アリスさん、冒険者を知る
「おいおい、何だよこのステータス……すげぇなぁ」
「この嬢ちゃんのも半端ねぇな!流石は伝説の種族だ」
なんていう驚愕の声が建物内に響く中、私はエディルアの膝に抱きかかえられながら、隣に座ったリナリアさんというお姉さんに、よく分からないお肉料理を食べさせられていた。
味の濃い照り焼きみたいな料理だ。ご飯が欲しい。
冒険者ギルドの建物内は大きめのテーブルがいくつか置かれていたが、今はそれを2つくっつけて、皆で囲んで座っている。
そして、目の前には沢山の料理と飲み物が所狭しと並んでいる状態である。
見たまんま、宴会の席だ。
そんな中、私達はギルドマスターという人が帰ってくるまでの間、元酔っ払いおじさん達とお話をして時間を潰している最中だった。
自己紹介に始まり、冒険者と冒険者ギルドの簡単な説明を聴いた後、飲み食いしながらの雑談が始まり、今は私達のステータスを見せてほしいと言うので皆に見せている所である。
彼らの説明曰く、冒険者というのは冒険者ギルドに所属する便利屋みたいなもので、街の人達から冒険者ギルドに届いた依頼を引き受けて解決する仕事であるらしい。
魔物を倒したり、捕まえたりするだけが仕事内容では無いという。
例えば、「村の近くに魔物が出て困っているので倒して欲しい」とか、「薬を作りたいので材料を採ってきて欲しい」とか、「ペットが迷子になったので探して欲しい」とかである。
何か思っていたのと違うが、別に問題は無い。
要は、誰かのお願いを聴いてあげる仕事と言うことである。
何だか正義のヒーローみたいで格好いいではないか。
そんな事を私が考えていると、何と、この酔っ払いのおじさん達が、その冒険者だと言うのだからびっくりである。
ただの気の良い酒飲み仲間が集まっているのかと思っていたら、仕事の先輩になるかもしれない人達だったのだ。
なんて事だ……さっき粗相をしてしまったでは無いか。
そんな事はともかく。
冒険者には、依頼の達成度やギルドへの貢献度によって、冒険者ランクとかいうものがギルドから貰えるらしい。
G . F . E . D . C . B . A . S のランクがあり、Sが一番上。
冒険者ランクは、冒険者個人の強さや信頼度の指標にもなっているようで、ランクによっては受けられない依頼があったりするらしい。
どこの世界でもランク分けは存在すると言うことだ。
世知辛い。
この場にいる人達は皆E〜Cランクの人達で、中堅冒険者と言われているらしい。
GやFランクは駆け出し冒険者と呼ばれ、冒険者になると最初はGランクからスタートする。
私達も冒険者になれたら、Gランクからのスタートになるということである。
BやAランクは上級冒険者と呼ばれ、もっと強い魔物が多くいる場所の近くの街に住んでいるので、この街にはいないらしい。
そしてSランクの冒険者は凄い人達。
英雄とか呼ばれているらしい。
何とこの国に5人しかおらず、全員が王都という王様がいる街に住んでいるそうだ。
つまり、この街ではここにいるおじさん達がトップクラスの冒険者であるという事である。
なんて事だ……さっき粗相をしてしまったでは無いか。
基、冒険者ギルドというのは、そんな冒険者にランクに応じた依頼の斡旋、報酬の支払いの仲介、冒険者用道具の販売、魔物の素材の買取、などをしている場所である。
何故か酒場がくっついているが、どこの冒険者ギルドにもあるものらしい。
