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アリスさんはテンプレを知らない  作者: 干木津上
アリスさん、異世界へ行く
26/89

アリスさん、涙を知る

「……ああ。実は先日、お父様……領主様から話しがあった。今回の遠征任務が失敗したら、私の隊長の任を解き、隊を解散すると。今度こそ私は、伯爵家から爪弾きにされてしまうだろう……」


そうして、ソフィア隊長は自らの身の上を話しだしたのだった。



ソフィアが隊長を務める部隊、ヌーヴェル領騎士団リアデ直轄部隊は、リアデに屋敷を持ちこの周辺の領地を治めるトルガ・ヌーヴェル伯爵が持つ騎士団の隊の一つ。

普段はリアデ近辺の見廻りと魔物駆除を担当する部隊である。


所で、ヌーヴェル伯爵家には三人の娘と一人の息子がいた。

跡取りとしての唯一の男児であるソフィアの弟、クラインは幼くして何でも卒なく熟す、出来の良い息子であった。

待望していた男児が優秀だと知り、特に母親は喜んだものだが、同時に姉のソフィアと比べられてしまう。


外面も頭も良く、要領も良いソフィアの姉二人は他領の貴族家へと早々に嫁いでいったが、外見は良いが、剣術以外の才に恵まれ無かったソフィアは、成人である17歳を迎えても嫁の貰い手は見付から無かった。

厳格な性格である父トルガは、ソフィアが成人を迎えた歳に、新たに騎士を集め隊を新しく作り、そしてその隊長にソフィアを据えた。それが今から三年前の事。


しかして、ソフィアに課せられたのは、新たな隊の隊長としての功績を残す事。

せめて幾らかの武勲さえあれば他の貴族達にも少しはマシな紹介が出来るだろうという事だった。


これにはソフィアも、父親が自分にチャンスをくれたのだと喜んだものだが、しかし蓋を開けてみれば、集まった隊員達は薄給で無理矢理に拵えたような素人や傭兵崩ればかりが四十人程、おまけに名も知らぬ商家の三男を副隊長に着けるという。


隊員はブラン達数名を除いて、剣も禄に触れないまるっきりの素人の上、その大半が実力も無いのに、何故か威勢だけは良い犯罪者紛いのゴロつき。

そして、少し剣術のスキルが高いからと直ぐに調子好き、プライドだけは高く、何時も他人を見下し、自分の命令も平気で無視する副隊長。


これにはソフィアも肩を落としたものだが、せっかく父親が与えてくれたチャンスである。

少しでも父に認めて貰おうと懸命に隊を纏め、訓練し、自分の実力も磨いた。


しかし、街にいれば住民に対して突っかかり、他の騎士とは喧嘩をし、街の外を見回れば冒険者と争いになり、周辺の村に赴けば村民を脅し、また喧嘩をおっ始める。酷い時は住人に金をせびり、強姦や窃盗など犯罪行為に及ぶ者まで出てくる。


魔物駆除に向っても、ダンジョンも無く死の森が近いリアデの近辺には魔物自体の数も少なく、倒して功績と呼べるような強い魔物も少ない。


その上、隊員は皆素人と呼べる者ばかり。

初心者の冒険者が狩るような魔物ですら手こずる時があるのだから、これでは良い功績など残せるはずも無い。


そもそも、魔物の討伐は冒険者の仕事である為、仕事を横取りした形になる冒険者からは疎まれ嫌がらせを受ける始末である。


ソフィア自身も、男の隊員や冒険者から襲われそうになった事など一度や二度では無い。


野営中には寝込みを襲われ、路地裏を歩けば集団で囲まれる。


元々、見てくれは美少女、その上領主の娘であるソフィアに良からぬ考えを抱く者は少なくなかった。

それに加え、騎士団の隊長などという事をしだしたのを見て、これ幸いと無理矢理手篭めにしようとする者は隊の中でも少なくなかったのだ。


その度にソフィアは自分の武の才に助けられた。が、それだけである。


自分を襲おうとした仲間を張り倒した後程、遣る瀬無い気分になる事はない。


自分は一体何をしているのだろうか?

