アリスさん、冒険者ギルドを知る
「この無礼者共が!」
そんな言葉と共に、その場にいた全員を強制土下座させたヘデラ。
びっくりである。
何故彼女は土下座をさせるのだろうか。
分からないが、きっとそういう趣味なのだろう。
女王様と言うやつだ。
メイドさんなのに。
そんな事はともかく。
しまった……。
騒ぎになってしまった。
「あわわわわ……わわわ……お願いしますぅ……た、たた助けてくらはいぃ……ぃ……」
そんな事を言いながら、受付カウンターの中でナンシーさんが土下座の姿勢でぷるぷると震えている。
可哀想そうに……超怯えてしまっている。
ボーイッシュで快活そうなお姉さんという見た目に反し、今の彼女はまるで苛められている小動物のようだ。
見ていて心が痛い。
「ちょっとなに?どうなってるの?ナンシー、落ち着いて説明しなさいよ!」
「あ、あのあの!何だか知りませんが、私は関係ないと思うんですけど!」
「定時過ぎた……帰りたい……」
そんなナンシーさんの隣では、彼女の同僚とおもわれるお揃いの制服を着た受付の職員さん達が、これまたお揃いの土下座姿でそんな事を言っている。
急に謎の影が身体に纏わり付き、強制的に土下座させられたものだから困惑しているようだ。
当然だ。
私だって困惑する。
加えて、その原因が全く自分達に関係の無い事なのだから、何が何なのかわけが分からないのだろう。
当然だ。
私だってわけが分からない。
何故ヘデラは彼女達まで土下座させてしまっているのだろうか。
可哀想に……もう定時が過ぎてしまったらしい。
早く帰りたいだろうに……。
更には、料理を運んでいたウェイトレスさん、料理を作っていたであろうコックさん、売店みたいな場所で店番をしていた人、などなど、もっと関係の無い人達も皆で仲良く土下座をしているのだから、最早これは無差別テロである。
申し訳ない気持ちで私の心はいっぱいである。
そして、そんな状況を作り出した本人はと言うと、
「アリス様の優しさは理解していますが、アリス様はわたくしにとっての全て、敬愛する、かけがえの無い、愛すべきお方なのです。前回も申し上げましたが、そんなアリス様に剣を向けた者共を放っておくなど、わたくしは出来無いのです……殺しましょう」
などと、何か聴いたことのある台詞をさっきから繰り返しているのだ。
勘弁して欲しい。
街中のお店で大量殺人など、今度こそ指名手配間違いなしだ。
ヘデラがお尋ね者になってしまう……。
「ほら、さっきからおじさん達も謝ってるし……土下座してるし……許してあげても良いんじゃないかな。それに鎧の人達と違って、別に私達を殺そうとしたわけでも、切り掛かってきたわけでも無いんだし。きっと、私達が真祖と龍だと知って驚いたんだよ」
「種族を知ったからと言って、驚いて剣を構えるのは非常識と言うものです。そもそも初めから、アリス様の御前だというのに、ギャーギャーと煩く騒ぎ立てるような礼節も弁えない連中……殺しましょう」
怖い顔で、殺しましょう殺しましょうと、物騒な事この上無い。
普段の優しいヘデラは何処へ行ってしまったと言うのか……。
そんなヘデラの無差別土下座趣味を私は咎めなければいけない気がするのだが、怒っている時のヘデラはとても怖いので強く言えないでいるのだ。
私は無力だ……。
そして、それはエディルアも同じようで、躊躇がちにヘデラを落ち着けようと、私と共に宥めている。
黒死の破滅龍という、何だか恐ろしそうな名前のドラゴンさんでも今のヘデラは怖いらしい。
「ヘデラ、ちょっと落ち着きなさいよ。私もアリスに剣を向けて怯えさせるようなら容赦しないわ。けどあの人達は私達を恐れて仕方なかったのよ……それに、ほら、関係ない人もいるわよ?」
「この場にいて、あの者共が剣を抜くのを、止めも咎めもしなかった時点で皆同罪です」
この世界には、そんな摩訶不思議な理屈があるのか。
びっくりである。
……否。
私も似たような理由で鎧の人達を魔法で吹き飛ばそうとしたのだった……。