依頼を終えた後に、帰って来た皆で飲み会を開くのだとか。
良く分からない仕事場である。
おじさん達からのそんな説明が終わると、今度は飲み食いしながらの雑談タイムが始まった。
私達三人も彼らの飲み会への仲間入りを果たしたわけである。
「アリスちゃんは真祖のお姫様で、アレイシア様の天使さんだったのねぇ」
私のステータスを見ながらそんな事を言うのは、Dランク冒険者のリナリアさん。
語尾を伸ばす独特な喋り方が特徴的なおっとりとした印象の、笑顔が素敵なお姉さんである。
彼女は紐と透けた布だけで出来たような、ヒラヒラとした露出の高い良く分からない格好をしている。
疑問に思い質問すると「私は踊り子なのよぉ」という返事が返ってきた。
彼女は冒険者で踊り子らしい。
良く分からないが、きっとそういう趣味なのだろう。
「そうらしいよ」
「凄いわねぇ。お姉さん、お姫様な天使さんとお友達になっちゃったわぁ」
「うん。よろしく、リナリアさん」
「よろしくねぇ。こっちの焼き魚食べるぅ?」
「食べる」
私も踊り子のお姉さんとお友達になれて嬉しい。
今度踊りを見せて貰おう。
彼女のスタイルは抜群である。おまけにこんな露出度の高い服を着て踊るというのだから、きっとエロい感じなのだろう。
「俺、昔良くばあちゃんに、悪い事をしたら黒死の龍が来て魂を食われるって言われたんだけど、エディルアちゃんは人間の魂を食べるのか?」
「食べないわよ。と言うか、魂ってどうやって食べるのよ」
「だよなぁ……俺も子供の頃、不思議に思ってたんだ」
そんな事をエディルアと話ているのはDランクのガッツさん。
白色の鎧を着た、30歳くらいの背の高いおじさんである。
食べる時くらい鎧を脱げばいいのに、何故か着たままである。
食事のマナー的に鎧はどうなのだろうか?
それとも飲み会は無礼講なので関係ないという事なのだろうか?
そもそも、重かったり邪魔くさかったりしないのだろうか?
謎である。
「しかし、皆散々子供の頃に聴かされて脅されてきた黒死の破滅龍が、こんなに綺麗なネェちゃんだったとはなぁ。てっきり恐ろしい悪魔みたいなのを想像してたぜ」
そう言って並々にお酒が並々に注がれたコップ片手に笑うのは、ガッツさんの相棒のダンさん。
Cランクの、これまた黒い鎧を着たごつい体格のおじさんである。
傍らにはバカでかい黒色の剣が置いてあり、それで魔物と闘うのがダンさんのスタイルらしい。
大剣というそうだ。
大きい剣。そのままである。
あんな鉄の塊を振り回して闘うとか正気とは思えない。
流石は異世界の人間である。
鎧を着ているので見えないが、きっとダンさんは筋肉ムキムキなのだろう。
今度筋肉を見せて貰おう。
「悪魔だなんて失礼しちゃうわ。それとも私のドラゴンの姿をご所望かしら?格好良すぎてこの場の全員、きっとショック死しちゃうわよ?」
「止めてくれよぉ。俺はまだ嫁もいないんだから」
「ハハハッ!ダンはまだ良い娘見つけられないのか!おお!丁度いいじゃねぇか!どうだいエディルアさん。こいつはバカだが、良いやつだぜ?」
そんな事を言ってダンさんを嗾けるのはCランクのハルクさん。私達に最初に声を掛けてきた厳ついおじさんである。
この中では一番の年長者で、何かの革で出来たよく分からない服を着ている。
その服は何の格好なのかと質問してみると「俺はこう見えて斥候だからな!」という返事が返ってきた。
うむ!