本当にこれで正しいのか?

こんな事に意味はあるのだろうか?

こんなに悲しくて辛いのに、続けなくてはいけないのか?

何時か終わりは来るのか?


そんな考えが毎日、毎日、頭を過ぎる。

不安で眠れない夜など数え切れないくらいであった。


だが、ソフィアは諦めなかった。


自分には剣の道しかない。

ここで諦めれば最後、領主の娘として、育ててきてくれた両親に顔向け出来ない。

ここで折れてしまえば、自分はきっと捨てられる。

これまで生きてきた17年間は無意味な物になる。

自分ならきっと成し遂げられる。


そう自分に言い聞かせ、騙し、何度も何度も折れそうになる心を繋ぎ止め、必死に隊長としての責務を果たそうと頑張った。

隊員を厳しく律し、少しでも非行を働いた者は厳しく罰した。

毎日訓練に明け暮れ、魔物を討伐し、領地内の村を周り、少しでも民が困っている事があればそれを解決しようと隊を纏めた。


隊員が去って行こうが気にしない。

住人に陰口を叩かれようが気にしない。

村人に石を投げられようが気にしない。

仲の良かった隊員が目の前で魔物に殺されても気にしていられない。


疎んだ冒険者に罠に掛けられた事があった。

影で隊員が自分の悪口を吹聴しているのを知った。

時には、自ら罪を犯した隊員を手に掛けることすらあった。


しかし、ソフィアはもはや止まれなかった。


もっと頑張らなくては。

もっと努力しなくては。

もっと強くならなくては。

もっと結果を出さなくては。


そうして、大した功績も得られずに三年。


気が付けば何故か隊の人数は百名程に増え、女性の隊員も入った。

だいぶマシになったと言える副隊長と、未だに素行が悪い者はいるが、そこそこ実力の付いた隊員達。

自分はリアデの住民から「改心の鬼」や「犯罪者を更生させる隊の隊長」などと呼ばれるようになっていた。

助けた街の人達や村人達からは感謝の手紙やお礼が贈られてくるようになった。


しかし、そんな事はどうでも良い。


日に日にソフィアの焦りは募るばかりだった。


自分はいつになれば父親に胸を張って報告が出来るような功績を得られるのだろう……と。


そんなある日、父親からヤタの村でコカトリスの目撃情報があったと聞かされた。


コカトリスは非常に強力なAランクの魔物だ。

中でも嘴の石化の呪いは非常に凶悪で、現在最高でもBランクまでしかいないこの周辺の冒険者達では到底太刀打ち出来ないだろう。


しかし、ソフィアの隊の隊員は、皆Dランク冒険者程度の実力はあるし、中にはC、Bランク程度も数人、ソフィア自身もAランクに届く程の実力になっていた。

数の有利も勝って、多少の犠牲を覚悟で囲んでしまえば討伐する事は可能だろう。


これまで三年。

大した功績を上げてこれなかったソフィアに、コカトリスの捜索と討伐という降って湧いたようなチャンス。


これを逃すわけにはいかないと、ソフィアは固く気を引き締めた。

更には、父親にこの任務に失敗すれば隊を解散すると告げられ、ソフィアはますます引くに引けなくなったのだ。


もはや自分に後は無い。そう覚悟して挑んだヤタ村までの遠征任務。


そして、あの出来事である。


隊員の無断先行、そして、アリス達に対しての一連の行動と、その結果半数近い隊員の死。


この時点で、アリス達に出逢った瞬間に、ソフィアの長く繋ぎ止めていた心が折れたのだ。


ああ、もうどうでも良いや……。と。


任務は完全に失敗。

リアデに帰っても自分の居場所は無く、父親に見せる顔も無い。

自分が今までしてきた事は全て無駄で、悲しくて辛かったあれやこれも、泣き出したくなるような事だって、全てが無意味だったのだ。と。


もはや今の自分には何も無い。

ならば隊長として、最後くらいは隊員達のしでかした責任をとって死にたい。


せめて、それくらいの、そんな体を形取るくらいはしたい。


ソフィアにとって最初で最期になる筈だった我儘は、そんなちっぽけなものだった。


それがソフィアの、首を差し出します宣言の真相で、アリス達の元に置いて欲しいと頼んだ理由である。



