アリスさん、賢い稼ぎ方を知る
ヘデラは「少しお待ち下さい」という言葉を残して、足元の影に溶けるように沈んで消えてしまった。
何とヘデラは影の中に出たり入ったり、影から影へと瞬間移動したりする事が出来るのだ。
影魔法(Lv.MAX)の力である。
そして、そんな事は知らない冒険者達は突然の事に唖然としている。
当然だろう。
何せ、人が一人、床に埋まっていってしまったのだから。
ジャビットさんなんてヘデラが消えた床を見つめて、目を見開き驚いている。
何処へ行ったのかは分からないが、待つことほんの数十秒、ヘデラは何事も無かったように影の中から現れた。
そして、何処かから持って来たのだろう、碧白色にキラキラと輝く、人の頭程の大きさの塊をドンと、傍にあった別の机の上に8個並べたのだった。
トゲトゲした結晶が何本も突き出ている、良く分からない石の塊である。
否、石と言うよりは何かメタリックな光沢があるので、金属なのかもしれない。
鉄かな?
どっちにしろ、何故そんな物を持って来たのか甚だ疑問である。
どうやら彼女は突拍子と言う言葉も好きなようだ。
「皆様どうぞ」
なんて事を言いながら手の平を差し出すヘデラを見るに、どうやら加護の代わりにこの謎の塊を彼らへの御礼として差し出すつもりらしい。
どうしたのだろうか?
と言うか、正気だろうか?
キラキラ輝きがあって綺麗だが、こんな塊を貰っても困るのでは無いだろうか?
大きいのでオブジェにするにも邪魔くさそうだ。
なんて事を思っていると、エディルアがその塊に近づいて触りながら、少し驚いたように口を開いた。
「へぇ、これミスリル?」
ミスリル?
何だろうかそれは……。
この綺麗な鉄の名前だろうか?
ステンレスみたいな。
おっと、こういう時は私の魔眼eyesの出番である。
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ミスリル鉱(ミスリル含量97%)
:ミスリルが含まれている鉱石。
ミスリル:魔力に完全な親和性を持ち、魔力媒体としては最上位の金属。鋼よりも硬いが、加工がしやすい。別名「真なる銀」
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私がその塊を「真祖の魔眼」の効果の一つ「絶対鑑定」で調べてみると、そんな事が分かった。
つまり、何か良く分からない金属である。
鉄では無い。
私は元素記号を「すいへいりーべぼくのふねななまがりしっぷすくらーくか」と覚えたので、Caまでの20個しか確かではないが、ミスリルと言うのは元素周期表には載っていなかったような気がする。
少なくとも、「魔力に親和性があります」なんて謳い文句の金属は聴いたことがない。
つまり、このミスリルとか言うのは、この世界特有の、少なくとも私の前世の世界では未知の金属だということだ。
魔法の世界の金属。
そう言ってみれば、何だか素敵そうな響きだ。
こんな物、ヘデラはどこで拾って来たのだろうか。
「ヘデラ。これどうしたの?」
「お城の周りの湖を掘っている時に、何やら山のように出て来ました。それなりに貴重な物のようでしたので、保管室に置いていたのです。その欠片の一部を持ってきました。アリス様、差し上げても宜しかったでしょうか?」
「いいんじゃないかな?ヘデラが見つけたんだし、ヘデラの物でしょ?」
キラキラ光って綺麗だが、こんな物が沢山あってもどうしようも無い。
何せ鉱石。
精製も何もされていないのだから、文字通り庭に埋まっていた石である。
ヘデラがあげたいと言うならあげれば良い。
私にそれを止める資格は無い。
しかし、それなりに貴重な物らしいから売ればお金になるかも知れないが、果たして、こんなものガッツさん達は欲しいだろうか?
そう思ってガッツさん達の様子を伺うと、皆、驚愕の表情で震えていた。
「あ……アアア、アリスちゃん!流石にこんなの貰え無いぜ!!」
「お、おうよ……俺達はこんな物を貰う程の事は何もしてねぇ」
ほら、要らないって。
だって鉱石だもの。
ただの綺麗な石だもの。
マニアでもその手の業者さんでもなければ要らないだろう。
何だか震えているので、もしかすると怒っているのかも知れない。
「それは困りました……。アリス様とエディルア様は皆様に加護をお与えになったのですから、わたくしも何か御礼を、と考えたのですが。今のわたくしが皆様にお渡し出来るような物はこれくらいしか……」
そうなのか?