良く分からない。
「鎧のセンスは良いわね。でも私にはアリスがいるから無理よ?ねぇ、アリスっ」
「んむ……ッ?」
エディルアが急に、膝の上にいた私を抱き締めて、頬を擦り寄せてきたものだから、食べていた良く分からないけど美味しい料理を吹き出しそうになってしまった。
しかし、そんな粗相はしない私。
エディルアの撫で回し攻撃にはもう慣れているのだ。
食べている最中だろうと、私は完璧にされるが儘の状態でいられる。
新しい私のスキルなのである。
所で、私は最近気が付いた事がある。
それは、「エディルアは黒色の物ならなんでも格好いいと言う」という事だ。
シュバルツ然り、シュバルツの卵しかり、リアデの街中を見て回っている時も、ことある毎に黒い物を見ては「あら、これは格好いいわね」などと言っていた。
もしかして、黒ければなんでも良いのでは?と思いたち、お土産屋さんで売っていた、良く分からないくそダサい置物を、白色と黒色の色違いで並べて見せてみると、案の定黒い方を指差して「こっちのはセンスがいいわね」と言ったのだ。
私の驚きがお分かり頂けるだろうか。
なので、そんな事は知らずに、黒い鎧を褒められて嬉しそうにしているダンさんには哀れみの視線を送っておこう。
知らぬが仏とはこの事である。
「美少女と美人のお姉さんが仲良さげにしてるのは絵になるな」
「うん。とても黒死の破滅龍と真祖のお姫様には見えないね」
私を撫でくり回すエディルアを見て、そんな会話をしているのはEランクのレオンさんとイディさん。
二人共歳は若く二十代前半くらい。
レオンさんは鎧を着ている、目つきの鋭い青年。
イディさんは忍者みたいな全身まっ黒い服を着ている、気弱そうな青年。
イディさんにも服装について訪ねてみると、「僕は忍だから」という返事が返って来た。
本当に忍者だったらしい。
「メイドのネェちゃんはヘデラさんと言うのか。今度お茶でもどうだ?それか今から宿屋にでも」
「あんたはこのメイドさんにどこまでセクハラすれば気が済むのよ!このクズが!オラ!死ね!ごめんねヘデラさん。こいつは後でシバいとくから」
「い、いえ、お気になさらず」
そんな夫婦漫才みたいな事をヘデラと繰り広げているのはDランクのジャビットさんと、ネルサさんである。
ジャビットさんは黒いローブを着た30代くらいのおじさん。
どうやらヘデラを気に入ったようで、さっきからヘデラに下ネタを織り交ぜて絡みまくっている。
飲み会の席で女性社員にセクハラをする上司そのままである。
そして、そんなジャビットさんを横から殴りながら罵声を浴びせているのが、彼とは幼馴染だというネルサさん。
何かの革で出来た、ブラのような、超短いキャミソールのような、よく分からない服とホットパンツという、露出の多い格好をしたお姉さんである。
彼女にも、服装について質問してみると「私は弓使いだからね」という返事が返ってきた。
彼女は弓使いらしい。
きっと、この世界の「弓使い」というファッションなのだろう。
そういう事にしておこう。
しかして、私達のステータスを皆で見ながらあれこれと話していると、「そう言えば、何も考えずにステータスを見せてしまったが、私とエディルアには「人類の敵対者」と「生物の敵対者」なんて言う傍迷惑な称号がついているが、皆はどう思っているのだろうか?」なんて事が気になった。
今更だが、彼らにそれを見せてしまって良かったのだろうか?
こんなに仲良く話しておいて、「貴方達とは敵対します」なんて言われたら悲しい。
私もエディルアも、人類と敵対する気なんて更々無いのだから。
エディルアは過去に人類を沢山殺しちゃったのが原因で、私はそんなエディルアの封印を解いちゃったから称号が付いてしまった。
事故のようなものである。
それでも、そんな称号が付いているのは事実。
彼らからしてみれば、私達が自分達の敵だと書いてあるわけで、どうにも不安になってしまったのだ。
「そう言えば今更だけど、私達のステータスに『人類の敵対者』とか書いてあるのは、皆は平気なの?」
私がそんな風に尋ねると、皆一瞬呆けた表情になり、次には「ワハハハ!」と、笑いだしてしまった。
……何だろうか。
さっき同じような事があった気がする。
「平気も何も、俺達はさっき組み伏せられて、手も足も出なかったんだから、闘ったり敵対したところで絶対に勝てないし、そんな事を気にしても何も良いこと無いだろうが」
