ギルドでも何か分からずに困惑するガッツさん達と何枚か写真を撮っていた。
気に入ってくれているようで、何よりである。
「可愛く撮ってあげてね」
「可愛いアリスが可愛い事してるのに、それを絵にして可愛く無い理由が無いでしょう!イヤぁぁッ可愛い!」
そんな事を言ってエディルアの写真撮影が始まった。
彼女はまだ写真の事を絵と言う。
そして、そんな彼女はセチアでは無く、私を撮っているらしい。
解せない。
セチアを抱いているだけの私が、どうなって彼女の中で可愛い事をしていると言う事になっているのかは分からないが、エディルアが満足そうなので別に良い。
しかし、エディルアは私なんかよりもセチアを撮るべきである。
可愛いのはセチアなのだから。
『アリスの友達?』
エディルアが写真を取り終えた頃、セチアが念話でそんな事を訪ねて来た。
しまった。
忘れていたが、彼にも、エディルア達を紹介しなくてはいけないでは無いか。
私のお馬鹿。
「そうだよ。この黒いお姉さんがエディルア。あっちのメイドさんがヘデラ。二人共私のお友達。よろしくね」
『アリスの友達は僕とも友達になってくれるかな?』
おやおや、私のセチア君は何て可愛い事を言うんだ。
いじらしいでは無いか。
そして、そんなセチアの言葉をエディルア達に伝えると、二人は笑顔で頷いた。
「勿論よ。よろしくねセチア。私は黒死の破滅龍エディルアよ」
「ええ、勿論です。わたくしはアリス様のメイド、真祖のヘデラと申します。よろしくお願い致します、セチア様。」
『やった!アリス、ありがとう!僕に三人も友達が出来た。とっても嬉しい!』
エディルア達の言葉を聴いて、「キュー」という喜びの声を上げながら私の顔に突撃するように抱きついてくるセチア。
「ふぁッ。ふふふ、良かったね」
私は顔面でそれを受け止めながらも、とても良い気分である。
セチアはフワフワしているので、全然痛く無いのだ。
これまで一人きりで生きてきたらしい彼は、私達と友達になれてとても嬉しいらしい。
良かった。
涙が出てきそうだ。
これからは私達と一緒だ。
もう寂しく無いし、私がセチアを守る。
誰にも傷つけさせないし、痛い思いも怖い思いもさせない。
セチアはこれから私達と一緒に、楽しく生きていくのだ。
『うん!』
その日、私達に小さな仲間が一匹増えた。