御礼に庭に埋まっていた石を渡すって、流石に適当過ぎでは無いだろうか?
とは思うが、私はそんな事は言わない。
ヘデラが御礼に地面を掘って出てきた石を渡そうが、その辺の雑草を渡そうが、それはヘデラの自由である。
私がとやかく言う理由は無いのだ。
「ヘデラさんからのプレゼントだ。俺は貰うぞ」
「……わ、私も貰ってもいいかな?」
「わぁい。私もぉ。でもこんなに大きな物、良いのかしらぁ……」
おや。
欲しい人もいるみたいだ。
他人の感性というものは斯くも分からないものである。
それとも、貰える物は取り敢えず貰っておく主義の人達なのかもしれない。
街で配っているティッシュを取り敢えず貰って鞄に突っ込んでおくような感覚なのかも知れない。
結局使わないまま忘れてしまい、整理する時になって鞄の底の方から未使用の大量のポケットティッシュが潰れて出てくる事になるのだ。
私も何度も覚えがある。
「どうぞ、わたくし達の城にはまだ沢山残ってますので。遠慮せずに受け取って下さい」
ヘデラのそんな言葉を聴いて、皆何処か安堵と葛藤の綯交ぜになったような表情を浮かべている。
よく分からない人達だ。
そして、このミスリルという綺麗な石っころはまだ沢山あるらしい。
山みたいに出てきたと言っていたが、ヘデラはこの塊をどうするつもりだろう。
お城にオブジェとして飾るつもりだろうか?
それとも、売るつもりなのだろうか?
「これ売ったら幾らくらいかな?」
「金貨10枚くらいじゃないかな……」
気になって誰ともなしに訪ねた私に、イディさんがそう教えてくれた。
鉱石の売却価格が分かるだなんて、この世界の忍者は物知りである。
「へぇ」
金貨10枚か。
……んん?
金貨10枚。
金貨10枚?
これが……?
所で、街を見て回っている内に、私は大体の物の価値を知る事が出来た。
リンゴみたいな果物が1個、銅貨2枚。
手頃なサイズのパンが1個、銅貨2枚。
半そでのシャツが1枚、銅貨10枚。
何か格好良い剣が1本、銀貨30枚。
ソフィア隊長が着けていたような格好いい鎧が1セット、金貨1枚。
である。
なので、銅貨1枚が私の感覚だと100円くらいだ。
銅貨が100枚で銀貨1枚なので、銀貨1枚はきっと1万円くらい。
金貨1枚だと100万円くらいだ。
そして、この塊は金貨10枚分の価値だという。
100万円が10枚。
一千万円だ。
ワオ……。
この塊一つで、一千万円の価値があるらしい。
金でもプラチナでもダイヤでも無いのに。
それを聞いた私の驚きたるや、ビックリなんてものじゃない。
何だそれ。
ただの石の塊だなんて思っていた数分前の私を殴りつけてやりたい。
お金の塊では無いか。
いくら何でも信じられない私は、「本当に?」と、何度か聴き返してしまった程である。
「それくらいはするだろうな……アリスちゃん、本当に貰ってもいいのか?」
何故私に聴くのかは分からないが、ハルクさんがそんな風に訪ねてきた。
そりゃあ、御礼に一千万くれると言われたら躊躇する筈である。
「ヘデラがあげるって言うなら良いんじゃない?私は関係ないよ」
実は高価な物だったと知ったからと言って、今更「やっぱりや~めよ」なんて言う程、私は現金では無い。
そもそもこのミスリル達はヘデラが見つけた物で、私がとやかく言う筋合いは無いのだ。
なので、そんな事を私に確認しないで欲しい。
少し羨ましいではないか。
しかして、結局皆そのミスリルを貰うことにしたようである。
正直で大いに結構だ。
しかし、ヘデラは山のように出てきたと言っていたし、欲しいならその辺を掘ればまた出てくるかも知れない。
皆も掘れば良いのでは無いだろうか?