という風な事を、泣き出しそうな顔で説明し終わったソフィア隊長は、改めて自分をここに置いて欲しいと床に膝を付き頭を下げた。


そしてその話を聴いていた私は思う。

重いなぁ……と。


彼女の過去には正直、同情の気持ちしか沸かない。


父親からは厄介な部下と無理難題を押し付けられ、頼れるのは自分だけ。


貴族の娘に産まれた責任や誇りなど、私には想像する事も出来ないが、それだけを頼りに三年……いや、産まれてからずっと彼女は耐えてきたのだろう。

私なら即刻逃げ出している。


彼女は強い。


そして、素直で真面目で、優しい。


ただの頑張り屋な、可愛い女の子では無いか。


「……全く。頭を上げなさい」


そして、彼女が口を閉じてからの少しの沈黙を破ったのはエディルアだった。


彼女は膝の上にいた私を隣の椅子に下ろして立ち上がると、未だ俯き床に座り込むソフィア隊長に近づく。



エディルアはソフィア隊長の前でしゃがみ込むと、優げな表情を浮かべて彼女の頭にそっと手を置いた。

そして、優しく、泣き児をあやすようにその頭を撫で始めるエディルア。


それに驚いた様子で顔を上げたソフィア隊長は、困惑と安心、そして少しの羞恥を顔に浮かべていた。



また少しの沈黙の後。



「……随分昔の話だけれど、私は大勢の、直接には何の罪も無い人達を殺した事があるわ。男も女も子供もお年寄りも……何百、何千、何万という数をね」


ソフィア隊長の顔を見つめながら、優しく、何処か安心するような声色で、エディルアは話し始めた。


それはエディルアの過去の話。



「一方的に、なんの容赦も無く、抗う術など与えずに、瞬き一つの間に……。そして全てが終わってから、私はそれを後悔したの。随分、自分勝手な話よね。私には後悔する資格なんて無いのに。それ程の事をしてしまったと言うのに。弱い私は、それでも後悔しないなんて事は出来なかったのよ。自分を責めて責めて責めて、産まれてきた事を後悔して、何度も死のうとして、でも何をしても死ねなくて……。結局、世界が私と一緒に滅びるまで、人目につかない所に封印されて引き籠る事にしたの」



3000年も前の出来事。


詳しくは私には分からない。


真相を知る者は、この世界には彼女自身と神様を除いて誰もいないだろう。


けれどもそれは、自らの過ちの歴史だとエディルアは言う。

自分を責めて、死にたいのに死ねないから、誰にも迷惑を掛ける事が無いように、あの森で引き籠る事にしたのだと。


「そしたらある日、私を起こす人物が現れたのよ。神様にしか解けないと思っていた何重もの封印結界を全裸で容易くぶち壊して、ウジウジと引き籠っていた私を、洞窟から引き摺り出した娘がね。とっても可愛くて、小さいのにとても強くて……。私は見た瞬間、この娘なら私を殺せるんじゃないか、私なんていう世界の敵を殺してくれるんじゃないかって思ったの。だから私は自分の正体を包み隠さずに教える事にした。ステータスを見せて、私がどういう存在なのかを教えたわ。普通の人なら、それを見て怯えて恐れて敵対するか、蔑み憎んで敵対するか。何でも良い。私と闘ってくれないかな?そして、私を殺してくれないかな?そんな期待をしてね」


きっと私の事を言っているのだろう。


初めてエディルアに出逢った時、私は特に何も考えていなかった気がする。


……否、見た瞬間理性が飛んで血を吸っていたのだった。


あの時、エディルアはそんな事を考えていたのだという。

私ならエディルアを殺せるかもしれないから、闘って、あわよくば殺して欲しかった。なんて。


全く、失礼な話である。

後でお説教だ。


「でもね、その娘はどっちでも無かった。ドラゴンの姿をした私の首筋に全裸で抱き着いてきて、噛み付いて血を吸ったり、全裸で頭に乗ったり。私が黒死の破滅龍だと知っても、私の滅茶苦茶なステータスを見ても、全ての生物の敵だと知っても、顔色一つ変えずに、『人型になれるの?』なんて尋ねてきたのよ。今思い出しても笑っちゃうわ。私はその時思ったの。この娘の事をもっと知りたい。この娘と仲良くなりたい。この娘と一緒にいたい。その為にも、自分をこれ以上責めたくは無い。終わってしまった過去を後悔したくは無いって」