「アリスちゃんは俺達と闘うつもりか?もしそうなら俺は今すぐに全力で逃げるぜ?勝てっこねえからな」
「そうそう。今からエディルアちゃんがこの街を滅ぼすつもりだったとしても、俺達には何にも出来やしねぇよ。ならそんなもん考えるだけ無駄ってもんだ」
「そうよぉ。エディルアちゃんだって、こうしてお話しているとお姉さん達と何も変わらないもの。怖い存在だなんて嘘みたい。最初は驚いちゃったけど、今は皆お友達だと思ってるわよぉ?」
「おう。俺はヘデラさん達と敵対なんてしたくないからな」
「そもそもアリスちゃん達は人類に敵対するつもりなの?」
「そんな事無いよ?」
「良かった。じゃあ何も問題ないな」
「そうだね。こんな凄い人達と知り合いになれて僕達は幸運だね」
「「「「おうよ!!」」」」
という返事が返って来た。
つまり、皆気にしていないらしい。
気の良い人達で良かった。
これで「この街から出ていけ」なんて言われたら悲しいし、私はもう迂闊に人間の街に近づけ無くなるところだった。
それに、私の「エディルア達とこの世界を見て回る」という夢が叶わなくなってしまうのはもっと悲しい。
神様に魂とか精神とか弄られても、鎧の人達を無感動に殺しまくっても、それでも私は存外繊細な心の持ち主なのである。
何せ中身は17歳のJK。
色々と多感なお年頃なのだ。
「なに?アリスは心配になっちゃったのかしら?全くもう、可愛いわねぇ」
「あらぁ?そうなのぉ?」
そう、心配になってしまったのだ。
しかし、そんな事を面と向かって言われると何だかこっ恥ずかしいでは無いか。
事実であるが、何だか子供扱いされているようで、素直に答えるのは恥ずかしくなってくる。
おっと、でも私は見た目は子供でも、中身は17歳のイケイケなJK。
こんな時、素直になれない程子供では無いのだ。
両親曰く、前世の私には反抗期など無かったと言う。
つまり、私はそれ程素直に真っ直ぐに育ってきたと言う事である。
なので、エディルアに抱き締められて弄くり回されながらも、私は素直に答えた。
「……ちょっとだけ」
……そう、ちょっとだけ。
ちょっとだけ心配になったのだ。
だから、間違って無いし、恥ずかしがって言葉を濁したわけでもない。
「はぁぁ……何ていじらしいのかしらぁ。お姉さんはずっとアリスちゃんの味方よぉ」
「おいおい、アリスちゃん達に敵対するなんて奴がいたら俺の所に連れて来い。同じ人類を代表して、俺がぶっ殺してやるからよぉ」
「バカ言え。こんなに可愛い娘に敵対するなんて、そんな奴は人類じゃねぇ!きっと悪魔か何かに違いねぇ!」
「ああ、アリス様は何て温情溢れる心の清いお方なのでしょうか……わたくしは涙が出てきました……」
「ヘデラさん。泣くなら俺の胸を貸すぜ!さあ飛び込んで」
「あんたは黙ってなさいよ!」
そんな風に、冒険者達との楽しい会話は続き。
私達のステータスの話題が終わると、今度はリナリアさん達のステータスの話題になった。
ガッツさんとダンさんは魔力があっても、全然魔法が使えないらしい。
「きっとバカだからだな!」なんて言いながら笑っている。
どうやら、人間の中には魔法が使えない人も多くいるらしい。
彼らの中では、ジャビットさんが魔法を使うのが得意なのだそうだ。
その他にも、レベルが中々上がらないだとか、スキルが上達しないだとか、耐性スキルが無いのは辛いだとか、愚痴のような話で盛り上がっていた。
所で、私達は人間のステータスを見たことが無い。
と言うよりも、少なくとも私とヘデラは、自分達三人以外のステータスを見たことが無い。
出逢って話した事のある人間が少ないと言うのもあるが、ソフィア隊長と、ブラン隊員のステータスも見せて貰っていない。
この世界の人間のステータスはどんな感じなのだろうか。
想像も出来ないが、きっと私の知らないスキルや称号が沢山あるのだろう。
とても気になる所である。
私達のステータスは見ておいて、見せてくれないのは不公平なので、私はリナリアさんにステータスを見せてくれないかとお願いしてみた。
「良いよぉ。さっき見せて貰ったお返しに、お姉さんのステータス見せてあげるぅ。お姉さんのステータスなんか見ても、アリスちゃん達は面白くないと思うけどねぇ」
なんて事を言いながらも、リナリアさんは早速ステータスを見せてくれたのだった。