私も帰ったら湖の近くを掘ってみよう。
そんなふうに思い立つと同時、必然的に私はある事に気がついてしまった。
即ち、「あれ?これがあれば簡単にお金が稼げるんじゃね?」と。
驚きの大発見だ。
雷に打たれたようとは正にこの事である。
そして、そうなれば私達が態々冒険者になる必要が無くなってしまう。
私は冒険者になって、エディルア達とこの世界中を旅行出来る程度のお金を稼ごうと考えていたが、そんなの目じゃない程の金額を楽に手に入れる方法が判明してしまったのだから。
地面を掘れば良いのだ。
冒険者はあまり稼げないとガッツさん達は愚痴っぽく言っていたし、そもそも冒険者にならなくても、魔物を狩ってそれを売った方が楽にお金を稼げる気がする。
ここの冒険者ギルドという場所は、そういう「素材」という物を買い取ってくれるらしいのだ。
魔物の皮とか牙とかお肉、旗また薬になる草や木の実から鉱石まで、何でも買い取ってくれるらしい。
質屋さんのようである。
「ねぇ、エディルア、ヘデラ。私思ったんだけど、冒険者にならなくても、こういう素材を採ってきて売れば楽にお金を稼げるんじゃないかな?」
何故あの神様は冒険者になってお金を稼げなどと手紙に書いたのだろうか。
お金を稼ぐ方法なら他にもある筈だ。
街のお店でアルバイトをするとか。
何か理由があるのかも知れないが、如何せんあの神様は何も教えてくれない。
「あら、それもそうね。アリスは頭が良いわね」
「流石はアリス様。それは良いご提案です。残っているミスリルも売ってしまいましょう。この塊が金貨10枚で売れるのなら、その百倍はあるので当分の資金としては十分でしょう」
ええ……。
そんなにあるの?
と言うか、何故そんなに大量の石の塊をお城の中に取っておいたのだろうか。
私ならその辺の石ころと一緒にポイッしていただろう。
分からないが、その時のヘデラは正しかったという事だ。
基、一千万円の百倍……十億円である。
十億円。
ワンビリオンだ。
どうしよう。
庭を掘るだけで億万長者になれてしまう。
ここ掘れワンワンである。
垂涎というわけでは無いが、テンションが上がってきてしまう。
だって私達は魔法が使えちゃうので、前世のガリンペイロ宜しく死にものぐるいで坑道を掘る必要は無いのだ。
地面を掘ってミスリルを探すのなんて一瞬である。
働くのがアホらしくなってきた。
何故たまに魔物を狩ってそれを売ったり、穴を掘ってミスリルを売ったりすればお金を稼げると教えてくれないのか。
何が冒険者あろうか。
結局私がナイスバディになる話も何処かへ行ってしまったし、あの神様は本当に当てにならないな。
「冒険者になるの、止めよっか」
なんて事を言う私。
とは言え、何も私はダメ人間になりたいわけでも、プー太郎になろうとしているわけでも無い。
楽して確実にお金が稼げるなら、仕事なんてしなくてもいいじゃんと思っているだけなのだ。
私は特にやらなくても良い興味の無い事ならやらずに、それよりもエディルア達と遊んでいたいだけなのである。
……否、人はそれをダメ人間のプー太郎と呼ぶのだ。
しかし、それが人の究極の理想であり、抗えない業というものでは無いだろうか?
楽して楽しく生きて生きていけるのならば、それが一番だと私は思うのである。
働くよりも遊びたい。
走っているよりも寝転がっていたい。
苦しいよりも楽しい方がいい。
当たり前である。
私はマゾヒストでは無いのだから。
楽をするのは良くないだとか、努力をしなさいだとか、苦する良かろう楽する悪かろうとか、そんな綺麗事はうんざりである。
魔法も使えちゃうこんな摩訶不思議世界に生まれ変わったのに、そんな日本人的馬鹿真面目理論で生きていてたまるものか。
日本人は働くという事に拘り過ぎである。
そんな風潮が蔓延っているから、過労死とかが社会現象になったりするのだ。
頑張るのは当たり前、努力するのは生きる義務。
大いに結構。
素晴らしい考え方だ。
しかし、そういうのはそういう世界の人達で勝手にやっていてほしい。
私は楽して楽しく生きていきたいのだ。
何せ私は不老不死。
時間は無限にあるのだから、遊ぶのに飽きたらその時に働けば良い。
好きな事を好きな時にやるのだ。
何せ私は真祖のお姫様。
我儘で何が悪い事か。
宜しい!
仕事をしない自分への言い訳完了である。
「そうね。ギルドマスターって人も全然帰ってこないし、ソフィアも明後日まで準備に掛かると言っていたし、今日は帰りましょうか」
「では、わたくしはミスリルをここで買い取って頂けるのか、ナンシー様に聴いてまいります」
私達はリナリアさん達冒険者に帰る事と、冒険者になるのは止めた事を告げ、ヘデラはナンシーさんにミスリル買い取りの相談をしに言った。