全裸全裸言い過ぎでは無いだろうか。


基、エディルアは私にそんな事を思ってくれたのだと知って、嬉しいような、少し照れくさいような気分である。


しかし、私がエディルアのステータスを見ても何とも思わなかったのは、この世界の平均が分からなかったから、「取り敢えずこのドラゴンよりかは私の方がマシそうじゃん」と、安心したからだし、人化を頼んだのは素直にドラゴンから人型へのトランスフォームがどうなるのか気になったからだ。


が、今その事実を言うのは止めておこう。


二重の意味で、まるで私が何も考えていない馬鹿のようだ。

無粋なんてものじゃない。


私は空気を読むのは得意なのである。


「もう自分を許しても良いかな?もういっその事吹っ切れてもいいかな?なんて思って、その娘に着いて行く事にしたのよ。そしたら偶然にも、この世界の最上位神から手紙が届いたわ。私も救われて良い筈だって。自由に生きて、幸せになっても良いんだって。見透かされてるようで少し腹がたったけれどね」


「こんな私がこの世界の一番偉い神様に言われたのよ?アレイシア、知ってるでしょう?なら貴方にだってその権利がある筈よ。貴方は救われても良い。自由に生きなさい。幸せになりなさい。私達と一緒にいたいなら、一緒にいなさい。嫌になったら何時だって出て行けばいいわ」



そして、それまでは、私と一緒にアリスの可愛さについて語り合いましょう。



そう言ってエディルアは、黙ってそれを聴いていたソフィア隊長を優しく抱きしめた。



我が子を抱く母のように。


そっと優しく抱きしめ。


頭を撫で。


背を擦り。



「本当は私なんかが言うべきじゃないんでしょうけれど……頑張ったわね」


そんな事を言いながら。



「……ッ。わ……私は……」



自由に生きても良いのか?


頑張れていたのか?


ここにいても良いのか?


今までやってきた事は無駄じゃ無かったのか?



次々と、まるで心が決壊したように、嗚咽交じりに感情を吐き出すソフィア隊長。


そんな彼女を胸に抱きしめながら、頭を撫で、その全てに「ええ、ええ」と相づちを打つエディルア。


そんな今の二人は何処までも優しく、そして暖かい。


何だか私まで泣けてきた。


軈てエディルアは、ソフィア隊長の両頬に手を添えて、正面から見据えた。


眼を赤くさせ、必死に最後の感情を堰き止めようとする彼女の、美しくも歪な表情を見て、困ったような、けれども優しい笑みをエディルアは浮かべる。


「貴方は私と正反対ね。弱いくせに、強過ぎるわ」


そして、その言葉が最後だった。


ソフィア隊長の眼から垂れた雫が両頬を伝い落ちた。


後から後から流れ出てくるそれを拭おうともせずに、彼女は目の前の非道く優しいドラゴンを見る。


歪みそうになる顔を必死に笑顔へと歪めて。


「……ッ。あ、ああ……ありが……とう」


最後にそう絞り出すように言うと、ソフィア隊長はエディルアの胸に顔を埋めながら、声を押し殺して泣いた。


今まで溜めてきた分、我慢してきた分、頑張ってきた分、その全て吐き出すように。


見ればブラン隊員は机に突っ伏して嗚咽を漏らし、ヘデラもハンカチで目を拭っている。


数人分の泣き音が響く何も無い部屋で、私は一人目を閉じ、この長く、静かで、優しい時間を、噛みしめるように過ごした。



心地よい、哀しみではない優しい涙など、私はいつぶりに流しただろうか。


少なくとも、今の私は初めて、そんな風に少しだけ貰い泣いたのだった。



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