どうやら、私も怒ると意味不明な理論を展開してしまうのはヘデラと同じようだ。
気を付けよう……。
そして、そんなヘデラの怒りを買った酔っ払いおじさん達はというと、
「すまなかったネェちゃん達、俺達が悪かった。だからいい加減許してくれねぇか?」
「おいダン、何とかしろよ。Cランクだろ。いつも『俺の大剣スキル(Lv.6)の前には、敵無しだぜ!』とかなんとか言ってるじゃねぇか」
「ああ?喧嘩売ってんのか?この姿勢じゃ大剣なんて持てないだろ!そもそも、お前が『おい!皆であのネェちゃん達の能力値覗こうぜ!』なんてセクハラみたいな事を言い出したからこんな事になったんだろうが!」
「俺のせいかぁ!?この場にいる皆ノリノリで覗いてたじゃねぇか!」
「お嬢ちゃんごめんねぇ。お姉さんが何でもしてあげるから、だから殺さないで欲しいなぁ」
「……こう言うプレイも何だか良いな。なあ、メイドのネェちゃん。俺を殺す前に……一度踏んでみてくれないか?」
「あんたこんな時に何言ってんのよ!この変態!糞が!いい加減死ね!」
「なぁ、お前何か言えよ」
「……え。嫌だよ、怖いもん」
「やっぱりヘタれだなぁ」
などと、青ざめた顔で震えていた数分前が嘘のように、元の騒がしさを取り戻していた。
酔いは抜けたようだが、シラフでもこの人達は騒がしい。
そしてどうやらこのおじさん達、皆で私達の能力値を後ろからこっそり覗いていたらしいのだ。
皆で仲良く覗き見してみてビックリ、何と、遥か昔に滅んだ筈のお伽噺種族の真祖に、閻魔様的ポジションの終焉邪龍などという名前が、三人の「種族」の欄に書いてあるではないか。
皆で何度も見直し、見間違いでは無い事を確認すると、思わずそれぞれ武器を構えながら、おっかなびっくり私達から離れようと距離を取っていたらしい。
と、先程謝りながら教えてくれた。
何故ビックリすると思わず武器を構えちゃうのかは分からないが、そのせいでヘデラの怒りに触れてしまったのだ。
私は、これからは無闇に私達の正体を明かさ無いようにしようと心に決めた。
街の大通りなんかで私達の正体にビックリした人が剣を抜いたりしたら、ヘデラはきっと街中の人を土下座させてしまうだろう。
そんな事になれば間違い無く怒られるだろうし、次から街に入れてもらえなくなってしまうかもしれない。
何よりも私が色々と耐えられそうにない。
そんな事はともかく、最早今の私には彼女を宥めて落ち着かせる以外の選択肢は無いのだった。
そうしないと、私達の平穏も無くなってしまうかもしれないのだから。
せっかくソフィア隊長とも仲良くなれたのに、彼女の街でお尋ね者になるのは嫌だ。
しかして、散々渋るヘデラを、私とエディルアで宥め続けること数十分。
「貴方達、二度はありませんよ。アリス様達のお優しい御心に感謝しなさい」という言葉と共に、ヘデラは漸く折れてくれた。
頑固過ぎだと思う。
彼女は殺人癖でもあるのだろうか……。
もしそうなら、私がちゃんと更生させてあげなくてはいけない。
何せ、こう見えて私がヘデラのお母さんみたいなものらしいのだから。
私は開放された皆に頭を下げ、関係も無いのにヘデラの土下座の餌食になった人達には特に謝った。
ヘデラが土下座させちゃってごめんなさい。と。
皆快く許してくれたので、「何て優しい人達なんだ」と感動してしまった。
しかして、こんな騒ぎを起こしてしまって居た堪れない私は、二人をつれてそそくさとそのまま冒険者ギルドを後にしようとしたのだが、そういうわけにもいかない。
私達はお金を稼ぎたいのだ。
その為に冒険者になるべく、神様の言う通りにここに来たのだから。
……否、正直もう冒険者とかいうのは良いかな。と、ちょびっとだけ思い始めている。
だって入社試験でやらかしちゃったわけだし、少しナイーブになっているのは仕方が無いというもの。
それでも、せっかくナンシーさんが試験してくれていたので、結果くらいは聴いておきたい。
「それで、私達は冒険者になれる感じ?」
なので、皆が落ち着いた頃、私は未だにビクビクしているナンシーさんにそんな風に訪ねてみた。
私達の能力値で冒険者になれるかどうかをテストすると言っていたが、その結果どころでは無くなってしまったので、改めて聴いてみたのだ。
少なくとも、大きな鶏を捕まえたり、大きな猪を狩ることは出来るヘデラとエディルア。
私は特に魔物を捕まえたりしていないので、分からないが……。
少なくとも鎧の人達を虐殺するくらいには闘う力はある。と思う。
冒険者になる為の「魔物と闘える力」というのがどれ程のものかは分からないが、駄目ですと言われたら諦めて帰ろう。
そして、何か別の方法でお金を稼ごう。
そんな風に思っていた私だったが、ナンシーさんの返事は、
「ひゃいッ……あ、あぁ、いえ、少し待って下さい。ギルマスに相談してみますので……」
という、よく分からないものだった。
この場で合否を判定すると思っていたが、誰かと相談してから決める事になっていたようだ。
それはそうである。
よく考えてみれば、ナンシーさんは受付の人だ。
きっとギルマスとかいう人が面接官みたいな役割の人なんだろう。
「ギルマスと言うのは誰かしら?」
「あぅ、あの、ギルドマスターと言って、此処、冒険者ギルドリデア支部の長。一番偉い人です。今はちょっと出掛けていて、もう直ぐ帰ってくると思いますので……その……ギルマスとお話をして頂けないでしょうか?」
どうやらここの社長みたいな人に聴いてから判断することになっていたようである。
そして、その社長さんと私達が話をするらしい。
これが噂に聴く社長面接というやつだ。
前世でも、入社試験の最終面接とかだと社長クラスの人と面接する場合が多いと聴いた事がある。
私達は一足飛びに最終面接である。
つまり、能力値のテストは合格という事で良いのだろう。
社長と面接とか、何だか緊張してしまう。
少し帰りたくなってきた。
「そうなのね。じゃあ、待ってようかしら?」
「そうだね」
「そうですね。後どれ程で戻られるのでしょうか?」
「あ、ありがとうございますぅ……。えっと、夜までには戻ると言っていたので、もう戻ってくると思います……。あの、応接室に案内しますので、それまではそちらで待って頂ければと……」
そして、応接室に案内してくれると言うナンシーさんに着いて行こうとした私達だったが、元酔いどれおじさん達が話しかけてきた。
「なぁ、ネェちゃん達。ギルマスが帰ってくるのを待つんだったら、さっきの詫びって訳じゃねぇが、俺達が冒険者やここの事を色々と教えるから、こっちで話をしねぇか?」
「おうよ!ネェちゃん達あんまり冒険者のこと分かってないだろ?」
「まぁ、正直に言うと、皆ネェちゃん達みたいな伝説の存在の話を聴いてみてぇんだ。駄目か?」
「うんうん。お姉さんも、お嬢ちゃんとお話してみたいなぁ。おいでぇ、食べ物も沢山あるよぉ」
「俺もだ。特にそこのメイドのネェちゃんと話がしてぇ。何なら俺が椅子になるから座ってくれ」
「本当、あんたは何なのよ!何でこの後に及んでそんな事言ってんのよ!死ね変態!」
「俺達も話聴きたいよな?」
「……え。うん。僕達もいいかな?」
「やっぱり、話しかけたかったんじゃないか」
どうやら、私達に冒険者という仕事の事や、冒険者ギルドについて教えてくれるらしい。
おまけにギルドマスターが帰ってくるまで暇を持て余す私達の話し相手になってくれるというのだ。
変な格好をした、ただの酒癖の悪い酔っ払い達だと思っていたが、親切でフレンドリーな人達である。
是非ともお言葉に甘えよう。
「あら、それは有り難いわね。アリス、お言葉に甘えてこの人達に色々教えて貰いましょうよ」
「そうだね。皆ありがとう」
「どうやら、皆様もアリス様への献身の心が少しは生まれたようですね。感心です」
しかして、私達は元酔っ払いおじさん達とお話をするべく、料理やら飲み物やらが沢山置かれたテーブルに向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
一人取り残されたナンシー
「あのぅ……えっと、私は……ゔぅぅ……ギルマスぅ、早く帰ってきてぇ」